Chapter203. Under the alert
タイトル【警報鳴り響く中で】
——BEEP!!!——BEEP!!!——
【各方面通用口封鎖急げ!自動車部隊は直ちに出撃せよ!】
静寂を全てかき消す程の警報と赤灯が拠点を塗りつぶす。周囲では完全武装した兵士が脱走者捜索のために駆け巡り、暗視装置を搭載したBMP-Tまで出撃する有様。
何故ここまで血眼になってアツシを探すのか。それには本部拠点の抱えるあるモノが起因していた。
それは紛れもなく、現実世界に繋がるポータルである。
何重にも厳重にロックが掛けられているとはいえ、当然ながら扉には物理的な限界が存在する。
万が一向こう側にあたる横浜市瀬谷区の先に逃亡されたが最期、本格的に収集が付かなくなる。
Soyuzという分厚いベールをはがされたが最期、U.Uはあっという間に着飾った野蛮人たちが押し寄せてくるに違いない。
そんな可能性を排除できない以上、脱走者を拠点内で収容か最悪射殺することを考えねばならなくなるだろう。
破滅のシナリオを何としてでも防ぐため、彼らは血眼になってアツシを探すのだ。
報告によれば収容室の扉が吹き飛ばされてからというもの、監視カメラに一切映っていないとの事。
冴島大佐は魔法による光学迷彩を使用したと判断。
赤外線暗視装置を装備した武装スタッフと重装甲車の包囲網が、世界の破滅を守る最終防衛ラインとして張り巡らされていた。
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逃げるには余りにも無謀な包囲網が着実ににじり寄っていく中、アツシは一体どこにいるのだろうか。
彼は収容室傍の柱陰に隠れながら様子を伺っていた。
透明になっているからと言って安心はできない。
光学迷彩は人間の目をごまかすことが出来たとしても、赤外線を嗅ぎつけられれば丸裸同然。
スマホのエネミー・マルチロック機能を使って索敵した所、おびただしい数の点がひしめき合っており報われない現実を憎まざるを得ない。
Soyuzが絡んできた途端何故こうも上手くいかなくなるのか。喚き倒したい気持ちを抑えながら、ちらりと外を覗く。
「……ふっざけんな……戦車まで出てきた……!」
そこには抹殺に特化した何かがいた。
時折この戦車のような怪物が砲塔を向けてくることがあり、気が全く休まらなかった。
あのマシンガンを受ければ助からないのは確実。
だからと言って爆破魔導がどこまで通じるかわかったものではない。
ファントンを撃てば敵兵を倒せるだろうが、その途端反撃されて消し飛ぶ未来が見える。
そんな中、藁にも縋るような思いで呟く。
「待ってろサーム……」
アツシは彼女を連れて逃げ出すために此処まで体を張っているのだ。
一歩手数を間違えれば即死の状況下、マトモでいられるのは彼が色恋に狂っているからか。
勇気を出し、遮蔽物から飛び出した正にその時。
DAMDAMDAM!!!!———GRAAAASHH!!!!———
30mm機関砲による無慈悲な掃射が雑多な箱を跡形もなく吹き飛ばした。
Soyuzは脱走者を収容することではなく「抹殺」することにシフトし始めている!
収容時期から鑑みるに、恐らく隣の部屋で軟禁されているだろう。
小賢しい頭をフルに回転させてたどり着いた結論を元手に、逃亡計画が着々と進みつつあった。
戦車やら銃で武装した敵がこちらを追いかけてきているが、魔法の力をもってすれば監視カメラを欺くことは容易。
そして今、扉に手をかざしてヴァドムの準備を行っていても誰も何も言わないのが証拠だ。
ただ赤外線ゴーグルに見つかると元も子もないため、余裕を堪能する暇はない。
———KA-BooOOOOMMMM!!!!
木を隠すのなら森の中。
騒動になっている今、大爆発を起こしたとしても大して問題にならないだろう。
「助けに来たよ!」
ステルスを鱗のように剥がしながら姿を現し、あたかも白馬に乗った王子様よろしく手を差し伸べるも、サームの反応は意外過ぎるものだった。
「え?」
どういう事になっているかまるで理解出来ていないのも無理はない。
籠の中のカナリアに世界を知れと言うのが無理というもの。
二人は再び魔法のステルスに身を包み、可視光から消えた。
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一連の騒動をSoyuzスタッフ側から見てみよう。
大方夜ともあってシャワーや夕食、ハリソンへ外食に繰り出そうと考えている者も多い中、突如として響く警報と真っ赤なパトランプ。
非常事態に違いないが、誰しも脱獄犯を追いかける専門家ではない。
格納庫付近で警邏に当たっていたジョンソもその一人。
普段とは全く異なる役回りに、ため息をつきながら独り言を流していた。
「俺パイロットだぞ?ハムスターを捕まえに来たんじゃない」
今頃尋問を終えたコノヴァレンコとハリソンで酒をかっ食らっているのだろうか。
しかし現実は無常なもので、格納庫近くの貨物駅と、その先の本部駅を前にして地団太を踏んでいる状態である。
飲み仲間を待っていた最中の事に苛立ちが隠せない。
仕方なく、MiG29に備えられた自衛用のスチェッキンを片手に辺りを見回す。
情報によればステルス機よろしく透明になっており、可視光に映らないという。最悪な状況が折り重なり、ストレスは増していく一方だ。
「プレデターに追われたシュワの気持ちが良くわかるね」
あてのない愚痴を吐いていると、後ろから誰かに突き飛ばされた。
「——歩く時くらいスマホを——」
悪態の一つでもかけようと思ったが、周囲には誰もいないではない。
それどころか壁に取り付けられた感知式ライトが独りでに点灯したのである。
このライトは赤外線で感知するセンサー搭載しており、人がこの近くを通りかからない限り絶対に光らない。
ジョンソは鬱憤と疑いを晴らすためマシンピストルに付属のストックを素早く装着し、適当に弾をばらまいた。
———BLAAAAAASHHH!!!!
「うわあぁっ!」
銃声に混じる本部拠点に似つかわしくない青年の声。
此処ではなく、むしろ日本の学校の方がより自然に聞こえるソレは、彼の違和感をより増幅させていく。
「……何だアレ……いや、アイツじゃね?アイツだよな…アイツだ!脱走者発見!」
警報にも負けない高らかな声は兵士を呼び集める。
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ジョンソの一報を受け、脱走者を探すBMP-Tが一斉に集結し始めた。
発見場所は格納庫とハリソン鉄道の貨物駅間の滑走路。一歩間違えれば鉄道を通して逃亡される危険性も無きにしも非ず。
ここまで発見が遅れたのには訳がある。
可視光を捕らえる通常の防犯カメラに一切映らず、ほとんど痕跡かスタッフの断片的な目撃証言だけで追跡し、ジョンソの通報が決定的だった。
———VoooOOOOMMM!!——
エンジンを高鳴らせ、一両のBMP-Tが目一杯の速度を出して回り込む。
他が羊を駆り立て、彼ら番犬が仕留める算段だ。
二人の機銃手は暗視装置を覗きながら狙いをつける一方、車長は冴島へ連絡を取る。
【4号車、脱走者発見】
【LONGPAT了解。各車、攻撃を受け次第撃破せよ】
【了解】
———DAMDAMDAM!!!
追い立て役が機関砲を乱射し、4号車のような番犬は車体に拵えた恐ろしい数の火器を向けながら先行していった。
鉄のボーダーコリーはあえて速度を出していない。
そのため、やろうと思えば追い抜くのは容易だ。
しかし逃走者にとってみればじりじりと行き止まりに追い詰められていることになる。
キャタピラが軋み、甲高いエンジンの轟音と排気が確実に判断力を削いでいく。
精神状態をガタガタにすれば魔力はガタ落ちすることを狙った冴島の策動に他ならない。
魔法を主戦力とするアツシにとって確実であまりに効果的。
このように着実な手を打ち込んでいくのがSoyuz。ただ知恵を付けた高校生との決定的な差だ。
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迫りくる無数の戦車に追い立てられていく。そうとは知らないアツシはなけなしの体力を振り絞って全力疾走し続ける。
収容する前に鉄道駅があるという事を覚えていたため、滑走路を突っ切ってここまで来た。
もう後戻りはできない。
「しまった!」
息を吸うため顔を上げる。距離的に駅についている頃だろう、彼はそう思っていた。
そこに待っていたのは天国へ門ではなく、逃亡に終わりを告げる絶望の象徴 BMP-T。
何故、どうして。目の前にいる殺伐兵器に聞いても答えは出て来ないだろう。
今すぐ隕石魔法ギドゥールを使おうかと考えたが、この体から火の弾一つも出て来ない気がしてならない。
ギルドで揉めていた魔導士を拷問にかけた時と同じだ、心の余裕を失った途端魔法を撃ってこなかった。
今思えば【撃たなかった】のではなく【撃てなかった】のである。
胸に秘めた希望が全て打ち砕かれた瞬間だった。
剥がれ落ちながら透明化魔法が時間切れを起こし、次第に実体化していく。
まるでシンデレラの魔法が解けるかのように。
咄嗟に右へ進路を切って往生際悪く逃げようとするも、寸分狂わずアツシの動く通りに銃口を向けつつ機銃が唸る。
———BLALAAA!!!!
車両からしてみれば何時でも引き金を引くだけで、いつでも肉塊にすることが出来る状況であることを嫌でも思い知らされた。
「馬鹿」
機関砲に四方八方囲まれた中、サームは彼を引き留めながら呟く。
ついに二人は観念するしかなかった。
アツシは心底憎らしいと言わんばかりに視線を向けつつ手を上げる。
【緊急体制解除。現場スタッフはただちに脱走者を拘束せよ】
他車両の面々が連絡したのか、解除命令が響き渡り赤灯から普段通りのLED光が闇を照らす。
時刻は12時に差し掛かろうとしていた。
投降を受け付けた武装スタッフが駆け付けると彼にこう言い放つ。
「大佐からの伝言だ。魔法の時間は終わりだと」
かぼちゃの馬車はアツシとサームを迎えには来ない。
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騒動の後、アツシは拘束具を嵌められることになった。苦難から解放されようと足を踏み出した結果、逆に苦しめることになるとは世の中数奇で、上手く行かないものである。
だがSoyuzはそんな世界で必死にあがいて今があることを忘れてはならない。
その一方、サームは協力的だったが魔封じの手錠が付けられた上で咎めなし。
これは篤志再尋問した結果、連れ出されたことが判明したためである。
すべてをあきらめきっていた彼女にしてはいい迷惑かもしれないが、彼に対する苦言は一つも吐かなかった。
崇められている人間よりも、信徒の方が穢れ無き心を持っているとは皮肉極まりない。
拠点の片隅に目を向けると、事後処理をようやく済ませたコノヴァレンコが悪態を噴水の如く吐き垂らしていた。
「こんな時間じゃハリソンはぐっすりだ。あのクソガキが引っ掻き回さなかったら…
блядь!」
軍人にとって酒とは文字通り命の水。
仲間内と騒ぎながらアルコールを貪るなど最高の贅沢である。
それを邪魔するとは無粋極まりない。
建設機械師団の面々はサーモカメラの設置に追われているが、一仕事終えた彼らでもこの有様である。
隣のジョンソも同じ意見だが、何やら苛立ちを払拭する考えがあるようだ。
「……全くだ。けど…こういう時にやることは一つだろ?」
乗り物狂と、音速を駆け抜ける命知らずの領空侵犯常習犯。
混ぜるな危険。
この言葉がこれほど似合う、悪魔の暴走歯車的存在がしでかそうとしている事は一つ。
「出れるようになったらすぐ行くか。複座偵察。超音速で頼む」
「当り前さ。今日はMiG25でいいだろう?」
「わかってんなジョンソ。……さぁて速度計が楽しみだ!」
再発防止策が取られていく中、一筋の流れ星が流れていった。
次回Chapter204は7月22日10時からの公開となります
・登場兵器
BMP-T
T-72をベースに無人砲塔を乗せ、増加装甲を施した戦車支援戦闘車。正しい表記はBMPTらしい。
30mm機関砲・対戦車ミサイル・自動擲弾銃・機関銃・赤外線暗視装置を搭載しており、隠れた歩兵を何が何でも殺すという意思が見て取れる。
生身でコイツに出会った暁には「絶望」しかない。
スチェッキン・マシンピストル
ソ連時代の機関拳銃。OMONなどの「どうにも拳銃だと力不足」な局面に出会いがちな職員が装備していることが多い。意外に大きいのでサブマシンガンではなぜダメなんだ、と思うかもしれないが
マカロフ弾を使えて、なおかつ乱射できる銃は案外貴重なのだ。




