Chapter198. Treasure hunting
タイトル【宝探し】
——ウイゴン暦8月30日 既定現実9月5日
午前3時
Soyuzサイドの帝国専門家と化した学術旅団だが、体内時計が正常な彼らはいきなり深夜に叩き起こされた形となる。
深夜に及ぶ作業を終え、仮眠を取ろうと思って寝付けずに居たら緊急出動。
他の面々もぐっすり寝ていたこともあって海原・阿部チーム双方のスタミナは大きく削られてのスタートとなる。
与えられた任務は機密情報の探索と2号機の状況見分。選りにもよって時間がかかりそうな任務だ。
戦術兵器を作っていた地下都市工場ともあって興味深いのは確かだが、人間の三大欲求に逆らった状態で行わないのは確か。
ヘリに押し込まれた海原チームのコンディションは最悪なのも当然。それに輪にかけるようにして魔導開発の一人者フィリス、コードネーム【アンブリッジ】が同席していた。
「自分達はあたかも理性ある集団だとは思っていましたが、昼と夜の区別がつかないのはいささか…」
眠い目を擦ってヘリの座席に座っていればこの長ったらしい嫌味である。
阿部よりも質が悪い。
「いいか、絶対に不死鳥の騎士団を見せるな。絶対にだ」
「えぇ…」
海原が注意を促すが、その指示もやや滅裂なもので気休めしたいことに変わりなかった。
しかし胃痛のタネは尽きない。
「なんでこんな真夜中に呼び出すんです、ねぇ先生ねぇ!配慮というかなんというか…」
普段は何ともないチーフも旅団に牙を剥く。
一兵卒の彼女としてみればフィリスは世界を股に掛ける有数大学教授の一人。
そんなお方にこんな仕打ちしたSoyuzに文句の一つも言いたくなるも当然である。
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湯水のように湧き出る嫌味で着実にスタミナを減らしながら、海原達は隔壁前までたどり着いた。
照明の方式自体はナルベルン自治区の城と似たもので、光源の上にカバーなどをかけた間接照明と呼ばれる方法が取られていた。
これにより光がまんべんなく広がるため、少ない光源でもムラなく照らすことが出来る。
キャットウォークの残骸があるが、あそこからメンテナンスを行っていたのだろうか。
今考察すべきことはこんなことではなく、扉の先に待ち受ける工場について。
ヘリからハイエースに押し込まれた旅団は隔壁の向こう側の光景に絶句した。
「何故……ここは夕方なんだ……」
コンビナートに無理やり居住区を作ったような街並みが、紛れもない西日で包まれているではないか。
海原は思わず腕時計を見るが今は深夜3時過ぎ。朝焼けや夕焼けにしては早すぎる。
夜へと移り行くグラデーションも何もなく、写真のように時間をぴたりと止まっていた。
Soyuzの戦闘部隊によれば何時間も戦っていても夕方は続くため時間間隔が狂うという。
その様をフィリスはあざ笑う。
「効率化されているではないですか。なんと素晴らしい事か。この理念、私が挙げたものですからね」
全てはこの女の入れ知恵だったのだ。
方法を問わず限界まで工業力を底上げするにはどうしたらよいのか。
出されたのは時間感覚を狂わせてしまえば良い、というもの。
彼女でなければ思い至らない答えの一つだった。場の空気が一気に冷たくなる。
「……それは…何故……?」
「あなた方が機械による生産向上を図ったように、私は【ヒト】を効率化させたまでです。何か問題でも?それが金属か、肉の違いしかないでしょう」
フィリスは糸目を崩さない。
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——建造ドッグ
スチームパンクを抜けて出てきたのは純粋なプラントだった。
それぞれ石や真鍮パイプといった素材で建てられているが、魔力を変換した際の蒸気を地上へ出す排気塔といった設備が存在することから現代に存在するコンビナートと大差ないだろう。
こんな設備があってもなお作業員は生活を営んでいたのだから驚きは尽きない。
事実なら徹底的に調べ上げたいが、与えられた任務は処分された機密文書を探し出すこと。
四方八方に気が散ってしまうが、仕事に取り掛かることにしよう。
海原そう決心し車を降りた。
こうして地に足を立ててこれだけの工場を抱えながらゲンツーとは空気が違うことが分かる。
向こうは鉱石から製鉄を、プラントでは鋳造といった加工と組み立てが行われていて間違いない。
増援出撃口、それから繋がる通路へと足を踏み入れるも、ここにきてようやく安心することが出来た。
ジャルニエやシルベーといった城共通の構造が見て取れる。短い間とはいえ様々な帝国の建物を見てきた訳だが、らいしものがそこにあると言うだけで安心する。
魔導に詳しいチーフ率いるチームと海原らによる探索チームに分かれ、機密が埋もれた文字通り宝探しをすることになった。
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夢のあこがれ人と行動を共にすることになった以上、ガリーは水を得た魚のよう。
その後ろで魔導についての文献を読み漁っている研究員たちはフィリスがどういう人物かを知っていたが、身体が思うようについていかなかった。
「同じ学問をたしなむ者であればいつ何時でも真摯に向き合うべきなのでは?」
そもそも軍人である彼女と研究員を比べるだけ酷なのだが、フィリスの嫌味がそれを加速させる。
破壊された二号機の状況を調べるため、あの男の兵器に乗り込んでいく。
「どういうことなんだよ……気味悪ィくらい機嫌いいぞアンブリッジ……」
「絶対チーフのせいだよ……」
視点をチーフ側に移そう。
聞く話によればファゴット嫌いで有名なフィリスがやたら上機嫌に居ることに対し旅団の面々は並々ならぬ気持ち悪さを感じていた。
それも嫉妬に塗れた弟子の最高傑作を前にして。
恐らく人懐こい犬のように後ろについて歩くチーフに機嫌を良くしたのだろうが腕は兎も角として、ヒトとしての器は学者連中と比べてかなり小さいことは明らか。
そんな彼らをおいて爆破によって幅広い損傷を受けた脚部へと向かって行った。
——脚部
ベストレオの脚部機関室は動力炉から注がれた膨大な魔力中間体を直接アクチュエータに転用することで駆動させている。
考え方は油圧駆動と同じだが、いつ大爆発を起こしてもおかしくないエネルギー故に制御が極めて難しく、理論上の粋を出なかった。
そんな夢話をファゴットは全て具現化させてしまったのである。
イデシューで使われていた魔力そのものを使って駆動させるという理論を発展させ、中間体をそのまま動力として使用することで、莫大な出力を得ることに成功した。
だが不安定な中間体を使うが故に、全体的に水風船のように脆弱という欠点を抱えており、故に分厚い装甲で補っている。
すべてが計算されて建造されていると言っていい。
また少ない魔力から膨大な中間体を引き出し、その一部を変換しなおして駆動する魔力反応炉という大容量の持続機関が加わることで、稼働時間やスタートアップにかかる時間を短縮していると来た。
いずれにせよフィリスが天地をひっくり返しても思いつかない産物なのは言うまでもないだろう。
爆破されていたのは丁度エネルギーを送り込むポンプ部位とそれに繋がる大きな配管だった。
この有様を見て即座にこう答える。
「非常に腹立たしい限りですが修復はあの男を連れて来ないと不可能でしょうね」
「そんな、大先生でも不可能とは……!」
イデシューですら帝国にとって正に奇跡に近い産物。その理論を提唱し、設計まで関わっている張本人が言うのだから、ガリーは肩を落とし現実を直視せざるを得ない。
そんな中、学者はソ・USEを取り出しながらこう切り出す。
「それと破損部位なんですけれど、主砲が爆破されていまして」
「私はこのバケモノ専属のシスターになった覚えはないのですが」
フィリスは彼にフクロウのように素早く振り向くと、食い気味で答えた。
自らが与り知らぬところで発展していった事など知らないのは当然だが、いちいちトゲのある言い方は学者たちの不快指数を着実に上げていく。
どこの世界に行っても性格をこじらせた教授講師は居るものだと達観するしかなかった。
権威ある自分を敬意なくこき使うSoyuzと、それに雇用される既定現実の人間もまたファゴットと同じく嫌っていることが嫌でも理解できてしまう。
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嫌味の釜茹地獄を味わっている一方、海原とムーランは抹消された記録をどうにかとして探すべく奮闘していた。
「……見えないものを見ようとするというのはこのことだな。すべてが消されている。望遠鏡を覗き込んだとしても見つからないな。ところでムーラン君、君はどう思う?」
海原は半ばグロッキーになりながら呟く。
所々点在する灰の山でおおよその検討はついていたが、置かれているはずの資料が全て燃やされており、記録帳簿を入れていた棚は今や新品の家具同然となっている。
そこで彼は【消去された場所】を見事探し当てていたムーランに疑問を投げかけた。
「そうですね、自分なら奴らが消し切れなかったものから考えますね。深淵の槍は直接つながる情報を残らず削除しますが、間接的に繋がる証拠は消さない傾向があります」
「これだけ原型が残っているんです。パズルのピースを埋めるみたいに行きましょう」
深夜3時にたたき起こされたとはいえ興味深い資料がいくつも埋まっている。
ムーランの探求心は疲労と睡魔に打ち勝ち始めていた。
——建造ドッグ 作業員詰所
価値のない情報が多く、かつ削除が難しい場所。そこは建設現場のうち作業員が控える休憩室のような場所だった。
というのも業務内容が記された仕様書や行程などが置かれていることがあり、そこから時間や労働内容を伺い知ることが出来る。
作業員に通達される内容は膨大かつ断片的なため削除対象にならず、運が良ければ次はここで何が建造されるかを知る手掛かりになり得るかもしれない。
それだけ大量のデータと向き合うことになるのだが、数時間前の統計によってウォームアップは済んでいる彼らにとっては朝飯前だった。
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「労働実態はハリソンに近いな。作業員に割り当てられる仕事は大きいが、それだけ人数をあててくれるか。全く優秀だよここの人事は……」
数多の資料をソ・USE片手に解読する海原とムーランだったが、思惑通り消去されていなかった。
黒塗りなどで一部隠ぺいされていることは多いものの、想像を張り巡らせれば簡単に足が付くものがほとんど。
フィリスの言っていた事はあながち間違いではないのだろう。
あくまでほんの少し限界を引き出させるのに過ぎないのかもしれない。
そんな中、ムーランがある資料を見つけ出していた。
「数か月前、ちょうどゾルターンにいた頃…各装甲の耐魔力コーティングの作業が中止で…?脚部の最終調整が前倒しされてる。……ん?先生、ここの項目…」
「なんだムーラン君。どれどれ、同時並行で何か全く別の作業が行われている…?2号機の完成を急いでいたはずなのに?」
ベストレオは隣国絶滅兵器として建造されていた。
ひとたび外に出れば超大和型か核兵器を出さねばまず勝てる相手ではない。
出した時点で「勝ち」が決まる、戦略そのものをひっくり返す兵器。
文字通りの切り札であれば完成を急がねばならない。なのに遅延させてでも値打ちがある作業を行っていたのである。
それもベストレオとは全く違うものが。
「そうなんですよ。仮にもこの別作業さえなければベストレオが完成していたはずなんです。工期通りに。そうすると…海と陸、二つの方面から攻めることになっていたんじゃないかと思います」
「だが駆動系の調整が間に合わず1号機だけが出撃する羽目になった…という事か。いやはやこんなのを2つ同時に相手にするなんていくら何でも無理だ。敵の不幸に喜んでよいのだか…悪いのだか」
もしも遅延していなかったら、ムーランが言う通り陸と海の二方面から攻め立てられSoyuzは根絶されていたことだろう。
グズグズしていれば2号機が完成、尾道の射程外から陸から攻められてゲームセット。
破滅へのシナリオと背中合わせだったことを知った二人の背中に悪寒が迸る。
過去を振り返るのは大事だが、何時まで経っても囚われている訳にはいかない。
海原は納品先について探りを入れる。どのみち内容は白飛びか記載されていないのだから。
「それよりも…このやたら時間を取ってた別作業が気になるな。納付する宛てのようなものは…わかるか?」
「それが……ナンノリオンとだけで」
「となると次の戦略兵器は…ナンノリオンのどこかにある…という訳か…」
これが正しければ軍事魔導産業によって栄えた県、ナンノリオンにあるという。
丁度Soyuzの進軍ルート上にだ。
帝国がここで一気に巻き返しを図りたい意思がひしひしと伝わってくる。
真実が消去、または上書きされないよう写真を取りながらA3ノートに書き連ねていると、ソ・USEに着信が入る。
片手間にムーランが応答ボタンを押すと、アンブリッジを押し付けられた側からの報告が漏れ出した。
【あー、海原先生ですか?主砲だけは修復できそうです。よくわかんないですけど。早く帰りたいんで——おい、貴様!恩師様の仕事を訳わからないとか言うんじゃない!】
時折チーフの声が混じっているあたり、事態は混沌としているのだろうか。
それよりも主砲が修復できる事はSoyuzにとって大きな発見だった。
「あー、わかった。今ちょっと先生手が離せないんだわ。例のアレはもう少しそっちで——」
こちらも手が離せない旨を伝えている最中、ムーランは突いてはいけない藪を思い切り揺さぶってしまう。
【仮にも要人である私をアレ扱いとは、私としてはお後が楽しみで…】
これ以上厄介なことに首を突っ込むことを本能的に察知した彼は何も言わず無線を切った。
次回Chapter199は7月1日10時からの公開となります。




