Chapter 23. Invisible invader (1/2)
タイトル【インビジブル・インベーダー】
———ウイゴン暦6月5日,既定現実5月30日
ハリソンを接収してから二週間が経過した。破壊した防護壁の補修工事や頂上やあらゆる通路に機関銃座の設置が終了した。
少佐の推し進めていた水平面を感知するP‐15対空用捜索レーダーと高度を感知するPRV‐11の設置にも頂上通路の狭さの関係で設置が難航しているようである。
だが榴弾砲で破壊した箇所の補修を加える時にレーダーの設置ができるよう設計を行い、建設団によって設置がなされていた。
またこれら電探類から得られた情報をモニタリングする設備を騎士団室等に配置することも急ピッチで行われ、ミサイルの発射機は城壁外に設置された。
住民たちは見たこともないレーダー類の姿に[魔女の三日月]や[悪魔の瞳]と呼び恐怖をし、騎士団に対してこの存在を破壊しろと押し掛ける始末であった。
Soyuzは未だに協力関係どころかあまりの異形さから怪奇に思われていたのである。
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市民の動乱を受けてもなお、少佐自らが説明会を開くこともたびたびあったのだが、知性を持つ生命体の本能故かこれらの説明をしてもあまり溜飲が下がることはない。
これらに恐怖するのは大人ばかりで子供たちはというとSoyuzスタッフに関心を示し交流も少しずつながら生まれていった。
それを象徴するようにガムボールマシンの前には毎日列を成していた程人気になっている。
冴島はこれら住民の反発に対して弾圧しようとは考えていなかった。Soyuzコンプライアンスに触れるだけではなく、自らにも思い当たる節がないわけではない。
彼が巡り歩いた戦地の中では異教徒であるが故にこのような対応をとられたこともある。
人間というのは未知という存在というのを理屈で分かっていても恐怖心はなかなか薄れないものである。
そのようなこともあって少佐はハリソン奪還を目論む帝国軍の侵攻に常に気を張り詰めていた。
レーダーでは進軍する歩兵をつかむにも限度があると考え、夜間においても双眼鏡をもったスタッフを増員し、市内においても完全武装した兵士と騎士団員を巡回させている。
時折少佐自身が双眼鏡片手に東西南北を見張るほどに気合をいれていた。
そして今日も一日、日が昇るのと同時に業務が始まる。
兵員が集う集会所に集められると冴島による朝礼が行われた。
「本日の業務ですが、巡回班はハリソン東側を重点的に警戒してください。さらに一週間前から不審な貨物が通過している事例が報告されています」
「X線検査機が昨日搬入と設置ができました。なので使用歴のあるスタッフは使用方法を勤務者それぞれに徹底周知させることを重点してください」
「今月の標語は[見落とし一つ大事100]です。本日もよろしくお願いします」
Soyuzが来てからというもの、これが毎日続くことになっていた。
あくまでも軍隊と企業のような形を取る集団であり、コンプライアンスなども厳格に決められている。軍のようで企業なのである。
逆もまたしかり。
この概念はなかなか騎士団員には理解しがたいものであった。
防衛騎士団とは軍を兼ねる地域密着型の警備兵である故、無茶な労働やあいまいな賃金がまかり通っているのが日常。
労働時間はおおよそで決まり、中には横暴を働くものもいれば勤務時間を水増しする人間もいる。
それどころか、働いた時間があいまいであるが故に賃金を不当な減額や、挙句上司の機嫌を損なっただけで給与が減らされることも日常茶飯事。
それに関して防衛騎士団出身の人間の労働時間等をSoyuzスタッフが管理することによって周知がようやく進んできたが、団員の中には未だ傭兵や冒険者のようだと忌み嫌うものも存在することも事実である。
朝礼を終えた団員は散り散りになっていくと、自然と集団が構成されていくと
愚痴大会が始まった。
「俺たちゃ脱税してる冒険者みたいに扱いやがって。」
団員が少佐に悟られぬように小声でささやく。
冒険者とはギルドの依頼ひとつで畑や村を徹底して荒らしまわることさえ平然と行う蛮族集団である。
傭兵は前払いに対して冒険者集団は報酬を後払いで貰う。
Soyuzの賃金も同様であるためそう思う人間も少なくなかった。
「全くそうだよナァ、俺たちゃ騎士団にいるのにこんな真似…でも給与はよくなったよな」
「てめぇ誇りってのはどこにやったんだよ!」
団員達の集団は隠れながらこそこそと言い合っていた。彼らとSoyuzの示談がいささか武力を用いていたためこのような点が生じてしまったことは否めない。
そんなわだかまりを解きほぐそうとある男が集まりに近寄る。機械化歩兵を務めていた黒人スタッフ、グルードであった。
「そんな固いこと言うなって、なぁ。なにも取って食おうってわけじゃあねんだ」
ある一人の団員の肩に手を当てると、凝り固まった集団に割って入った。
別部門の人間通しがオリエンテーションもなく混ぜこぜになっていればこのような摩擦くらい生まれる。
能天気なくらいしか取り柄のない自分にできる一歩はこれくらいなのだ、そう思っているとソルジャーは思いがけぬ言葉を口にした。
「炭炊人が何の用だ、クソめ」
この帝国には黒人は居ないが故の言葉がグルードを突き刺した。
みるみるうちに彼の相反する白い歯がギリギリとかみ合わされてゆくのを尻目に、他の兵士も言い合いに加わる。
「いきなりやってきたくせに偉そうな顔をしやがって、仲良しごっこか異端人め」
最早ヤジを超えた罵倒が轟くなか、三人目の口が開かれようとしたその時である。
グルードはホルスターから自動拳銃を素早く取り出し、セフティーを即座に解除して兵士に突き付けたのである。目には確かな怒りがこもり、冷たいフロントサイトが相手の頭を捉える。
「異端人なのは差し置いてテメェ黒のこと言いやがったな、いくらなんでも言っていいことと悪いことくらいあるはずだ、それを今教えてやる」
自動拳銃という存在を知らないにしてもあまりのいい様からソルジャーたちは逆上し始め、槍を放り投げてからグルードと同じく腰のベルトからロングソードを抜くと
「ハリソンにずかずか入りやがり腐りやがってコラ!お前なんぞこいつで八つ裂きにしてやるぞこの野郎!」
偏見と差別を発端とするいざこざは連鎖反応のように騒乱に発展し、挙句あらゆる不満に引火して大爆発を起こす。
いきなり接収を受けたハリソンの騎士と接収しなければならなかったSoyuzという相反する存在が改めてぶつかり合ったのだ。
互いに命を奪いかねない武器を取り合った殺意のこもった喧嘩騒ぎを双方が見過ごすはずもなかった。
剣を首に突き立て、銃弾が脳天を貫く前に二人は両陣営の兵士に取り押さえられたのだった。
「おい、ちょっとやめろよオイ!男なら銃じゃなくてメリケンだろ!ニューヨーク魂はどこいった!」
「うるせぇ!大体俺はアメリカに縁がねぇ!いいから離せ!」
グルードの銃はなんとかして回収することは成功したが体つきの良い男が暴れるがために抑えるには人を必要にしていた。
あまりの醜い光景を見かねたのか、少佐が軍靴の足音を鳴らしながら双方の兵士がいるところへと現れ、一括する。
「いい加減にしろ!お前らには市民の命を守るという仕事が残っている!あまつさえそれを放り出して喧嘩騒ぎとはどういうつもりだ!ハリソンに帝国兵を招き入れれば当然、被害が出る」
「その芽を摘むために俺がお前たちに責任ある仕事を任せているというのに貴様らというやつはそれを忘れて酔っ払いそのものみたいな喧嘩をするとはわかっているのか!」
「身の程をわきまえろ、今すぐにだ!」
少佐は握りこぶしを二人に見せつけており、ギチギチと音を立てるグローブからは確かな怒りが込められていた。騒ぎ立てていた両者はセルロイドのようにぴたりと静間に帰すのを確認すると冴島は重ねて言った。
「いいか、我々を侵略者だの影でいうのは勝手だが諸君らにはハリソンが戦場になるかならないかの命運がかかっている。そのことを胸に刻んで業務に取り掛かるように。以上、持ち場に着け!」
先ほどの怒鳴りようから一転して冷徹に切り返すと少佐はどこかに行ってしまった。
グルードとソルジャーは互いの顔を見つめあうと
「やっちまった…少佐怒らせると頭が上がらねぇよ…」
「わかる」
そう言い合った。
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ひと悶着はあったが今日もハリソンの安全を守る一日が始まりを告げていた。
ハリソンの街の家屋には便所というものが存在しない。
街のいたるところに設置された仕切りのある古代ローマのような水洗便所で、河の一部を引き入れて一歩通行の形で元の河に流れ込む原始的な水洗便所を採用していた。
その関係からか公衆便所は存在するが個別の便所はなかなか採用しづらい状況となっている。
たったこれだけの要素ではあるが便所の遠近では当然宿代は異なってくる上に物件も同じように価格が決まってくる。
グルードは警備その公衆便所のある区画を警備していた。そうすると交代の時間がやってきたのか代わりの人物がやってきた。
「この野郎よりにもよってお前かよ」
グルードが思わずこのような悪態をつきたくなる人物、部下にありったけ嫌われたにも関わらずそれを直そうともしない男、ガンテルである。
「そうだこの俺だ。なべ底みたいな顔色しやがって、俺が札を使うそんなブラックなんたらをやって掛け金がないからそんな顔なのか」
大弓ガロ―バンと遮音用ヘッドフォンをつけ、慣れないピカピカのライフルを背負っている彼は嫌味たらしく笑いながらグルードをそういびった。
「ブラックジャックだっての、いい加減覚えろよ。この野郎俺は機嫌がすこぶる悪くてな、今率直な感想を教えてやろう。俺の顔色について口を開いたやつはぶち殺してやる。朝にもそんな奴がいてな、殺し損ねたよクソッタレ」
ガンテルのいびりに明らかに機嫌を損ねながらそう返した。すでにガンマンよろしくホルスターに手を添えており、いつでも銃撃できるように備えている様から相当頭に来ていることは明確だった
「つーことはあのアーマー野郎が嫌に機嫌悪いなぁと思ってたら…お前もしや殴られたか?まぁいい、そんなことでサエジマなんたらからの伝言だ」
「検問所から頼んでもない騎士団宛ての武器が無数に押収されたらしい。ったく最高にいい知らせだよ全く、小銭稼ぎでもしようと思ったのに」
ガンテルは同じ屑とは思えないような声色に切り替えてそう言った。
その一言はハリソンの雲行きがより一層悪くなっていることを指し示すように。
検問所では相応の武器が押収されていた。
今までことが前兆のように多くの馬車から架空の宛先、そして架空の行先の4頭大型貨物馬車から正規軍で使用されない槍、馬上大剣や弓が押収され、脇に積み重ねられていた。
一部は少佐の指示で本部拠点に回収し、残りは鉄くずとして廃棄される予定となっている。
その脇でハリソンの街で警備するグルードとガンテルはとあることについて話していた。
「そういやよぉ、なんか新顔が増えた気がするんだよな。新しくこの街に越してきた新顔がやったらめったら多い。今まで空き家だったり売り物件だったのが今じゃ全部埋まってるやがる。それもハリソンがうちらの下になってから突然にだ」
不審な人口流入である。ハリソンは隣国との国境沿いやアイオテの大草原や森など未だ非開拓地が多い片田舎故に引っ越してくる人間は少ない。
それに加えて人口の増加に伴う物価の高騰に加え、風俗嬢が暇を謳歌する時間もおのずと少なくなり、順番待ちを食らう事も増えてきたことは、三度の飯同じくらい女遊びをするガンテルにとっては死活問題。
「そうかぁ?ならうちの配給を使えばいいじゃねぇか。コーラでも飲んでリラックスしろよ」
必死な顔をして喋るガンテルをグルードはなだめながらそう言った。
「あのパーっとするやつか。そんなのどうでもいい、俺はな何よりも好きな時フラっといってスッキリしたいのに順番待ちするのが当たり前になってきてるのが一番の問題だ、わかるか畜生。」
日が昇り、頂上に上がろうという時間帯に爆弾を投下するようなことを彼は口にしたのだ。近くに子供が寄ってきたこともあり、グルードはすかさず止めに入る。
「オイなんてこと言ってやがる、子供がいるんだぞ」
「どうせ大人になる以上通うことになる
んだからいいだろうが!」
借金取りのようにガンテルはグルードに食って掛かった。誰にとっても譲れないものがある、彼にとって風俗とは生きる希望であり目標でもあるのだ。それをけなされれば怒るに決まっている。
ガンテルと警備先を好感したグルードは飲食街方面に向かうことになっていた。
ハリソンの街というのは想定外に広く、自転車が恋しくなるものである。
半端に広いこの街の移動は骨が折れることは確かであった。
少佐に自転車か市電くらいをねだりたいと思ったがグルード自身、今すぐに届くものではないと考えてただ歩き続けていた。
1時間弱歩き続けてようやく飲食街へたどり着くと交代のソルジャーがこちらに向かって歩いてきて、こう言った
「すっぽかされたのかと思ったぜ。ここにいると腹が減っちまってかなわん。そういえばこの襷だよな」
勤務中を表す襷をグルードに渡すとそれを受け取ったグルードは端末を取り出し勤務時間を記録した。それからバックパックを背負うようにして襷をかけるとソルジャーにこう返した。
「確かに此処はすきっ腹によくねぇな。飯代あんのかい」
客の掻き入れ時であるこの時間帯、飲食店からはオリーブ油にさわやかさを足した空腹を刺激する香がそこら中から漂っていた。
交代して昼食をこれから取る彼らにしてみれば大変に腹立たしい状況である。
「一週間ばかり来るのが早かったらあったんだがな、税で持ってかれてカツカツよ。どうしたもんかねぇ…夕飯だけだな、食ってるのは朝とそれだけで。昼なんて二週間近く抜かしてるぜ。ま、前なんて昼に飯屋がやってるとこなんて珍しいもんだったが。」
重々しい槍と盾を一度置いてから体を伸ばしながら彼はそう言った。
給料を支払われたとしても高額な税金で多くは失われてしまう。
また解放される以前では昼も飲食店に人が入らなかったと考えると苦しい生活であったことは垣間見えた。
「何も問題ねぇよ。うちの責任者の趣味が料理なんで炊き出しやってるんじゃあねぇのか?うちの少佐あんまりに総スカン喰らってるんで必死こいてたぞ」
「なんつーのか、異端の食い物ってのにも興味があるな。行ってみる。ありがとよ」
グルードがそういうと、ソルジャーは再び武器を持ち直して去っていった。
しかし彼は食欲を刺激される中警備をしなくてはならない。グルードの地獄は今これから始まろうとしているのだ。
この空腹を加速させる環境下でもMREを食べながら時間は過ぎていく。
なんとかとして胃にモノを入れることはできたのだが、四方から漂う文明的食事の破壊的な香りを前にすると惨めさが否めない。
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気が付けば退勤の時間が迫っており、既に交代のスタッフが来ている頃合いだった。
「夜勤頼むよ」
グルードが端末片手に交代のスタッフに襷を渡すと、クラッカーを口に放り込んだ。
既にハリソンは夕闇に包まれる時間帯であり、店から漏れる蝋燭の慎ましい明かりが広がって入るものの、繁華街のネオンや横浜に慣れたスタッフらにしてみれば田舎の道のように薄暗い。
「お疲れさん。夜は任せろ」
スタッフからそう気を使われていると、薄闇に人影が見えた。あの特有のインチキトンチキを具現化したような姿は紛れもなくガンテルだ。
よく思い出してみればヤツは昼勤だったことを思い出した。嫌味なアイツと帰る場所まで同じとは、とグルードは常々悪運が強いと感じた。
「なんだその顔は、嫌がらせとか嫌味を言いに来たとかんじゃねぇんだわ。俺は前ここに来た時のゴールドがたんまり残っててな、あとは…わかるだろ」
グルードの読み通り、上官から金を盗み取ることで一躍時の人となったガンテルであったのだ。どうやら珍しく嫌味を言わないらしく、驚いた。
「お前こういう時にしか訳に立たねぇな、最高だぜ」
風俗狂いに向けて散々嫌味を言われた仕返しにそう言ってやると、あの野郎は言われた皮肉に拳を突き出してこう返した。
「部下に5回くらい言われたぜ、それ。この世界の楽しみ方ってのをよーく教えてやる。グルード、お前の階級が俺より上だとしてもな。色欲の世界では俺は大佐でお前は新兵だ」
グルードはその言葉に戦慄した。
その一方、明かり一つない此処、ファルケンシュタインの平野では無数の集団が待ち構えていた。
誰もかもがあらゆる装備や鎧を闇色に染め、今までの騎兵では想像できないようなランスと盾を手に下パラディンは口を出した仮面をつけている。
前方には馬につながれた移動式連想バリスタが展開されている始末。
しかし、弦に引かれた存在は矢とは言い難い物体であった。
歩兵や騎兵が投擲用として使用される手槍である。これこそが攻城戦に使用される移動式城壁破壊兵器、それがシューターである。
二人の装填兵が息を合わせ、弦を引くロープを素早く巻き取った次の瞬間、漆黒の鎧に身を固めたパラディンが静かに指示を飛ばした。
「方位45、敵目標中心に照準合わせ。——放て」
冷たい一言が草原の中に響くと、各シューター射座より一斉に槍が弧を描きながらハリソンの街に向けて降り注いだ。
その様子を見た男はシューターに向けて再び指令を飛ばす。
「シューターは槍を撃ちきり次第撤退せよ。総員進軍開始」
男はそれだけを告げると率いた集団、否、パラディンの軍団は反乱軍の手に落ちたハリソンへと向け進軍を開始。
闇にまぎれた深淵のような黒い鎧を身に纏った謎の集団はシューターの槍飛び交う波状攻撃に乗って進軍を始めた。悪の手先に堕ちた裏切り者を抹殺すべく。
次回Chapter24は7月26日10時からの公開です




