Chapter192. Closed City 【■■■■■】
タイトル【 閉鎖都市【■■■■■】】
——ウイゴン暦8月28日 既定現実9月3日
ペノン県ヴェノマス東部近郊
——BROOOOOOMM……——
学術旅団が調査を始めたのと同じころ、地上では偵察車BRDM-2が走り回っていた。
特にぬかるみも何もないことは航空偵察で判明しており、BTRよりも小柄かつ小回りが利き、速度が出る偵察車両が選ばれたのである。
外には煙幕を出して攪乱するスモークディスチャージャーが設置され、内部には対竜騎兵用のイグラー携行地対空ミサイルや物理学者たちが作り上げた例の魔導計を搭載されている。
使用している感光用の魔石は殿下が持ち歩いていたもので、魔導士が持つ魔力にさえ反応する鋭敏なものが使用されている逸品。
この石の発する光を高精度な光量計で測定、放射線を計測するガイガーカウンターよろしく検知するのである。
秘密工場を燻り出すには正に適役だ。
「ゴールドラッシュの時もこんな感じだったのかねぇ」
車内で揺れ動く値を見ているスタッフはこうつぶやく。これでは河から砂金を探すような途方もない作業である。
確かにあの悪魔のような兵器がここにあるのは確かだが、それにしても反応が出ない。
とやかく出ない。
精々この液晶端末に映る数時のわずかな誤差で行ったり来たりをするのを見るだけだ。
ドクから渡された参考表によれば1kg魔力鉱石に近づいたら値が2.7倍に、土壌中に含まれている場合は12倍であることを示すらしい。
だがコイツを見てみよう。
うんともすんとも言わないばかりか、数値がただ適当に2か3に動いているだけではないか。
もうかれこれ2時間近くこんな画面とにらめっこを続けている。
元が照度計なだけあって警報が鳴るという訳ではなく、数値の変動を常に監視しなければならない。
こんなことを何十時間と繰り返している学者連中はきっと頭のおかしい連中に違いないだろう。
測定機器を握りしめたスタッフはそう思った。
次第に車内のムードが険悪になって来た。仮にもここは敵地。
乗っているBRDM-2の装甲は最大でも14mm。
辛うじてガロ―バンを通さないが、中戦車すらテツクズにする銀の銃で狙われないという保証はどこにもない。
武装は14.5mm機銃と7.62mm機銃の二つで、アーマーナイトがこちらに肉薄を仕掛けてきてもどうにかなるだろう。それだけだ。
そんな中アテもなく、広大な平野に落としたコンタクトレンズを探すようなものである。
いつどこからか撃たれてもおかしくない中で行うとなると、計器を持つスタッフどころか操縦手や敵を察知するガンナーも次第に険悪になっていくのもおかしい事では無かった。
戦場で兵士の心を蝕むのは残虐な光景だけではなく、こうした解けない無限緊張もその一つだ。故に熾烈なゲリラ戦から帰還した兵士の一部は精神を病んでいるという。
「0.012、09…0.024…!ああクソッタレ!釣銭じゃねぇんだぞ全く…」
変動する数値の中に見慣れない値が含まれていた。一瞬だけ0.024が混じっていたではないか。
ドクの話が正しければ誤差ではなく、何かを嗅ぎつけたことになる。
「おい、ちょっと止まってくれ!」
計測スタッフは声を上げた。
「どうした。見つけたのか?」
操縦手が急ブレーキをかけ、ガンナーがそう問いかけた。
「かも…しれない」
実際の所、魔力を発しているのは何も機械の駆動に使うだけではなく魔導士やソーサラー、挙句の果てには魔力を利用する生物も探知してしまうこともある。
照度計の中に押し込まれている魔石は感知した相手がどこの誰で何なのかを検知するまで親切ではない。
一旦停車したBRDM2は反応があったところまでゆっくりと後退。そこから西に下っていった。
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「…0.024…32…39…やったぞこの探知機マトモだぜ!」
数値が変わるだけでこの有様である。1kgの鉱石に近づいた時の数値が27.20であることを鑑みるとスズメの涙、それ以上の空しい変化。
だが言えることは一つ。数値が増加しているという事に変わりはないだろう。
「なんだよ、石じゃねぇか」
最終的に示した数値は1.056。ただの砂山だった。車内に落胆のため息が満ち溢れる。
何処からどう見ても何ら変哲のない砂の山だ。しいて言うなら何かの搾りかすのようなものだろうか。
「2時間と燃料費やして探して見つけたのがこの砂山…二時間あればピザ頼んで今頃食ってる具合だチクショウ!もう限界だ、やってられねぇ。外の空気吸ってくる」
ついに彼は吹っ切れ、おもむろに車体前方にあるハッチ上から身を乗り出し始めたではないか。
「よせ、敵地だぞ!?」
「知るかよ、人間の目ン玉は何のためについてる?ストリップを見るためか?違うだろ?」
車長が引き留めるが、踏んだり蹴ったり散々な目に逢った計測スタッフの意思は固い。
危険なのは承知の上で装甲から解き放たれた。
海沿いだけあって心地の良い海風と、ジャルニエとは異なる非常に背の低い草原に合間に見える砂。恐らく長い年月を経て風が浜辺から運んできたのだろう。
美しい光景はさておき、彼は早速異変に気が付いた。
等間隔にこのような砂山が存在しているではないか。計測器をもちながらぐるりと身をよじれば2やら3と、今まで目を疑うような数値がゴロゴロ出てきたのである。
あの操縦手はあの砂山に気を取られ、勝手にしょぼくれていたにすぎない。
急いで車内に戻った彼は興奮を必死で抑えながら車長に告げる。
「もう少し前進してくれ。魔法の電卓が200とか300倍とか出しやがった!」
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砂山が墓標のように立ち並ぶ中を進む。
海風が車体に吹き付け、海辺に生えた低草を揺らす。
不気味なことに周囲に敵どころか人間が居た痕跡すら見つからない。
いくら街が統合されていても輸送業者の一つくらい通っていても不思議ではないだろう。
その割には馬車用と思しき道路網が整備されていた。
言うなれば誰も居ないゴーストタウンにも関わらず、道路だけがこうしてピカピカという状況。怪しい事この上ない。
疑惑と共に測定器の値もみるみるうちに大きくなっていく。
「300…400…550…!?」
観測スタッフが興奮で数値を読み上げるのも無理はない。
魚のいない池に釣り糸を垂らしていたと思ったらいきなり豪快なアタリが出始めてきたのだから。
この感覚、確実に何かがある。
車長の第六感は近くにある何かを察知していた。筆舌しがたい何か心の揺らぎのようなものになって。
「索敵を強化せよ」
彼はガンナーに命じた。
それともう一つ、思っていたことがある。反応が強まっているのならば敵の秘密工場も近いという事。
それならば敵も警備を厳重にしているはずだ。正直言って重機関銃と装甲を有すコイツで立ち向かえるとは思えない。
逃げられるか。速力に秀でていても空から追跡されるかもしれない。
対装甲兵器を持つ竜騎兵なら風穴を開けられてしまう。
もはやチキンレースだ、どこまで蜂の巣に接近して突けるか、の。
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———【■■■■】通用口付近
平原は見通しが良い。当然ながらこちらから見えるという事は相手からも見られるということ。
それに背格好が騎兵と変わらないばかりか大きな音を立てるBRDM-2は容易に発見されてしまった。
此処は閉鎖都市。普通の人間は許可証がなければ殺されてもおかしくはない。
そんな場所にて侵入者が見つかれば地下にある本部に伝えられるだけではなく討伐命令が出されるのも時間の問題である。
エリア51に足を踏み入れておいて生きて帰れると思うなとでも言いたいのだろう。
「敵発見!ただの敵じゃない、黒騎士だ!」
ガンナーが叫びながらハンドルを回し銃口を騎兵に向けた。
「なるほど、大当たりを引いたらしい。振り切るぞ!」
車長は的確に指示を下しながら、機銃手の言った黒騎士の言葉を聞いて確信する。
ファルケンシュタイン帝国で見かける騎兵は正式色の赤もしくは鉄色。
位の高い兵ならパーソナルカラーで塗りたくっているだろうが、そういうやつは警備についていない。
つまるところ、この車を追うのは深淵の槍メンバーとなる。
向こうの世界におけるKGBやらCIAといった組織の人間が居るという事は、秘密工場だと言っているようなモノ。
すぐさま座標を本部に送ると、偵察車は速度を上げペノン県へと一目散に逃げていった。
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文字通り帝国の深淵をのぞき見しておいて大人しく逃がしてくれるはずがない。
———BLATATA!!!!———
14.5mm弾がばらまかれるも黒騎士は車や歩兵よりも機敏に動き、電光そのもので掠らせる事すら叶わない。
サブウェポンの7.62mm機銃で追い込みをかけようと思ったが、奴らの動きや小銃弾では効果が見られないという報告をからするに撃つだけ無駄だ。
ただばらまけば弾切れを起こすのは主砲も同じ。
どうすれば倒して振り切れるか、1秒でも考えた瞬間からソルジャーキラーを持った敵は距離を詰めてくる。
これならよほど近づかれなければ平気だろうと思った矢先、彼の視界にあるものがちらついた。
RPGの発射器のような長い引き金がついた筒。
対装甲槍投射機 ダールである!
近づかれなければ平気だと油断した瞬間、コイツを撃ち込んでくるつもりだろう。
騎兵ではこのような考えには至らない、明らかに対Soyuz戦闘を見越していた装備に他ならない。
「うそだろ、オイ!もっと速度出してくれ!」
そんな細かい事は露知らず、飛び道具があると察知した彼は声を荒げる。
「こっちは目一杯踏み込んでら!倒すのはお前がやれ!」
操縦手は狭い窓を覗き込みながら怒号で返した。
既にBRDMのエンジンをこき使っている。舗装されていない道路を走っているため速力が多少落ちている。
そうなれば草原を駆けまわっている馬に軍配が上がるだろう。
一方で騎手は戦車砲のように槍を水平に向けており、一兵士とは言え雑兵ではないことは明らか。
「クソッタレ!」
砲塔を飛び交う空薬莢に紛れながらガンナーは引き金を引き続けた。
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エリートの中から選りすぐった怪物だけあって、機銃を的確に撃ち込んでいても確実に車両と距離を詰めてくる。
制圧射撃をいくらしようとも歴戦の戦闘機パイロットの如く掻い潜ってくるのだから堪らない。
横に携えたランチャーの射程はたった50m。
小銃と比べてはるかに短いが、間合いに入る必要がないというだけで十分な脅威。
そんなことは承知だが、何をしたとしても奴らに攻撃が絣もしないことで機銃手は焦りを隠せない。
「こんなの騎士じゃねぇ、F1ドライバー相手にしてんじゃねぇかクソッ!」
弾数以前に距離が狭まってきていた。
陽動して当てようにもその策は見え空いていると言わんばかりに避けられ、ストレートに当てに行こうとすると銃口の方向を察知して立ち回る。
もしも自分たちが偵察車ではなく馬だったらと考えると、何度死んでいるか分からない。
だがこの手には機銃の引き金が握られている限り、Soyuzに勝ち目はある。
「煙幕弾一斉射撃後、右旋回」
車長からの指示は速やかに実行される。
煙幕弾が重力に引かれ、放物線に撃ちだされた後に火事でも起きたかのような大量の煙が立ち込めていく。
そして偵察車はハンドルを切り振り切るつもりでいた。
「車長!敵がまだ追従してきます!」
「何!?」
白煙の中にBRDMを追うようにぼうっと一つの赤い光とシルエットが浮かぶ。
深淵の槍メンバーが付けている目出し仮面は飾りではなく、生命反応を探知する代物。
荷物に隠れたスパイなどを発見するためのものが此処に来て力を発揮したのである。
深淵の槍はそこらのナイトとは出来が違う。
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敵は確実に距離を詰めてきた。ならばこちらに都合がよい。
今まで振り切るために乱射していたが、ここまで追いかけてきたのなら射殺するまで。
銃口の反応を読むことが出来るだろうが、相手はこちらの考えを透視してくるわけではない。
そう考えたガンナーは一旦射撃の手を止めた。
敵に行動を悟られないよう息をひそめ、二度と避けられないよう一気に狙いを定めて引き金を引く。
———BLATATA!!!!——
「地獄に堕ちやがれ……」
発射された弾丸は馬や騎手を貫いて草原の彼方へと消えていく。
なんとか振り切ったのだ。
次回Chapter193は5月20日10時からの公開となります。
登場兵器
・BRDM-2
ソ連の装甲偵察車両。
見た目はなんだかすごくソビエトっぽい4WDで、武装は14.5mm機関銃「KPV」と7.62mm機銃「PKT」のみで装甲は銃弾さえ防げればいいという割り切った物。140馬力のエンジンを積んでいるため、かなり速度は出る。




