Chapter166. Plan:Black’s cleaner
タイトル: 【Soyuz一斉精査作戦】
———ジャルニエ県 ハリソン市街
ハリソン襲撃以来、深淵の槍はSoyuzの目の前から忽然と消えた。だがその消息は完全に消えてはいなかった。
この街にある酒場では非番のSoyuz戦闘スタッフが飲みに来ていることが多い。
検疫の剣もあって売店の酒はすぐさま売り切れる上に、最悪外に出れないこともある。
酒とは兵士の要。
故にこうして街にくりだしてアルコールを補填するしかないのだ。
「ギルタイ、そっち頼むよ」
調理場の主人がウェイターに料理を任せる。Soyuzのおかげで一気に忙しくなり儲けも跳ね上がった。
街中は活気にあふれ、いままでの陰鬱さがまるで嘘のよう。
「了解ィ!」
主人の指示を受けるなり、大量の皿を担いだ彼はすぐさま出ていった。
働き盛りで恰幅と人相の良いこの男。
全てこれは偽装工作だ。
深淵の槍はジャルニエでの一件の後、Soyuzに対し極秘で調査を行っている。
それも戦闘員だと絶対に思われない人相、職業、幻術を使って。
「お待たせしております。ではニョゴールと、ベーテを。あぁ、強い酒なんで一気に行くとヤバイですぜ」
煮えたぎる兜鍋と、酒瓶を配膳する。見ているだけで涎が止まらなくなる代物だ。目の前にいるアメリカ人スタッフたちの欲望は爆裂寸前だ。
「美味いものを喰い、美味い酒に酔う…こうでもしなきゃやってられねぇぜ!HAHA!」
「ヒャッホゥ!Nintendoも何もかもないアナログな俺らにとってコイツが命だ!」
「どうぞごゆっくり」
この間わずか20秒。くるりと背中を向けた彼の顔から気さくさは失われ、機械と化す。
同じくハリソン街でモノを売る商人商人にも深淵の槍メンバーが混在していた。
「やぁやぁ、、我こそは干し肉の天下【遠征の友】の干し竜肉だよ!一切れ500Gがなんとねぇ、280Gになっちまうんだ!こりゃすごい!真似できん!」
声高らかにたたき売りをする温厚な店主。その裏の顔は言うまでもない。
「オイ見ろよ。ドラゴンのジャーキーだってさ」
「空飛んでるでっかい戦闘機もどきだろ?確かに食えるんじゃねぇかなと思ってたんだ」
警邏中のスタッフも人間だ。
終業後に飲もうとしてツマミを買うのも当たり前。
彼らも真面目に仕事をしているため食べる気はするつもりはなくとも、やはり楽しみを後に取っておいて働きたいもの。
「悪いがマスターよぉ!そのドラゴンジャーキーを5切れくらいくれ!帰った後ツマミにしようっておもうんだ」
スタッフの一人が声をかけると、店主は待ってましたと言わんばかりに答えて見せた。
「Soyuzさんも分かってんじゃねぇか!うれしいねぇ!じゃあ1200G…ざっと12ドルにしとくぜ」
ハリソンではドルと現地通貨「G」が使える街になっており、スタッフによる経済効果を見込めるようにしてある。
さらに一部店舗ではSoyuzの新に設定した電子通貨が使用できる店もあるほど。
Soyuzは戦闘ばかりではなく、提携する街の発展にも手を貸しているのだ。
「助かるねぇ。12ドル、確かめてくれ」
札を受け取るとマスターは枚数が正しいか確かめつつ、ある話を振る。
「…よし。丁度だ。——そういえば酒はそっちじゃ買えねぇのかい」
「いやぁねぇ。買えるんだが、あんまりドカ騒ぎすると中将が殴りこんでくることがあるからなぁ。俺らが悪いってわかってるけどよ」
そう。すべては策略である。向こう側の人間、異端の人間では竜が存在しないらしく
物珍しさに買っていく客も少なくはない。
Soyuzの人間を効率よく誘い込む「餌」として店を開き、こうして情報を収集している。
ハリソンでは目覚ましい発展と人口増加、そして産業も二次産業ではなく飲食業も栄えていることを逆手に取っての事だ。
それぞれが町人の開いた店に偽装することで、発覚を防いでいる。
諜報組織はどこに行ってもやり口が末恐ろしいものだ。
「へぇ、中将様ねぇ。仕事終わったらウチに来なよ。どんちゃん騒ぎといこうじゃねぇか、景気よくなぁ!」
「いいのか!?じゃあそう言うことでパッパと仕事を片付けましょう?」
深淵の槍は人を殺す武器の扱いのみならず、話術の扱いにも長けていた。
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———某所
こうして得られた情報は精査・蓄積され帝都に送られている。
埋もれてしまうような諜報結果の末、ジャルニエ城会談後にコンクールスから発令されたのが「異端軍指導者ゴンノウ・サエジマ暗殺計画」だった。
幾度にもわたる帝国侵攻作戦の指揮を取っているサエジマ少佐と、その上に君臨する司令塔であるゴンノウ中将を始末することで戦争を有利に運ぼうというもの。
しかし戦局の悪化や、セキュリティの強固さを前に計画は順調とは言えなくなってきた。
食糧生産プラント【ブブ漬け】に勤務する元深淵の槍職員ギーメンがもたらす情報が断絶してから、ゾルターンに侵攻されている現在に至るまで進んでいないのはコレが要因である。
此処で一旦情報を整理すべく、どこの県にあるかすら極秘の拠点で会合が開かれていた。
「違憲異端軍組織、Soyuzの報告書になります」
黒騎士の一人が少将に総調査報告書の要約された書類を渡す。
これでも辞典のような分厚さがあり、本当にまとめられているのか疑いたくなる。
だがこれの大本は資料だけで一部屋が埋まるほどの量であり、そう考えるとまとめられていると考えるべきだろう。
「うむ」
言われるがまま書物を開くと、おびただしい量の情報が記されていた。
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——6ページ目
違憲異端軍組織Soyuz
・概要
独立軍事組織を名乗る傭兵集団であり、アイオテの草原を本拠地に構え活動中。
県の主要街を不法占拠並びに城付近に認可されていない施設を建造していることが確認されている。別次元からやってきた存在が公式見解とされるが詳細不明。
確認されている国籍は全て既知の物とは合致せず詳細不明。
ショーユ・バイオテックなる非軍事系研究所ならびに食糧生産プラント【ブブ漬け】文化等調査集団 学術旅団を傘下に置いている。
傘下の建設機械師団は工兵の役割を担っていると考えられ、その驚異的な建築速度から脅威度は高い。
補給経路等不明。しかし調査の結果、どこかから持ち込まれていると考えられる。
追記:6月以降海洋進出が行われていることから、陸海の双方に「穴」が存在する可能性が強く示唆される。
・司令部
ゴンノウ中将を司令に据え、侵攻作戦の指揮はサエジマ少佐によって行われていると見られている。
サエジマは作戦後方にいる事が多いと見られるが、現場に出てくる場合もあることが判明。
しかし、射程差や防御力から暗殺は極めて困難と考えられる。(雨車の項目にて記載)
追記:7月以降、サエジマの階級は少佐から大佐に昇格しているため警備がより強固になった可能性あり
また移動頻度が比較的高く、未知かつ独自の端末を利用していることから滞在場所を特定するのは困難。
ゴンノウ中将はジャルニエ県ハリソン近郊アイオテ草原に存在する本部拠点に常駐中。
多重の鍵が掛けられた司令部にいることがほとんどで、それらは未知技術によって作られているため突破不能と見られる。
・目的
手配皇族「ソフィア・ワ―レンサット」の依頼により旧帝政復古のため作戦行動中。
帝国を占領し政権を転覆することが目的とされる。現政権に対する明白な反逆と外政干渉を行っている。
環境の差より逃亡兵が寝返る可能性が極めて高く脱走兵は早急に始末し、敵戦力の増強を防ぐべきである。
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———8ページ
・歩兵装備
Soyuz一般兵並びに屋内制圧兵が所持している兵装は様々なものの、一般的には1型連発銃・2型連発銃を携行している。
重装備の兵士は全く異なる1型重連発銃を携行。
更に脇差として短銃を所持していることが極めて多い。
インナーは緑系の色が複数混じった偽装効果のある通常服を着用。
装甲などの鎧は装備せず、未知材質の革と見られる黒い材質の胸当てを装備しており、一般的な鋼の剣や手槍の直撃に対して耐えうることが出来ると見られている。
・1型歩兵連発銃
図1を参照。未知材質で製造された黒色の銃。動作原理不明。回収作戦を立案中。
30から25発にかけて連発が可能な燃焼火薬銃。最大射程不明、ガローバンと同程度と推定。
一般的なソルジャー・アーチャー・魔導士・勇者などの軽装兵に対し有効だが重装兵以降の装甲を持つ兵士には効果が見られない。
上部に照準器と思しき機構が見られる。
・2型歩兵連発銃
図2を参照。
1型と同様の性能を持つ黒色の銃。
・1型重連発銃
1型連発銃とは異なり、銃床に木材を使用していると思われる銃。
1型歩兵連発銃と動作原理は異なるとみられるが動作原理不明。
拠点に設置される場合が多い兵器であり威力・射程共に1型歩兵連発銃と同等と見られる。
携行弾数が格段に多く、脅威度は極めて高い。排除には魔導士やソーサラーを投下し、杖を使用したヴァドムで爆破、ギドゥールにて破壊する必要性がある。
ガロ―バンなどの狙撃にて排除可能と考えられる。
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————12ページ
・雨車
アーマーナイト、またはジェネラル以上の装甲と騎兵以上の機動力を持つ搭乗型兵器。
サルバトーレ少佐の報告書では「魔獣」などの記載があったが後に人間が搭乗し操作する兵器だと判明。
弓矢・魔導などが一切効かず、燃焼火薬によって射出していると思われる長距離シューターや1型重連発銃を内蔵。
多種多様な種類があることが確認されている。
突出した防御力の高さによる盾役など脅威度は極めて高い。
多種多様な形態を持つが、それぞれが帝国軍重装兵ならびに超重歩兵の装甲板を貫通できる威力の兵器を搭載していることが確認されている。
主に平原や山岳、屋外と場所を選ばず投下される。
マンノース聖堂での戦いから屋内へ小型雨車が投下された。
屋内戦はシルベー城やトリプトソーヤン城で確認済み。
種別は様々で火力を補うものや、兵員を積載するものなど多様。
対空目的雨車などが存在し、兵員を積載している雨車は比較的防御力が低いと見られ、ヴァドムの直撃で損傷させることに成功している。
視界が狭く歩兵を随伴させることが極めて多く、待ち伏せによる攻撃や罠。
奇襲作戦による排除が望ましい。
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これでもたった一部に過ぎない。
Soyuzについて数千ページにもわたって記載されており、戦場に一度でも出現した兵器であれば全て記録されている程である。それも精巧な図解がついて。
これが捕獲されて書き起こされたならまだ理解できるのだが、見た聞いた戦って負けたで記されているのである。
その諜報能力は全盛期の秘密警察をも凌駕しかねない。
目撃者がほとんどいない航空機や艦艇は存在だけが掛かれているだけだったが、戦車などの出会うことが多い車両は事情が違う。
写真と見まがうような正確さで「どこに武器が付いているか」といった情報が詳細に載っていた。
「ご苦労。そちらからの報告、確かに見させてもらった。伝えるべくお方に伝えておく」
「では私から。ゾルターン騎士将軍ヴィッツオの事は知っていると思うが、彼が製作した対雨車罠の試験結果が私宛に来ている。必ずやこの結果を賢人に送り届けよ」
目を通した深淵の槍トップ テーヴァ少将は職員にこう命じる。
資料に軽く目を通し感じたのは、まともにやり合って戦える敵ではないという事実。
この悪魔の兵器を前に帝国は度重なる屈辱を味わってきた。
弱点は見当もつかないどころか、分厚い装甲のため攻撃はまともに通らず一方的にやられる。
正に理不尽、不条理。
ナンノリオンではこれに対抗する魔導が実用化されつつあると聞くが、誰にでも扱えるような代物ではないのは明らか。
限られた人間ではなく、兵が使えるからこその兵器である。貴重な対抗手段、潰さずにいられるか。
「了解しました」
深淵の槍の思惑は誰にも悟られない奥深くまで浸透し、そして策謀となり広がっていく。
いつまでも帝国もやられたままとは限らない。
ファルケンシュタイン帝国は再び動き始めていた……
次回Chapter167は12月3日10時からの公開となります
・登場組織
深淵の槍
軍部とは別に存在する諜報機関。正しくは国家安全保障省の実働部隊が深淵の槍と呼ばれている。
旧帝国時代から存在し、スパイや謀反の首謀者をあぶりだすために存在していた。
アメリカにおけるCIA、ソ連におけるKGBやFSBといったところか。
圧倒的な調査力と軍エースの反乱ですら鎮圧する理不尽とも言える練度。さらに疑いの目を逸らすテクニックや発達した情報ネットワークを持つ。




