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Chapter190. After the storm has passed

タイトル【嵐が過ぎ去った後】



——ウイゴン暦8月28日 既定現実9月3日

アルス・ミド村



ゾルターンをSoyuzが制圧したことにより学術旅団による調査がようやく入ることになった。バイオテックの職員もそれなりに見られるが、海原率いる旅団が圧倒的である。



文明の調査と言っても様々あり、ゾルターンで行う調査は統計学的なものだった。



つまるところ他都市と比べてどういった人間が多いのか、あるいは少ないのか。


またはどういった傾向が見られるかと言った内容で、数値から見てゾルターンに一体何が起きているのかを知るためである。



アルス・ミドに降り立ったムーランは村に存在する本の年代について調査を始めていたが、目を疑うような結果に直面していた。


海原はギンジバリス市の調査に行っており不在なため、事実上彼が責任者となる。



「村中探して本が一冊……。嘘だろ……」



提携している村々に眠る本について調べていたのだが、ゾルターンである程度の規模があるこの村でもこの有様。



それ以外では全くないという状況でほとんどが住民の口伝に頼っていると来た。



何故ここまで書物がないのか聞いたところ、全て薪がないため使ったとの事だった。



周りに生えている草はそのまま火が付くわけではないため、火口として使っているうちに次第になくなっていったという。



これが有用な本なら良いのだが、ダザイに翻訳して出てきた結果はジャルニエにあった料理本とほとんど大差ない。



状態は悪いものの、発刊された年は比較的新しいことが分かる。

つまりこれ以前の資料は全て燃やされたかして存在していないことになる。




ゾルターンに一体何があったというのか。












—————————————







——同刻

フェロモラス島



肝心の海原はというと、ギンジバリス市での調査を終えてフェロモラス島にある漁村を訪ねていた。

というのも、フェロモラス島は今だ調査が進んでいない事も大きい。



が。しかし。


ギンジバリス市料理については、憎き阿部が見るだけで確実に空腹を催す画像つき食レポを提出しているからである。



もはや嫌がらせと大差ない所業に憤慨した彼はこの島を訪れていた。



ノリだけで来てしまったが調査はしなければならない。

此処ではタマネギとニンニクを組み合わせたような野菜、イーヴェが栽培されている。



コショウに恐ろしい値が付く程、香辛料に乏しいファルケンシュタイン帝国にとって貴重な薬味と言えよう。ギンジバリス湾で取れた海産物にはこのイーヴェが欠かせない。



だが運び込まれるものは保存性を高めるため全て乾燥されているか魔導式の冷凍庫で、カチコチになっている事がほとんど。



そこで本場ではどう味わっているのか。それを疑問に思った彼は漁村にある市場に足を運んでいたのである。



「うーむ。ギンジバリス市でもイーヴェが栽培されていたとは。原産地はここらしいが、遺伝的調査は…まぁバイオテックに任せればいいか…本当に生でも食べられるのか?」



「ああ、そのまま勢い良くな。あんたも男だろ、グズグズしてたらチャンスを逃すぜ?——そういえばあんたにうちの帳簿を見せてやってもいいんだが…」



「やるさ、私がその程度で引き下がるとでも?」



早稲田の男、海原は容赦なくイーヴェにかじりついた。















————————————————











思い切り咀嚼するなり口に広がる刺激感と、ニンニクを丸かじりしたかのような強烈な風味に隠れながら確かに存在する甘み。



端的に言えばそうなるが、個々の味が凄まじく、爆竹を口に押し込まれているかのような感覚が広がる!




「AH……ghu……」



海原は詰まったシュレッダーのような声を出しながらもだえ苦しむ。

適量入れて楽しむものを大量に食べたのだ。


デスソースを1瓶丸ごと飲み干すような事に近い。


日本人も流石に抜きたてのネギを丸かじりする人間はそういてたまるものか。



そのような刺激に耐えながら無理やり飲み込んでから村民に交渉に出る。



「もういい…これで…いいだろう…」



「やらなくても見せたさ、そこまでされて見せない程俺もクズじゃねぇさ…」



そう悶絶している時だった。


海原が持ち合わせているソ・USEに何者からか電話がかかってきたのである。

軽く離席することを口頭で伝えると着信に応答した。



「なんだね……ゴフッ……今私は取り込み中で——」



吹き出しながらも無線機を耳に押し付けると、聞こえてくるのはゾルターンに送ったムーランの声だった。


基本的に阿部を除く、学術旅団はいたずら電話をするような文化はない。



つまり悪ふざけではない事は確か。



ただし阿部を除いて。



【先生。ゾルターン調査についてなんですが……どうにも書物が出て来ないんですよ。アルス・ミドでようやく一冊出てきましたがほとんどジャルニエ城にあったようなもので……】



どうでもいい事はさておき、ムーランから報告された事実は目を疑うものだった。



現代のように大量製紙技術を保有していない帝国において洋紙は非常に貴重なものである。



そのためA4コピー用紙をうっかりゲンツーにあるギルドに依頼書を出してしまうと、非常に目を引いてしまう。



とはいえ、このような記録を残す事は国家や人間が集まって生活を営む村や街にとって必要不可欠。



戸籍謄本は時代が進まなくてはならないが、金勘定や土地の事。それに誰がどのような事をしたのか、何が起こったのか。



後世に残していかなければならない。人間の記憶は想像以上に希薄で改ざんされやすいのである。



必要不可欠なそれが、何故一切合切抜け落ちているのか。海原はあることを問う。



【……ゾルターンの村々には監視のため軍が駐留していたはずだ。それはどうなんだ】



そう、アルス・ミドの村も例外ではなく逃亡兵を監視するための帝国兵が居座っていた。

彼らはれっきとした正規軍。記録の一つや二つ残っていても不思議ではない。



【それが……ですね……。どうも記録が残されていないらしいんですよ。逃亡兵が持ち逃げしたというよりは元々つけていなかったと思われます。】




つまりゾルターンの村ではミルグラム実験のような様相を呈していたことになる。



仕事のない兵隊は誰に言われるまでもなく罰則と称した暴力を振るい、農民はそれに耐えるしかないのだ。



ロンドンによる監視体制が集落を強制収容所に変えていたに違いないだろう。




人間とはつくづく恐ろしい生き物である。



【わかった。ゴフッ……ムーラン。次は外堀を…埋めていかなければ……】 




ならば周囲の資料から推理するのが得策だろう。記録がなければ、こうなのではないかと考えることも時には大事である。



咽ながらそう言う海原だったが、ムーランがあまりの様子に彼へ問いかけた。



【大丈夫ですか先生?】



【もういい年になって若気の至りをするべきではないな……】




若さがあるうちに無茶をしておくべきである。

それぞれ資料を集めたムーランと海原は一旦学術旅団ハリソン拠点に戻っていた。



設備がだいぶ良くなり、注文の多いシルベー県将軍 カナリスでさえも文句を許さない程である。



「ほう、わざわざ時間がない僕に聞きたいこととはよっぽどの事なんだろうね」


「…まぁハリソンに用があることだし、そこまでではないが」



今日は珍しく護衛のオンスが付いていない。

曰く、HEAT弾のメタルジェットによる火傷の治療を受けているらしい。



医療班に何で生きているのかが分からないと言わしめているだけある。



「いえ。お時間取らせません。——ゾルターンについて…なんですがね」




「あの禿げ野郎をついにとっちめてくれたか!全く助かるね、また帝国がキレイになった。で、なんだ。あのだだっ広い所について聞きたいことって」




海原が話を振ると、カナリスは怖いほどに機嫌を良くしていた。

死ぬほど悪将軍ラムジャーの事が気に食わないことがよくわかる。


そうでなければ市民の会など存在していない訳だが。



「えぇ…。何故ゾルターンの村々に記録が残ってないかお聞きしたくてですね……」



困惑しながら海原は続けるが、彼は冗談交じりにあるヒントを溢す。




「さぁね。他県の内情なんて知るものか。といっても君らは満足しないだろうから…思い当たるフシを一つ」



「ゾルターンには輸送業者居ないんだよ。軍系列でもそれ以外でも。多分ロンドンか息のかかった連中にやらせてるんだろう」



「そうなるとあの軍隊は何のために存在するか。…なんだけど。多分適当に配置してるだけだと思う。要するに守衛と大差ない訳。そりゃ統率する奴はいるだろうけど、かなりいい加減だ」



つまり、あそこに居た兵士は言うなれば労働者に過ぎず帳簿などを一切つけていないという。


それなら記録が出て来ないのにも合点がいく。




これに関してはラムジャーに聞くのが一番良いだろうが、今は市民の会に身柄を引き渡されている。

県を跨いだ悪行を重ねに重ねたのだ。


最早生きているかどうか怪しい。


ラムジャーについて話題が移ろうとした時、カナリスはあることを口にし始めた。



「あぁ、そうだ。言い忘れたことがある。というか言ったかな?

ラムジャーは僕が統治するシルベーや自治区だけじゃなくてペノンの方にも手を出してたんだ」



「お上に気が付かれないように自分に都合の良い傀儡を作って回ってたらしい」



「……と言いますと?」



海原は彼の言葉にどこか疑念を覚え、聞き返す。



「知らないのかい。自治区の代表…だしかデュロルとか言ったかな。彼女はヤツの娘だよ。女を囲って、一晩の過ちで作ってしまったんだろうね」



「……だがヤツはそれを利用した。だからナルベルンは自治区の言いなりになっていた訳。まぁうまくいかないで、今じゃ反ラムジャーの中心みたいになっているけど…」




「それにペノン県の騎士将軍候補…あの若造か。アイツに政治を教えたのは紛れもなくラムジャーだ。疑いもせずノコノコとセンセイなんていってて大概だったけど」




言えば誰もがショックを受けるような言葉をすらすらと続けてみせる。



当人からすれば凄まじく重たい問題だろうが、彼にとってみればそんなお家騒動などは全く関心がないに違いない。


あるとすればただ一つ、利用価値があるかないかだ。




「よく考えてごらんよ。露骨にイザコザを起こせば上も黙っちゃいない

内乱共謀ってことで消されるに決まってる。だからこの方法を取ったんだろうね」




「表面上は仲良しこよしを装って、裏では刃を喉に突き付けてんのさ。全く小賢しい中年だよ全く……そういう所は」



ラムジャーのやっていたことがある程度明るみに出た瞬間だった。



利益を帝国に捧げ、深淵の槍の目を掻い潜りつつ私利私欲をとことん追求する。


他人は全て自分のための駒としか考えていないのだろう。



街を面白半分で作って利益を追求し、邪魔なら軍隊を使って弾圧するカナリスもそうだが、正直言ってゾルターンの諸悪に比べれば可愛く見えてきた。



「さて…。僕も話すことを話したんだ。施しをしたのならし返してくれるのが道理なんじゃあないか?まぁ…こんな使えない情報はタダみたいなものだし」



「あ、そうだ。ちょっと知恵を貸してもらいたいんだ。なぁに些細な事さ。僕が作る鉄道路線についてなんだが、駅の名前がどうしても思いつかなくてね…」



ある程度話終えた後、彼は対価を支払うように迫って来た。だが闇金のように不当な利子をつけることはないようだ。



「弱ったな…。そうですね…私から言えるのは何もなければナントカ丘とか台とかつけておくとそれっぽくなりますよ。」



学術旅団の苦悩は絶えることはないだろう…。


次回Chapter191は5月6日10時からの公開となります

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