Chapter210. Hawk Eye and Dragon Eye
タイトル【鷹の目と竜の目】
かくしてペノン城制圧作戦が始まった。
主体砲40門による爆風の嵐で城に配置された敵を全て薙ぎ払い、ガタガタになった防御陣営にGチームをヘリで下ろして敵司令を抑える。
この時まで、取り立てて変わった作戦ではないだろう。
しかし慣れというものは時に恐ろしいもの。いつも通りを想定していたとしても、些細なイレギュラーによって大損害を被る事だってある。
そんな未来を断ち切るため、今宵もSoyuzは偵察機を飛ばすのだ。
ウイゴン暦9月18日 既定現実9月25日
——ペノン城空域 高度1000m
OV-10のパイロットは様々な作戦に参加し、帝国の空を腐るほど飛び回っている。
しかし同じ光景ばかりで飽きるのか、と言われれば違う。
背を絶壁で囲まれたギンジバリス市と比べ、ここペノンはのどかな海辺と言った印象を抱く。
しかし美しい風景に水を差すように、機長は無線機片手に現状を淡々と告げるのだ。
【OSKER01、作戦空域に到着。これより詳細偵察を開始する】
【LONGPAT了解】
偵察機とは言え、OV-10に搭載されている機材は偵察衛星などにはかなり劣る。
そのため今いる高度から半分ほど下げ、近づいてじっくりと撮影しなくてはならない。
高度1000を切ればそこから下は竜騎兵のテリトリー。
そのため機長の顔もより一層険しくなり、副機長はレーダーを注視し続けていた。
——800…700…600…
計器の目盛りが勢いよく減っていき、地上へと近づいていくその瞬間。
相棒はレーダーに映る影について報告すると同時に、機長の肝が冷えた。
「2時方向、敵機発見。距離8000」
城から出てきた偵察騎。
数は一つだけ、迎撃に上がって来たのではないのかもしれない。
それに相手との間合いは8km、おそらくこちらが先手を取っている。
しかし自衛用のサイドワインダー・ミサイルの射程外。
撃墜するなら半分の4kmまで近づいて撃つ必要があるだろう。
高度を上げて振り切るか、それとも増援を待って撃墜してもらうか、あるいは素知らぬ顔で通り過ぎるか。
運命の分岐を迫られていた。
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□
選ばれた答えはたった一つ。
敵を撃墜。増援を背後に控える全て叩き落すというものだった。
距離が4kmの大台に入った瞬間、機長は操縦桿に備えられたトリガーを引く。
———VLAAAASHHHH!!!!!———
爆炎と共に細長い蛇毒は機体を離れ、敵に向けて一直線。
ひとたび合間を置くと、レーダーからは音もなく敵機は消失していた。
殺したという手ごたえもなく、まるで大昔のゲームの如く結果だけが残る。
これこそ21世紀の空中戦というものだ。
そこには夢もエースパイロットも何もが存在しえない、ただ効率化したデジタルの殺し合い。
手ごたえのなさを胸に、機長は高度を上げながら冴島大佐にあるものを要請する。
【OSKER01からLONGPATへ、増援を要請する】
【LONGPAT了解。座標を送信せよ】
【了解】
この時まで、いつもの城制圧戦かと誰もが思っていた。
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□
——同刻ペノン城
この帝国ではミサイル炸裂音が良く響く。
魔導とも全く違う重い音もさることながら、遮るものがないことが一番大きいだろう。
「偵察兵が撃墜されました!」
慌てた伝令がウィローモに一報を伝える。もはやここまで来ると情報を伝えるというよりも、騎士将軍に怒鳴り散らすと言った方がぴったりだ。
しかしすべてが想像の範囲内。
叩き落されたドラゴンナイトはいわば「鳴り子」と同じ。
罠に反応があればやることは一つ、敵の侵入に備えることだけ。
「了解。——総員、戦闘配置」
その様子に恐れも、焦りも全くなかった。本国がくれた2週間、惰眠を貪っていたわけではない。
兵の配置は勿論の事、敵にかける罠や接近を察知する方法やスムーズに戦闘態勢に移行できる所まで徹底的に策を講じていたのである。
戦備は万端、此処から先は自分の指揮能力と兵の頑張りに掛かっていると言っても過言ではないだろう。
むしろ信じられるものがあるだけ有情というもの。
兵を信じず、一体何を信じるというのか。
重装甲を身にまとった【ペノン県将軍】はマントを翻し、伝令にある一言を託した。
「各々、存分に力を発揮し異端を退けよ」
すべきことは全てやり切った。
勝てるか、それとも負けるか。それらは将軍から一兵卒、全て城にいるすべての人間に掛かっている。
———FEEEEEELLL……KA-BooooOOOOMMM!!!!!
どちらかが勝つのか。その答えは降りかかる砲弾の爆裂に全て塗りつぶされていく。
さぁ、作戦の始まりだ。
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□
——前線後方 自走砲陣地
「撃て!」
——ZRaaaAAAAAASHHH!!!!!——
射撃手が指示一つでヒモを引くと、耳を吹き飛ばすような爆音と共に薬莢が後方から放り出される。
地上では170mm主体砲の榴弾が、上空からはMiG29戦闘機がペノン城へと一斉に群がるこの状況。
陸の敵は圧倒的な火砲の雨によって、場に存在することすら許されず、空に舞い上がれば比較にすらならない程の速度で死神が忍び寄ることを意味する。
出た瞬間に勝敗が決まると言っても過言ではない。
その刹那、不自然な点にいち早く気が付いたのは空を舞うパイロット、ジョンソだった。
【HOU-05からLONGPAT。敵機発見できず】
どんな形にせよ、飛竜乗りであれば轟音を立てながら飛ぶ存在は全て敵と認識するという。
明らかにおかしい敵が闊歩しておきながら、迎撃のひとつも出て来ないことに違和感を抱いたのである。
【LONGPAT了解。旋回し敵機に備え、OSKER01は偵察を再開せよ】
その報告に冴島は空域に留まるよう命令を下した。
仮に敵がいきなり豹変するとして、その場に戦力が居なくては何にも意味がない。
これもまた最良の判断と言えよう。
しかし、確実に歯車は次第に狂っていく。
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□
砲撃が開始されてから3時間が過ぎようとしていたその時、Gチームを乗せたヘリがやって来た。
既に撃ち込まれている砲弾は200発を超えており、いかに強固な城とはいえ兵員が出て来れないことはこれまでの戦いで分かっている。
だが油断は出来ない。
敵機が出てきたという報告が上がっているため、戦車やミジューラといった重量物を積んだスタリオンはGチームの揺り籠の後ろについていた。
——ペノン城 中庭上空
——VATATATATA……——
破滅への羽音が響く。不気味なテールローターが規則的に空気を切り裂き、その浮力がランディングゾーンに張り付くことを可能とする。
ハインドはホバリングしながら、ゆっくりとワニめいて凶悪なコックピットを下に向けつつ方向を転換。
アゴについた30mm機関砲とロケット弾が地表へと浴びせ、鉛色の煙が全てを覆う。
ZDADADADADSHHH!!!!!——BLaaAAAASHH!!!!!!
それを合図にGチームの隊長 ニキータが側面ドアを開けた、正にその時だった。
水面に落ちたパンを奪い合う鯉の如く、ドラゴンナイトが一斉に出撃し始めたのである!
武装に違いがあったとしても、奴らとガンシップとの機動力は月とスッポン。
いやそれ以上の覆しがたい「差」というものが存在する。
ハインドは重武装と背負った荷物によって酷く鈍重なヘリコプターであり、レシプロ戦闘機と同等の小回りが利く竜騎兵にはごちそうに他ならない!
「今すぐ上昇しろ!早く!後ろのヘリもだ!」
彼は咄嗟にAK片手に応戦しながら叫んだ。
戦闘機ではこんな細々した場所にいる敵は倒せない、そのくせ奴らはヘリの装甲を貫けるだけの武器を持っている。
ここで全ての合点がいく。
あくまでも偵察騎は敵の接近を伝える「ウキ」であり、本当の目的は降下してくるGチームの排除を目的とした罠だった。
———BLATATATA!!!!———
敵の罠籠に落ちてもなお、Gチームは足掻く。
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□
空に上がってくる敵はダール、あるいはソルジャーキラーと言った対装甲兵器を手にしてこのハインドへと襲い来る。
ミジューラや戦車といった重荷を積んだヘリは間一髪、引き返すことに成功。
残るはGチームを乗せたこの1機にして、最大の関門だ。
【GTeam READERからLONGPAT。攻撃を受け降下不能。撤退する】
銃声の合間を縫ってニキータによる決死の報告が冴島大佐に届けられる。
【…LONGPAT了解。撤退後体制を整える。自走砲中隊は砲撃を続け、敵を城から出すな】
大佐も本作戦につきっきりではない。
自前の戦車部隊の面倒を見なければならない矢先に届いた悪い知らせに対しても冷徹そのもの。
しかし考える事もどっと増えることもあって、即座に指示が出されることはなかった。
狙いを竜騎士に向けてわかったことだが、その異様な小回りの良さが厄介極まりない。
レーシングカーのような速度を出しながら巧みに動いているのだ。
常人では竜騎兵とすら認識できないが、特殊部隊の超人的な動体視力を前にしても捉えるのがやっと。
———BLATATATA!!!!
ニキータは背中をゴードンに預け、AKによる精いっぱいの援護を続ける。
1か2騎くらいは辛うじて鉛弾を頭ねじ込むことが出来たが、レーシングカーに乗るドライバーの頭に銃弾をあてるようなもの。
そのため騎士を狙うと言うより弾幕を張って寄せ付けない、と言った方が近いだろう。
近づかれたら逆に蜂の巣にされ、墓には写真だけが備えられる羽目になる。
シルカ・ツングースカといった、大河の守りから外れた歩兵は無力であることを嫌でも実感せざるを得ない。
しかしGチームは刻一刻と悪化する現実を前に逃げようとせず、生き残るため銃を握り続ける。
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□
機動力・旋回半径の小ささ・上昇力。武装以外、ハインドは全て竜騎兵に劣っている。
ようやく撤退する余裕が生まれた矢先の事だった。
——BRRRRASHHH!!!!
ゴードンに向け、放水銃めいた勢いでワイバーンの口から炎が噴き出してきたのである!
咄嗟に壁に隠れたことによって難を逃れたが、訓練と鍛錬を積まなければ一瞬にして火だるまになる未来が待っている。
「隊長、バーキューは好きですか」
「こんなガソリン焼きにされる趣味はない」
ニキータも丁度内側に身を隠していたお陰でブレスは通り抜けたため難を逃れた。
彼らにとってここまで死期が見える戦いはなかなか無い。
彼らであっても軽口を叩かねばあっという間に正気を失ってしまうのは確実。
このままではラチが空かないと判断したニキータは銃撃しながら連絡を取った。
【GTeam READERからHOU-01。撤退中に敵航空兵から追撃を受けている。大至急支援を要請する!】
目には目を、空の敵には空の脅威を。
どうしようも無くなった時、Gチームが信じるのは神ではない。
信頼できる味方だ!
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□
——高度280m
地表近くから離れることが出来たはいいが、それでもなお執念深き竜騎兵はこれまでの雪辱を晴らすべく追い続けてくる。
1000mまで上がれば振り切ることが出来るが、Gチームをふんだんに乗せていることで重量が増していることが一番の原因だ。
誰もが天に昇ってくれと祈るが、こういう時に限って時間の流れが異様なまでに緩やかなもの。
理不尽にも程がある。
——BPHooOOOOOOMMMMM!!!!———
空には無数の手槍が飛び交い、対空砲火に晒されているのと大差ない。
一発がコックピットに飛び込めば、防弾キャノピーなど半紙の如く貫き、そうなれば何もかもがお終いだ。
諸行無常。少しでもそう考えている時に限って大槍を片手にしたドラゴンナイトがパイロットの前に現れたのである!
「クソッ!」
奥にいたトマスが無謀にもRPGを構えたその時。
———VEEEEEEEEEE!!!!!——
2段キャノピーに映るのは破滅ではなく、豆腐の如く砕け散る騎士だった。
方向から考えるにハインドに備え付けられた機関砲ではないのは明らか。
【HOU-05 敵機撃墜】
MiG29。特殊部隊の天使が舞い降りた。
次回Chapter211は7月30日10時からの公開となります。
・登場兵器
MiG29
辛うじてソ連だった時代に開発された戦闘機。実はF-15と同世代。
比較的新しい世代のものを使っているため、ミサイルなども新しいものを使っているとのこと。
・主体砲
北朝鮮製の170mm自走砲。湾岸砲を軍用トラクターに搭載したモデルで、T-55の車体に載せたものではない。
なんにせよ、迅速に展開できる火力は作戦の礎となる。




