Chapter165. The End of Revolutionaries
タイトル【ある革命家の末路】
———本部拠点
一方。
トリプトソーヤン城から救出された軍事政権の要マーディッシュ・ワ―レンサット。
彼はVIP待遇を受けることが出来るのだが、尋問を除いて一切外に出ることはなかった。
状況を見かねた中将はカウンセラーであるマリスにカウンセリングを依頼。
と、此処まではいいのだが。マリスは入念な下調べを怠らないため、初動はやや遅れている。
殿下やその妹であるイグエル、時には学術旅団の持っている資料に目を通し冷静に分析することで、自分がどういった牌を置いていいのかを判断するためだ。
本人に直接聞くのが悪手になることも十分にある以上、皇太子殿下の身に一体何が起きたか間接的に知る必要がある。
人の心理というのは小宇宙に例えられる程複雑かつ広大で、時に何が起こるか全く想像ができない。
マリスは呟く。
「政治が絡んでくるのはどうも苦手だが……整理してもこんがらがるぞ」
調べつくした資料を誰もいないデスク上で並べてみると、非常に複雑で胃が痛くなるのは十分理解できる。
纏めるとこうだ。
次期皇帝の権力闘争に敗れ、いかなる手を使っても成り上がろうと努力した結果、軍人至上主義の人間と結託。
国家を転覆させた時にようやく玉座につけるも、自身の上位互換たる人間であるコンクールスという男にまざまざと実力の差を見せつけられたらしい。
皇太子殿下はあえて引き下がり、操り人形を演じることで歪な発展を後押しした。
というのがSoyuzと邂逅する前の話。
後戻りできない事を承知で罪を犯し、それに自覚し後悔する。彼は強迫観念に駆られてもおかしくはないだろう。
そして何よりマーディッシュ氏は何より孤独だ。殿下やイグエル様が全く持って面会に行かない辺り、相当に関係がこじれているのは明白。
どうやら皇族狩りを命令したのも彼となっているらしく指示したのは本人ではないにも関わらず、あたかも自分が行ったかのように考えているようだ。
自国民からは重税などの悪政を働いた為政者として、軍人からは裏切り者として。Soyuzは中立の立場を取っているが、これが一番残酷だろう。
味方になれるのは恐らく僕だけ。
だが、そう簡単にはいかない。人間とはそういうイキモノだ。
これだけの精神負荷を抱えている以上、自我を保つため自身に錠前のようなものを付けてガッチリと心の錠前をガッチリかけている可能性が考えられる。
その物事に対し、意識しないことで強いストレスを対処する「逃避」だ。
誰だって離されたくない事実や嫌な思い出の一つや二つあることだろう。
連想させる話でもアウトだ。そうなれば動揺した後、心が壊れてしまう。
破壊するのは簡単でも修復するのは難しいのは万物でもそうだ。
皇太子殿下の腹心になるためには、何気ない話から始めなければならないだろう。
これがまた難しい。
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□
———ウイゴン暦8月8日 既定現実8月15日 午前9時30分
———本部拠点 カウンセリングルーム
予習を完璧に叩き込んだマリスは中将に「準備ができた」旨を伝えてから3日後、皇太子殿下と謁見することになった。
朝から戦闘機がスクランブルした際の轟音にたたき起こされたせいで、やや眠気が残っている。
だが仕事場につくと冷や水を掛けられたか如く頭が回る。大量に糖分を摂取したお陰もあるだろう。この体中にエネルギーが行き渡る感触がどことなく好きだ。
扉が開けられると、一人の高貴な男が入ってくる。
彼こそが神の一族 ワ―レンサットの名を冠する一人、マーディッシュ・ワ―レンサットその人。
写真上で見る機会はあったものの、実際にお会いするとやはり神々しいと言うべきか。
常人では決して出せぬ波動のようなものを身に纏っていた。
「どうぞ、お掛けになってください。此処で話したことは全て機密になりますのでご安心を。……あぁそれとこれを」
僕はそう言いながらミネラルウォーターの入ったペットボトルを差し出した。
帝国の方は必ず常飲出来る飲料水が珍しいため、こうして話のタネとして使わせてもらっている。
お陰で殿下やエイジ氏との会話がスムーズにいった。
一本110円の影の立役者。
小田急提供の天然水には感謝しきれない。
「私は尋問しか応じないと申し上げたはず。一体何の真似だ」
「単にお話がしたいと思いまして」
何より彼は私人としての姿を一切見せない。
どこの大統領や首相も人間であるというのに、まるで御仏を前にしているような感覚を覚えた。
言えることは一つだけ。間違いなく人間ではないという事。
中々厳しい仕事のはじまりだ。
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マリスは確信した。自分の内情に酷く踏み込まれたくないことを。
故に尋問以外、口を利く義理はない。そんなスタンスなのだろう。
百聞は一見にしかず、こうして対面して初めて分かったことがある。
彼に全く人間味を感じないのだ。
こればかりは理屈で説明のつけようのない、オーラや気迫というものか。
どんな人間も所詮は生物だ、三大欲求やその他欲求が必ずあるはず。
あの冴島さんだって無性に美味いラーメンが腹いっぱい食べたいと言っていたくらいだ。
前に元敵だったSoyuzスタッフと話をしたことがあって、こうした俗っぽい話をして糸口をつかんだものである。
よくよく考えれば、皇太子殿下の下調べをしていた際
政権ではほとんど飾りとして君臨していたという事や、毎日のように訓練に励んでいたらしい。
せいぜい口を利くのは教官と大臣といった年上の人間ばかりで、話す内容はと言えば学術的な話ばかりだという。
僕の目の前にいるのは人の形をした仏とでも言うのか。何を話していいのか正直混乱する。本当の聖人というのは彼のような人間を指すのかもしれない。
たった数秒間の無言が何時間も続くように思えた。
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□
「そうですね。ウチに来てから何か変わったことはありますか?」
まぁそんなこと、往々にある。
だからといって挫けるのか、可能性を潰す理由にならない。
カウンセラーやってそこそこ長いが、ここまで来ると宝探しに近いものがある。
いいじゃないか、やってやる。僕は心のどこかにある弱音を奮い立たせた。
問われた質問には流石に答えるようで、皇太子殿下は短く返す。
「いや」
「何故です?」
質問に対して何かしらのリアクションが帰ってくるだけでもだいぶありがたい。
マリオネスの時は何を質問しようが全く答えず本気で焦ったが。
「捕虜として扱われているからに他ならない。今までも、これからも」
その一言にすべてが詰まっていた。
玉座に座る者として個性を出す事を許されず、自分よりも優れた人間の出現にも文句を言わず人形を演じ続けた人生。
想像を張り巡らせるだけで胃痛がしてくる。
マーディッシュはその渦中にいるのだ、その苦労は決して常人に伝わるものではないだろう。
「それはまたどうして?」
「一体何が目的だ」
来るだろうと予想していた質問が出てきたか。マリスはたじろぐことなく本心を告げる。
「いえ。ただ僕は話がしたい、それだけですよ」
相変わらず疑念は晴れない。
マリスが胡散臭くないと言えば嘘になるが、自分から機密情報を抜き出す以外でしゃべりたいと思うだろうか。
そう言ったやつは大概スパイである。
皇太子殿下の表情は不動明王を思わせるような険しさのままだった。
「まぁ、僕軍事とかそういうのに疎い人間ですからね。どうかそこはお気になさらず。
警備員がどんな銃持ってるかも知らないですからね僕」
さらにこう付け加える。
彼は名前こそ洋風そのものだが蓋を開ければ日本育ちの人間、知っているのだってピストルと拳銃くらいのものだ。
カウンセラーのプロだとしても軍事部門のプロでは決してない。
軍事機密を口走ったとしても情報を使えない立場なのは確かだ。
マーディッシュは答えようとしない。
「——で。例えば食事とか。こっちだと日替わりで色々出るじゃないですか。でもそちらだと何が?」
事実、向こうにおけるVIP待遇は気になるトコロである。
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「パイと焼き鳥、少しの酒。それだけだ。たまに魚も。」
正直言って品目がこんなものなのか、とマリスは思った。それに飲酒量も聞くだけではそこまで多いとは思えない。
こういった立場の人たちはてっきりコース料理でも食べているのかと思っていたが、意表を突かれた。本人の好みだろうか。
焼き鳥に関して、は恐らくやたらうるさいアイツの検疫が敷かれていることもある。
恐らく、ハリソンあたりで調達したのだろう。
「なるほど。具体的に教えてくれませんか?」
本当にその通りなのか。ますます気になることばかりだ。
もはや学術旅団がするようなことに片足を突っ込んでいるからもしれないが、別に構わない。
話す内容なんて千差万別、話すことに意味がある。
「Humm…鳥は純粋に私の好みだ。香辛料を利かせてあるシンプルなモノであるし、パイにはスープが入っているものだ。」
少しばかり想像力を働かせるだけでもわかる上品さ、そして美味さ。
小腹が空いてきたマリスにとってテロリズムに等しい行為。
料理一つとっても、帝国では高価なスパイスをふんだんに使っている料理だろうと伺える。
考えれば考えるだけ、胃が空っぽになっている事実を実感してしまう。
なんだか腹が立ってきた。
———Groop……
思わず腹が鳴る。小食主義の自分でも朝食を抜いたのは悪手だった。
「朝食でも抜いたか」
「えぇ。空きっ腹には悪い話でした。実の所僕、食べ物の話を聞くのが好きで。…どうかお腹が減るような話をしてもらっても?」
「かまわん、良いだろう」
マリスは昼食に食べる定食を大盛にすることを固く誓った。
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「外に小麦粉を付けてカリッと焼いたスパイスが効いた鳥に、果実で作った酒をたしなむ…あぁ最高だ。パイもパイで温まって冬も夏も安心。何より焼き鳥が良い。あれはもう反則だ。轢きたて塩コショウにオニオンとガーリックが効いた肉…!」
「これが赤肉では脂が強すぎて適わん。わかるか、良さが」
マリスは半ば本音を漏らしながら想像に耽っていた。
売店で売られているホットスナックとは訳が違う上品な逸品の話を聞いていれば、小食の彼でも空腹に苛まれることになるだろう。
その様子を皇太子殿下は若干の笑みを浮かべながら追い打ちをかけようとする。
あれだけの堅物男がこんな表情をめったに見せるものではない。いや、誰にも見せたことがないのかもしれない。
マーディッシュは生まれて初めて「一人の人間」として見てくれる存在と出会ったのだから。
その話は季節外れに咲き誇る満開の桜の如し。
マリスは叩かずにして人を救う、ヒーローだ、この世界に来る前も、来た後も。
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□
こうしてカウンセリングは幕を閉じた。
マリスは報告書を書くため彼専用に誂えられたプレハブでデスクワークに勤しむ。
「……はぁ」
一しきりボールペンで書いた後、肩に乗せられた重荷を下ろしたかのようなため息をつく。これだけの人を相手取るのは久々で、何より相手は元国家元首だ。
自分が無礼なのかどうか振り返って考えるも、答えのない自問自答に片足を突っ込むも同じ事。
その時はその時。きっとどうにかなるだろう。
「Ahh…ようやく終わった」
カルテの記載を済ませ、ボールペンを勢いよく転がすと紙切れに当たって止まる。
そこには何かが帝国文字でサインされていた。気高い署名とその上に書かれてある文字列。
曰く、マーディッシュに割り当てられている内線ホットラインらしい。どうにもすら数字違うのは本当らしい。
本当に何が書いてあるのだか全く理解できないため、これが文章なのか芸術なのか時々分からなくなる。
彼もソ・USEを持っているのだが、あくまでも連絡用として最低限使っているもので他部門にインストールされている翻訳システム「ダザイ」が入っていない。
「これからも向こうの人と話す機会は増えてくるだろうし、万が一筆談ですなんてことになったら厄介だぞ。許可を申請すればインストールできるだろうか……ま、分かっただけ収穫か」
そう呟きながら事務椅子の背もたれに深く寄り掛かった。
「不条理で奇妙な世界だけにその出会いも不条理で奇妙、か」
心から漏れ出した本音を垂れ流し、彼は紙切れ片手に学術旅団を探しに歩くのだった。
Chapter166は11月26日10時からの公開となります。




