Chapter173. Deus Ex Machina (1/4)
タイトル【機械仕掛けの神】
——ウイゴン暦8月11日 既定現実8月18日 午前12時8分
ギンジバリス市
学術旅団の分家は海に面しているギンジバリス市に来ていた。
メンゲレはゾルターンでの調査で忙しく、代わりに右腕の真木博士がフィールドワーク・リーダーとして派遣されているらしい。
異次元の海洋調査が行える。
それだけで心が躍る海洋学者を大量に引き連れており、大規模調査が現在進行形で行われていた。
進捗が聞きたいメンゲレは、休憩時間を見計らって真木に連絡を取る。
【真木君、ギンジバリスでの調査の進捗はどうなってる。せかしているわけではないがこの世界にはフレッツ光がないからな。率直なことでも構わない】
邪悪な博士と同様の海洋狂人は今洋上にいるが連絡がつかない。
恐らく夢中でスケッチや記録しているため出れないのだろう。
その旨と、あることを伝えた。
【…まぁ正直研究してると時間を忘れることはある。だがもう一つはなんだ。宇宙戦艦ヤマトをもっとデカくしたような船が出ていった!?】
【真木君、君が冗談を言うと周りがジョークでは済まないことになることが多くないか。統計学的エビデンスは取れてないし、そもそも検体が少なすぎるが……これは相関していると思う】
【関係しているかはとにかくとして……。栽培されている植物の画像を添付してソ・USEに送ってくれたまえ】
何故、超大和型戦艦「尾道」が出撃したのか。
そればかりではない、港にいた空母やフリゲート、それに重巡洋艦大田切も洋上に出ているではないか。
一体、このギンジバリスに何が迫っているのか。
真実は最前線にいる一隻 ナジン級フリゲート【JUN-KYU】が知っていた。
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——ナジン級フリゲートJUN-KYU
ブリッジ
先陣を切るのは速力に優れるJUN-KYU。
明らかに怪しい船団ではあるものの、完全に敵とは言い切れない。
「さぁて敵さんおいでなすったか、空母7、戦艦2…あとは小舟がたくさん!あとは映りがはっきりしないヤツ、さぁて一発かましてやるか……!」
バートラー少佐は水上レーダーに映った敵艦に対し、アドレナリンが止まらない。
だからと言って我を忘れる程興奮する訳ではなく、異様に考えが回り、無我の境地に近い心境に近い。
航空レーダーには既にこちらに向かっている多数の機影が捉えられ、一部のドットは帰投しているようである。
偵察と本隊をごっちゃにすることで区別がつかないようにしているに違いない。
敵もそれだけ、こちらの事を学習しているという事だ。さて、射程に入り次第砲撃を開始しようと思うも、いきなり天候が急変。霧が海上を覆い始めた。
「艦長!濃霧です!」
伝令の声に低音が聞いた声で返す。
「……どういうことだ?対空目標に変化は!」
この先の天候は安定して晴朗の筈。それに濃霧でるような状況ではない。
しかも一寸先は闇のように濃く、100m先さえも危うい。
「ありません、こちらに向かってきています!」
信じたくはないが敵はこの霧が見えていないか、影響下にないらしい。まやかしや幻を掛けられたのだ!
「速力維持、敵機迎撃を急げ!主砲は前方の戦艦を狙え!」
「了解!」
だがそんなものを掛けたところで無駄である。
電子機器の塊である現代艦は視力に頼らざるとも戦闘が出来るようになっているのだから。
交戦距離というものの差がこのような技術発展を生んだのだ。
突然の濃霧発生は大田切や北海、旗艦の尾道にもすぐさま伝えられた。
最も近い戦艦とJUN-KYUの距離はざっと10km。
その背後には大田切や旗艦、最後部に空母が控えている。
敵が戦艦サルバトーレのような射程数キロしかない船ならば、一方的に撃沈できるはず。
そう思った瞬間だった。
艦全体が強く縦揺れするが、着弾を受けたような音がない。
「船体に大震動!方位0-2-0に水柱!」
着弾。
何が起きたのか、まったく理解できなかった。
砲弾ならば影も形もある飛翔体なため、レーダーに映るがその様子は見られない。
いや飛んできたのは実体のある「物体」ではない何か。そうバートラーは悟る。
この世界なら十分にあり得る、と。
今までとは兵装のレベルが違う。装甲の薄いフリゲートでは最悪貫かれ撃沈されてしまう恐れさえあるだろう。
少佐は声を張り上げる。
「機関全速!取り舵一杯、対空戦闘を行いながら撤退する!」
奴らにあって、ナジンにあるもの。それは足の速さだ。
帆船では20ノットが限界だろうが、1,75倍もの速力差をもってすれば逃げられる!
間髪入れず無線機を取り、旗艦尾道に報告を上げるのだった。
【こちらJUN-KYU102。敵の攻撃をレーダーで探知できない。物理的なものではないと考えられる。撤退する】
【尾道了解。全艦攻撃開始】
この戦いは世界を揺るがす戦いになることをまだ知らない。海戦史上、類を見ないことになることを。
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「敵艦逃げていきます!」
艦橋で弾着確認を行う水兵が大声を上げると、砲撃の主 戦艦ギンジバリスとフィリスの双方で歓声が沸く。
帝国軍から見た際には曇り一つない晴朗であり、濃霧はSoyuzの人間にしか見られない、幻術なのである。
魔力に対する耐性のない人間にはあまりにも効果的。
「帝国の力、思い知れ!」
「このまま血祭りにあげてやる!」
今までは射程差により攻撃することも叶わず撃沈されていたこともある、敵にとって手痛いしっぺ返しになることに違いない。
だが艦長マルタゴ・トーピスは冷徹に指示を下し続けた。
「撤退した敵艦は放っておけ。問題は【その後ろ】にいる大型艦にある。
こちら以上の射程を持っていると考えて良いだろう。連絡竜騎を戦艦コンクールスに送れ!本艦は敵に陽動を掛ける!」
「舵そのまま、前進せよ!」
即座に砲撃してこなかったという事は、向こう側にいる敵は迷っているに違いない。
おおよそ戦艦コンクールスの幻術に見事ハマったと見て良いだろう。
異端人は魔力を持たないが故に、こうした幻術に抵抗力を持たないことが功を奏した。
帝国としては異端軍の船を撃沈させることに目が行きがちだが、それで戦艦ギンジバリスが撃沈されてしまったら元も子もない。
射程はこれまでの10倍に伸びた本艦とは言え、敵はその上を行く。
ここはあえて陽動に徹することで、幻影戦艦の一斉射撃を浴びせて旗艦を沈める。
そうすれば勝ち筋は自ずと見えてくるはずだ。
戦艦ギンジバリスからドラゴンナイトが飛び立つと、霧の奥深くにいる幻影戦艦に向かっていった。
ここで敵を海の藻屑にしなければ、帝国に明日はない!
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突然の濃霧に旗艦 尾道は全艦に向けて指示を飛ばす。
【尾道より全艦。砲弾は時限信管とせよ。敵の戦闘能力を完全に奪え】
例えて敵艦の位置が分からず、砲弾の直撃が難しいとしても時限信管とすることで少なからず損害を与えられるはずである。
【こちら空母北海、濃霧のために艦載機の発艦を中止し撤退する】
巨大な空母を離陸するまでは良いが帰投する際に1寸先も見えぬ濃霧でどう着艦しろというのだ。
どんなに良いレーダーを搭載したところで、結局の所頼れるのは人間の視界。
故に武装が比較的軽微なことから狙われると感じた北海は、撤退する決断に踏み切ったのだ。
その一方、JUN-KYUやKAC-TEIのみならず大田切に無数の竜騎兵が押し寄せ、対空砲火がひっきりなしに撃ち乱れている。
「ちくしょう!CIWSがあるんじゃねぇのかよ!」
57mm連想機関砲の射撃手は濃霧の中襲い来る地獄のなか、悲痛な叫びを上げた。
速力に劣るKAC-TEIはJUN-KYUの撤退を援護していたはいいが、敵の空母からひっきりなしにやってくるドラゴンナイトの対処が間に合わない。
AK-230ですら間に合わない程の数が飛来しているのに他ならないだろう。
敵が明らかにこちらの足止めに掛かってきているのはわかる。
しかし直接火災を引き起こし、兵装を破壊しにやってくる騎士を無視できない二重苦が対空砲要員の首を締めに掛かっていた。
————ZoooOOOOOOMMMMNGGGG!!!!!!
その一方、近くで尾道の51cm連装砲が火を噴く。
その振動は凄まじい。一定距離離れていたとしても、まるで空気そのものを直接揺さぶっているように思える程である。
ここまで来ると大地震となんの違いがあるというのだ。
だが地を揺らす程の艦砲射撃を前に、この霧は微動もせず晴れようとしない。
砲撃後、突如水上レーダーから一つの反応が消失する。
着弾した先にいたのは軽竜母アドメント。たった一発の砲弾で全てが跡形もなく消し飛んだ。
余波すらも凄まじく、脇にいた大型竜母 ゲグルネインを中破してしまう程。
これだけ強力な攻撃を受けてもなお火災が起きないのは対策故か。
火力の暴力を振るい合う、苛烈な攻防は続く。
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———重巡洋艦大田切
後方で砲撃を行う大田切の前方に敵艦が現れたのか、しきりにこちらを攻撃し始めた。
それぞれの攻撃は光線状で実体がないために察知できず反撃しても弾着確認が難しい。
そんな歯がゆい状態が続く。
———GRAAASHHH!!!
「右舷3番高角砲被弾!負傷者あり!」
船体が突如大きく揺れ始める。チェレンコフは一切バランスを崩すことなく指示を出した。
「水上電探で敵艦を探し、1番・2番主砲一斉射撃。修復急げ!」
視界が利かない以上、レーダーに映った目標に対し、電子上で狙いをつける他しかない。
ただ敵艦は12ノットで航行中の帆船。
管制装置の精度をもってすれば直撃させることは容易だろう。
ここで痛いのは対空砲がやられてしまったこと。
敵は大量の航空戦力を送り込んで破壊をもくろんでいる。
対空兵装がやられれば騎士の乗船を招く以上、絶対に近寄らせてはならない。
濃霧での戦いは本来避けたいが、ここで退けば輸送の要であるギンジバリス市を奪還されてしまう。
最悪兵装が使えなくなる事態も予想し、チェレンコフはさらに続ける。
「ミサイルを使えるようにしておけ!」
強固な要塞に穴をあけた対艦ミサイルP-800を使う気だ。
どう転んでもおかしくないこの状況、やれるだけの事をやっておかねばなるまい。
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———戦艦ギンジバリス
大田切の砲撃は戦艦ギンジバリスに着弾。
203mmの榴弾は容赦なく左舷についた主砲を跡形もなく吹き飛ばした。
しかし、ここでやられるような戦艦ではない。
左右に二つずつエネルギー砲が設けられているため、たとえ片方がバラバラに吹き飛んだとしても戦闘を続けられるのである。
「艦長!4,5番主砲が破壊されました!向かい側の2,3は生きてますが修復中です」
「戦艦フィリスから届いた伝令によれば【我、超大型旗艦ヲ発見セリ 陽動を敢行する】とのことです」
二番艦フィリスは超巨大戦艦「尾道」をついに発見したらしく、なかなか出て来ない艦隊の「頭」を引きずり出そうというのだ。
あの艦長は柄にもなく焦っている。
いくら最新鋭の軍艦と言え、異端軍の船はそれを凌駕しているのは確かだ。
今回は当たり所が良かったが、一撃で轟沈する恐怖におびえながら立ち回らねばならない事を承知の上なのか。
マルタゴは冷や汗を垂らす。
そうなれば敵艦を一隻で相手にしなければならないだろう。
半壊したギンジバリスで仕留めきれるか。それ以前に相手になるだろうか。
「半円回頭しつつ、修理急げ!1番、6番砲塔は敵艦への砲撃を続行せよ。」
今はこうして攻撃の手を緩めず、注目を本艦に集めねばなるまい。
あの砲火力は後ろにいる竜母が撃沈される。
たとえ勝てなくとしても、やるしかない。
————BooooOOOOOOMMMM!!!!———
決意を胸にした瞬間、凄まじい爆音が響き渡る!
「なんだ!」
艦長は思わず動揺を隠せないが、この伝わり方は当艦のものではない。
他の船、その中でも最も近くいるのは戦艦フィリスだった。
尾道に接近を試みた戦艦フィリスは51cm連装砲の直撃を受け、上部構造物が全て破壊されたのである!
この21世紀に存在する超弩級戦艦を一撃で葬るだけの威力を持つ砲弾相手に、木と鉄のフランケンシュタインが耐えられるはずもない!
竜母2 戦艦1。偉大なる栄光が瞬く間に失われていく。
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——重巡大田切
「高角砲修理完了!敵航空目標が後退していきます!」
「よし。機関全速、主砲・副砲を活用し敵艦を追い詰め、90度回頭!敵艦と並走し魚雷で仕留めよ」
向こうの船にあって、こちらの船にあるもの。それは余りにも多いが決定的な違いが確かにある。魚雷の存在だ。
せいぜい20ノットが限界なら誘導魚雷のカモと言って良いだろう。
チェレンコフは戦いにピリオドを打つべく攻めの一手に出た。
【こちら大田切。敵艦を追撃します】
【了解。遠方にいる敵艦はこちらで対処する】
20.3cm砲では届かない距離にいる不鮮明艦、そしてさらに奥にいる群れを尾道が担う。
だが、ここまで順調な運びに異変が起きる。
————VeeEEEEEEE!!!!!————
尾道の左に今までに見たこともない太さの光筋が通り抜けていった。
悍ましい一閃は先すら見えない濃霧の中、隣の大田切でも確認できる程である。
それと同時に、水上レーダーに一つの点が現れた!電波だけではない、この目でもくっきりと分かる。
「あれが敵の隠し玉か……!」
今までの戦列艦とは一線を画す末絞りの艦首。
その後ろに控える超弩級戦艦を思わせる二段の連装砲。加えてファンタジーの調和を乱す、不釣り合いな程巨大な帆。
濃霧を生み出す掴む影のない異形の船。帝国最終兵器 幻影戦艦コンクールスだった……
次回Chapter174は1月14日10時からの公開となります。
登場兵器
竜母
航空母艦の竜騎兵版。どちらかというと移動式水上プラットフォームとしての位置づけだろうか。
魔導の名前が付けられ、大型になると上位魔導の名前が付けられる。
・戦艦ギンジバリス/フィリス
「表向きは」帝国最新鋭の戦艦。1番艦がギンジバリス 2番艦がフィリス。戦艦は人名から命名される。
今までの槍を投射する方法ではなく、主砲は連装式熱エネルギー砲を採用。
配置は頭と尾の砲塔デッキに1基、側面に3基ずつ設置されている。設計そのものは日本の「薩摩」や「河内」にそっくり。
・幻影戦艦コンクールス
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