Chapter161. Killing・Evil・mons
タイトル【怪獣兵器ゲイル】
———ウイゴン暦8月8日 既定現実8月15日 午前7時
【Hi-HAHAHA!!】
邪悪な叫びが木霊する。
戦い初めてかれこれ数時間。
ヤツの背中から放つシューターの熱光線が散らばって、辺りは地獄と見まがうような炎で満ちていた。
ただでさえ基地が燃えているというのに、青々とした草原に着火してしまったのである。
もはや火災現場に放り込まれて戦っているのと同じ。
隠せない高熱と、機関砲や戦車砲を撃てども効かない相手を前に、誰しも逃げたいという本心を隠して戦っていた。
既に火災が起きて火種がなくなりつつあるというのに、それを広げるだけの焼夷能力を持っている。
燃えていない物体が多くあるポポルタ拠点にコイツが来たら何もかもおしまいだ。
そのため一か所に釘付けにすることで、多くの民間人がいるポポルタ線から遠ざける様にして戦っている。
可能であれば逃げたい。
できなくとも狭い棺桶から出て逃げ出したくなる衝動に襲われるが、彼らは真っすぐ暴れる大怪獣を見据えていた。
立ち向かわなければ死ぬと。
そんな最中、シルカに暗黒の霧が吹き付けられる!吐き出された魔力の塊から炎や稲光が対空目標レーダーを襲う!
「Fuck!ここに来て…!レーダーがやられました!」
レーダーはどんなものであっても精密機器。
炎ならどうにでもなるが、雷の直撃で回路がショートすれば何もかも吹き飛んでしまう。
「無線は生きているんだな!」
報告を受けた車長は無線が生きているかどうか確認を取った。
団体行動が基本である軍隊で無線での連携は必須。
ハナからコイツは対空目標を叩き落すために配属されたのではない。
「はい!」
「これだけ図体がデカけりゃ十分だ。ダメ元で機関砲を撃ちまくれ!」
「やってます!」
ダメで元々。戦場は時に博打として考えなければならない事だってある。
例え効かなくてもいい、綻びさえ生み出せないか。
儚い思いを胸に、23mm機関砲が火を噴き続ける。
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□
——Soyuz本部拠点
本部拠点では緊急発進が発令。
機体はMiG29。本来迎撃用に設計された25は対地攻撃能力を持っていない。
相手が空を飛ぶ敵戦闘機に向けて作られた戦闘機だからである。
その一方、装備は空対地ミサイルやロケットポッド。レーザー誘導爆弾などを満載にしており、ゲイルを葬り去る準備は万端。
基地では装備を整えたパイロットが一斉に格納庫へ向け全力疾走する。
ロシア・ウクライナ人のニコライ、ゲオルギーと言った顔ぶれの中に一人のアジア人がまぎれているではないか。当然の事ながら日本人ではない。
北朝鮮パイロット、ジョンソである。
彼の祖国でもMiG29保有しているため、彼も操縦訓練を受けていても不思議ではない。
機体にたどり着いたパイロットたちはキャノピーから垂れるハシゴを昇り、急ぎつつも冷静にコックピットに埋もれる。
「相手は15mクラスのゴジラねぇ、マトモな相手じゃねぇな」
ジョンソはそう呟きながら、酸素マスクを顔に纏いバイザーを下ろす。
慣れた手つきで機器についた無数のトグルスイッチを弾きながらエンジンに火を灯すいつものルーチン。全て正確で迅速だ。
———QeeeeEEEEEEE!!!!!!
燃料を注がれ、一気に燃え出すと共に凄まじい音を立てはじめる。
スタッフはハシゴを外し退避、同時にキャノピーを閉じ準備は完了。
滑走路に向け旋回すれば、翼下に着けられたKh-22Mが日光を反射し一瞬だけキラリと光った。
一筋の飛行機雲が危機を救うため向かっていく。
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□
「あれだけぶち込んどいてピンピンしてやがる、どうすりゃいいってんだ……」
先軍915車長、ボゥールがこうつぶやいた。
ありとあらゆる125mm砲。23mm機関砲の雨あられ。
対戦車ミサイルや命がけで自動擲弾銃を乱射してもなお、この地竜は蚊に刺されたかのようにしているだけで全く効き目がないではないか。
どこに顔や胴体にも当てたがビクともしない。
対装甲弓ガロ―バンを戦車にぶち当てた敵も時も同じことを考えたのだろう。
背中に縫い付けられた大砲さえなんとかできれば逃げ切れるとは思うが、小賢しいことにヤツは遭遇当初以来、立ったままで弱点を見せようとしない。
あの光線が放物線を描いて地上に降ってくることを良く知っているのだろう。
20cmや60cm鉄板をぶち抜くAPFSDSだって撃ち込んだ。
流石にHEATより効果はあったが、切り傷で痛むような素振りを見せるだけで致命傷かと言われれば話は別。
流石に痛みによって動きは鈍くなるが、驚異的な再生能力で元通り。
地中を移動する生命体のため、感染症にならないため傷口はすぐさま塞がるのだろうか。
「全くどうしろってんだこの野郎!」
ボゥールは目の前の圧倒的理不尽を前に天板を殴りつける。
当然拳にも衝撃が響き、痛みが迸る。
そんな神経伝達が暴走しかけた頭を冷やしてくれるものだ。
そんな回転の良くなった頭脳が答えをはじき出す。
中身が仮に知性を持っているなら、高等生物であるなら。
一気に強い攻撃を撃ち込めば、敵も強い痛みを感じ逃避するのかもしれない。
【こちらLONGPATから各車。2分後に緊急発進したMiG29が来る。それに合わせ一斉攻撃せよ】
その答えに一足早くたどり着いた人物。
冴島大佐だった。
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□
———戦闘機到着1分前
冴島の指揮するT-72の残弾数はHEAT8、APFSDS3発。
初動で打ち込み過ぎたのがここに来て響いている訳だが、最悪の事態に陥ってはいない。
ただ分岐点の一つが悪い方向に進んでいるだけだ、まだ方法はある。
また怪物の背中が光を蓄え始めた。リロードに掛かる時間は約2.5秒。
乱射しないのは、中にいる人間がこちらをなぶり殺しにしようとしているからだろう。
砲撃されるたび、被弾のリスクは上がっていく。なんとかとして封じる手立てはないものか。
【Uh-HAHAHA!!!!!】
そんな時に限ってヤツの醜い歓声は頭の中を揺さぶるように響いてくる。
相手は意思を持った知的生命体。ならば通じる手は一つ。
挑発だ。
しかしボゥール曹長の挑発に一度は乗ったが、あの手の輩は無駄に小賢しいため同じ手は通用しない可能性が高い。
それにしても竜から脳に直接響くあの気迫。どこかで感じ取ったことがある。
冴島は脳内データベースを精査する。
検索時間0.0025秒、合致する記憶が示された!
「——やはりアルス・ミドの時の…。ブレーキをしつつ左に急旋回、ヤツの側面に回り込み、背中の主砲を撃て!」
騎馬の徒労を組んで住民を虐殺しに走っていた連中の長、俺が一度丁寧に殺したはずのヤツで間違いなかった。
ならば都合がいい、殺した張本人が出てくれば簡単に気を逸らすことが出来るだろう。
死に際はよっぽど痛かったのか。
大佐は車長用ハッチから身を乗り出し、忍ばせたグレネードを片手に蛮族に思っている事を読ませる。
死ぬほど目障りな声を頭に直接届けられるのだから、その逆だって出来る筈だ!
(生きていたのか、俺がもう一度しっかり息の根を止めてやる)
【この俺が生きていた?どこからどこまでが俺として生きているのやらァ?お前もその仲間に入れてやるってんだよ!】
奴は顔をこちらに向けた。
安全ピンを引き抜き、感覚器官があるであろう頭部へジャイロボールの如く投げつける!
——KA-BooM!!!———
全力投球した野球ボールは爆発。鉛色の煙が頭部を包む。
火竜の時と同じで全く効いていないように思える。
そんなの折込み済みだ、破片を含む爆発物が炸裂した際には土煙を生じさせる。
ヤツが暗視装置を搭載していない生物兵器なら大いに効果が見込めるだろう。
戦車が速度を維持したまま左に回り込む。遠心力を利用して冴島は車内へと戻った。
ZDaaAAAAASHHHHH!!!!!
今砲撃したのはAPFSDS。
発射と同時に装弾筒が分離。
細い針のような弾がシューターとゆるく癒着した部分に着弾し、肉を大きくえぐりながらも背中の砲門にも着実にダメージを与える。
ゲイルが激しく動き回る上、不安定になった事で、光線はあらぬ方向へと飛んでいった。
これで長距離砲撃は困難になっただろう。
「そのまま円を描きながら右側から定位置に戻れ」
「了解」
激しいターンによって揺さぶられる車内で、たとえ頭を強打しようとも冴島は石像のようにびくともしない。
この程度で動揺すれば敵に付け込まれかねない。
ドサクサに紛れて村民を虐殺しようと画策する人間が中身なら猶更。
現在、彼の眼に勝てるビジョンはない。
いかにして砂嵐が移るテレビに勝利の二文字を浮かばせるか。
一か八か、映像端子を付け替えているところだ。
Soyuzが虐殺装置を片付けないで、誰がやる。
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□
【PAEKTU01からLONGPAT。空域に到着。これより攻撃を開始する】
待ちに待った無線が飛びこんできた。
空には編隊を組んだ流線形の勇者 MiG29がやってきたのである!
丁度隊列にも復帰し、いつでも総火力を叩き込める状態だ。
【LONGPAT了解。OSKER01が低高度にて撃墜されている。留意せよ】
【了解】
基本的に偵察機や戦闘機は戦車と比べて脆弱。
敵が高射砲のようにあの砲撃を放ってくれば撃墜されることも考えられる。
冴島は視点を地上に切り替え、逃げ続ける戦車たちにこう告げた。
【LONGPATから各車、敵目標に向け一斉射!】
———BLaaaAAASH!!!!!
———PhooOOOOOO!!!!!
翼下に取り付けられた対地ミサイル目標に向け一斉に放たれる。
誘導爆弾を持っていた機体は投下し終えると、30mm機関砲で掃射を加えはじめた。
——ZDaaAAAAASHHHHH!!!!!——ZLDADADADA!!!!———
それに加え、地上からは主力戦車二両と23mm機関砲の雨が襲う。
これで生き残れる現代兵器は早々いない。
「これ以上撃つと銃身が持ちません!」
「あとで交換すればいい、命は交換が効かないんだぞ!撃ち尽くせ!」
並大抵の兵器なら忽ち爆発炎上しかねない火力の夕立が改造地竜に襲い掛かる。
戦車砲はともかく、対地ミサイルの威力は尋常ではなく怪物の皮膚を着実に蝕んでいった。
————GRoooOOOOOO!!!!!!!
大火力を前に竜が咆哮を上げはじめた。シルカや千軍915は身も毛もよだつ恐ろしい叫びを前に目を見開く。
「ベアじゃねぇと片付けきれねぇか…」
「もう俺知らねぇぞ!」
ビルさえウェハースのように破壊する一撃を浴びせられてもなお、ヤツは「生きている」というのだ。
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□
生きているとは言っても竜の体を蝕み、着実にダメージを蓄積させていたのも事実。
持ち前の超再生能力をもってしても、相当に負荷が掛かっていた。
Soyuzの強みは足の速さであることを知っていたゲイルは余計な追撃で死なないため撤退を決意する。
【次は別の奴をバラバラにしてやる、お前らは後で殺してやる】
日本刀をそのまま指に着けたかのような鋭利な爪を地面に突き立てると、掘削機を超える速度で地面を掘り始めたではないか!
「奴が逃げるぞ!」
赤外線暗視装置を覗き込む砲手は驚愕した。
敵は地面を潜って移動しているのだ、レーダーや偵察機でも発見できなくて当然である。
地中からやってくるドリル戦車などこの世界には存在しなかったからだ。
【LONGPATから各車、敵が逃亡を開始、絶対に逃がすな!】
「撃て!」
粉塵が舞う中、その様を見ていた大佐は声を荒げながら周囲に指示を出す。
それに敵は「次の奴」を細切れにすると高らかに宣言してみせた。
あの快楽殺人者は村を襲うとは考えにくい。最も近くにある、Soyuzスタッフらが多くいる場所。
ポポルタ線だ。
破壊と殺戮の伝道師がそこに乗り込んだが最期、虐殺が起きかねない!
砂塵の中に浮かぶシルエットが消え、地面が揺れだした。
冴島は悔しがるよりも先に、ポポルタ拠点に連絡を取る。
【LONGPATからP-HQ、応答せよ!P-HQ!】
【こちらP-HQ】
普段とは違う切羽詰まった様子に無線口のスタッフは不穏な予感を感じ取る。
【交戦中の敵目標がそちらに向け逃亡中!大至急戦闘態勢に入れ!今すぐ!——ヤツは地面の中を潜って移動するため地震計でも限り探知不能だ!それに絶対背中に縫い付けてある砲を破壊しろ!でないと火の海になる!】
【戦車砲は効き目が薄い、艦砲か対地ミサイル、あるいはスカッド撃ち込まない限り攻撃は通らん!】
冴島大佐は戦って得られた経験を基に混沌と化した頭を整理しつつ、出来る限りの情報を伝えた。
【P-HQ了解】
無線口から淡々とした一言が返ってくる。
本当に分っているのか。
果たして仕留められるのかと疑心暗鬼にかられるが、あそこには権能の息が掛かっているというのに。
敵が万が一こちらに来ることを予感した中将は、あらかじめ迎撃態勢を取らせていたのだ。
戦車砲より威力がある主体砲やSU-152が控えている、が足りない。数が足りない。
その程度で止められるような相手ではないのだ。
大佐は戦車の内壁を殴りつけると静かにうねる感情の大波を抑え込む。
「俺としたことが」
後悔する時間など残っているものか。
燃料と砲弾がある限り戦える。自らの失態はきちんと責任を取らねばなるまい。
彼は無線機を取った。
【LONGPATから各車、ポポルタ線にいる敵を確実に仕留める】
【了解】
機甲部隊の面々からは頼もしい答えが返ってきた。
彼らも分かっているのだろう。ここで仕留められなかった責任を。




