Chapter219. Death Rain
タイトル【死の雨】
ウイゴン暦9月19日 既定現実9月26日
午前2時
ペノン-ナンノリオン県境
偵察機から報告はすぐさま後ろに控える砲兵大隊に告げられた。わずかな明かりに照らされたのは、ずらりと並ぶ60門の主体砲。
象のように長い砲身の一本一本は全て敵に向けられている。
徹底的に焼き払ったミサイルの射撃はこの1時間後に完全に終わる。
頼みの綱は彼らだけになる。
彼らの役目は突撃する機甲部隊の敵を薙ぎ払うこと。
これでもダメなら戦車で直接叩く算段だ。
本格的に攻め入るのはこの2時間後。まだまだやることは多い。
狙いは進路上にはびこる敵、全て。
どれだけ歩兵というチップを重ねられたところで、この凄まじい数の暴力で殴って突破することは可能だ。
だが、それには損害と時間という痛手を負ってしまう。
その間に敵の持つ最終兵器が起動されたら打つ手がなくなり、敵の術中に見事落ちることを意味する。
WEEEL……
操作手が指定された座標を基に、主体砲の砲身を操作し、星々煌めく夜空に狙いを定める。
剣山めいてずらりと並ぶ砲門。砲弾は装填されており、後は命令一つで相手に流星を見舞う事が出来るだろう。
60門全てが臨戦状態という恐るべき現状を帝国軍は知る由もない。
【撃て】
————ZGGGGGAAASHHHH!!!!!—————
硝煙の炎が空を覆いつくし、地上は一瞬だけ昼間に巻き戻された。
砲の尾栓を開き、二人の装填手が全力を尽くして砲弾を運ぶ。
非常に重い球を何とか装填すると片方の兵が押し込み棒で最奥まで押し込んだ。
破壊力を生むリスクは大きい。
火が消えぬうちに打つ、と言わんばかりに消えた片方のスタッフが巨大な円柱を持って現れた。
成人男性重量にも匹敵する物体を射出する装薬に他ならない。
これでも数十キロにも及ぶ代物。
だが男たちは軽々と持ち上げ、押し込んでから栓を閉めた。
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——午前4時
ペノン県近郊
実際にナンノリオンの地を踏むのは冴島たち、機甲部隊。お膳立ては全て揃った。あとは目の前に遷る敵を全て破壊するだけ。
大佐は中将に無線を飛ばした。
【LONGPATからBIGBROTHER。作戦準備完了、作戦開始許可を願う】
【BIG BROTHER了解、作戦開始せよ】
———VooOOOOOMMMM!!!!!!————
ミサイルのにわか雨が止んだ一時間後、機甲部隊が一斉に動き出した。
側面から白煙を上げながら戦車・突撃砲・装甲車両群れがフォワードとバックアップに別れ、ナンノリオンに向けて旅立つのである。
冴島はT-72の中で作戦内容をもう一度振り返っていた。
今回の作戦は正直言って一筋縄ではいかない。
持ち込んでいるスカッドのほとんどを放ち、艦上からも相当数のミサイルを撃ち込んで敵陣に抵抗できる力はもうないだろう。
問題なのはナンノリオン市街地前には軍需工場があることだ。
自分が逆の立場。つまり帝国軍司令官であるならば、必ずあそこで食い止める様命令する。
戦闘は要塞ポポルタ線まではいかないとしても、かなりの激戦が予想されよう。
だが問題にはならない。
盤面返しをされる前に攻め切れるか。問題はそこだ。
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——午前5時30分
ナンノリオン県
出発から1時間半、敵地に殴りこんで暫く経つ。
勿論この先はSoyuzの勢力外、敵のホームグラウンドなのは言うまでもない。
暗視を切ってペリスコープを覗くと、見えるは所々剥げた草原にクレーター。
濛々と上がる黒煙と自然と区別がつかなくなった軍事基地跡。
膨大な攻撃の爪痕が如実に残っていた。
凄惨な状況を前に冴島はただ戦車を走らせ続ける。
感傷的になるのは戦いに勝利してからであって、今は迎撃に遭遇しないかどうか目を光らせるだけ。
大佐は無線機を取る。
【LONGPATからOSKER01。現在位置から重要目的地点までの距離は】
【こちらOSKER01、距離16000】
距離は20kmを切っている。リアルタイムではこのメーターが目減りし続けている旨を考慮すると、おおよそ15km程度。
戦車砲や突撃砲では届かない、ならば違う畑にいる連中を使えば良い。
空母北海や各地飛行場から空へと飛び立った、航空部隊である。
【LONGPATから各機、攻撃開始】
【了解】
本音を言えばTu-95で爆撃するのが最善だが、今回は部隊が進軍しながら破壊する形を取る。
しかし、これでは過剰すぎる。
近頃の湾岸戦争ではアメリカ側の損害のほとんどが同士討ちというし、異次元に持ち出せる貴重な戦力をこんなことで失う訳にはいかない。
戦闘機の機銃掃射と軽爆撃機の攻撃で抑えなければ味方を巻き込んでしまう。
大火力も時と場合を選ぶのだ。
「さて……」
冴島の彼方には工場が迫る。
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——ナンノリオン魔導工場
降りしきる豪雨から丁度免れた場所があった。
冴島、いやSoyuzが最重要目標と呼んでいる魔導工場である。
すべての発端は日も登らぬ深夜の攻撃に他ならない。
元々からペノン攻城戦の頃から準備を進めており、爆弾から逃れたため司令系統がまだ生きていた。
敵が殴り込みをかけてきたことを察知した司令官は深夜から戦闘配置命令を下すに至る。
「第6番ゲート閉鎖完了、城側口を全て閉鎖しました!」
「了解。敵侵攻までの間、内部ゲートを閉鎖作業急げ!真っ向勝負では勝負にならない、本作戦では投下される魔導兵器と連携し、各個撃破せよ!」
それでも混乱し続ける部下たち。
ナンノリオン防衛という大役を背負った司令は、今にでも逃げ出したくなるような気をどうにか押し込めて指示を飛ばし続ける。
兵器には兵器を。
そのためのお膳立てにはかなり苦労したが、正直な所まだ役不足。
どこか欠けた状態で戦い、また敗北を重ねるのか。
もう後がない状況で言い訳を垂れる訳にはいかない。
そのために「落とし穴」を用意した。正確に言えば用意してあった、というべきか。
強硬な連中なら必ずドツボに嵌る沼を。
「もう敵が———」
「繰り返す、投下される魔導兵器と連携し、各個撃破せよ!」
異端軍が使う異形は発見が容易で助かった。
司令は荒れ狂う人波の中、Soyuzに抗い続ける。
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——午前6時07分
ナンノリオン県 北部近郊上空
Soyuz作戦司令すら囮にするこの戦い。目的は敵司令部の陥落、では誰が本拠地を叩くのか。
空挺部隊である。
Il-76がナンノリオンの城を過ぎ、帝都と接する北部地帯に到達した。
以外にも魔法版スチームパンクの世界を過ぎれば、そこには平和な農村が広がる。
ゾルターンが占領された今、労働者の腹を満たす食料はここで作られているのだ。
そんな農村の1ドット、石造りの家から一人の農夫が今日も一日働くため外へとやってきた。
「あーチクショウ、仕事だ仕事。夏は暑い、すぐ明るくなる、寝れない。いいことなんてありゃしな
い…」
遠方から何度も空と陸から鈍い音が響いている。
そんなことで休みにしていい訳もなく、普段通り天を見上げ、一日を始めようとした時の事だった。
「…あぇ?」
昨日は雲一つない青空、つまり明日も陰りのない晴天になるはず。
それにもかかわらず空が暗い。どこか日が陰っているではないか。
早起きのし過ぎで日の出前に起きることもない今、確かに「朝」である。
しかしその疑問はすぐ吹き飛んだ。
「んじゃあアリゃ……!」
落下傘が音もなく雪のように降りしきる。その数、ざっと数百。
あまりの数に、オリーブドラブのパラシュートが光を遮っていたのだ!
よくよく見ると、先には人や何やら大きな箱がついているではないか。
彼は何がなんだかわからなかった。帝国とは違うそれを自分でさえも理解できていない。
ただ本能がこの死を呼ぶ灰から逃げろと言っている。
しかし体が動かない。未知に対しての恐怖か、それか絶望か。
ただ茫然と立ち尽くすことしかできなかった。
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航空戦力であるドラゴンナイトは配属するのに騎士のみならずワイバーンが必要となってくる。
発着場、厩舎と城にとても押し込める訳がない。
よって配置するには空軍基地を設ける等、外部に依存する。
それが今、凄惨なる有様で迎撃不能となれば恐れるに足らず。
空挺部隊は白鳥が舞い降りるように地表に降下していった。
——GRSH!!
空挺兵が半ば転げながら着地する。訓練を積んでも人間には限界がある。
安全な速度まで減速したとは言え、現実は白鳥の泉とはいかないもの。
どうやら草原に落下したようだが、周りを見ると農地近辺に降り立った奴もいようだ。
パラシュートを切り離し、即座に臨戦態勢を整え、味方と合流を図る。
その脇では乗員を押し込めた空挺戦車BMD-4がパレットごと降臨し、役者が揃っていく。
遠くを見れば物語にでも出てきそうな浮遊城、あれが最重要目標ナンノリオン城。幻覚含め妙なモノを見てきた893連隊の彼らにとっては感情を揺さぶられはしない。
重要なのはそこから出てくる敵の有無。
他の兵が双眼鏡片手に嗅ぎつけてきた曲者がいないか確かめる。
【敵影確認できず】
【了解】
これだけ派手に騒いでもなお駆け付けて来ないのは未明の砲撃が効いている証。
本当に気が付いていないのだろう。言い換えれば「見事な奇襲に成功」した。
寝首を刈りに空挺部隊は城を目指す。
そのためには市街地を乗り越え、なおかつ拠点にたんまりため込んだ敵兵をなぎ倒す必要が出てくる。
どこまで機甲部隊が囮として働いてくれるか。
疑似餌と気が付かれるまでに空挺部隊がしめやかに司令部を仕留められるか。
勝利はこの両者に委ねられた。
次回Chapter220は8月8日10時からの公開となります
・登場兵器
主体砲
北朝鮮兵器の1種で、湾岸砲に足を着けた自走砲。砲塔付きの戦車のような自走砲とは違い、「自走する」砲の特徴を色濃く残す。
T-72
Soyuzの運用するソ連製主力戦車。
ちなみに運用しているのはB型の廉価版B1型で、特徴的な爆発反応装甲はつけていない。
ミサイルは撃てなくなっている。




