Chapter168. Researchers to the Sea
タイトル:【研究者、海へ】
———ウイゴン暦8月9日 既定現実8月16日 午前9時
ギンジバリス市港
唐突だが夏と言えば何を連想するだろうか。
揺れる風鈴、山に避暑。トースターの様に熱い外に繰り出して海水浴にスイカ割りか。
Soyuzスタッフにしてみれば地獄の季節だが、ポータルの向こう側にいる人々はそんなことを考えている。
「時代は海だ。陸の時代は終わった」
阿部率いる学術旅団がはるばる船でゾルターン県ギンジバリス港湾へとやってきていた。
というのも今回研究するのはSoyuzが接収した戦艦ミジューラ・フォン・アルジュボン。
これまでに見たことのない兵器故に彼が差し向けられたという訳だ。
Soyuzによって改築が進むこの港には重巡洋艦大田切、空母北海。ナジン級二隻。そのほかにも明らかに巨大で場違いな船が一隻。
前方には人間がミニチュア人形にしか見えない程巨大な連装砲が前に2基、後ろに1つ。側面には旧軍の機関砲がある場所に 近距離対空システム AK-630が多数並ぶ。
この過去と未来が交じり合った巨大戦艦こそ、Soyuzが建造した超大和型戦艦「尾道」だ。
何故こんなデカブツが持ち込まれたのか。ゾルターン侵攻戦において発覚したある問題を解決するためにある。
火力の要となる重巡洋艦大田切の艦砲射撃では主戦場となるに届かず、ミサイルも航空機による誘導する必要がある。
兵器の性質上やむを得ないが、今回の地竜騒動の一件でそれが浮き彫りになってしまった。
通常兵器の効果が薄い大型兵器を投下してくる以上、それらを迅速に黙らせるだけの火力で対抗せざるを得ない。
そこで選ばれたのが超大和型。
主砲は宇宙戦艦の方ですら驚く51cm連装砲。大怪獣を黙らせるのにはぴったりだ。
「私たちが見るのはあの戦艦大和みたいなデカブツじゃなくて海賊船の方だ」
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小難しい解説は後にして、阿部はプラモデルが実体化したような様に唖然とする研究員を拉致する。
生まれて何十年となるが惚れてきた船は全て木造帆船か蒸気船くらいなもの。
それに比べて目の前に鎮座する悪意の鉄塊など醜悪だとすら思っていた。
戦いは何もかも自動化するべきではない。そんな阿部の独りよがりな持論がそうさせているのだろう。
捕獲された戦艦ミジューラは錨を下ろされてガッチリと固定されており、性能試験のためにある程度の船員が搭乗していた。
多くの人々が想像する海賊船に巨大な単装砲のようなものと、支持デッキを装着している。そのせいで戦艦三笠を混ぜたような、比喩が非常に困難な様相を呈す。
側面を見れば、要塞の様に砲口が並ぶ様は確かにパイレーツオブカリビアン等で見られるそれだが、船首と船尾に設けられたデッキが全ての要因だ。
「……明らかに戦列艦ではないな。だからといって前弩級戦艦じゃあない。一体何なんだコイツは」
よく見れば砲塔の単装砲も何やら「火砲」ではなない。ものすごく巨大なバリスタだ。
重砲を余裕のある船に乗せれば強い、という発想はどこも変わらないらしい。
この妙な近代的な感じを除けば。
「あぁ……おたくらが学術旅団ですか」
船の前まで来ると性能試験のために来ていた水兵が待っていた。
どうにも機嫌がよろしくないらしい、自慢の戦艦をボコスカのケチョンケチョンにした側なのだから仕方がないだろう。
常に敬意を払わねばならないのは周知の事実だが、下手なことを言えば最悪我々が海に放り投げられる事だってあり得る。
「えぇ。私代表の阿部と申します」
らしくない冷や汗を浮かべながら調査が始められるのだった。
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調査の結果、船体そのものの大きさは長さがざっと120m、幅は20m。
木造船、それどころか帆船と比べても大きすぎる。100年前の戦艦程度と見ていいだろう。
魚雷発射管や水雷艇用の対策が付いていないものの、その代わりに体当たりのための衝角が付いている。
海賊船の先端が異様に尖っている、と言えばわかりやすいだろうか。
阿部にとってコレがあるかないかで「敵艦をどう沈めるか」がわかるらしい。
このラムあるという事は砲撃では沈めきれず、体当たりで仕留めることが常識なのがわかる。
強度の関係で、木造船が主流だった大航海時代などはこれが有効だった。
現代の船では見られない構造なため、阿部的には好感が持てるとか。
そもそも実物の戦列艦らしきものがきれいに残っている例がないため、正直拝めるだけでありがたいらしい。
半分金属で出来ているのが良く分からないが、そんなことは些細なこと。
まず阿部は各部を巡り、兵装がどういったものなのかをノートに書きとっていく。
「正直言って手堅く作っている印象があるな。本音を言うとこういうの私好きだ。砲門はざっと70。といっても魔導師を放り込んで使う…いわば火球で長距離攻撃できるような代物だが十分に脅威だ」
「それと主砲は旋回式の単装砲が1つずつ。燃えない部分はこいつで破壊して火付けをしやすくする、か。———我々も手を貸すから全力航行させてくれないか?」
射程距離まで一気に近づいて敵戦艦をシューターにより破壊。
タールが塗られていない部分を露出させて燃やそうというのがこの戦艦の設計コンセプトだろう。
一度船上で火災が起きてしまえば大混乱は必須。こんなのが無敵艦隊の時代に現れたら大暴れするに違いない。
クリスマスプレゼントをもらった子供のようにはしゃぐ彼に船員は冷ややかな対応を取る。
「はぁ。できますが」
「是非やってくれ」
冷笑的な視線を向けられていてもこの男は一切めげない。
こんな夢の塊が動く姿を早く見たい、早く砲撃してみたい。阿部の中にいる5歳児が今解き放たれようとしていた。
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阿部たち学術旅団の手を借りて海底からアンカーが巻き上げられる。そして冬から目覚め、桜の花が満開になるように大きな帆が開いた。
と、ここまでは良いのだが。
捕獲した軍艦を動かすには必ずSoyuz船舶が随伴しなければならない。
理由は簡単。逃亡や攻撃をしてきた場合、真っ先に沈めるためである。
幸いなことに、阿部が連絡用にソ・USEを持っていたため連携は取れていた。
「これじゃあ海の浪漫も台無しだ、ソマリアの海賊じゃないんだぞ!」
まるで宇宙人のように連行されていく様に阿部は怒りを隠せない。
ディズニーランドのキャラクターがいきなり頭を外してオジサンが出てくるようなものである。
あまりの空気ぶち壊しっぷりに、映画評論家がポップコーンを投げるレベルだ。
ナジン級が横にぴっちりついているところを見ると尖閣諸島海域に入った漁船の気分がよく味わえる。
クソ喰らえとはこの時のためにある言葉だと真に思う。
「そんなこと言ったって先生。仕方ないじゃないですか、仮にも———」
そんな彼をなだめようと研究員が間に入るも、言葉の反撃が降ってくるのだ。
「君は何もわかっていない!パイレーツオブカリビアンにこんなフリゲート出てきたか、えぇ!?違うだろ!…ちょっと待ってくれ。この船、加速が良くないか?」
5歳児の浪漫語りが降ってくるかと思いきや、阿部は急に理性を取り戻した。
何かがおかしい。
辺りの風景が進む速さが帆船のそれではないからだ。
構造的に人力でこいでいるという訳でもない。
【こちら学術旅団代表の阿部だけど、ちょっと船の速さってわかるか?】
【こちらJUN-KYU 102。貴艦は12ノットで航行している】
彼は思わず目を疑った。風の影響をもろに受ける帆船、それも戦艦クラスの巨大なものがあっという間に12ノット、時速にして22kmまでたどり着いている。
出航からわずか1時間しか経っていないにも関わらず。
最速の帆船は18ノット、時速33kmと言われている中で、これは異様としか言いようがない。
加速があまりに良すぎる。ウサギとカメどころかウサギとランボルギーニではないか。
彼は適当な水兵を捕まえ、やや上ずった声で問う。
「忙しい所を申し訳ないが、この戦艦。まだ飛ばせるのか?」
すると男から疑うべき答えが返ってきた。
「あぁ。もう少しいけるぞ」
その少しが何を指すかはさておき、常に風が吹いている沖に出なくともまだまだ
速度が出せるらしい。
「この通りだ!ブラックサンダー5個と交換でもいい、不満ならiPhone5でも……」
阿部と言う男は情報を得るためならどんな惨めなことでもする人間である。
けれど、そんな彼に向けて水兵は気さくなまま、上を指差す。
「もらえるなら分捕るとしてだ。ま、あんたはこの艦が良いか分かってるし教えてやるよ。帆があるだろ?」
「ああ」
「魔導士が魔法で風を起こしてんだ。だから風がなくともいける、って訳。沖にいったらもっとぶっ飛ばせると思うぜ。——ブラックサンダーってなんだよ。くれよ」
最高加速を塗り替えながら戦艦は進む。
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——ギンジバリス市沖合
——1番砲塔内部
止まるために重石の海水を入れる作業もあって停船にはかなり手を焼いたものの、なんとか錨を下ろすことに成功した。
夏の日差しが容赦なく照り付けるが、此処は洋上。
心地の良い風が常時吹き付けるおかげで暑さを乗り切ることが出来る。
安定したところで早速、主砲の試射を行うことに。
砲塔内部は戦車などと比べると比較的広い。
大槍を放つバリスタ「クレインクイン」を搭載しており、多くの人員が出入りする事を想定して作られているのだろう。
既に発射準備を終え、引き金一つで槍が1km先まで飛び出るようになっていたが、阿部は砲塔の内部機構に目を付けた。
「で。先生さんよ。照準を変えたいときは変えたい方向と反対にハンドルを回すんだ」
「やってみよう」
流石に旋回は人力らしいがアーマーナイトの装備品であるブーツ同様、魔力的パワーアシストが掛けられている。
またギアを噛ませてあるお陰で、大きさの割に素早く照準を変えることができるのだ。
見た目と裏腹にクルーの事を考えてある設計に深く敬意を払わざるを得ない。
揺れる船上。試しに遠くにある流木に狙いをつけて発射レバーを握る。角度は完璧。
横軸は西風の事を考慮し、ややずらしてある。
うねりで照準から大きくそれることがあるが、阿部は息を深く吐いて再び眼中に入る時を待っていた。ただならぬ様子に後ろにいる研究員も固唾を飲んで見守る。
———FrzzZZ!!!———
ここぞとばかりにレバーを倒すと、風切り音と共に大槍が海に放たれた。
遙かに強大な一撃が流木めがけ飛んでいく!
けれど機械的な補助がないため狙いは逸れて、流木の付近に大きな水柱が上がった。
戦列艦では絶対出来ない、まさに必殺の一撃。
「おぉ……」
よくよく考えれば一般人が艦砲を撃ち込む機会などあってたまるものか。
だがしかし、砲を撃ち込んで着弾するというのは気持ちが良いもの。
目標からは大きく外れたが、阿部は無言のサムズアップを浮かべる。
「おい、船に揺れを止めろって無茶いうなよ」
親指を上げるボディーランゲージが「動きを止めろ」と言う意味になっている帝国では、彼のしぐさが不可解なものにしか思えない。
文化圏的にも絶対に使わないと決めていたが無意識下で出ていたようである。
「——しまった。…コイツは何かをやり切った、痛快だって意味がある。こっちではそういう意味なんだ」
最悪侮蔑的と捉えられて殺される恐れだってある。
シカゴで中指を立てるファックサインを挙げれば脳天に銃弾がぶち込まれるように。
故にこういったものを限界まで抑え込む必要があるが、うっかり出てしまった。
こういう時に試されるのが咄嗟の機転。学会で言い寄られる場面も多い彼はこういう世渡術を身に着けている。
「まぁつまり、この戦艦は最高ってことだ。砲を旋回するには……このハンドルを回して……」
「そうだ」
どことなく話を逸らされた気がするが戦艦ミジューラ・フォン・アルジュボンを褒めちぎっていることには変わりない。
特に気にしないまま、砲塔がぐるりと動く。
推定300度。そして妙に軽い旋回ハンドルのおかげで素早く照準が付けられるだろう。
つまりこの戦艦は乗組員が火をつけて回るのではない。
耐燃タールが浸透していない部分を自由に動くバリスタで露出させ、側面の魔導門で火付けに回り蒸し焼きにして殺す。
そう設計されていると確信した。こいつの威力は知っているし、ましてや2回りほど大きい艦載型では絶大な威力を誇るに違いない。
ただそれが現代の全鋼製の軍艦に通用するかと言われれば話が変わってくる。
「さて、他にもまだまだ見るべきものがある。回るぞ諸君」
まだまだ調査は始まったばかり。楽しみもまだまだいっぱいだ。
次回Chapter169は12月17日10時からの公開となります。
登場兵器
戦艦ミジューラ・フォン・アルジュボン
Soyuzが捕獲したファルケンシュタイン帝国の戦艦。
主砲は単装であり帝国の基本フォーマットを揃える艦といっても良いだろう。
射程と火力が劣るためギンジバリス港に放置されていた所を接収した。
阿部博士が気に入ったらしく、と自前で欲しい言っていたような気がするが、聞き間違えだろう。
超大和型戦艦 尾道
大和を凌駕する超大和型戦艦。
対空システムとしてAK630の設置。対艦ミサイルを搭載と次世代化が進んでいるが、やはり巨大な51cm連装砲が目を引く。さらに副砲として側面に203mm砲を据え付けている。これら一斉射は着弾地点にあるものを全て薙ぎ払う。
AK630
ミサイルや接近する航空機を撃墜する近距離防衛システム。中身は30mmガトリング砲。
1つのレーダーがあれば連動して動かせるため省スペースでお得。




