Chapter215. Common Sense(1/2)
タイトル【コモン・センス】
——ペノン城 副司令部直結回廊
強力な布陣を打ち倒したSoyuz。
あまりにも兵士と火力の防壁にリソースを振り分けていたのか、司令部に続く通路で皆無と言って差し支えがない程に敵兵が出現することはなかった。
ことわざにするなら「竜頭蛇尾」だろうか。激しい攻防を見せたペノン城での戦闘は終結へと一気に近づいていく。
戦いは最終局面。
ミジューラの提言とニキータの指示によって機械化歩兵部隊の一部は副司令部の制圧に乗り出していた。
これでどこからともなく降ってくる魔導攻撃が止むと考えると気が楽になる。
「間違いない、敵は弾切れだ」
PKMを抱えたパルメドは銃身を好感しながら辺りを見回す。
だがこれでいいのか。
あれだけ策を練って来た相手がこうも綻びを見せるものなのか。
勝利へと続く階段を前に、彼は妙な胸騒ぎを覚えていた。
疑念を足枷にするPALにガンテルは能天気にこう言う。
「どうせ伏兵でもなんでも仕掛けられてんだろ。どのみち殺すか逃げるかすればどうにかなるもんよ、さっさと仕事終わらせて一足先にペノンでお楽しみといこうじゃねぇか!」
あまりの場違いさにグルードは思わず釘を刺さざるを得ない。
「お前の事はどうだっていいが、頼んだって絶対カネ貸さねぇからな。この前のだって返してねぇだろ!」
給与をその日の内にカラにし、その後は他人に縋る生活を続けていたツケが回って来たのである。
借金をしながら返さないとはなんと傲慢なことだろう。
彼らの先に見えるは敵頭脳の第一層、副司令部が見えてきた。
扉の先には悪魔が待ち構えているだろう。魔導の権化たる存在に彼らは勝てるか。
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□
止まれば即爆死。
ペノン城ではその傾向が顕著である。
副司令部へつながる扉を発見した機械化歩兵部隊たちだったが、肝心の突破方法が見つからない。
サーチライトの如く光筋が彼らを照らし、その場に留まることさえ許さなれないのだ。
爆薬を置こうものなら位置を即座に捕らえられ自らが爆弾と化す。常に動き続けねば骨も残らず死ぬことだろう。
「動いても止まってもどのみち死ぬってか、ふざけやがって」
ガンテルは得物をMPLから何時もの対装甲弓ガロ―バンに持ち替え、待ち構える敵に備えていた。
だがこのままでは埒が明かないのも事実。そんな中、現場指揮官がある指示を出す。
「扉を爆破後、フラッシュを炊き突入せよ」
敵はよほどのエクスプロージョン・フリークと見える。
ならば爆発には爆発を。その道理に従って答えるのが礼儀というもの。
指揮官の指示一つでスタッフは長筒を取り出した。ただの鉄や塩ビパイプではない。
爆薬が隅から隅まで詰まったバンガロール爆破筒である。
鉄条網や地雷原をすべてまとめて吹き飛ばせる「ツール」だ。
移動しながら信管と起爆装置とをつなぐケーブルを装着。すると間髪入れずに兵士は扉に向けて放り投げる。
一見してガサツ、しかしセンスが問われる重要な役に変わりはない。
部隊は凄まじい爆風に巻き込れないよう退避した直後、筒は炸裂した!
BooOOOOOOMMMMM!!!!!
地雷原すらまとめて吹き飛ばせる代物。
副司令部へつながる扉をウェハースのように吹き飛び、大きな風穴が開く。
その時である!
「しまった!」
———BRooOOOOWWW!!!!——BPHoOOMM!!!
爆破され舞う粉塵の中から巨大な火柱が何本も現れたではないか。
敵にとって司令部の扉を爆破されることなど想定の範囲内。
逆に扉を開けてしまったのが間違いだった。
待ち伏せをかけて突入してくる兵士を悍ましい火力を持って焼き殺そうという魂胆だろう。
凄まじい魔導の嵐が彼らに迫るが、咄嗟の判断で扉の外側に飛び込んだのが功を奏し
魔の暴風雨は全て壁に撃ちつけられた。
「——блядь!完全にやられたな…!」
特大ハリケーンの如く爆発・火柱・隕石・ライトセーバーの嵐を前に、指揮官は歯を食いしばり様子を伺う事しかできない。
尋常ではない焼け跡を見るに、身を出すか固まっていれば問答無用で焼かれて死ぬ。
突撃するのにもタイミングを計らねばならないだろう。
こちらの初動を潰された。その上行動を完全に封じ込まれている。
今までやって来た機関銃による制圧射撃をそっくりそのまま返されているのだ。
思わぬ妨害によってフラッシュバンを投げることも叶わず、今はこうして回避に専念する他があるか。
刻一刻と照準はこちらに向き、着実に始末しにかかる。
考える時間はもう残されてはいなかった。
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□
パンドラの箱を開けてしまったから、ただ嘆くだけなのか。
しかし考えてみて欲しい。
敵兵士を全員打ちのめしてしまえば勝ちに変わりはない事を。
「突撃開始!」
しのごの言っても始まらない。
万策尽きた時、モノを言うのは根性。
そう悟った隊長の指示で歩兵らは一斉に突撃し始めたのである!
魔導を掻い潜りながら迫る機械化歩兵部隊たち。
侵入者を阻むように業火の塊が彼らに襲い掛かった!
数こそ回廊と比較にはならないが、此処には頼れる壁はもういない。
戦場の原点。自分の命は自分で掴み取らねばならないのである。
「数5、スナイパーが2、ソーサラー3、一番後ろが親玉だ!この野郎矢を寄越せ!」
ガンテルは頼れる相棒二人に状況を伝えつつ、素早く大弓を引く。
敵対している帝国兵はウィローモに照準が向かないよう、ゲグルネインやその身を盾にしてカバーし合っていた。
手練れなのは確実。
誰よりも早く敵スナイパーを射殺することが出来たが、なんにせよこの上級魔導士軍団が邪魔で仕方がない。
———BLALALALALAL!!!!!!———
その横でパルメドの機関銃が火を噴いた。火力の多勢に無勢。
魔法の雨も小降りになるが、彼に向けて流星群が降り注ぐ!
疲労で満足に動かなくなっていく体に鞭をうち、飛び込んでミサイルのような一撃を躱す。
機銃持ちは戦場での万能選手、故に命を狙われるのだ。
「——あいつか…!」
しかし彼もやられてばかりとはいかない。
隕石が飛んでくる時間、ペノン県騎士将軍の姿をしっかりと焼きつけていたのである。
アイアンサイトのような杖を片手にした緑ローブの老人。ヤツで間違いない。
ここでの敵はもう残り僅か。あともう一押しさえ決まれば勝負がつくだろう。
PALは制圧射撃から一転、ソーサラーに銃口を向け、引き金を引く。
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自動火器を前に次々と倒される赤ローブの魔術師。
最後に残ったのは緑のウィローモただ一人。
スタッフは銃口を突きつけて投降を告げようとするが、間髪入れず魔導由来の怪しい光が収束していく。
———BPHooOOOOOOMMMMM!!——
だが既に見切った攻撃に引っ掛かる程、歩兵らは無能ではない。
各々2手に分かれて射殺しにかかる。
その一人、ガンテルがガロ―バンの弦に手をかけた時だった。
「野郎ッ!」
視線の先には大きな火柱が迫ってくるではないか。中心部にはファントンがご丁寧に仕込まれてあり、殺意の高さだけは評価に値する。
魔法の中に違う魔法を仕込んでいるとしか考えられない。しかも一瞬で。
彼は悟った。
目の前に立っているこのソーサラー、圧倒的に強いと。
歩兵チーム、いや自分自身を凌駕する技量と手の速さを前に殺れるか。
ガンテルは息を深く吐き、策を巡らせる。
腕を寄せて火柱と殺人カッターを紙一重で躱すも、次に待っているのはヴァドム。
文字通り「スキがない」
それに加えて戦艦をそのまま人間にしたかのような苛烈な攻撃を前に狙いをつけることさえままならない。
「どうにかなんねぇのかよ!」
ガンテルが叫ぶも、気が立った歩兵には苛立たせるだけだ。
「クソが!黙ってろ!」
ある一人の兵はヤケを起こしたのか、空になったAKのマガジンをあらぬ方向に放り投げた。
今すぐにでも倒せる距離にも関わらず何も出来ない。これほど歯がゆい事はないだろう。
「BULLSHIT!!!!」
トリガーに手を掛けようと瞬間、ふと空弾倉を投げつけた記憶がフラッシュバックする。
本当に手立てがないのか。
彼は片腕でライフルを乱射しつつ腰元を探ると、あるモノに手が触れた。
長方形で細長く、上には持つのにちょうどよいグリップ。
突入時に満遍なく投げ込む筈のスタングレネードだった。
すかさず無線機を取り、面々に告げる。
【10秒後にフラッシュを炊く!】
一か八か。天からの宝札はどちらに舞い降りるのか。
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□
高らかな宣言と共に歩兵チームの動きは一転。
ヘッドフォンを持ち出していた者は前線に、そうではない者は一斉に後退し始めたのである。
【2時方向、敵】
頼みの綱は味方のグレネード。
ただ一人、ウィローモの位置を正確に掴んでいたパルメドからの援護が飛ぶ。
——5秒前
手の内に秘めた切り札を知られてはならない。
撤退するように見せかけるため、聴覚を遮断したスタッフは手持ちのライフルを乱射し続けた。
———BLATATATA!!!!!———
次々と魔導に飛び込む弾丸たち。火柱や爆風の合間を縫ってどれだけ届いたのか。
一方でわずかながら敵も前進し、歩兵チームを追い出そうと躍起になっている。
スタングレネードを手にした兵は安全ピンを抜き、グリップから手を放した。
こうすることで時限装置が作動してくれるだろう。
与えられたタイムリミットは3秒。手違いがあれば何もかもが終わり。
プレッシャーを逆に潰し、彼は息を整えながら時間を数える。
「1、2…3!」
トレビの泉に放り込まれたコインの様に円筒は宙を舞う。
そして地に触れることなく起爆!
闇を照らす太陽を何千倍と爆縮した閃光とけたたましい轟音が降り注ぐ。
空中で遮るものはなにもなく、副司令部の隅々に至るまで感覚を奪い去る大波は全てを押し流していった。
火柱やら爆発はもう飛んでこない。
この静寂こそ勝利の証である。
ガンテルが亡骸から矢を補給している一方、行動不能になっていたウィローモを確保しにかかっていた。
一見して典型的な老魔導士に見えるが、武器を持たずして人を虫けら同然に殺せるだけの力を持っている。
彼は一時的に気絶していたものの、既に意識が回復し始めている有様。
勝つためには魔封じが必要だ。
「直ちに武装解除し、投降せよ」
スタッフは前に銃を突きつけながら、冷たく勧告を行う。
しかし初老とは言え、敵兵を睨む目は鋭いまま。
これ依然抵抗の意思有りと見た兵は拳銃を引き抜き、容赦なく手の甲に鉛弾を撃ちこんだ。
——BANG!——
一見して無意味な残虐行為。しかしこれにも意味がある。
精神力などを根源とする魔力は人間の精神力とリンクするという特性を持つ。
耐えがたい苦痛がその身に降りかかれば弾切れし、鎮痛剤を打てば多少は補填されるだろう。
武器を何も持たず、容易に人間要塞になることが出来るソーサラーを無力化するにはこうするしかないのだ。
石材に鮮血が飛び散るが、此処にいる誰もが関心を持とうとすらしない。Soyuzも帝国軍も両者行きついた「日常」なのだから。
ペノン城の延髄とも呼べる副司令部の制圧が完了。
残るは大脳だけだ。
次回Chapter216は8月4日10時からの公開となります




