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Chapter 16.The one canon

タイトル【一つの大砲】

ハリソンの街は朝から大混乱に陥っていた。

日の出からしばらく時間が経過し光も白くなってきた頃合いに凄まじい数の爆発と悲鳴が外からし始めたのである。



連日の空から響く怪音などで不安も限界に達したせいか再び隣国との戦争が始まったのか、この世の終わりだと市民は騒ぎ出し、防衛騎士団の一部も混乱の渦に巻き込まれるという有様。



ジャルニエ将軍から治安維持目的で派遣されたアーマーナイトがいくらか居たおかげで市民の騒乱はやむを得ない市民の犠牲のみで鎮圧に成功したが、騎士団内部でも怪現象の正体はわからず仕舞いであり話はそのことで持ち切りだ。



ことの重大さに気がついたのは、市民を見下ろすように作られた城壁からアイオテの草原を見回した時であった。



将軍直々に送られた反乱軍討伐大隊が野営していた近辺の草がすべてむしり取られ、地形まで変わっているのである。



かろうじて緑がある場所もあったがポツポツと黒煙が上がっていると来ている。


ただ事ではないと判断した騎士団長によりハリソン壁門の警備を強化し、非番だった人間を急遽監視員に当てるといった厳戒態勢が取られていた。





————




風の強いアイオテの草原の頂きといっても良い城壁からの索敵が追加され、兵士たちは頭を抱えながら職務に当たっていた。


地元上がりの防衛騎士団は市民よりはマシ程度の給与程度で、税金のことを考えると市民と大差ない。得するのは帝国軍から派遣された団長程度だろう。



「ったく勝ち取りたいモンなさそうな面構えしておいてやる気あんのか団長は」



アーチャーのザグーンは身を乗り出しながら悪態を吐いた。見張りの人間すら駆り出されているからこその光景だった。



「あるわけ無いだろ、あの団長のことだし無欲なバカにでもなりたいんだろうよ。風のうわさじゃ国境付近で皇族を匿ったっていう場所を軍が叩いたって言うぜ。」



監視通路に座り込んでザグーンの愚痴に釣られるようにしてため息をついた。



 世間のように冷たい風が身体に突き刺さる。暴動騒ぎが収束してからというもの妙な静けさが広がっていた。



しばらく壁に寄りかかっていたが足音が遠くからするもので鉄の槍を構え直し、取ってつけたような仕事ぶりを始める。ザグーンも白々しく辺りに目を貼るが、肝心な人の気配は遠ざかっていった。



「脅かしやがって、リフの野郎途端に真面目になるもんだから…」



ザグーンが頭を掻きながら心底気だるそうに目線を離したときだった。

あの野原になんか奇妙なものがあった気がしたのだ。


不釣り合いであるとかの類ではなく次元が違うのではないかと思う程に浮いた存在がたしかに居たのだ。


 昨日酒を入れすぎた事による酷い見間違いかと思い、再び城壁ににじり寄ると


「おいふざけんな、二日酔いの見間違いじゃねぇぞオイ!」



 異形の来訪はハリソンに再び騒乱を呼び込む羽目となった。


聞き覚えのないディーゼルの低い唸りと、オリーブドラブに塗られた威圧感を放つ存在は防衛騎士団を刺激するにはあまりに十分すぎたのだ。



すぐさま城門にいた騎兵警備隊が駆けつける自体になってしまった。 

交渉相手が是が非でも来なければならない状態に落とし込めたのは好都合と言えた。



真っ当な形とは言えないが敵対的な態度を取る防衛騎士団の心理を崩すためには序の口に過ぎない。



【限界まで引きつけろ】



随伴するT-72に無線を飛ばし、念を入れさせた。



本来であればこの程度の数と距離の騎兵ごとき機銃掃射で掃討していたが敢えてすることはなかった。冴島は装甲兵器を指揮する以上、脅威であり安心をもたらす存在であることをよく知っていた。



機銃掃射で不用意に殺傷してしまえば、むしろ敵対心を上げてしまうことになり交渉が進まないことを考えたその図体で圧迫することを選んだのだ。



かつて第一次世界大戦では戦車(タンク)は悪魔と呼ばれていた。


数は少ないが現地の人間には怪物にしか映らないだろう。無駄な手間のないスマートな開城をさせるためには必須のことであった。






—————






戦車と装輪装甲車の訪問は緊張状態が続くハリソン騎士団に衝撃を与え、騎兵隊だけではなく各所の兵士を集め、客寄せパンダの様相を呈していた。



無限軌道特有の金属が擦れ合う音とディーゼルの轟音に周囲に兵士こそ集まるものの、近寄ろうとするものは管轄の騎兵隊だけ。


明らかに生き物ではない存在と分かっている以上、ソシアル・ナイトが勧告を繰り返す。



「我々はハリソン防衛騎士団である。身元を明らかにせよ、応答無き場合攻撃を加える」



騎士はそう繰り返すが、見たことのない本能的な恐怖を抱かざるを得ない存在に、手槍を持つ手が震えていた。


角張った宝石のような(砲塔)図体をしており、片方にはぎょろりと大きな(投光器)すらある。

恐ろしい上に刺激したら何をしたら分からない以上、下手に攻撃ができないでいた。



「こういう仕事は中将が得意だから釈然としねぇ。主砲装填。榴弾、遅延信管0.1秒。」



その一方、装甲に包まれた車両で少佐はこうぼやいた。いくら優位だからと下に見てはならない。投降の言い回し一つで厄介な事態につながりかねない。



「でも俺がやったらヴェネツィアの水路をフランスのオランジーナで満たすような投降勧告しかできないってもんです少佐。できるのは貴方しかいませんぜ」



「あそう…」



砲手ルイージはたちの悪い上に通じにくい冗談を冴島に飛ばした。わかりにくい冗談を少佐は流していると、城門のすぐ近くにまで来ていた。



徐行を続けていたチェンタウロと戦車はブレーキを掛けるとT-72がチェンタウロの盾になるように出ると、その後ろで重い装甲で作られたハッチが開いた。



「我々は独立軍事組織Soyuzである。我々は反乱軍であり、我々を一網打尽にすべく外に控えていた大部隊を根絶やしにしたのは私とその部下が行った」



「森林にある砦も制圧しており、無力化している。我々は不要な戦闘を行いたくはない。ただちに投降せよ」



辺りを囲んでいた防衛騎士団は彼の言葉に誰一人反論することはなかった。

少佐の発言を戯言だと思っていたからである。


それが正しいとしても訳のわからない集団がメチャクチャにハリソンを蹂躙したのだ、しばらくすると罵倒が飛んできた



「ふざけんな、国境警備すらやるような精鋭を倒したなんて馬鹿げてる」



「俺の仕事を増やすな、酒が抜けちゃいねぇんだぞ」



「手槍で串刺しにしちまうぞこのクソ野郎」



しかし少佐はそんな安い挑発に乗ることはなかった。それどころか眉を潜めて彼は感じた。

どの世界でも兵士は変わらないのだと。



だが冴島は城塞を見上げて考えていた。偵察の際の映像ではよくわからなかったが凱旋門のような高さにも関わらず街中が壁で覆われており相当な資金が掛かっているに違いない。



当然財源は税金であり並大抵の額を軍事費に投じていることを相対的に意味する。


クライアントの言っていた軍事政権になったことは正しいのだ、そう実感したその時である。冴島は城塞の頂上に光るものを察知する。


 少佐はとっさに車内へと身体を隠した。中東では狙撃手が四方八方からスコープを覗いている。視線の先に不自然に光る存在は間違いなく狙撃だ!


矢が装甲に弾かれる音をものともせず冴島はアドルフに指示を飛ばす。



「主砲照準。方位3-0-0、城壁の上に弓兵がいる、一発ぶちこんで黙らせろ。」



「了解」



ZDaaaAAASHHHH!!!!!


的確な指示が飛び、チェンタウロの砲塔が滑らかに左に旋回し照準が向けられると、間髪入れずに鈍い轟音が響き渡る。


魔法とは違う異様な爆発音と共に城壁の頂にあった通路は虫食いを受けたかのように崩れていた。



団員たちはこの音に聞き覚えがあった。朝の爆発騒ぎにしていた音そのものではないか。



緊迫を途切れさせないよう戦車は周りにいた騎兵に向けて砲塔を回し、砲口を兵士につきつけると、先程の勇敢さは消え失せ腰を抜かし続けているばかりであった。


荒療治が住んだかのように再び少佐はハッチから身を乗り出すと苛立ちながらこう続けた。



「これが我々の力である。おとなしく投降し、責任者を出しなさい!」



冴島は無駄な抵抗を試みた騎士団に対して怒りを募らせていたのではなかった。

無駄に弾を使って投降させたことに憤りを感じていたのである。







—————





現代的な戦車砲に晒された騎士団達は根底的にある感覚、恐怖を激しく刺激された。


火砲。

この世界にあるそれは、丸い鉄球を飛ばすだけの重くて扱いにくい攻城兵器。


それにも関わらず非常に高価な火薬を使う上、鈍重で当たらないものだと思っていたものが覆された。

弓を放つよりも早く狙いがつけられ、かつ城壁を吹き飛ばしてみせたのである。


これが反乱軍なのかと驚愕し、そして悟った。



勝てる存在ではないと。市民の混乱を防ぐためにハリソン市内に騎士を派遣するように団長は命令した後、少佐自らがその交渉に乗り出すのだった。


権限外に触れる可能性も考え本部にいる権能中将に対して無線で連絡を取る。



【LONGPATよりHQ】



そう連絡すると、しばらくしてから中将本人からの返答が来た。



【こちらBIGBROTHER。LONGPATどうぞ】



【任務完了。ハリソン要塞は降伏勧告を受諾した。指示を乞う】



少佐は要件を述べると権能からの返答は意外なものだった。



【了解。よくやってくれた少佐。】



思わぬ段階で許可が出ると少佐は無線を切る。

少佐は城塞のことに目を向けるとクライアントの言葉を思い出した。


騎士団はこのハリソンを支配していると。此処で重要なのはここを占領するにあたり、現地住民がSoyuzに対して反感を抱かせないことにあった。


ただ武力制圧を掛けた所で帝国軍と何ら変わらないだろう。



そのことを汲んだ少佐は騎士団長との会談という形でハリソンの軍事設備譲渡について話すことにしたのだった。







————






 会談のためチェンタウロから降りると、騎士団員に軍服を好奇の目で見られながら城塞の管理室に通されることとなった。




やはり砦と同じように不燃タールのようなものが塗られているのか、中世の城塞にしては非常に黒く、壁には燃料が入っているとは思えない五徳のようなものが吊り下げられている。


そこに魔法陣が書かれたものが掛けられており、そこから火が生じて灯りとしているらしい。


いずれにせよ理解が及ばないもので少佐の視線が釘付けになる。



すると案内人を務める槍を持ったソルジャーが恐る恐る冴島に話しかけた。



「ありゃ魔法灯です。魔道士が陣に魔力を流して灯せば一日ほど持つんです。蝋燭よりも長持ちで煙臭くない。多少値段は張りますがね。最近軍事費の羽振りが良いらしくて城塞で人とぶつかることもなくなったのです」



「魔法か。どの世界の人間でも道具の使い方だけはうまいもんだ」



少佐はソルジャーの話に答えたが、下手なことを言えないのか話を振った当人は沈黙していた。


顔を伺うと懐疑的なような表情を隠せずにいる。


本来軍人は戦うのが仕事であり茶請けを出すのが仕事ではない。


こういった会談にも慣れていないのだろう、冴島はそう情を掛け面構えには言及することはなかった。


 石造りの通路をしばらく歩くこと数分。突き当りの場所にたどり着き扉を前にすると再びソルジャーはようやく口を開く。


「ここが団長室です」



その言葉と同時に足を踏み入れるのだった。





—————







 団長室と呼ばれる責任者がいる部屋へ通されると接待のような会談が始まった。

残酷までの戦力差を見せつけた今不用意な抵抗はできないと踏んだのか、威圧的な目つきは見せておらず、全てを諦めたかのような面構えであった。



「Soyuzと申し上げたでしょうか。私は防衛隊の責任者のルペン・メシと申します。これ以上ハリソンに何を求めるというのです。我々はこれ以上の抵抗はいたしません」



今にでもすべてを投げ出したいような諦めと絶望の眼差しを冴島に向けた。

しかしその目線の意味はまるでわからない。


万が一奪還されたとあれば正規軍に解放されるはずである。



クライアントが言うようにKGBのような恐るべき国営組織がいるならば、奪還以上のことはしないはずである。名目上ではの話に過ぎない。


そこで少佐は条件を口にし始めた。



「我々はそこらの蛮族ではない。町の人間を奴隷か人質や搾取行為は組織によって禁じられているからだ。我々がしたいのは城壁を接収し我々の中継拠点にすることを希望している」



「城塞で勤務する人間は処刑とせず通常の業務代わりに勤務することも同様。労働者である以上報酬は出せるだろう。Soyuzの作業員となった以上こちらの規則に従うことになるが規約は持ち合わせていないため私の上官が送付することだろう。不手際に関しては申し訳ない。」




冴島は感情を込めず、まるで契約書を朗読するかのように冷たく内容を話した。



  反乱軍の一味であるSoyuzと呼ばれる組織の要求はあまりに異端なものであった。

レジスタンスならば無償物資提供などと口にするかと思いきやその様相は大きく異なっている。


まるでこれでは買い上げ同然ではないだろうか。

ルペンにとっては何の問題は無いはずだったがある事が足を引っ張っていた。



「提案を飲みたいところでありますが、レジスタンスの軍門に下ったと情報が国に入れば即座に深淵の槍の大群がハリソンの民を皆殺しにするでしょう、我々を含むすべての人間を」



冴島は思わぬ形で深淵の尾を掴むことに成功した。便衣兵潜む反政府ゲリラ組織を討伐する方法としては至極正しいと納得したのである。


極めて効率的に芽を積むには原始的にして現代もあまりやり方は大きく変化していない。

冴島は単純そう感じた。



彼はとある方向へと舵を切ることにした、少しだけ違う方向に。



「Soyuzから一部の兵員をこちらに常駐させましょう。傘下にした以上重要地点として我々は防衛するでしょう。我々が見せたあの力で」



弓などから守る城壁を破壊した威力を間近で見たであろう団長にとって最も的確に揺さぶる手段だった。


人智を超える火力を見て誰しも貧弱とは思えないはずである。

ルベンは頭を抱えて考え込むと、しばらくしてから奥歯を噛み締め、片目を強くつぶった顔をしながら答えた。


「…了承しました」



「貴方は正しき判断をした。私とSoyuzがそれを証明しましょう。しかし私はそちらでの友好の証を知らない。どうか指南してはくれまいか」



少佐は悪徳商人のように微笑むこともなくただそう言った。Soyuzハリソン拠点としてのみ考えていたからである。文明に差があれどもテントを張った場所を守る、それが冴島の持論であるからだ。



「拳を付き合わせれば良いのです」



団長はその言葉の後に拳を突き出した。すると少佐は乾杯するように傷ついた大きな握りこぶしを突き合わせた。


ルペンの軍人らしい手は苦渋の決断の後からか武者震いのように震えていたのだった。


次回Chapter17は6月13日10時からの公開になります

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