Chapter184. Sword line
タイトル【ソード・ライン】
学術旅団があることをペノン県ヴェノマスで行われる会談前、代表者に一度会ったことがあるというカナリスに奇術師はどういう人間か聞いたことがある。
その際、彼はこう答えたという。
「駆け引きを知らぬ青二才」
と。
こうして会談を行っている最中でも感情をむき出しにしている所を見れば、カナリスの言っていたことは的を射ていたと言えよう。
アツシの脳裏には常人が体験すれば心が壊れてしまうような恐怖と焦りから、目の前の脅威を自分の力で排除することを選んでしまったのである。
自分以上の魔導使い、ソーサラーは居ない筈だと本気で思っていたこともあって暴力的解決法に拍車をかけ、ますます正しい判断力を奪っていた。
目の前にいる人間は居場所を奪う敵で、交渉する気など更々ない野蛮な侵略者と思えていない。
今ここで消さなくてはベノマス、いや自分が連れ戻され酷い毎日を送らされる事で頭が埋め尽くされている。
アツシに冴島の言葉はまるで届いておらず、次はギドゥールを放つべく拳を握りこんでいた。
大佐のガバメントは容赦なく彼の額を捉えており、いつでも射殺できるよう準備を重ねていたその時である。
「貴様ら、大概にせんか」
ミジューラが電光のように飛び出して射線上に割り込むと、アツシの手を重機めいた力で握り込む。
「冴島殿。儂は話し合いの場での暴力は何があったとしても許さん。これは帝国やSoyuz以前に一人の男としてだ。——以後、気を付けるよう……」
普段の温厚な彼は形をひそめ、鬼神が一人立ちはだっていた。
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ガバメントのバレルから硝煙が止んだ頃。
静かに怒りが沸騰するような音を立てつつ、ミジューラが続ける。
「会談とは無血で事態を納める場であることを忘れ、両者武力に頼るとは何事か」
イギリス議会ではお互いにソードラインと呼ばれる境界線がある。
このような感情的な局面で武器を振りかざす事を防ぐために作られたという。
だがこの場では.45ACPと電撃魔導バルベルデが飛び交っているため意味をなさない。
止められるのもまた力という訳である。そんな状況で鋭く中将は事実を指摘した。
「Soyuz出した案が飲めないのは重々承知しました。ですが仮にも使者である我々に武力を行使した以上、友好的とは言えませんな」
「——むしろ敵対的と解釈できますが、何か異議などはありませんか」
悪意など全くなく、私情が入る余地のない無慈悲な追撃。
既定現実世界でも話し合いの場で相手を手に掛けることは即座に国際問題と化すだろう。
武力とはそれだけの「力」を持っており、それだけ付け込まれるだけのスキも生じてしまう。
「だからなんだって言うんだ!お前たちは、侵略者なんだぞ!」
憎悪と怒り、焦りに囚われている奇術師に今更理屈など通じない。
「お言葉だが……貴公はSoyuzがどういった理由でここまで来ているか理解すべきだ」
不変の結果と歪んだ認識がぶつかり合う。
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銃声を聞きつけた護衛スタッフと、パレスの奉仕人であるメイドが駆け付け、この場は事なきを得た。
その最中、冴島はミジューラに向けて呟く。
「ミジューラ将軍。本官は軍人として任務を果たしているまでの事。差し迫った攻撃に対し警告を与えたに過ぎません。お怒りはごもっともですが、どうかここは邪魔をしないで頂きたい」
それに対し将軍は黙ったままだ。
譲ることのできない絶対領域を踏みにじられたその怒りと失望のあまり言葉が出ないのだろう。
結果としてSoyuzはヴェノマスを敵対的地域と認定。
逆もしかり。
駐留や干渉などを一切認めず、暴力的手段を持って排除するという結論に至った。
「余計な弾薬を使うことになるとはな」
「止むを得ません」
中将は冴島にこう話を振るが、指揮を取る当人としてみればハリソンやゲンツーのみならず村々もそうなることを見越していた。
今までの交渉が上手く行っていたに過ぎず、時にお互い相容れない思想の集団に出会う事など珍しくない。
どちらにせよ、敵対したのは事実。
攻めるにあたってはこの環状運河が障害となるだろう。
市街地を攻撃するのは容易いが、問題はどうやってあのパレスを堕とすか。これに尽きる。
帝国軍の魔導士も次第に火力を備えるソーサラーへと置き換わりつつある状況で軽装甲車両は危険極まりない。
何時までも過去の失敗でくじけたままではなく、前へ前へと進むのがSoyuzという組織である。
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Soyuzが去った後、アツシはすべての業務を部下に投げ出して自らの寝室に引き籠ってしまった。
煮えくり返っていた感情のなべ底がようやく冷え、ようやく事の重大さに気が付いたのである。
やらねばならない事は分かっている、だが恐怖と焦りのあまり心が今にも砕けそうになって正気を保つのでやっとだ。
どうする、今更になって頭を下げるのか。そんなことをすれば街は現代色で塗りつぶされる。
自分の命よりもメンツを選ぶのか。
次から次に浮かんでくる答えのない自問自答に怯えるばかり。
魔法の持つ圧倒的な射程と火力によってレジスタンスや敵を排除する軍師という立場を完全に舐めていた。
感情的になった殺人犯が「こうなるとは思わなかった」と口走る気持ちが良く分かる。
マットレスに向けてどれだけ叫ぼうが、何度も殴りつけようが残酷にも【Soyuzに敵対地域】として認定された事実は変わらない。
過去の自分を殺したい衝動に駆られるも全てが無駄足だ。
当然ペノン県のトップ、コーネリアス将軍やウィローモの爺っちゃんも奴らが迫っていることは既に知っているはず。
何故ここまで正気を保っていられるのかが分からない。
「どうしたらいいんだよ……」
悲しい叫びも現実には容易く打ち砕かれる。
アルバイトを続けるしかない孤独な現実が嫌で、神様が与えてくれた転生のチャンス。
そして得た市長と次期騎士将軍という揺るがない地位と力。
物理法則と科学で出来た残酷な軍隊はそれを奪いにやってくる。
絶対に届かない次元の差まで乗り越えてきて連れ戻そうとするのだ。
何故ここまでされなければならないのか。
アツシはまるで被害者のように嘆くが、それは自分の無能さと行いの因果応報であることは彼の意中にない。
ヤケになる気力すら出て来なかった。自分は特別な人間ではなく、ただファルケンシュタイン帝国に存在するただの「NPC」に過ぎないことを知っていた。
いや思い知らされたのである。
今更出来る事を探しても何もかも遅かった。
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———ファルケンシュタイン帝国 帝都
賢人会議
戦略兵器の喪失という帝国始まって以来の不祥事に政権上層部は人員を招集。
分厚い扉の奥で開かれることになった。
「さて、虎の子の一号機があのような様を露呈したことに関し異議申し立てはありませんかな」
議長であるコンクールスは参加している面々の怒りを取りまとめ、ファゴットに追及する。
現代において核ミサイル、それ以上の兵器が戦失した状況。
花瓶を割ったのとはまるで訳が違うのだ。
小物なら言い訳のマシンガンで何とかその場を取り繕うとするだろうが、責任者であるファゴットは全く動じず、余裕すら浮かべていた。
一体どういう訳か、会議に参加している面々は騒然している。
下手を打てば失態と合わせてこの世から消される可能性が往々にしてあるかもしれない。
帝国はそういう国なのだ。
「では、此処で一つ。コンクールス殿含め、戦略兵器の喪失を追求したいお気持ちは良くわかる…じゃが…あえてここで視点を変えてもらいたい…」
その程度で終わる程、この男は小さくはない。
あまりに堂々とした意見を聞いたコンクールスは想定外の回答に興味を持ち、続けるように促す。
「それで?」
「本作戦の失敗した要因2つある。【侵攻ルートの選定・指揮能力】たったこれだけ。兵器そのものには何ら問題なかったのだ」
「ギンジバリス市の重要性は理解しているが、海…ひいては船の火力は侮れん。そのことは戦艦ギンジバリス・フィリスでも重々承知の事だったのでは」
「決してコンクールス艦隊が無能と言うつもりはないがの」
「……それに陸からの攻撃程度ではベストレオは止まらんよ。断言できる。海に進んだ事で敵の持つ最大火力をわざわざ浴びに行った。故に破壊されたのだ」
現にファゴットは対地ミサイルやスカッドの着弾する様を見ているが、艦砲と比べればかすり傷程度のもの。
加えて爆発に強い特性も相まって異常な程の耐性を有し、衝撃に強い。
それに魔力中間体を各部に張り巡らせている性質もあって、この対策は必須だ。
だが装甲を貫通され始めてから主砲の次に本体が破壊されるまでに至る。
つまり核兵器を使わなければ、使わせないような陣取りをすれば間違いなく「勝てる」
「その次は指揮能力。私は魔導技術顧問。戦いに関しては皆と比べて劣ることを自覚している。あの時、さっさとギンジバリスを焼き払えばよかったのだ」
「指揮を他の者に任せればこのような失態を起こさなかった、と考えておる。やはり指揮は軍人にやらせるべきもの…」
すると聞き捨てならないとユンデルが横やりを差してきた。
「失礼。作戦・自身の失態という事は理解しましたが、ベストレオそのものに欠陥はなかったのかお聞きしたい。何せ僕でさえ設計図を見たことすらないのでね……!」
彼がどこの馬の骨かも知れないファゴットの事を嫌っていたこともあるが、一人の技術者として機械の欠陥が話に出て来なかったことが怪しいと感じたのが大きい。
「お主は…あの絶滅兵器と成立するだけの重量と図体を支えきる駆動部を作れるのか?」
「あの駆動方式の弱点をそのまま克服せず実戦投下する程馬鹿だと本気で思っているのか?あれよりも安全な方式があるならばお教えいただきたい」
ベストレオの設計は装甲と機関部間に爆発性の高い要因を詰め込むにあたって、そのままにしておくはずがない。
隔壁をかなり取ってあるのだが、51cm砲の徹甲弾などハナから想定していない。
戦車を作る上でビームマシンガンに耐えられるように作るはずがないのだ。
「更にユンデル殿は重大な見落としをされておる。ベストレオはあくまで実証実験機。安定性と兵器としての有効性があるかの確かめたに過ぎん」
「得られた結果を量産先行に念頭に置いた2号機に反映すれば良いのじゃ。それに設計図を見たことがないと宣ったが…この場を借りてすべての理論を端から端まで説明し、図面を起こしても良いのだぞ?」
「何せ設計図は原本がなくとも引くことができるからの」
この男、ただの天才理論物理者の枠から飛び出している。
人型をしたタンパク質コンピュータ、現代のノイマンと言った人間を3回超越したような存在。
それがハイゼンベルグだった。
「そこまでだファゴット。私は最初の絶滅兵器オンヘトゥの有効性は実証されたと
判断し、ここに二号機の起動ないし出撃を命ずる」
海に出なければベストレオは無敵。そんな物体が複数建造され、内陸側から攻められたら本当に手の打ちようがなくなる。
Soyuzは起動される前に、何としてでも制圧しなくてはならないだろう。
次回Chapter185は4月8日10時からの公開となります




