Chapter189-1. Interdimensional Montage -転生者の謎-
タイトル【次元間モンタージュ】
ペノン県の中枢都市「ヴェノマス」
異世界ファルケンシュタイン帝国内で海と直結した運河が張り巡らされた海運の要所である。
都市の統治者。ひいては司令官である、奇術師と呼ばれたソーサラー「アツシ」
データに目を通した権能中将は不審に思った。
ファルケンシュタインに存在する県の将軍や、軍人とはまるで合致しないのである。
分かっていることは年齢は恐らく18程度の青年で、佐官階級は持ってはいるが冴島や簡易尋問の記録でも階級とその器が合致しない。
何よりファルケンシュタインの人間は往々にしてコーカソイドに類似しているのにも関わらず、このアツシだけは異常なまでに見覚えがあるような気がするのだ。
それもそのはず。中将の見慣れた日本人なのだから。
誰も知らない異世界。
Soyuzが初めて発見、接触したアンノウン・ユニバースの存在は地球外に漏洩していない筈であり、それよりも前に日本人がいるのは辻褄が合わない。
タイム・パラドックスやオーパーツを見つけたような感覚がそれに近いだろうか。
もしや、と思った権能は他県の将軍や高官と接触のあったカナリスに尋問を要請。
すると驚愕の結果が返って来た……
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「ああ、あの癇癪若造だろう?はっきり言おう、僕側でも出所がつかめない。本当に突然現れたんだ。ヤツはアツシ、と名乗っているが正直言って偽名臭い。支配階層のカンだ、アテになると思う」
「それはそうと何かこう、異質なんだ。人の目は見ようとしないで、ナルベルンの古代端末かなんか弄ってるし。ただ、顔と素性に似合わないくらい、桁外れな魔力を持っているのは確かだ」
「僕の方でも調べて欲しいなと思っていたさ。頭の片隅に置いておいたけれど」
帝国中に広いネットワークを持つシルベー県の将軍カナリスでさえ、奇術師がどこの人間で、どのような過去があるのか全く知らないという。
一旦得られた情報を整理していこう。
会談で同席した冴島曰く、ヤツの持っていた端末は既に型落ちになったファーウェイ製のスマートフォンで間違いないとのこと。
まずもって異世界には中国もHuaweiも存在しないどころかコンピュータさえ満足に得られない。
どうやっても既定現実でしか手に入らないような物体である。
また突然ペノン県ヴェノマスに現れ、本名どころか過去の一切を知ることが出来ないという。
これはカナリスの言う通り、本来の身元を隠していなければこんな行動をとるはずがない。
そこで中将にある疑念が浮かんできた。
アツシという男は、もしかしたら既定現実ないしSoyuzのあずかり知らない平行世界からやって来たのではないか、と。
当人を深く問い詰めなくては真相にはたどり着けないが、既定現実からやって来たと仮定すれば機密情報漏洩の恐れがある。
後者の説が正しいのならば、他の未確認次元がある可能性があり調査の段取りを取らなくてはならない。
どのみち、重大な問題を孕んでいるのは変わらないのだが。
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平行世界説はもはや悪魔の証明と化してくるのは目に見えているため、権能は既定現実からの流入説から立証することにした。
しかしカナリスの言う通り情報がない。
住所・氏名・電話番号・指紋・DNA情報などが一切ないにも関わらず、どうやって調べようというのだろうか。
どうやら彼にはアテがあるようで、異世界から虎ノ門に繋がるホットラインに接続。受話器を取る。
【む。私だ】
何かがあった場合は上司に相談するのが鉄則。
中将という階級をさらに上回る人物とは謎の専務ロッチナしかいないだろう。
【こちらBIG BROTHER。対象人物について調査してもらいたい】
【送信された画像についてだな。……わかった、中将。私の方で情報総局に回しておく】
彼の言う情報総局とはSoyuz自前で持っている諜報機関である。
出し抜こうとやっきになっているCIAや怪しげなFBS、常に弁慶の泣き所を探しているようなモサドよりも遙かに信頼できる情報筋だ。
偵察衛星の管理から世界の均衡を容易く崩す情報の入手、国家間の揺すりにタカリまで行うSoyuzの悪魔の組織と呼ばれる由縁が此処にある。
情報総局はGoogleの検索結果よりも数多く、そして光と闇、どちらの界隈にも足を突っ込んで調べてくれるだろう。
この前の作戦では写真の断片。
それも窓の一部分からどこで撮影されたのか特定してみせたし、最悪ノイズのひどすぎる劣悪な音声データからも「いつ・どこで・誰が」記録されたものかを導きだしてくれた凄まじい部門。
【なに、時間は取らせはせんよ】
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PEEP……
30分ほどたった頃合いだろうか、ダイアルアップ通信のような音声と共にロッチナからの返答が返って来た。
どうも総局の方で最新の画像判定ソフト「HAL9000」を導入したからなのだろうか。
「妙に速いな……」
不気味な速さに困惑を隠せない権能は受話器を取った。
【こちらBIG BROTHER】
【情報総局に回した案件だが、早々に返答が返って来た。】
【氏名を川上篤志、日本国籍を持ち、実家は東京都八王子の住宅街で登録されていました。年齢17で行方不明、その後認定死亡によって戸籍上では死亡済み】
【在住地付近にあるセブンイレブンの電子履歴書内部に極めて合致率の高い画像データを発見したことから、アルバイト先だと考えられる】
【インフォーマットによる情報提供によれば、アルバイト先付近で交通事故が発生、その後に突然無断欠勤が始まるようになったとのことだ。その近辺に死亡届が出されている】
【加害者の証言によればぶつかったのは事実でその後、被害者が消失したらしい】
思わず中将の眉がうねった。
怪しい国家では管理が緩く、死んだはずの人間が実は生きている、というのは珍しい話ではない。
しかし行方が知れないからといって早々に死亡届が出され、それが受理されて確実に死んでいることになっている。
家族事情のあれこれに首を突っ込むつもりはないにしても、消失した筈の人物がなぜか異世界で生きている状態になっており、奇妙なのは言わずもがな。
既定現実からの流入説を確信するのには十分といえよう。
だが現実世界の人間は一切魔力を持たず、魔導を使えないと結論付けられているのも忘れてはいけない。
ならば絶大な魔力を持つというのは矛盾する。
どちらにせよ謎を解き明かさねば、対策もままならない。
仮に現実世界から次元の壁を乗り越えてきたのであれば、何か怪しげな超常現象が起こっているのではないか。
なまじ魔導という超常現象が存在するだけに。
【……了解。引き続き川上篤志についての調査をお願いしたい】
未知を既知にできるか。




