Chapter207. Blatant Political Show
タイトル【見え透いた政治喜劇】
——ウイゴン暦9月16日 既定現実9月23日
賢人会議が指定した場所はナンノリオンの中枢都市「アフェラフィン」にある城だった。
ソフィアにしてみれば一度軟禁され、脱出した忌々しい地に再び足を踏み入れるとはなんと皮肉なことだろうか。
ここでは工業都市を支えるだけの住民と抱える居住区と産業。
流石にゲンツーには劣るものの、一定の武器や対装甲兵器が作られている。
魔導兵器に使用する部品に魔導書の製造といった軽いものから重工業が発展してきた。
このような場所に軍事政権からの膨大な資金投下によって人口が膨れ上がり、帝国の第二首都として発展してきた経緯がある。
招かれたのは冴島大佐と権能中将、そしてクライアントであるソフィア・ワ―レンサットの三人。
巨大な魔導工場を突っ切る形になることは航空偵察で判明していた。
だが今まで見てきた草原や山々といった自然がほとんど見られない人工物の海を走っていると、此処が同じ帝国かどうか疑いたくなる。
ふと閉鎖都市近辺の閑静な草原を思い出すと、ナンノリオンにしてはかえって不気味にすら思えてしまう。
————————————
□
——ナンノリオン県 アフェラフィン
そんなことを考えていると護送車はアフェラフィンへ到着した。
辺りを見回せば石造りの建物がひしめき合っており、これまでに見られなかった塔がある。
万が一外敵が攻め込んできた場合や反乱がおきた場合にも指令所とするためだろうか。
下を見れば地面はレンガのような石が隙間なく敷き詰められており、造成技術も惜しげもなく投下されていることがよくわかる。
また、この街はやたら騎兵が多い。
それが帝国軍所属か、はたまた深淵の槍の偽装かはさておき、治安維持がしっかり行われているのは確実だ。
今までの防衛騎士団のような役割を担っているのだろうが、ソルジャーキラーを標準装備している事からここで騒げば命はないことを見せつけてくれる。
こんな恐ろしい連中がうろついている上に仕事が降ってくるのだから、スラム街などが形成されないのも腑に落ちた。
このシステムを考え着いて実行したナンノリオン将軍は相当のやり手だろう。
何も摩天楼が立ち並ぶだけが都市ではないのだ。
————————————
□
しばし帝国からの使者を待っていると、暗視装置めいた仮面をつけた騎兵がやって来た。
その部隊長と思しき初老の男性がスリット奥から一瞬だけ、殿下の方に向けた後に中将に話かける。
「ファルケンシュタイン帝国 国家安全保障委員会 長官フェリックス・テーヴァと申します。お迎えに上がりました」
あの漆黒の鎧がなくとも、この場にいる全員が間違いなく深淵の槍の親玉であることを確信した。
周囲に視線をくれてやると、大槍を持った重装兵やソルジャーが肉の壁を作りネズミ一匹通さないつもりでいる。
大佐と中将はあの数を正攻法で相手取るのなら厄介だ、と思いながら馬車へと導かれていく。
一行が通された馬車はユンデル式魔甲装甲が使われている装甲客車だった。
狙撃されないためか、はたまたこの街の構造を知られたくないからか一切の窓がない。
小柄なソフィアは良いものの、図体の大きい男二人にとってはそれなりに圧迫感を感じてしまう。
質素で品のある内装もこれでは形無しだ。
しかし要人として招かれている以上、文句をつける訳にはいかない。
彼らも十分に身の安全に気を使った結果なのだから。
長官が同席すると同時に馬車はゆっくりと動き出す。
ふと冴島が殿下に視線をやると、相変わらず顔が険しいままだ。
当人曰く、個々から逃げ出してきた因縁の地であるらしい。
言い方は違うかもしれないが脱獄犯が元居た刑務所に移送されるようなものだろう。
いい顔をするはずがない。
鉛のように重たい空気の中、馬車は不自然な程揺れずに進んでいく。
————————————
□
——ナンノリオン城
「閉所故気が付きにくいとは思いますが、ナンノリオン城へと到着致しました」
馬車はようやく止まり長官が席を立って騎手と話し終えると一行に告げた。
中将が腕時計を見ると30分しか経っていないではないか。
体感時間では3時間かかっているのではないかと思ったが、緊張感というのは時間を狂わせるもの。
客車から降りると、かつて見たことのない規模の城が出迎える。
目隠しされていることもあってか自分が小さくなったのではないかと思えてしまう。
高台に作られた真っ白のコンクリートで作られた巨大な城。
高台から流れる滝からの水が堀を満たし、どういう訳か循環しているようだ。
一番目を引くのはまるで大陸を切り取ったかのように浮かぶ寄せ植えだろうか。
ここまで来ると伝説上の神殿か何かとしか思えない。
しかし目を凝らしてよく見るとそうとは言い切れない事がよくわかる。
飛竜の離陸用に使うのだろうか。
装飾に紛れて空母の飛行甲板のようなモノが突き出ており、城壁にはシューターらしき物体が配置されている所を鑑みると一概に空中庭園バビロンとは言い難い。
ファルケンシュタイン帝国にとって城とは会談の場所や繁栄の証。
また為政者の住居のみならず、県の中核や時には軍事要塞にもなることを全て持ち合わせている必要が出てくる。
それを象徴する栄光とも言える場所がナンノリオン城という場所なのだろう。
幻想的かつ現実に一番近い奇妙な光景を尻目に、応接間に通された三人を待っていたのは一人の女性だった。
それどころか長官と護衛を除いて誰もいない有様である。
こういった場には数合わせとまではいかないものの、県の将軍や軍部いった権力者が同席するもの。
ナルベルン自治区の例を挙げれば代表者のデュロルと軍事顧問のアシュケントのような組み合わせになる。
そう考えてみるとあまりにも不自然。
念のため冴島は長官にあることを問う。
「ナンノリオン県将軍は現在どうなさっているのですか?」
「不在と聞いています」
「不在?」
思わず大佐は聞き返してしまった。
仮にも停戦交渉という国家にとって極めて重要な場面よりも大事なことがあるのだろうか。
仮に用事があったとして、どう転んでもこちら優先すべきである。
どれだけ譲歩してもナンノリオン将軍は非常識としか言いようがない。
これが普通の国家がする対応であれば。
だが帝国の支配体質は何から何まで既定現実の国家通りとはいかない。
故に将軍は公の場で顔を出せない立場にいるのだろう。
真実に辿られるような証拠を一切残さないためにも。
そんな事をしなければならない立場はたった一つしかない。賢人会議のメンバーである。
停戦交渉の前ながら疑念の分厚い雲がかかり始めた。
————————————
□
この目の前の女性はイベル・ワ―レンサット。現帝国のトップであり、クライアントであるソフィアの姉にあたる人物だ。
一族特有の顔立ちをしているものの、瞳は光を失っている事をのぞいてマトモな人間に見える。
面々が会談の準備を整えると、まるでパソコンの電源を入れたかのように語り始めた。
「お送りさせていただきました国書をお読みいただき感謝いたします。私はイベル・ワ―レンサットと申します」
ビジネスマンよろしく左手を使って身振りを用いて緊張を解きほぐそうというのか。
基本的な外交、いや話術の一つだ。
このような場に出席していることが多い冴島は、ほんのお通しのようなものだと思っていたが、殿下の眼差しは険しいまま。
「いかがなさいましたかな」
「……いえ」
あくまで表情に出すだけで、言葉に出すことはない。
だが険しい顔も次第に核心を突いたかのようなものに変わっていく。
それもそのはず、ソフィアの知る姉は「右利き」のはず。
利き手に関しては一族に共通して右に改められるため、左である事はまずあり得ない。
基本的に変える意味を持たない以上、今の姉上は何者かに肉体的・精神的の支配権を乗っ取られている動かぬ証拠である。
ふと内部犯かと疑りをかけたが、従者や一族に左利きの人間が一人でも居れば記憶の片隅に必ず置き、むしろ忘れることはできない。
これで操っている人間は一人に絞られてくる。
帝国を影で操る賢人会議のメンバーでも、国のかじ取りを任されるのは議長のみ。
つまり裏のトップが姉上を操作しているのだろう。
ソフィアにとってこの停戦交渉が茶番だとしても、得られるものは確かにあった。
————————————
□
姉が賢人会議の議長、父上の仇に操られていることは分かった。しかし今すぐ洗脳を解くことが出来るだろうか。
そう考えた時、まるで解決策が浮かばないのも事実。
対面して分かったことだが、想像を何回も飛び越えるような高度な術が掛けられている。
術を掛ける者が操作できるのは当たり前だ。
だが操れるようになった状態の人間を何の関係もない第三者が好き勝手出来るような魔導など聞いた覚えがない。
機械をハイジャックした人間がそのマシンを動かせるのは当然だが、誰にでも動かせるようにすることはそう簡単に出来ないのと同じ事だ。
しかも魔力の漏洩が見られない辺り、帝国の人間にも悟られないようになっている。
自分以外の人間が誰も気が付いていない辺り偽装は完璧と言わざるを得ない。
こんな真似は魔導に強い開発者フィリス氏でもできなかった芸当で、神がやったとしか考えることが出来なかった。
この世で神と呼べるのは皇帝陛下ただ一人だけというのに。
そんなソフィアの苦悶の裏腹で会議は進んでいく。
————————————
□
深く考え込む脇で中将はイベルに向けてある書類を提出した。
この文章こそ2週間中に中将は休戦協定文書を作成していたもので、依頼人であるソフィアの意向を基に条件などが記されてある。
「こちらが停戦協定の内容となります」
帝国文字で記された内容はどんなものかと言うと、武装解除はもちろんの事、賢人会議の解散ならびに政権を非軍人で構成された民主的なモノにし、これらの体勢が整う間、Soyuzの保護・指導下に入ること。
さらに保護・指導下に入ったとしても過度な内政干渉は行わないことが既に中将によって署名済み。
と言った米国よろしく民主化政策の数々が記載されていたものの、帝国の情勢に合わせて柔軟に変化できるようになっている。
要約すると政権を放棄して武装解除後すれば、帝国が安定するまでSoyuzが国丸ごと無償で防衛してくれるというものになる。
しかし軍事政権側からしてみれば新たな時代が終焉を迎えることを意味しており、受け入れがたいものに違いないだろう。
「この部分について一つ。つい気になったものですから」
彼女の姿をした操り人形が指さしたのは【過度な内政干渉を行わない】という項目だった。
どうも明確な定義が記されており、国が傀儡と化す可能性が考えられる。
そのことについて突かれるのは承知の上らしく、中将ははっきりと答えて見せた。
「その旨ですが、例を挙げるなら法や国法。条例やと法律を言った法規改定や法案を通す際には議会の承認とSoyuz上層部の承認が必要となります。このような干渉をレベル1干渉と呼称しています」
「ここでの過度な干渉を行わないというのはレベル2干渉以上の内政干渉は行えないというものです。端的に言うと我々が一方的に規則を決め、発布・施行することはこれに違反します」
つまりSoyuzが帝国に対して勝手に法律を作り、刑罰を与えるような干渉は出来ないという事である。
法律に関しても同じことが言え、Soyuzが提案したものが帝国の議会で承認されなければ廃案にされてしまう事も十二分に考えられる。
どこまで行こうが帝国とSoyuzは対等な関係であることを意味していた。
「——おっと。さらにもう一つよろしいか?」
「現在占領している土地にある城を軍事施設として使用しているという報告を耳にしている。仮に停戦に合意した場合、その土地の返還はどのようになさるつもりか」
シルベー城の事を指しているのだろうが、確かに帝国の為政者として土地が変換されるのか気になるのは事実。
本筋とは少々逸脱するものの、重要なことに変わりないだろう。
「滑走路などは一部民間転用されていますが、シルベー城のような場所については10年未満を目途に返還していきたいと——」
大佐とソフィアはこのやり取りにもどかしさを感じていた。
気高い軍人至上主義に染まり切っているはずの人間が、軍事政権を向こうにして全く持って実例のない統治方法に対して言及してこないのである。
相手に反感を抱かせず、ある程度の信頼を得た後に妥協点を探していく手法。
皇族にそのような話術を持つような人間はそうそういる筈がない。
ピアノ線の向こうにいる人間は有能な為政者に違いないだろう。
それでいて本来の目的である時間稼ぎを怠らない。
権能は目の前の少女が自分と同等かそれ以上の大物を相手である事を薄々察していた。
会議は踊るされど進まず。
イベルは署名に使う羽ペンに一切手を付けることなく、本質を突こうとしない。
次回Chapter208は7月27日10時からの公開となります。




