Chapter181. Funny Reconnaissance in Venomaase
タイトル【たのしい潜入偵察 in ヴェノマス】
今回の偵察地点となるのは近年ペノン県で台頭してきたヴェノマスの街。
腕をまるまる火傷したベストレオ勤務兵が話した情報によれば、ここの長である奇術師と呼ばれる青年によって急速に発展したらしい。
この統治にはゾルターン将軍ラムジャーの強い関与が疑われている。
その功績をたたえ、市長から騎士将軍に昇格するという話がある程だという。
ある程度の立場にいる人間なため、ベストレオ 二号機の存在を知っているか関与している可能性が高い。
万が一、ヴェノマス提携会談が決裂した場合の暗殺対象に指定するために彼の顔写真と居所、そして居場所を突き詰めるのが作戦の目的である。
ここで気を付けることがあるのを忘れてはならない。
市街地で挙動不審・暴力行為と言った不法行為をターゲットに発見された場合、私刑が下されるという。
故に振舞いには一層気を付けなければならないのだ。
また入手した情報によれば、この奇術師は大変な女好きで犯罪の被害に遭っている女性を自らの私刑で助けては、手籠めにしているらしい。
ラムジャーの悪い因子が受け継がれていることは火を見るよりも明らかだろう。
現代人が潜入するのは元より、コンプライアンスの関係からハニートラップは使えず、ガンテルのように素行が非常に悪い潜入員は私刑によってその一生を終わらせてしまう。
素行が良く、かつ怪しまれない帝国の人間。
そんな人間がSoyuzにいるのだろうか。
いた。ポラロイドが好きなスタッフの友人。元親衛隊、元ドラゴンナイト。
その男のあだ名「メッセンジャー」
命からがらゾルターンから逃げ切った彼である。
———————————
□
———作戦当日 朝10時
メッセンジャー改め、コールサイン【Forty-Seven】は潜水艦からフロッグマンに連れられて砂浜に上陸。
そこから徒歩でヴェノマスの街を目指すことになった。
すかさず、オペレーターである冴島大佐がもう一度作戦のおさらいをすべく無線を飛ばす。
【こちらLONGPAT。おはようForty-Seven。無線は使えるようになったか】
【ああ、なんとかな。——それにしても便利だな、そっちは。羨ましい】
冴島の言葉を受け、慣れない手つきで耳に装着された補聴器型無線機の近くを手でなぞる。
原理は全くわからないが、一応会話などは全て録音・録画。
どうやらその場を切り取って伝えられるらしい、と解釈した。
かの不良兵士ガンテル曰く「深く考えるな」と念を押されたがその通りだろう。
【今回はヴェノマスの街に向かえ】
【航空偵察によれば運河が道路の代わりに張り巡らされている「水の都」と呼ばれている。今回撮影すべき目標は街を実効支配している青年「奇術師」の撮影と行動パターンの記録】
【そして街の中枢であるパレスの立地情報を記録せよ。】
更に続ける。
【情報によれば奇術師は「違う世界から来た」と言っていたらしい】
【それが正しければ我々の存在に感づく可能性がある。Soyuz関与する物体を残すな】
【またヴェノマスで騒ぎを起こした場合、即座に目標がやってきて海の藻屑か雷が落とされるという。不用意に事を大きくするべきではないだろう。】
【脱出ルートはSoyuzが用意したルート以外にも飛龍郵便の使うワイバーンや騎兵の使う馬などを奪うなどして回収地点に向かえ】
【準備は一任する】
大佐の説明を受けながら、夜明けを告げる日がヴェノマスの街を照らし始めた。
鮮やかなレンガで作られた建物と、基礎部分まで迫った運河。
舟渡が使うであろう無数の船が陸に固定され、ゆらゆらと波に揺れる。
意図的に作られたとは言え、ここは帝国では見られない顔を持つ新鮮で美しい街に変わりはないだろう。
一人の潜入員は剣をぶら下げ「流れ者」としてヴェノマスの門をくぐる。
「さてと……最初は頭の顔だな。耳の魔具は1日が限界……。一仕事いくか」
決してスパイであることが分かってはならない、大作戦が始まろうとしていた。
———————————
□
現地に違和感なく潜り込んだメッセンジャーは情報が集まる、言うなれば澱みを探す。
噛み砕くと「人が多く集まる場所」である。それも俗人が大量にいる空間が望ましい。
となると答えは一つ、酒場だ。
アルコールの力を借りれば普段秘密にしている事がぽろりとこぼれてしまうことが多い。
酒の失敗が何かと多い彼にとって、情報を集めるにはうってつけだと言えるだろう。
「邪魔するぜ、やってるかい」
昼間から酒浸りになる主義ではないが、かき入れ時の夜にしかやっていない所も往々にしてある。
開店前に入った暁には何とも言えない微妙な空気が流れるからだ。
「あぁ。ベーテかい?あんたギルドの人間か?」
そこにはマスターが一人と、数人の客。どうやら昼間からやっているらしく安心した。
酒での失敗が多いが、一杯くらいどうということはない。
店主がギルドの人間かと聞くが、メッセンジャーは適当な事ではぐらかす。
「そいつを頼む。今は戦争帰りでね。旅してるだけよ。ついにここまで来たもんだ。長かった」
代金を懐から出しつつ、グラスを待つ一方で周囲の様子を伺う。
時間はもう昼を回るだろうか、こういったギルドを内包した酒場なら腹をすかせた冒険者共が集まってくるのは明らか。
そうなれば都合が良くなる。
「わざわざガビジャバンからなぁ……ご苦労なこった」
「ああ、まったくだ」
酒を手に自然を装いながら、聞き耳を立てた。
——————————————
□
「お前が死にかけたお陰でパァになりかけたじゃねぇかよ!ふざけんな!」
「何がだ、近寄られたらなにも出来ねぇ魔導士がガタガタ抜かすな!仕事を取って来てやったのは誰
の——」
「この甲斐性なし!結局二人ともぶっ倒れて貴重な薬を使ったじゃない、それで分け前を?独り占めしようっての?ふざけんな!」
男二人と女一人のギルドチームが言い争っているらしく、耳障りな怒鳴り声が背後から響く。
どうやら依頼の分け前の件で揉めているらしい。正直なところ惨め極まりない。
これがプロの軍人と武器が使える素人の違いだ。
表情を全く変えず酒に口を付けていると、マスターが血相を変えて怒鳴り散らす。
「手前ら止めろ!そろそろ術師が来るんだぞ、こんな所で騒ぎを立てたら今月14人目だ、あの野郎に炭にされたのはな!片付けるのはこの俺なんだぞ!」
酒での揉め事はここでの宿命のようなもの。
それにしても奇術師が街のどうでもいい事に首を突っ込んでいることがわかる。
おそらく雷というのはアドメント、その上位魔法「バルベルデ」で感電死させるのだろう。
【聞いたか。ここの奇術師は街では良くあることに首を突っ込んでくるらしいな。何かの手段で陽動すればすぐさま飛んでくるかもしれん】
【それに、あの店主からの頼みを受けて聞き出しても良いだろう】
早速有効なアプローチを二つも手に入れることが出来た。だがメッセンジャーは怪しまれないため、その言葉を聞き流しているまま。
彼はどう動くのだろうか。
——————————————
□
「お困りの様だな、マスター。俺に任せてはくれないか」
情報源は逃がすべきではないだろう。
殺すなどもってのほか、適当に懲らしめた後にまた聞けるだけ聞けばよい。
「すまんが頼めるか、魔法は昔使えたんだが今はからっきしで……」
「あんたの言う奇術師の代わりに雷を落してくる」
そう言いながらバカ三人組の間に割って入った。
酒場で騒ぐのは勝手だが、痴話喧嘩の中でも金がらみの話はいくら何でも聞きたくはない。
個人的に耳障りなのもあると言えばそうなのだが。
青筋を額に浮かべ歩み寄る。
魔導士が2、剣を持った奴が1。
万が一乱闘騒ぎになっても一人で何とかできそうだ。
「喧嘩するのは結構、ここではよしてくれないか。俺みたいに静かに酒を飲みたい奴も居る訳だ」
男女二人がこちらに殺気のこもった視線を向けた瞬間、声を上げながら火球と雷を放つ。
「 手 前 ェ に 何 が わ か ら ァ ! 」
着弾する間際に剣を抜き、火を真っ二つに切り払う。
こちらに飛んでくる正確な稲妻を間一髪で潜り抜けながら男魔導士の喉仏を殴りつけた。
次。火球を撃ってきた女には剣の腹で殴りつけた瞬間、背後から男の剣が迫る。
所詮は蛮族に付け焼刃した相手、背後を狙うんなら殺気をもっと消すべきだ。
籠手で刃を防ぎ、鋼鉄の指で瞬時につかみ取る。
「もう少し頭を冷やした方が良いぜ。酒でものんで落ち着けって、俺のおごりでいいから」
その一言と同時に男の首に剣を突きつけながら、持ち金をボロボロとテーブルに落とす。
視線は一切動かさず、常に胸をヤツに向けながら席に戻った。
「悪いねマスター。礼といっては難だが……その奇術師っていったいどんなヤツなんだ」
カップに注がれたフレイア・ベーテを口に含みながら店主の答えを待つ。
「いいぜ。良い見世物見れて、あの若造がずかずか入り込んでに済んだんだ。そんくらいしなきゃな」
「奇術師ってのは確か…アツシとかなんとかいう真っ黒い天才ソーサラーだ。いっつも散歩しながら街を見張ってる。当人にはまだしも、防衛騎士団にすらヤツの悪口を言ったのがバレたら海に放り投げられる」
「……言っとくがマジだからな」
分かっていたことと、そして分からなかった事の両方が露わになる。
「それで……散歩道は決まってんのかい」
「ああ、せっかくだ。俺らの間で作った巡回ルートってのを見せてやる」
「助かるぜ……」
また一歩、情報に近づくことができた。
————————————
□
【酒場のマスターによれば奇術師は真っ黒いソーサラーらしい。なら遠距離から顔を捉えるのは難しいだろう】
【だが…今は夏だ。どうなっているかはさておき、戦闘能力をもってしても制圧するのは不可能と考えて良いな。それに巡回ルートが割れているなら待ち伏せた方が賢明か。】
次々に埋まるパズルのピース。
だがどう行動するかはメッセンジャー次第なところが多い。
それぞれやらなくてはならないことはあるが、順序は特に指定してされていない。
あくまで冴島大佐の言葉は命令でもなんでもなく、ただのアプローチの一つでしかないのである。
情報を得た彼は船に乗り、パレスへ向かうことにした。一旦人気の薄い場所に入り込み、無線を飛ばす。
【ここの交通は運河を使った舟渡だ。大動脈は運河と言っていい】
【了解】
歩いてみてわかったことだが、家や店などの繋がりは陸路だが他の街にある開けた大通りなどはほとんどが水運となっている。
例えるなら駅前のアーケード自体が水路、それ以外の細道が陸路になっているとみて良いだろう。
再び人通りのある場所に出てから、酒場通りの中ほどにある橋に泊まっていた舟渡に声をかけた。
「奇術師様がいる所に案内してくれまいか」
「ああ。400Gで連れてってやる」
メッセンジャーが運賃を払い船頭がオールを漕ぎ出せば小さな船はゆっくりと動き出す。
人が乗った別の船が脇をすれ違った。
宛らここでの船はより身近なタクシーのようなものか。
そんな中、なだらかな磯風が吹き付ける。
どんな世界でもタクシードライバー、またはそれに近い職業の人間は客に話しかけることが多い。
「お客さん、いかにも旅の人って感じだねェ。どっから来たんです?」
そんな何気ない問いにメッセンジャーは適当な言葉ではぐらかす。
「ちょっとした地獄から戻ってきた帰りだよ」
親衛隊で安堵かと思いきや皇太子殿下の手紙を届け、ゾルターンを通った瞬間ロンドンの天馬騎士に殺されかけ、命からがらシルベー城に堕ちてきた。
それでもなお生きているのは神罰か、それとも神の思し召しか。
だが船頭は美しい街に到底似合わない事を口にする。
「……そうかい、戦場帰りの兵隊さんか。でもここは地獄と大差ねぇ」
「どうして?」
一見、水運織りなす活気ある街に見えるが住民から見れば都とはいかないらしい。
「ここは昔、こんな運河の街じゃなかったし、まして俺は船乗りでもなかった。全部あの奇術師が作らせたんだ、向こう側にあるって都市を真似てな」
「そのことは良く知らねぇし、知りたいとも思わねぇ」
「元をただせば俺は馬車引きだった。軍人じゃないが戦場じゃいろんなモノを運んだもんだ」
「だが……帰ってみたらいきなりどこの馬の骨かもしれんガキに、故郷が好き放題されていくなんて全くふざけてる」
話を聞く限り、船頭は戦争中は元輸送部隊に所属していたのだろうか。
何度も補給で助けられたことがある分、同情を禁じ得ない。
水面を除く彼にあることを聞く。
「それで…あんたらはなんか言わなかったのか?」
「言ったさ、俺のダチっ子がいいだして徒党を組んで…この先のパレスに行ってな」
「そしたら電撃でしびれさせて動けない所を海に放り込まれて魚の餌にされたか、レジスタンスだとか濡れ衣着せられて最初からいなかったことにされちまったよ。」
「おまけに馬鹿みたいに魔力がありやがるせいで、そこらへんの魔導師やらをかき集めても歯が立ちゃしねぇ」
「しかも階級は大佐ときてる。兵隊さんなら分かるだろ、上に逆らったらどうなるかを」
この街はただ美しいだけで成り立ってはいないようだ。
調査は続く。
次回Chapter182は3月18日10時からの公開となります。
得られた情報
・奇術師/アツシ
帝国とは異なる世界から来たヴェノマスの為政者。ソーサラーの標準とは異なる黒いローブを着用しており非常に目立つ。
彼の琴線に触れると文字通り消されるらしいが……?




