Chapter 20.Dark clouds stay in U.U
タイトル【異世界に忍び寄る影】
次元を超越した向こう側にある世界で業務を行うこととなったSoyuzを待ち受けていたのは帝国軍による夜襲だった。
赤く塗られた軍勢を撃退した彼らは帝国軍小隊の根城である森林城塞へと攻撃を仕掛けた。
戦闘を長引かせようとする敵司令官を回収し、悪用される前に城塞街ハリソンを接収することに成功。
機関銃弾をはじき返す重装兵の出現や帝国軍の消耗戦を目の当たりにしながら勝利こそ収めたのだった。
森林城塞戦において想定よりも多くの弾薬を消費していたSoyuzは、補給の合間に接収したハリソン市街と拠点の設備強化と現地文化を調査することに。
戦う仕事から実験し調査する仕事にバトンタッチを済ませている。
日本中の暇を持て余した大学修士をかき集め、再び彼らを知の戦いへと投下したのだ。
権能中将から与えられた彼らの名前は第一調査旅団。
歴史・考古学・文化・言語…ありとあらゆる分野の専門家が揃えられた軍団で、このU.Uにある文明が生み出したカルチャーを根こそぎ記録し、保存することが使命である。
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専門分野は多種多様な知見が求められる以上、それぞれ違う学部と論争を起こしかねない不発弾のような部署故、専門チームが区分されデータだけが蓄積していく方式となっている。
これら雑多に集められた変人兵団の長を務めるのに白羽の矢が立った人間がいた。
捕虜上がりの現地スタッフであるガリーシア・ネイブダルンである。
交渉人マリス氏による熱心な交渉によって【戦闘を行わない】こと、【帝国人のいない部隊】を前提に社員になることになったのだ。
配属には困難を極めたが、本人自身に指揮権がある階級で実績があることが見込まれてフィールドワーク・チームのまとめ役という形ではあるが抜擢されたのである。
いよいよハリソンの街での実地調査が行われることとなった前夜、歴史研究家たちとの初顔合わせの会が行われることとなりSoyuz仮設の会議室にフィールドチームが集められた。
「あのハリソンの記録映像を見たんだが、ルネサンスのような技術革新が起きていなければ不自然な点が多い。手配書の状態から鑑みて印刷技術は未発達で革命が起きる前の技術水準であることは間違いない。」
「僕も一ついいかな。そもそも記録映像を撮影した現地スタッフはもともと伍長だったといっている癖して、あの市街には防衛騎士団がいる。中世と近代がまぜこぜになっている。歴史の進歩の仕方として歪ではないか?」
会議室という一点に有識者を集めれば即座に討論会と化している。
最悪なことに議論が白熱している最中にガリーシアが会議室へと足を踏み入れてしまった。
この空間は様々な情報共有クラウドのように発展を遂げてしまった今では、彼女のつけ入るスキなど到底なく、理解できない固有名詞が川のように垂れ流され氾濫状態になっている状況に困惑が隠せない。
何をどうしているのか言葉の一端こそは理解できるがその大部分が意味の分からない横文字である故に本当に同じ人間なのかガリーシアは疑わざるを得なかった。
壇上までに来ると、真っ黒に光る枝めいた金属の物体が鎮座しており、使い方を思い出そうとする。魔具のようなものと事務内勤マディソンから説明を受けたが、はたしてその通りなのか。
そう思ったガリーシアはこの怪しげな黒棒を手に取ると、強く握り魔力を流した。
しかし魔具のように光るわけでもなく沈黙を貫いている。
「そんなこと言いだしたら気になる点ばかりだ、大体僕は言語に関して教養はあるつもりだがなぜこちらの言葉とあちらの言葉が共通なんだ、おかしくないか、えぇ?」
「次元が違うゼロからの解析だからと言ってきてみれば来てみれば、こんな都合のいい状態になっている。どうなってるのだ。そのくせ文字だけは読めない。僕だって解読してどうにかすべきだと思うんだ」
「文字に関して私見だがドイツ訛りの英語のような単語の簡略化等があった場合解読は困難だろうし誰がそれを見極めるんだ、と思うんだがね」
爆熱したディスカッションが行われる会議室では、人が来ようとお構いなしに意見が沸いてはまとまり、そして次の議題へと流れていく。
訳の分からない黒いメイス片を使うことをあきらめた彼女は止まらない暴走講義列車集団に向かって声を上げる。
「おい、ちょっとー」
このおかしな恰好をしている集団に向かって呼びかけた。
いい加減自分の中ではあの変人集団と関わりたくはなかったのだが、元同僚に自分の裏切りが発覚するよりはマシである。
そう思いながら黒い金棒を掲げた。
「僕としては出版物について気になるな。そもそも紙の本が存在しうるのか?」
「わかる。何事にも常識にとらわれてはならない気がするんだ。大発見を逃す共通点として思い込み、というのがある程に」
全くもって自分の呼びかけに反応することはなかった。今の光景は、兵を率い始めた時のことに丁度重なった。
こういう時はくだらない話に花を咲かせ上官の存在に大抵気がついていない。
また生半可な女声では男の兵士に下に見られては手が付けられなくなることも多い。ガリーシアは意を決して声を張りあげた。
「人の話を聞かんか、――おたくらのリーダーを無理やり務めることになりました班長ガリーシアです。えぇ、不思議でたまりませんが努力してまいります」
その声はとても一般女性とは思えぬほど鋭い声が会議室に木霊する。
学者たちはその声に一斉に反応しガリーシアの方に視線が向いた。
学者一人一人、まるでゲームをやめなさいと言われた子供のような眼差しをしていた。当人にしてみれば正しいことを行ったにも関わらず
「え、なにこれ…申し訳ない。」
いくら軍人上がりとは言え、あたかも自分が責められているかのような視線には慣れそうにない。
まるで腹の中をキリキリと痛めつけるかのような状況に困惑しながら謝罪してしまった。ガリーシアは冷や汗をかきながら壇上で固まっていた。
すると壇上へ向けてヤジが飛び始めるかと覚悟していると、思いがけない言葉が飛んできた。
「待ちわびた現地の人間じゃん、しめた!やはり理屈をこねてああでもないこうでもないとグダグダ言うよりも聞いた方が早い」
ある一人の学者、海原が指を弾いてから声を上げた。そして学者たちが口々に追及するように質問を豪速球で投げてゆく。
「やはり仮説よりも実施しなければ意味がない。ということで聞きたいがその恰好はどういった種類のものでどういう有用性があるのかを聞きたい。材質も気になる。時代と共に進化していったのか?」
「帝国軍魔導士の正式装備です。」
ガリーシアは詰め寄る質問を一つ一つ返していくことになっていった。
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かくして、現地調査の当日に至る。ハリソン責任者である冴島少佐に連絡をすると、既に護衛が派遣されてきただけではなく、旅団の拠点も用意していただいたと言う。
なんと心強いことだろうか。旅団のチーム一同はそう思っていた。あの光景を目の当たりにするまでは。
護衛に案内されるままハリソン東部の石や木で作られた民家が立ち並ぶ中、それは明らかに異様な出で立ちながら存在していたのである。
「どっからどう見てもプレハブじゃねぇかだまされた!」
海原がそう叫ぶのも無理なかった。そこにあるのは紛れもないプレハブ小屋なのである。
引き戸の近くにはストーンチョコが充填されたガムボールマシンが置かれていた。
よく見ると微妙に中身が減っており、誰かが回して買っていったのだろうか紙袋のゴミが散乱している。
海原の様子をよそに護衛のスタッフは淡々と告げる。
「ええ、Soyuz関連の建物には看板と中身が何かが書かれたガムボールマシンを設置することがルールとなっているのです。親しみをが持てるとかなんとかと言ってましたけどね。一応少佐のポケットマネーなのでお気になさらずに」
拠点がないよりはマシであると海原は冷や水を食らった犬のような顔をしながら周囲を見回すと班長が見当たらない。
まとめ役の人間が真っ先に違う方向に行くとは何事であろうかと海原がため息をついていると、拠点プレハブを見つめているとガリーシアがガムボールマシンに食らいついているではないか。
「何やってんだアンタ!肉を吊り下げられた犬みたいに食らいつくことはないでしょうに」
海原は口から言葉がこぼれ出た後、ふと感づいた。自分たちがいる時代ではこのマシンこそ当たり前に普及しているがそれがない時代にこんな怪しげなものを見せられてはどうだろうか。
誰しも触れようとは思わないだろう。
この拠点は置かれて時間は経過していないにも関わらず使い方を理解し、そして現に売れているとなるとここの人間は道理をあっという間に理解できるだけに留まらずそれを利用することに長けていると考えたのだ。
「こんな甘いもの口にしたことないな。嗚呼、幸せ」
班長はどうにかとして購入できたのか、出てきたストーンチョコを手ですくって一気に口に放り込むなり、そう言った。
彼女を見る海原の目は輝いていた。これから未知に入り込むのだから。
そうしてフィールドワーク以前に拠点にて今後どうするかを検討することになった。
いたずらに日にちばかりを要するものでは効率が悪いためである。
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班長となったガリーシア自体、学者たちにとっては未知の塊だった、また逆もしかり。
彼女自身も同様だった。そのためプレハブ小屋にて雑談のようではあるが話をすることになった。
既定現実とこの世界の常識のズレを最初に網羅しなければならないのだから。
初期は書き起こしの鬼こと村田が行うことになっていた。
「私の地元はハリソンではない、ずいぶん離れているナンノリオン県のデネスが故郷だ。それで、口にするものに甘味などあまりないな」
「あったとしても高価で簡単に手に入るものではない。乳菓子なら口にこそできるがここまで甘くはない。そう言った楽しみは軍ではあまりない。人民もそうなんだろうとは思う。楽しみはこれとニウトンくらいしかないとは思う」
「ハリソンには長くいたことがないからどうなってるかはあまり知らないが…」
ガリーシアは思い出話のように語りだした。すると胸部装甲から小瓶を取り出すと、話をする海原の前に置いて見せた。
中身は赤い粒が半端に入れられており、木の栓で封が施されている。
どうやらとがった胸部装甲の中身は空洞らしく、ある程度の物は入れられるらしい。
「それと価格が気になるな。これを味見してもかまいませんかな」
海原は興味深そうに瓶を持ち上げ好奇心をむき出しにしながら小瓶を覗く。
すると班長は
「一粒くらい…いや、一粒じゃないと痛い目にあう。それと入れ物はずいぶん昔に買ったから覚えていないが中身自体は銅貨30枚丁度30Gというところだ」
「英雄が口にする甘美なものは銀貨が50枚5000Gもする。買えなくもないが常には口に入らない。これも場所によったりするけども」
「この国はそんなもので場所によって何が高いか安いかがコロコロ変わる。買い物は場所からって言葉があるくらいに」
「失敬…ゲッ。なんだこの…鉄臭い風邪薬をかみ砕いたような…そんな一粒でここまでとは。それと取ってつけたような爽快感はなんだ」
「だから言ったのに。気分がクソな時に一粒放り込んだり魔力回復に使う。気分が悪いと使った魔力が回復しにくいからな」
海原の嫌がらせによってニウトンが学者全員の口に入ることになった。
総評は漢方薬を押し込まれた挙句、明らかに遅れてきた爽快感がやってくる。
というのが満場一致で出された評論。
絶妙に美味しいようで美味しくない。
学者一同こそ気になるものはあったが、フィールドワークに出るべく装備を整えて向かう事にした。
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その一行を待ち受けていたのはハリソン住民の冷ややかな視線だった。
どこか反抗心のような、そして恐怖を抱いているような視線。
まるでダイヤが光を乱反射するように様々な負の感情が渦巻いた筆舌にしがたい視線。
学会でも浴びることのなかった異様な様に誰もが警戒を隠せないでいた。
どうやら責任者が武力恫喝を行ったのか城壁には不自然な穴が開いている始末で、少なくとも良い感情は抱かれていないのではないかと海原は思った。
その予想は的中することになってしまった。それは資料を得るために貸本屋を訪れたことだった。
「異端人に読ませる本はないよ。悪いが帰ってくれねぇかな、あんたらと関わるとどうせ軍隊が来て荒らしにくるんだよ」
店主は来客人間がSoyuzだと知れると手のひらを返したように突っぱねたのだ。Soyuzがいかに武力で治安を維持しようが、そこに住まう人間の心までは保証することができない。
ましてや敵軍に占領され利用されるということを知った以上自分の命すらあるか危うい。そんな状況で敵軍に協力していたと知れれば一貫の終わり。
門前払いを食った学者集団は各々愚痴を吐いていたが、この事実に気が付けた人間は班長ガリーシアしかいない。
拠点へ戻ろうとした時、班長の背後から男が声をかけてきた。
「どうもこの街はずいぶん変わっちまいましたねぇ」
振り返るとその男は張り付いたような笑みを浮かべながらそう言っていた。市民か、と疑ったが体つきが市民のそれではなく、軍人のそれなのである。
そして顔も明らかにハリソンの住民ではない、よそ者の空気を纏っていた。きな臭い予感がする中、海原がその男に話しかけた。
「じゃあここがどんなとこか知ってるんで?」
するとその問いに怪しい男は答えた。
「いやぁね、昔来たことあるんですがね、なんか変わったな、と。」
当たり障りのない答えが返ってきた。何かがおかしい、ガリーシアの懐には違和感が居座っていた。
肝心の男はというとまるで風のように去っていった。
例の男の一件からというもの、班長の目が一度に鋭くなった。
海原や村上たちに気が付かれないように注意して市街を見ていると、軍事都市ではないにも関わらず店じまいした武器屋が増えていたのだ。
閉店するには建物があまりにも新しすぎる上、武器を買いに来るような人間がいるとは思えないハリソン東側にずらりと並んでいる。
看板を見てみると槍が一本800万Gと記されており、真っ当な価格ではない。
なぜ気が付かなかったのか、ガリーシアは自分の観察力の低さを実感した。
「班長さん、あんな武器をずらりと売ってるとこなんてあるのかい。ずいぶんシけた所で客なんていやしねぇのに。いやぁね、僕ならもう少し人が居そうな場所に店を構えると思うんだけどねぇ。」
そんな班長の様子を怪しんだのか村上は顔を伺うようにして質問を飛ばす。
「槍が一本800万Gなんて真っ当な軍人や人民が買えるわけがない…こんな金があれば地元じゃあ店を借りて商売できてしまう…」
ガリーシアは歯を食いしばりながらそう答えた。
心のどこかで胸騒ぎがするがその理由が一切つかめない。頭の片隅で何かがあると思ったが裏付けのしようがなかった。
解放され、自由となったはずのハリソンの街に深淵のような真っ黒な暗雲と影が立ち込め始めていた。
次回Chapter21は7月11日10時からの公開となります




