Chapter170. Green permafrost
タイトル:【緑の永久凍土】
———ウイゴン暦8月10日 既定現実8月17日
残るはゾルターン城を制圧するだけになったSoyuz。
しかし次の進行地点を魔道都市ナンノリオンに定め、航空偵察が行われるのは自然な事である。
旅団の調査結果によれば、ゾルターンから隣県ナンノリオンに行くには鬱蒼と広がる樹海のような森林を渡らねばならないという。
しかし帝国の輸送ルートではゾルターン城から道がなく宛ら終点と言ったところ。
密林への道は閉ざされていた。
それは一体なぜか。旅団の報告書に続きに謎を解くカギがある。
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———調査報告書 5ページ目
・マォピゾの樹海
ナンノリオン西部からゾルターン東部一帯に広がる楕円状の森林地帯。
竜の産地であり、火竜や魔竜。家畜化されていない飛龍が群れをなし、少数ながらワイアームが襲い来る。
馬車が通れば竜に食われ、空を飛べばワイアームの逆鱗に触れ食い殺されることも珍しくない。
よってここを禁断の地とする。
ナンノリオンにたどり着くためには海側ぺノンを迂回し北上せよ。
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全てはここに詰まっていた。
空に関しては高高度で飛行すれば襲われないだろうが、戦いの基本は陸上戦闘。
火竜を倒せるとは言え、戦車と言った装甲兵器でもかなり苦労する。
これが臆病なワニなら積極的に人を喰ってこないだろうが、火竜は訳が違う。
戦場の要は歩兵なため、森に足を踏み入れるという事はコイの群れにパンくずを投げ入れるようなもの。
最早餌付けと何ら大差ない。
人食いライオンが居るような森に誰が突っ込みたいと思うだろうか。
結局のところ、Soyuzはぺノン県を経由せざるを得なくなった。
待ち伏せされているのは予想がつく。
だが恐怖の森で人員が文字通り溶けるのと、罠をかみ砕く事。
取るべき策はどちらなのか、言うまでもないだろう。
けれど、禁断の地と言ってもどういったところなのか調査しなければならない。
そのため一機のフェンサーとTu-2が偵察に当たっていた。
一度原生動物の縄張りに入り、どれだけの数が襲ってくるかの検証と生態調査。
もう一方は詳細な地形調査のためである。
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———マォピゾの樹海上空
「へぇ、ドラゴンが住まう樹海ねぇ。ようやくらしくなってきたじゃねぇか。今までスクランブルしてきた空飛ぶバカでかい蛇に追われるわ、火を噴かれてローストされるわ。碌なことがありゃしねぇ」
かつてワイアームに火を噴かれ、火傷を負ったガンナーが機銃を構えながら無線手に話しかけた。
「お前が現を抜かしてボケっとしてたからアホ垂れ、また説教はゴメンだからな。」
油断がいかなる事を齎すかというのを実戦で、中将からもみっちりと釘を刺されている。
戦場に出ている限り敵の過小評価は厳禁。
「わぁってるよクソが。おい、あの赤いのって……」
ヤジを飛ばしながら鬱蒼と茂る森を進んでいく。ふと地上を見るとぽつぽつとした赤いシルエットが見えてきた。
一つ一つがあの火竜なのである。
ジャルニエ城で戦った生物で、ガンシップによる総攻撃でないと倒せない文字通りの強敵だ。
「やばいな、あれ一つ一つが赤いT-REXなんだろ?」
「ふざけんな、ジュラシックパークじゃねぇんだぞ」
よく見ると下に森林に隠れて、ちらほらと赤い影が見える。
アレが全て火竜と考えればここは正にジュラシック・ワールドに他ならないだろう。
こんなところに軍隊を送り込んだよりも核兵器で吹き飛ばした方が明らかに効率的。
自然保護の観点から絶対に選ばれない手段ではあるが。
【7時方向敵機。目標数14!?】
そんな時、追い打ちをかけるようにして機長から無線が入る。
「言わんこっちゃねぇ。スピルバーグの次はヒッチコックかよ!」
ガンナーは襲い来る14匹の飛龍に向けて狙いを定めるのだった。
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———同刻
——アルス・ミド村近郊
難民救助のために働くラムジャーを許さない市民の会だったが、当然この禿げ将軍に加担するものも絶対に許さないのを忘れてはならない。
被害者には全力でサポートする半面。
自治区に害をなすような存在を許容しないという、極めて物騒な空気を漂わせている。
そのため価値のない一般ロンドン組員を虐殺の後に、責任者を捕縛し拷問するなど朝飯前だ。
イスに中間管理組員を縛り付け、周りをガビジャバン・アーマーナイトが囲む。
それぞれ肩にマーキングが入っており、市民の会であることがよくわかる。
各々対装甲斧ニグレードを手にしている辺り、その殺意はオーバーフローの領域まで達していることが伺えるだろうか。
その中から一人。
代表のロジャーが姿を現すが、なにやら様子がおかしい。
Soyuzと接するような人懐っこいものから一変し、無機質なソ連士官のような冷たく情動すら感じない人間に変貌しているではないか。
「情報を言わなければ指を一本ずつ折り、足りなくなったら爪を剥いでやる。それでも足りないなら足を剥ぐ。それでも足りないなら…その顔を剥いでやる」
管理職の既に手足を折られており、拷問は順調な滑り出しと言っていい。
「何をしたっていうんだ、俺が!」
ロンドンは犯罪組織なため存在そのものが違法である。
が、しかし。哀れな男が所属していたのは、村民が逃亡しないか確認するための検問所職員。
住民に目の敵にされるのは分かるとして、此処までされる謂れはない。
「私はラムジャーやロンドンの存在を絶対に許さない。もちろん妥協もしない。即ち殺す、ゾルターンやナルベルンにはびこる全ての悪を殺す!」
重斧を振り落とし、組員の指を纏めて容赦なく跳ね飛ばす!
装甲に食い込むために作られた武器だけに、刃物として使っても強力なのである。
突然の激痛に組員が喚き垂らし、この場から逃れようとするが強固に結び付けられている椅子上では悪あがきにしかならない。
「そうか。いいだろう」
ロジャーは大斧についた鎖を籠手と一体化した固定具でがっちりと保持する。
ニグレードを撃ちだす準備に入ったのである!
たとえ人力で一刀両断できなくとしても、爆発魔導の力を使えば容易なこと。
それに全力で振りかぶらなくとも、引き金を引くだけで良い。
夏の日差しに照らされてギラリと光る大きな刃は、血に飢えているかのように思えた。
気分次第で腕ではなく胴体を容易く貫通する。
流石は対装甲斧、蛮族が持っている斧とは次元が違う。
「Aieeee……いう、言いますから……」
市民の会が行う拷問は効率的である。
それだけのロンドンを相手にするためそうせざるを得ないというのも大きいが。
忘れてはならない。
ラムジャーを許さない市民の会は名前こそNPOっぽく、正規軍ではないが武装勢力であることを。
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ロンドンを脅して得た情報は回り巡って冴島大佐の下へとやってきた。
「…それで敵司令官ラムジャーが逃亡計画を企てていると?」
「その通りです」
あの管理職が言うには「必ず見逃さなければならない、村外行き馬車が5両ある」との事。
地上げゴロツキの事を何よりも理解しているロジャーにとって、明らかに不自然だと感づいた。
そもそも検問を設置している理由は貨物に紛れて脱走するのを防ぐため。
ならば外部に出る確実に見逃さなければならない馬車が存在すること自体がおかしいのだ。
「この馬車なのですが貨物用が4両、1両は1等馬車となっていまして。ゾルターンいえ、他の所でもそんな豪華なものを持っているのはデュロル様、あるいは将軍様くらいなものです」
ここでも怪しいのだが、追い打ちをかけるように証拠が出てくる。
「うちの天馬騎士団が飛龍郵便と接触を図った際に出てきた記録なのですが、先日ゾルターン城から隣県ぺノンへ手紙を送ったという記録が残っています」
「我々はこれをラムジャーの亡命と考えています」
逃亡するにあたって口裏合わせが必要だ。
ロジャーが言うには丁度シャービル陸軍基地を突破したあたりで送られているとのこと。
準備を終えて逃亡する頃には敵は既にもぬけの殻となった城に用はない、とでも言いたいのだろう。
となると今は逃亡準備を着実に進めているに違いないだろう。
Soyuzはこのラムジャーを生きたまま確保する気であり、あまり事を長引かせたくはない。
大佐が下した決断は一つ。
「証拠は出そろっている。馬車の知らせが来ているという事は既に準備を始めたと見て言い。我々はラムジャー確保を急ぐ」
「市民の会は逃亡計画を阻止、万が一取り逃した際には確保して欲しい」
天馬、つまりペガサス騎士で駆け付けたとしてもジェネラル無力化には手を焼くはずである。
それに、士気が相当下がっているとは言え敵はどれだけの戦力を抱えているか分からない。
フェンサーFが寄越した結果ではゾルターン城は半壊しているとの事。
それに練度が明らかに違う特殊部隊の負担をかける訳にはいかない。
市民の会が優秀だとしても、いろいろ不都合が出てくるはずだ。
万全ではない状況を知ったらこの手の奴は必ずつけこんでくるだろう。
「しかし、我々は……!」
代表の表情を見る限り、組織としてのメンツもあることが分かる。
ラムジャーを許さない市民の会というゾルターン将軍を殺すためだけにある武装組織。
自らの手で忌々しい存在を葬らねばならないのは顔つきに出ていた。
このロジャーという男。
反逆の狼煙を上げるために相当に苦労したに違いない、話さずとも分かる。
漢と漢というのはそう言う間柄である。
「代表。言いたいことは分かっている。だからこそ、任せて欲しい。数々の作戦を成功させてきた我々に」
冴島の言葉に彼は口を歪ませたままだ。
その一方で目つきは鋭く、普段の良い上官のような血相はまるで見えない。
目標の為なら敵をどんな手段でも排除できる冷徹な男。それが堕ちた味方、同族であっても。
「必ずしも作戦を成功させるのであれば、どのような案を練っているのかをお聞かせ願いたい」
此処で冴島大佐は軍事機密だ、と言って切り抜けようとはしなかった。
相手はやり方次第で敵や味方になる存在だ。不信感や反感を持たれてはならない。
「ではお話しよう。悪の巣を制圧する解法を」
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冴島が話したのは以下のようなものだった。
予めラムジャーが逃げ出さないよう、市民の会の皆さまに四方八方を密かに包囲。
次にGチームやBチームを満載したハインド、軽戦車とジェネラルをぶら下げた3機のヘリで急襲をかける。
ラムジャーを捕縛後、身柄を自治区側に引き渡すというものだ。
あの小賢しい将軍の事だ、絶対に特殊部隊を撒いてこないというチョイスはないだろう。
万が一のリカバリーとして市民の会 機動部隊が待機。
なんとか命からがら逃げだしてもあえなく御用となる。
「……作戦としては完璧としか言いようがありません。しかし我々には大義があります」
「身勝手な事を承知で言わせていただきますが、ラムジャーによってもたらされた支配をゾルターンの民に代わって解放するのは私たちではないでしょうか。」
確かに、異邦人の手によって解放されるのは間違ってはいないだろうか。そう言いたいのはよくわかる。
こういった組織は理屈ではないメンツが絶対に必要だ。その刃がSoyuzに向かないためにも。
彼らは非常に頼れる半面、敵に回ったとき厄介極まりないのだから。
「そのことを熟考に入れておこう」
ロジャーの熱意が通じたのか、冴島は一言だけそう答えた。
結局のところ、どう配置するかは彼の権限にある。彼が導き出す答えは一体何なのか……
次回Chapter171は12月24日10時からの公開となります




