Chapter183. Professionals and Amateurs
タイトル:【プロとアマチュア】
——ウイゴン暦8月15日 既定現実8月22日 午前4時25分
ペノン県ヴェノマス・パレス
夏の朝はとやかく早い。
二人きりで好き放題していると、いつの間にか夜が明ける事なんて往々にしてある。
それが不快という訳ではないけれど、やはり体力を消耗した状態で差す光は余りにも辛いものだ。
まるで焼けたナイフで肌を削ぐように。
こうした時、巡回は休みにして二度寝に耽るのがマイ・ルールだ。
自分が決めたのだから誰も何も文句を言わない。言わせない。
それがヴェノマスの掟。
「アツシ様!伝文です!」
一人ベッドで惰眠に堕ちようとしていた正にその瞬間。奉公人が飛び出してきた。
「なんなんだ……」
考えがまとまらない中、頭を掻きながら要件を伺う。
下らない要件だったら彼を追い出してこのまま寝てしまおう。
「異端からアツシ様への……文書だったもので……!」
あの慌てようからして相当なものだろう。
異端と聞いて頭に怪しい宗教集団が出てくるも実際は違うらしい。
寝ぼけ眼で文書を受け取ったアツシは妙にしっかりした手触りに違和感を抱くも、宛名が掛かれた文字を見た時点で凍り付いた。
【独立軍事組織 Soyuz U.U本部代表 権能】
達筆で書かれた日本語。
ここに来てからはもう二度と書き記すことも、見ることもなかった文字。
相手は自分の素性を知って送ってきたに違いない。
一体いつ、どこで。
ただでさえ整理のついていない頭の中で、考えがコンクリートミキサーのようにグチャグチャになる。
「いがか……なさいましたか……」
流石にいきなり過呼吸を伴う動揺をし始めたのである。思わず奉公人もアツシの事を気に掛ける。
「頼むから出て行ってくれないか」
「しかし……」
「出て行ってくれ!」
今の彼に、言葉を丁寧にして感謝するだけの余裕はなかった。
この世界に来ていたのは自分だけではなかったのが、いやでも分かってしまったのである。
避けられない現実として。
あの世界を逃避して必死に抑え込んできたトラウマが底抜けバケツのように降りかかる。
時折えづきながら気分をなんとか落ち着け、封を切ると現代文の教科書めいた書面が現れ、こう記してあった。
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奇術師 様へ
拝啓
残暑の候、ますますご発展のこととお慶び申し上げます。
封書をご覧いただき有難うございます。
我々独立軍事組織Soyuzは、帝国第2皇女ソフィア・ワーレンサット殿下の依頼により、帝国軍事政権打倒のため各種軍事行動を行っております。
つきましては、帝都への侵攻ルート上にあたります貴ぺノン県ヴェノマス市への進駐にかかる交渉のため、以下の日程にてお伺いさせていただきます。
8月23日 10:00
お手数をおかけしますが、宜しくお願い申し上げます。
日程及び日時をご確認の上、ご対応ください。
【指定した日時に対応いただけない場合・敵対的行動をとった場合】
・予定の変更などにつきましては8月23日までに郵送またはメールでのご連絡で相談可能です。
(Soyuz U.U代表者 権能 義隆中将直通メールアドレス gon-nu.cmdr@soyuz.mailsrv)
・また事前に敵対的行為を取った場合無警告での攻撃を開始する場合がございます。
お互い有益な会合になるよう。
署名
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この威圧的電子ワープロ文書はアツシを絶望のどん底に叩き落すのに十分すぎた。
独立軍事組織Soyuz。
世界中に根を下ろし、戦いから土木建築といった産業を全て支える惑星規模の組織である。
元にいた数少ない友人もSoyuzの事務部門に内定をもらったという話も聞く。
それ以前に、自分の国籍やら何から何までいつの間にか漏れていたのである。あの怪しい流れ者がスパイだったのでは。
今更考えてもどうしようもない。
変わらない事実は一つ。せっかく作った楽園に、悪魔がやってくるというのだ。
感情が全て恐怖と焦りに埋め尽くされるが、次第に怒りへと変わっていく。
せっかく作った夢の街に第三者が土足で入ってくるのだ。
何も苦労もすることなく、ただ自分の軍隊を押し付けに。
自分が自治できないではないか、そうなればこの街は終わりかもしれない。
負の感情はアツシの思考を蝕み、ありもしない考えへと飛躍させる。
もしも進駐交渉を無視したら?
敵対的行為を取った場合、無警告で攻撃を加えると書かれてある。
ニュースで見たSoyuzのコーナーでは自衛隊の比ではない戦車や兵器を持っている、そんなことが放映されていた。
自衛隊が異世界にやってくるようなライトノベルがあったがそれとはまるで訳が違う。
ひょっとして片手間でここまでやってきたのではないか。
恐怖という加速器は止まらない。
アツシは膨大な数の現代兵器群を前に恐れおののく事しかできなかった。
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——ウイゴン暦8月23日 既定現実8月30日 午前9時25分
ペノン県ヴェノマス・パレス
3人の使者は沖に戦艦を置き、ボートでやって来た。
周りにはSoyuz標準装備の護衛が囲み、その中をかき分けてようやく交渉人が居るという形である。
何時もの権能中将・冴島大佐の二人は注目されなかったものの、シルベーで作った新品の外陰を付けた英雄ミジューラが民衆の目を引いた。
何を隠そう、彼はナンノリオンの初代将軍にして第三・第四ガビジャバン戦争のトップエース。
様々な戦いに戦士として、また司令として参加。度重なる戦果は帝国の栄光ともいえよう。
大佐はその様子を見て「英雄」が持つ重みというものをまじまじと見せつけられた。
様々な戦地に行ってそう呼ばれた人間を見てきたが、改めてミジューラは本当の英雄、いや英傑だと認めざるを得ない。
国家の象徴になっても良い、それほどまでに。
そして訪れたヴェノマスの街は一見ベネツィアを思わせるが、実際に地に足を下ろしてみると結構差異がある。
確かに建物が水面とほとんど近く運河が張り巡らされているところまでは同じだが、ヴェノマスはあくまで海岸沿いの街で、どちらかと言うと鎌倉に近いか。
大動脈となる運河は数本あるが、海と内陸側に引かれた一際大きな水路に繋がるようになっている。
海を大きな半円とみなすなら、そこから陸に向けて線が引かれた環状道路のようなものだろうか。
ともかく、この線を引いた人間の優秀さが垣間見える。
彼らはヴェノマスの者に導かれるままパレスへと向かった。
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——パレス 応接室
この宮殿にやって来たのは男二人と、見覚えのある人が一人。
その中に残されたアツシは戦慄した。
そこは現代で就活していた頃で何回も見た光景のそれだったのである。
叫んでも誰も助けてはくれない、自分の膨大な魔力も通じない相手。
交渉が失敗すれば自分の補正を無視して殺しにかかってくるだろう。
頭が真っ白になるものの、わずかに漂白され切っていなかった脳裏をかき漁って言葉を紡ぐ。
「ど、どうも。本日はよろしくお願いします」
目は右往左往に泳ぎ、とてもマトモな状況ではないのは明らか。
常日頃酔っ払い同士の喧嘩やギルドのトラブルに首を突っ込んだ挙句、海に投射して藻屑や容赦なく雷を落して高みの見物に徹する姿など影も形もなかった。
そんな姿を見て中将の全く感情は揺れることなく、交渉が有利に進められるとだけ考えるしかない。
「私は権能義隆、Soyuz内では中将を、本次元では軍事行動を行わせていただいております」
「右にいるのは優秀な部下、冴島大佐。左におられるのは……私の口から出さずともお分かりいただけますでしょう」
「———文書の方は目を通していただきましたかな」
冴島は黙ったまま、中将は自己紹介を行いつつ、懐から日本語フォーマットで書かれた契約書を差し出して圧力をかける。
「え、ええ……」
此処にいるのはSoyuz代表者と現地の市長ではなく、圧迫面接をかける人事と哀れな就活生の構図だった。
手にしている契約書を読んでも内容が上手く入ってこないあたり緊張は相当なものだろう。
そんな中、ミジューラが助け舟を出す。
「中将。此処は対等な場であることをお忘れなく。——しかし良い召し物ではないかな。これは…他国との交流品で?」
権能は戦艦めいた図体なため、一人の青年相手には非常に圧が掛かって見える。そのことを指摘した。
何も英傑は戦いだけではなく、こういった駆け引きにおいても強いのである。
「えぇ……っと。ここはシルベーから運ばれたものがここに集まってくるんで……」
焼石に水ながらアツシの緊張は解け、ミジューラは役目を果たしたと言わんばかりに口を閉ざす。
どうやら彼はどちらの肩を持つことなく、ただ話に詰まった際のブレイクスルーに徹しているようだ。
相変わらず沈黙を貫いていた冴島だったが、ようやくここで口を開く。
「そのことで一つ。進駐する際にあたり、文化といった調査を行う学術旅団、Soyuz提携研究所ショーユ・バイオテックの調査が入ることがあります」
「経済活動に関しては自由ですが、災害などが起きた場合、建設機械師団の補修が———」
彼が補足として言いだした建設機械師団による介入が、すべてを狂わせた。
「なんだって!」
アツシは勢いよくテーブルに拳を打ち付ける。
大佐の目が上に動いて自分の発言を改めて考えるが、同じような発言をして激昂する代表者は帝国において存在しなかった。
大概は自分たちにとって有利になるように事を進めるため考え込む事が多い。
そのため予想外な行動を取られて言葉が詰まっただけで、その軸は全くぶれることはなかった。
今更このような甲高い声で脅されようとも彼らは本物の「脅迫」を知っている。
新米の頃、徹底的にしごかれた上官に比べれば屁でもない。
アツシの手には鈍痛と、耐えがたい静寂が広がっただけに過ぎなかった。
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その後不快感を怒りに変え、Soyuzの枢軸に声を裏返しながら詰め寄る。
「僕たちの街を軍事基地にしようと!?何を考えたらそんな言葉が出てくるのか、まったく分からないし、わかろうとも思わない!」
「それに建設機械…?どのみち街をめちゃくちゃにいじるんだろう!それだけ僕の滅茶苦茶にするのなら考えがある」
余りの様にミジューラは目をつむり、額に手を当てる始末。
これでもなんとかアツシの助けになろうと船を出すことをあきらめない。
「……確かに赤の他人が入るのは癪に障るのも判る。が、もう一度落ち着いて話を整理されてはどうか」
「何もSoyuzは民を全て奴隷以下のように扱うと、書かれていましたかな。気を静め、視野を広く取り考えれば———」
説教臭いともとれる言葉はそのままガソリンとなってアツシに降り注ぐ。
「帝国人なのになんだその言葉は!わかっているならこの契約にも!何かを言っていいはずだ!」
「もういい、もうたくさんだ!わざわざ手紙やら全て日本語で送ってきたんなら、僕が日本人だってことくらいわかってるんだろ!ふざけんな、あんなところに二度と戻るか!」
感情的になったが最期、操縦不能の墜落機と化したアツシは、三人に手の平を向け即座に呪文を放とうとする。
【バルベ———】
魔力から変換された稲妻が手から迸る。
人間を纏めて感電させて炭に変えられる強力な電撃魔導 バルベルデを躊躇なく放とうとした瞬間、一発の銃弾がアツシの脇をかすめた。
「小僧。人の話と契約書は最後まで聞かなきゃいけないと習わんかったか」
寸分狂わぬ銃口と照門。その奥には円滑な話し合いを防がれたことで静かに怒る冴島大佐の姿があった。
話し合いの場で剣や銃を抜くのは何時、いかなる時と場合においても御法度なのである。
次回Chapter184は4月1日10時からの公開となります




