Chapter182. Funny Reconnaissance in palace
タイトル【たのしいていさつ in パレス】
パレスについたメッセンジャーは船を降り、全貌を見渡す。
宮殿という意味を示す通り豪華な白石造りで建てられた潔白な印象を誰しも抱かせる。
此処ではヴェノマスの行政などを担うらしく、防衛騎士団と思しき兵士が駐留しているらしい。
そんな重要施設にも関わらず、多くの民が出入りしていた。
こういった要人が居る場所には十分なセキュリティを敷いており、請願を上げるにしても代表者一人だけがボディチェックを受けた上で初めて通されるような所である。
適当に騎士団の誰かに成り代わり奇術師に接近。その気になれば暗殺することだって容易いだろう。
【どうやら身辺検査の1つもしていないらしいな。こちらで記録している音声を書きとってみたが、ほとんどが奇術師に対する依頼か、防衛騎士団に対する申請と見ていい】
【当人に接近するいい機会だ】
帝国の人間ですら脇が甘すぎると思わざるを得ない警備状態。
このような誰でも上がってくれと言うのはあくまでもゲームなどの話であり、これを模倣したのかもしれない。
もう一度繰り返す、公民館や市役所とはまるで訳が違う。
「つい最近ここにやって来た者だが、まったくここは素晴らしいですな。しばらく居させてもらう以上、お偉いさんに顔を出したいと思って」
念のために近くにいた守衛重装兵に声をかけた。流石に為政者の下に白昼堂々殴りこむ訳にはいかない。
すると守衛は嫌な顔一つすることなく答える。
「あぁ、丁度すれ違いですね。今船で視察に出かけた所です」
それにしても流れ者でも対応が丁寧だ。
十分に教育された結果なのか、あるいは。これ以上深く考えない方が良さそうである。
【まさかこうなるとはな。あの奇術師も為政者にしては相当に暇人らしい】
【丁度いい、怪しまれず接近できる。前にも似たようなことは言ったが。待ち伏せをするより自然だろう】
【街の構造を記録するのも兼ねて行ってみるのも悪くはない】
ここにきて別のアプローチが出てきた。
事態は決して箱庭の中にあるパターンに沿っている訳ではない。
故に様々なアドリブを利かせるのも重要である。
メッセンジャーは守衛に短く礼を告げると、再びパレスの外にある船着き場で次の便を待つ。
「あぁ、お客さん。いなかったんすか」
すると先ほどの船乗りが次の客を待っていたらしく、声をかけてきた。
「丁度巡回してる頃とは聞いたが…。一応言葉を掛けられなくとも一目見ておこうと思って」
「——ああすまん、心づけを忘れていた。それに…ここの地図はないか。居候しておいて迷子になって迷惑をかける訳にはいかないからな」
そういえば渡しそびれていたと言わんばかりに400Gと少しばかりのコインを手渡す。
皇族や上層部が外食する機会などないし、職務柄本気で忘れていたらしい。
「心付けを忘れてたとなると…お客さん軍人でも相当特殊なところにいたんじゃなくて?ま、この際どうでもいいですけどネ」
手漕ぎの船はゆっくりと進み始めた。
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その一方、散歩に出ていたアツシとお付きのサームは街に繰り出していた。
今日は何もないとは言っても街の様子は刻々と変わるもの。
婚約者である彼女と正直温水に使っていたかったが、支配者としての責務は通さねばならるまい。
この頃治安がまた悪化しだしているという報告を聞いたため、トラブルメーカーである流れ者を優先的に懲らしめてやるか。
そう思うと少し気分がマシになる。
運河では多くの船がすれ違う。
多くは見慣れた親切な人たちだったが、その中に今まで見慣れない男を連れていた船が一隻。
「ちょっと。新しい人?」
アツシはフードを上げて呼び止めた。
異端軍、もといSoyuzが迫っていることもある。不安になりすぎかもしれないが、この頃誰も彼もがスパイに見えて仕方がない。
信用できるのはフィアンセであるサームくらいのもの。
「——ああ。戦争帰りの軍人さんだよ。ガビジャバンからここまで来るなんてご苦労なこった」
船乗りはそう言うが、この男はヘルムで顔を隠している。見るからに怪しい。
「そういう事じゃなくてね、なんでこのヒト、顔隠してんの?おかしくない?」
すると男は間髪入れることなく弁明した。
「すいません、元々竜騎兵だったもので。光には敏感なんですよ」
確かにこのヴェノマスには光を遮るような城壁などが一切ない。
そのため帽子かフードを付けるのが夏としての正装である。
これでも容疑は晴れたと言わず、意地でも突っ込みたいが、サームが口添えする。
「確かにドラゴンナイトなら光にうるさくて当然。まぁ…そんなこともある」
仮にも軍人である彼女に此処まで言われたら最後。アツシには口を挟む権利などは早々ない。
「それなら……」
言葉を濁しつつ、そういって見逃す他しかなかった。
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【LONGPATよりForty-Seven。対象の撮影・拠点撮影ならびに居所の記録を全て記録できている。目的は達成された】
【あとは現地から脱出し回収ポイントに向かえ。方法は問わん】
やることは全て達成した。
これ以上ヴェノマスの街にいれば怪しまれる可能性が高い。
そんなリスク、当然メッセンジャーも承知の上。
ここでふと、離脱方法について思い出す。
「脱出方法は多く考えられるが、支援物資として街近郊に…5分で展開可能な航空機が投下される予定となっている」
「操作マニュアルが同梱されているので参照して欲しい。ただ相当な音を立てることを注意されたし」
異端の乗り物が選りにもよって自分が乗るとは、と思ったものだ。
だが現にそう言った状況になった以上、つべこべ言ってられないだろう。
街を一周した後、メッセンジャーは街を去った。
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脱出機と共に送られたヴェノマスの情報は即座に分析にかけられることに。
映像はノイズ除去や補正が施され、肉声はバイオテックの機器によって音声分析に掛けられた。
その結果、意外なる事が明るみに出る。
「まさかとは思ったが……」
送られてきた電子レポートに添付されていた画像は大して珍しくもない日本人高校生のような顔立ちだったのである。
更に音声解析から導き出された結果はただ一つ。話しているのは日本語である事だった。
帝国の人間と意思疎通を取ることはできても実際に放たれている音、つまるところ周波数はまるで違う。
この事実は物理学者たちによって解明済みだ。
それにも関わらず、検出されたのは日本語と寸分狂わぬ結果。
つまるところ日本語を話す人間が存在するのは言うまでもない。
あの奇術師という人間は紛れもなく既定現実世界から流れ込んだ「漂流物」に違いない。
もう少しキャッチ―な言い方をすると転生者だろうか。
様々な言い方が出来るだろうが、これは他ならない文明侵略に他ならない。
だが、Soyuzとて冷酷だが鬼畜などでは決してない。現在スカッドも尾道も補給中。
避けるべき戦いは避けるべきだ。
トイレの水が溜まる前に流し続けてはタンクの中が空になってしまう。
仮に水道の蛇口が目いっぱい開いていても。
分析と言えばベストレオの方も多少の進展があったようで、中将のパソコンにレポートが届く。
現場では匙を投げていた阿部とフィリスは諦めていなかったのである。
「俺のWindowsも今日も元気だな。……それにしてもかなり焦ったな、阿部達も」
対照的に海原はなんとしてでもコピー用紙に印刷してから持ってくるにも関わらず、阿部は何というべきか。
彼も優秀な人間なため、教授めいて口出す主義ではないが。
レポートの内容は驚くほど薄いものだった。
分からないところが理解できた、というモノがただ書かれてある。
それがこのファイルがやたら軽い要因だ。
だが考察がしっかりと書かれており、そこだけは阿部が書いたことが容易に理解できる。
「……当兵器は異常な火力をもってして国土を丸ごと制圧、または破壊せしめる目的で建造されたと強く示唆される」
「誘導する対空兵器と思しき機構を備えていることから、帝国の技術水準では不可能と考えられるが、側面の副砲は戦艦ミジューラ・フォン・アルジュボンなどや戦列艦で見られるレイアウトであり……」
中将が軽く朗読しているが、この際はっきり言うと、考察を読めと喚き散らす阿部の姿が目に浮かんだ。
情熱が入っているのは良いことだが、これでは調査結果と考察のバランスが1:9。
バランスの悪すぎるカレーライスのようになっており、ルゥに対してコメがやたら多すぎる!
このせいで権能は無性にバーモントカレーが食べたくなったが、この結果は貴重なものなのに代わりはないだろう。
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——ペノン城 執務室
一方、帝国側では攻め入る異端軍戦の準備が行われていた
Soyuzの航空偵察は竜騎兵を出すのと違い、耳慣れない音を出す。
さしずめ軍靴の音ならぬ異端進軍の音とされ、帝国軍側に異端が迫っている事をいち早く知らせてしまう。
当然、ペノン県の将軍コーネリアスにも知れ渡ってしまっていた。
「将軍、異端軍がこちらに攻めてきますがいかがなさいましょう。勅命通り新開発の罠を敷設準備することは出来ましたが、城以外の兵配置に将軍の口添えをいただきたく」
老騎士将軍ウィローモが開発した回収捕獲地雷の敷設準備完了の知らせを告げると共に、この戦いをどう進めるか問う。
ジャルニエ・シルベーのみならず、強力な軍事力を持つゾルターンですら打ち破ってきた相手。
まともに戦っても勝てる見込みはない。
此処を踏み台にされれば最後、帝都は攻め落とされるだろう。
間違いなく司令官としての素質が最も問われる状況だと言える。
「罠の起動には人員を要する。防衛騎士団を派兵し準備に当たらせろ。奴らの進軍は速い、今からでも遅いかもしれん。騎士将軍候補の奇術師は覚えているか、ウィローモよ」
Soyuzは馬や飛龍よりも遙かに速くやってくる。
ここで足止めしなくてはならないのだが、彼には秘策があるらしい。
「ははぁ、長くコーネリアス一家に仕える私としては心苦しい事ではありますが。次期騎士将軍候補になさっていたことは覚えております」
渋い顔をするウィローモを尻目にコーネリアスは自分の考えを述べる。
「ここはあえて若手に任せてみようと思うのだ。ヤツとて大尉と同程度の権限を持っている事を忘れてはおるまい?私はお前かそれ以上の素質があるとみている。足止めさえできれば上出来と言うもの」
「その間に敵兵器を無力化し、ナンノリオンに増援を仰ぐ」
自分達で勝てなければ、数で殴れば良い事。
移動まで時間のかかるゾルターンやシルベーでは大隊しか送らないだろうが、帝都と大きく離れていないペノンでは質と量の両方を兼ねる部隊を寄越す。
「本国も切羽詰まっていることもある。増援は二つ返事で出す。異端軍も賢い集団だ、たとえ空から派兵できたとしても、うかつに禁忌の樹海に兵は送れまい」
「仮に降下したとしても狙い撃ちにされることは分かっているだろう。仮に成功したとしても、だ。戦力は大きく制限させることが出来る。」
今まで苦戦してきたのは敵の物量と質だからに他ならない。
屋内戦では良く戦えていたという報告がされている以上、足枷を付けてしまえばこちらの物。
この将軍の言っていることは正しいのだが、悪意の塊である現代兵器に触れたことのない人間だからこそ出せる言葉でもあった。
さらに将軍は続ける。
「どうせ人生は使い切り、そういった時…私は博打に出てみたいのだ。生き残れば儲けもの、戦いはそういうものではないか。
「——城の守りを固めるのはもちろんの事、県内基地の連中に大至急防御陣地を張らせろ。竜騎士は迎撃に絶対出さず、補給線を叩け」
コーネリアスは楽観的な口調から一転、鋭い眼差しをした司令官へと顔を変えてみせた。
万が一若手がしくじったことも織り込み済み。いかに消耗させて城までやってこさせるか。
弱った猛獣に足枷を付け、そのまま叩けば火竜だろうが何だろうが死ぬ。
「了解しました」
そそくさと去ろうとするウィローモに将軍は一言。
「戦死しても私を守ろうとは考えぬことだ。つまらん自己犠牲を払ったら、もう一度生き返らせて殺す。その覚悟でいろ」
「仰せのままに」
着々と準備は進む。
次回Chapter183は3月25日10時からの公開となります。




