Chapter22.Turn of general embeam
タイトル【敵のターンがやってくる】
「送り込んだ私の大隊が待機中に全滅した?その報告は事実なのだろうな」
ジャルニエ県統治者ベラ・ホーディン将軍は執務室を兼ねる将軍室でもう一人の騎士将軍からの伝令にひどく驚き、そして焦っていた。
辺境の小隊を釣り餌にして疲弊した反乱軍を血祭りに上げるはずが全滅することなど前代未聞で有望な騎士将軍が戦死してしまうとは前代未聞だ。
将軍自身も蹂躙できるとタカを踏んでいたこともあって、報告をまともに聞き入れることができなかった。
仮に攻撃を受けたとしても矢や魔法を防げる強力な重装兵が生き残り反乱軍程度の戦力如き捻りつぶせたはずだからだ。
すると騎士将軍ジョーチ・エイベルはつづける。
「さらに竜騎郵便の報告からハリソンは謎の集団と反乱軍が結託した組織によって接収を受けたとあります。また、ハリソンからの日別納税基準も糸を切るように途絶えました。反抗分子によって解放が行われたことは事実かと。将軍、いかがなさいますか」
騎士将軍からの残酷とも思える現実を知らされたホーディンはこめかみを人差し指と親指で強くつまみ、深くため息をつきながら頭を抱えた。
大隊を喪失し、敵はハリソンで体制を整えている以上、レジスタンスはこの城を陥落させるべく侵攻をかけてくるということくらい想像がつく。
では残っている人間はどれくらいいるのだろうか、将軍は考えた。
城内を警邏する騎士団をかき集めたとしてせいぜい中隊になるかどうかであり、マリオネスからの報告には銃を使うとある以上、重装兵を盾のように扱わなければならない。そうなると火力を持つ歩兵は足りるのか、と。
重装兵の防御力こそ目を張るものはあるが人間である以上排除できる敵兵は限りがあるからである。
足りない。歩兵になれるような人間は機動力のある大隊に割いてしまい残ったのは重装ばかりだ。憂いても仕方がない、そう考えた将軍はエイベルにこう告げた。
「城下町の防衛騎士団を全てこちらに回せ。城下町は捨て、この城だけ生かせばよい。街は破壊されようが再興することができる。皇党反乱分子をジャルニエで皆殺しにせよ、骨も残すな」
焦りを隠しながらそう命令した。絶滅寸前の古きものを一層し、軍隊の新しい夜明けのために、ジャルニエ城は陥落させてはならない。彼は噛みしめながら軍備を進めていった。
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最初にホーディンが訪れたのはちょうど執務室の扉外直下の位置にあたるらせん回廊だ。
塔のように通路があり、空洞になった部位に部屋を作る方式を取っており一部は床と天井を兼ねている部分がある。
その場所に魔導士長であるカルギルを呼びつけ、話をしていた。
「万が一だが私の指揮所に敵が来た場合ここを爆破することは可能かどうかを聞きたい」
するとカルギルは将軍がまるで正気か疑うような眼差しを向けながら妙な口ぶりで答えた。
「何を仰います、そうしたらショウグンサマが取り残されちまいますョ。あとアテクシのヴァドムでぶっ飛ばすには少しばかり楔がほしいとこですな。城壁とかっていうのは綻びがあるトコロから崩れるってご存じでショ。だから必要ってこってす。」
将軍はいざとなればアーマーナイトよりも分厚い装甲板を身にまとわなければならない身であり、はるかに鈍重になる装甲の重みにはいくらブーツで底上げしたとしても歩き、槍をふるうのが精いっぱいであるため万が一執務室が崩落することも考えられる。残骸に巻き込まれれば救助は不可能に近い。加えて執務室への通路が封じられるため将軍が孤立してしまうのだ。反乱軍相手にそこまで大げさに考える必要はないのではないかとカルギルは問おうとすると
「爆破はカルギル、お前が行うのだ。必要な細工は別の人間に命令させておく。反乱軍は我々の楽園をズタズタにしようと考えているのだ。何があってもここで止めねばならぬ。
これ以上この国にヤツらの足跡を作らせてはならぬのだ。たとえ我が身をささげても革命で手に入れた権利を保たねばならぬ。」
将軍の眼差しは鋭くカルギルを見つめていた。
白髭を生やした威圧的な顔から放たれる空気というものは本気そのものだった。装飾の入った高い襟の執務服も相まってカルギルはそれを呑むしか選択肢はなかった。将軍が言うならば仕方がないと半ば諦めながら
「了解。コイツを使うのはあくまで手数が尽きた時ですからネ、そこまで追い込まれないコトなくぶち殺すことができればいいんですがね」
将軍に敬礼を行いながらそう返すと、ホーディンは無言で次の場所へと足を向けていた。
このジャルニエ城で反乱軍を食い止めるために与えられた時間はないに等しいのだ。
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次に訪れたのは城の中庭の専用の罪人処刑のために作られた石畳の場である。その周りには人と思しき大腿骨等が転がっているが雑草にまぎれていた。
取るに足らない丸裸のレジスタンスの捕虜を火竜と戦わせた挙句残虐になぶり、絶望を与えてから食われる際の絶叫を楽しむ最高の娯楽が将軍命令で行われてきた。ロンドンの要職についてきた人間や重罪人の処刑に関しては城下町の人間にも公開される事もある。
おおよそ酒盛りの余興として使われることが多いのだが、今日に限って昼から行われることになっていた。
火竜がこの舞台に連れてこられると、恐怖におののく声が響いてきた。今日の調子は上々で良い気分転換になりそうである。
「将軍、昼から炎の演奏会を始めるとは珍しいですな。」
看守と火竜使いを兼任する重装兵ジョーンスベルが将軍の脇でそう囁いた。その直後、火竜の咆哮で放り込まれたネズミの声はかき消される。
「早々に準備させてしまってすまない。今日はいけ好かない気分でな。更けまで晩酌していたせいやもしれぬ。」
高貴な会話が繰り広げる中、火竜はレジスタンスの男を爪でいたぶり始めた。
この火竜は知性こそない獣ながら将軍と共に従軍し、殺処分を逃れて城内で愛玩されている。時たま大道芸人として他県の来賓を迎える際には人を楽しませる芸ができる賢く忠実な僕である。
この怪物めいたオオトカゲはその図体らしい重々しい動きで捕虜を追い詰めると断頭台めいた口で胴体を持ち上げると、いともたやすく放り投げた。
肝心の男はというと片方の足がありもしない方向に捻じ曲げられており、まさに絶対絶命と言わんばかりの状況になっていた。
見せ場まで時間があることを見越した将軍はジョーンスベルへ話を切り出した。
「既に反乱分子はこの城を攻めてくるだろう。そこで二頭の火竜を再び登用しようと思う。」
そう切り出した瞬間、火竜は火のブレスを器用に操り男の足元のみを執拗に焼き払うと地響きを起こしながら喚き倒す男へと近づいてゆく。クライマックス、竜の餌となる時がやってきたのである。
「なんですって、反乱軍がこの城を!?」
思わずジョーンは声を上げてしまった。根絶やしにしたはずと自分含めた多くの兵士はそう思っていたからである。大隊を送りこみハリソン住民ごと始末したはずがなぜここに居るのか。信じられない様子であった。
その声に反応したのか火竜は動きを止めたが、彼が再開の指示を出すと演奏会は再び音楽を奏でだした。
「見せ場をつぶしてどうするジョーンス。指揮官であろうモノが慄いてどうするのだ。
別の反乱軍がここに来ているのだ、慌てることはない。」
ついに演劇はクライマックスを迎えた。火竜がまるで菓子を丸呑みするように叫ぶこともままならない捕虜を飲み込んだのだ。この演奏会は火竜の餌やりも兼ねているため、飢えた火竜は我慢ならずそのまま胃に収めたのだろう。本来であればヤジが飛んできてもおかしくない状況下にも関わらず将軍は気が済んだかのように立ち上がると
「火竜の立ち位置は既に決めてある。反乱軍に関しては話していなかったことは純粋に私の不備だ。私のやるべきことが終わった後に集会を開く、詳しくはその際に話そう。——良い気分転換になった。」
うろたえる彼に向かってそう言ったのだった。
下手に真実を告げれば兵の士気は下がるどころか混乱を招くことに違いないことははっきりした今、将軍は壇上で話すことを頭の片隅に置きながら次の場所に向かうことにした。
今の状態ではジャルニエ城の本領を発揮できず沈む羽目になるのだから。
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将軍の執務は続いた。ジャルニエの真の力をもって襲い来る反乱軍を迎え撃とうと回収と工作指導に励む間、高かった日は傾き始めついには山の向こう側に沈むどころか暗闇が押し寄せている羽目になっていた。
問題は防衛を担う兵にどこまで情報を流すかどうか、それに将軍は悩んでいた。
自分が送り込んだ大隊の全滅により反乱軍の侵攻を許したと白状でもしてみれば自分に刃が向くことも考えられる。最悪の事態に陥らないとしても負け戦と知ったやる気のない兵士では敗北を喫することになるだろう。
ホーディンは城壁めいた襟をした深紅の執務服を整えると、集会の行われる聖堂の壇上に立ち、その壇上から兵士を見下ろした。
兵士たちはまるで石像のように固まり自身の顔を見ていた、彼らの命は自分の命令一つで失うも勝ち取るも左右してしまうのだと改めて実感させられる。
将軍は大きな手を一度硬く握りしめると息を深く吸い声を張り上げた。
「祖国のため武器を取る選ばれた諸君らに伝えねばならぬことがある。この崇高なジャルニエ城に反乱軍が侵攻をかけているという情報をつかんだ。我々が送り出した大隊を出し抜いて本隊がこちらにやってくるのだ。我々は出し抜かれたのだ。」
その一言で兵士たちはどよめいた。送り出した大隊で敵を皆殺しにしたのかと思い込んでいたからである。
その様を見た将軍は騒乱が止むまで静かに、そして胸を張りながら待ち続けるといつしか騒ぎは収まり、聖堂には沈黙が訪れた頃に将軍は再び声を上げた。
「しかしながら反乱軍の本隊を撃滅できた暁にはジャルニエから逆賊を殲滅できることになる。諸君らはこの地から人間の屑の寄せ集めである反乱軍を撃滅し、帝国に尽くそうではないか。賛同する者は剣を、槍を掲げよ!」
再び聖堂が困惑めいた騒乱が起き始めた。将軍は壇上から降りようとも、静粛を呼びかけることもなかった。兵士たちに決断の時間を与えるためである。
すると一人の兵が剣を掲げた。その連鎖はあっという間に波及し、聖堂は血気盛んな叫びと無数の武器が掲げられる動乱めいた騒ぎに発展していた。
一連の騒動を将軍は見届けると、騒ぎにまぎれるようにして壇上から退いていった。
「本当にああ告げてよかったものでしょうか」
舞台裏で待機していた騎士将軍エイベルがそう聞いてきた。
それに対して将軍は一言だけで済ませた。
「よかったのだ」
紅のマントを翻して将軍は足早に聖堂から立ち去った。
敵軍がこの城に来るまでの限られた時間において、日が落ちた程度では職腕を止めることはなかった。
この城にジャルニエにいるありとあらゆる軍人のメンツがかかっているのだから。
次回Chapter23は7月25日10時からの公開です




