Chapter206. Preface
タイトル【序章】
会談の裏側では閉鎖都市での戦闘で損害を受けた戦車の回収並びに修理が行われていた。
自走可能な車両はペノン県ヴェノマスに作られた臨時整備工場にて自力で帰還。
履帯が切られて動けない戦車は応急処理を受けた後に、トレーラーに積み替えられ後を追う。
大火災を起こし燃え跡と化した車両は、解体するにも時間がかかるため閉鎖都市に放置された。
魂を抜かれた戦車はただの鉄屑に過ぎず鹵獲されたとしても帝国は何も得ることは出来ないだろう。
———ペノン県ヴェノマス 臨時修理工場
閉鎖都市を制圧するにあたり、最も近い提携地点であるヴェノマスで弾薬補給を行っていたが、今は形を変えて整備工場になっていた。
この街には大動脈となる水路と、海に向かって放射状に延びる支線によって疑似的な環状を取っている。
そのおかげで海から支線に運び込んだ貨物が街の細々とした場所に迅速に行き届くのだ。
おおよそヴェネツィアを真似したのだろうが、必ずしも同じものにはならないことが多い。
ビーフシチューを作ろうとしてできた肉じゃがのように。
現地の様子を一目見ようと班長の榊原は実費で整備工場に足を運んでいた。
実際の所、最高のメカニックである彼が来る必要など毛頭なく、修理はジョンと言った部下たちに任せきりにしても問題はない。
だが戦車が破壊されたという報告を耳にした彼は強力な魔法を受けた際、一体装甲兵器に何が起こるのかこの目に焼き付けるべく現地を訪れていたのである。
「……ここにきて洋風の高瀬船か。俺ァ久々にいいもん見たかもしれん」
夏の日差しに照らされ、額に汗をにじませながら呟いた。
船主には当然ヴェノマス出身の船頭がおり、大規模な戦闘があったとしても彼らの日常は変わらないらしい。
「おかしなモンつけてるな」
当たり前だがこの世界にはサングラスおろか眼鏡すら存在しない。
そうなれば彼がしている偏向サングラスは奇異なものに見えるのである。
「これか?こいつは…俺のトレードマークだ。妙な人生だったから妙なものを付けてることにしてる。わかりやすいだろ?」
船頭にこう返す。
三重の山中で修理の依頼に来ていたと思えば、次に派遣されたのは次元の向こう側と来た。
妙な嬢ちゃんになつかれた次には、得体の知れない巨大ロボット兵の解体を命じられ。
小説は事実より奇なりとはよく言ったものである。
「だったらソレ一つくれないか。此処も、俺の人生もおかしなことばかりだからな」
それは船頭も同じこと。
次元の向こう側からやってきたという奇妙な軍団が見たこともない何かでやってきたと思えば、略奪するわけでもなく居座っているだけ。
むしろ発展のためにあれこれ手を打っているとなると、彼らにとってSoyuzは摩訶不思議な存在に映るのも当然だ。
「豊洲のセブンイレブンで買ったからダメだ」
「セブンイレブンってなんだよ」
船は進む。
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□
——臨時修理工場
戦乱の末に破壊された建物を持ち主の許可を得てSoyuzが買い取り、更地にして補給地点にした。
重量がある戦車は陸側から、海から運び込んだ砲弾や部品などはモーターボートで運び込んでいる。
あくまで仮設に過ぎないため、軽い部品交換や重量物の吊り下げは組み立て式クレーンを使い、砲塔といったとりわけ重量のあるものは建設機械師団から借りた大型クレーンで整備を行っていた。
下手に場所を構えると襲撃される恐れもゼロではないし、戦場の中ではこれで十分だろう。
立ち並ぶ戦車の数々、大部分は大佐の命令でポポルタ拠点から運び込まれたモノもさることながら修理を受けているのは戦争帰りが大半。
また、レシートのように置かれた履帯が見れるのはなかなか珍しい。
班長は駐留するT-10らに目もくれず、側面が黒焦げになったT-55に近づくと黒焦げになった側面に注視した。
どうやら履帯に銀の銃を受け、行動不能になった車両らしい。
「相当やられてるな。向こうさんも抗える武器を作って来たってことだ。しかし……コイツは今までとは違う」
榊原は虫メガネを取り出すと、被弾した場所を見つめた。普通、魔法による火柱を受ければ高熱故に塗料が燃えて真っ黒になる。
分厚い装甲板故に断熱材として機能し、人間が即座に火葬されるような熱を受けたとしても遮断や分散を起こして乗員に影響を及ぼさない。
そこまでは良かったが、燃え方が最も激しい場所を見ると今までとは違う何かがあった。
「…弾痕だ」
発火した箇所には何かが着弾したと思しき凹みが見受けられた。
魔力には運動エネルギーもへったくれもない以上、何かを纏わせたものに違いない。
銀の銃である。
そのもの自体、別に大した問題はない。
非常に高価と思われる兵器を大党員して守る価値があの都市にはあったという事。
今更だが、やはり報告書を読むのと実物を見て体感するのでは大きな違いがある。
だが榊原はまた別の事が気になっているらしく、近くの整備員を捕まえてあることを聞いた。
「おい。嬢ちゃんは居ねぇのかい」
ソフィアのことである。
戦車の本格的修理を聞いてあの殿下が食いつかない筈がない。
辺りをざっと見ても彼女の姿がないことに違和感を抱いたのだ。
「あ、班長のお孫さんですか?そういえば見かけませんね。戦車の修理なんて最近してないし、しれっと紛れて来てるんじゃないかと思ったんですがねぇ……」
どうも彼も同じことを思っていたらしい。
孫娘扱いされているのはいいとして、絶好な機会を放り出すという事は当人に何か差し迫った何かがあるのかもしれない。
榊原は干渉するべきか少し悩みながらこう返すのだった。
「そういう事か、分かった。俺達はこっちに集中するぞ。多分嬢ちゃんはやるべきことをやってるはずだ。お互いやるべき事をやろうや」
あえて干渉せず一人で事を成すのを見守るのもまた親御愛というもの。
べったりと粘着や執着するだけが愛情とは言わないのだ
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——本部拠点
一方ソフィアは自室にこもり、少しばかり考えていた。従者のエイジすら入ることすら出来ない有様。
今までこのようなことはなく、彼自身も不思議に思っていたがよほど大事なことがあるのだろうと思い、深入りはしなかった。
カーテンを全て閉めて真っ暗にした後にあえて蝋燭に火をつけ、自分の世界に想う。
揺れる炎の中で考えていたのは姉であるイベルの事。
帝国の時勢的に正気を保つことが難しいとしても、姉上は軍事政権に大人しく従うとは考えにくい。
人質を取られているのか、と言われれば自分もそうだった事もあってそれはあり得ない。
引き算方式で削り落としていくと新たな疑惑にたどり着いた。
【強力な術によって操られている】
最早こうとしか考えられない。
いくら芽が出ていないとは言っても、ワ―レンサット一族は神の一族。
魔導士でさえも魔導的な手段で洗脳するのが難しいというのに、そういった耐性のある皇族を術中に陥れるのは至難の業だろう。
意思を乗っ取って本物の操り人形に仕立てられているのであれば高度な術が掛けられており、自分の力やよその力。
それどころかあらゆる科学力を結集してもなお解くことは不可能だろう。
ありとあらゆる技術を学んだからこそ、わかってしまうのだ。
向こう側に立ったと考えた時、そう簡単に解ける術を掛ける訳がない。
自分の無力さを呪う。
こんな時に限って父上の事が頭に浮かぶのだ。
あの時は神の力が覚醒していると言われたが、一体何もできないだけの人間が一番神に等しいとはなんたる皮肉か。
発想、知識、そして実力。何かも足りなかった。
ため息をつきながらソフィアは揺れる炎を再び見つめる。だが炎は打開策を何も言ってくれない。
天界から下界である地上を見下ろす神とは正にこのように残酷なのだろうか。
選りにもよってこんな時に限ってあることを思いつく。
ヒトに出来なければ神がやればよいと。
正直言って神頼みでもしなければこの状況を突破することが出来ないのであれば、最早そうするしかない。今できることはそれだけだ。
だからと言って他者に甘んじてはならない。
ではどうするか。ソフィアの考えは水を得た魚のように加速していく。
困難に対する答えはコンピュータよりも速く出された。
神に頼まなくとも自身が神に等しい存在になれば、この術を解くことが出来るかもしれない。
何分それが出来る力が既に目覚めかかっている上に、父上から砂漠に来るように言われて首を縦に振ったこともある。
いずれ迫る賢人会議との決着をつけるためにも、帝国を守るためにも。この力を完全に目覚めさせねばならないだろう。
何時間にも及ぶ自問自答の末に出した答えは驚くほどシンプルなものだった。
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□
——PEEEEPP!!
そんな時、殿下専用のソ・USEの呼び出しが掛かる。
「はい」
思わず手に取り、端末を耳に当てながら応答する。一体何の用だというのか。
【嬢ちゃんか。俺だ】
改めて液晶を見るとSAKAKIBARAの文字。班長だった。
思わず彼女が答えるよりも先に、彼は語り出した。
【言わなくていい。それなりの俺達と嬢ちゃんとはそれなりの付き合いだ。言わなくとも分かってる。俺達にゃ嬢ちゃんを引き止める権利も、そんな気もない。存分にやるべきこと、やりたい事やってくれりゃそれでいい】
どうしてもやらねばならないことがあるのなら、整備班の事は考えず真っすぐ進め。
これが班長のポリシー。
かつて自分もそうだったように。
なおも続ける。
【だけどな、一つだけ言っとくことがある。Soyuzってとこに来た以上は一人ではいられねぇ。何が何でもだ。
俺やジョン公、若い連中…整備班の面々全員が付いてること忘れるんじゃねぇぞ。どうにもならねぇって時は仏さん拝むか、俺達を呼んでくれ。じゃあな】
彼は知っていた。嬢ちゃん事ソフィアが何に関しても「一人でやらなくてはならない」と思い込んで無茶をすることを。
班長は今回ばかりは俺たちが手伝ってやろう、とも言えない状況なのも薄々察していたのだろうか。
手も足も出ない状況になった時、神に祈る前に自分達に頼ってくれと言うのだ。
所詮は戦場に交通安全のお守りを持っていくようなものだが、無いよりは格段にいい。
それよりも精神的な事が強いのかもしれない。
人間、何かと後ろ盾が付いていると安心するものである。
ソフィアは礼の一言を言おうとした瞬間、無線はぱったりと切れてしまった。
あたかも振り返らず突き進めと、と言わんばかりに。
背中をポンと押されたように彼女はカーテンを開けると同時に蝋燭を消し、部屋の外にいたエイジに詰め寄る。
「エイジ。停戦交渉の場があるのは知っていますね。それに決着がついたら………私はあの砂漠に向かいます」
彼はあまりの事に動揺するも、その言葉の真意を知った途端に公人めいて凛々しい顔に変わった。
「承知致しました。関係各所にその旨を伝えておきます。私ができるのはこれまででございます。どうか気をつけて」
神の力を受け継ぐ神聖な儀式。その間には誰も立ち入ることは出来ないだろう。
次回Chapter207は7月26日の10時からの公開となります。




