Chapter156. Mystery of mythology
タイトル:【神話の謎】
———ウイゴン暦8月6日 既定現実8月13日 18時
時を少し前に遡る。
一日駐在後に掃討作戦は一度一区切りをつけ、機甲部隊は一旦ポポルタ線へ向け家路についていた。
冴島大佐の任を引き継いで、今度からはロンドン討伐中隊が駐留することになるという。
元正規軍による爆発魔道除けとして重装甲車両と、拠点を発見して殲滅する機械化歩兵の合わせ技。
マフィアとテロリストを併せ持ったような組織故に長い戦いにはなるだろうが、ロンドンの影響をかなり弱めることが出来る。
そんな時だった。
【BIG BROTHERからLONGPAT応答願う】
BIG BROTHER、このコールサインはU.U最高司令官である権能中将の物であることは周知の事実。
だが作戦中と知っていながら、何故呼び出す必要があるのだろう。
【こちらLONGPAT】
冴島は突拍子もない連絡に内心疑問符を浮かべながら要件を待つ。
【作戦終了後、直ちに本部へ帰投せよ】
【了解】
何故数ある佐官の中で、冴島だけを名指しで呼びつけるのか。
海上にいるチェレンコフ大佐でも良いだろうに。ただ上からの命令は絶対だ、まして優秀な中将なことである。
何かしらの思惑があるに違いない。そう画策を巡らせながら帰り道を急いだ。
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———ポポルタ基地
「お待ちしておりました」
仮拠点であるポポルタ線に帰投した彼を待ち受けていたのは一両のワンボックスだった。
こんなものでも難民輸送に従事した後らしく、中身は当然空。
「うむ」
そう言いながら冴島は屈強な体を埋める。やはり巨大な箱ものに一人では寂しいもの。
———BoooMM!!!!———
ハイエースの心臓からは力強い排気が勢いよく飛び出す。目指すはアルス・ミド村付近にある【Soyuzアルス・ミド滑走路】だ。
名前がそのままなのは今問うべきものではない。
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———アルス・ミド滑走路
草原だけの村にぽつんと建てられた長い一本道。この空港としても疑問符が浮かぶ施設がこのアルス・ミド滑走路である。
と言ってもポポルタ線の付近に建てられたものであり、ちぐはぐな状態となっていた。
害悪極まりないこの草が茂っていた場所が急ごしらえながら滑走路になったのだから、攻めるどころか建設機械師団に感謝しなければならない。
冴島も彼らには頭が上がらない。土建屋は戦場の命だ。
現場に到着すると、スタッフが扉を開け目的の地へといざなう。
異様に長いキャノピーと大きな翼、それを支えるイワシのように細長い胴体。
その色は青く塗られたそれは紛れもなく第二次大戦の物体。
そこにはレシプロ艦上偵察機C6N1こと彩雲一一型が鎮座していた。
乗員は3人、当時の戦闘機ですら追いつけなかった、旧大日本帝国軍の高速偵察機。
レプリカでも模造品でも何でもない、現存する機体と資料をベースに再生産されたオリジナルである。
本来、空母北海が近距離偵察目的で載せている艦載機だが、冴島を乗せられるだけのスペースとその足の速さと滑走距離の短さを買われて此処にいる。
「こんなのガキの頃作ったもんだ。…いくら作戦に投下されていると言ってもこうして実物を見るのは初めてだ」
冴島は初めて見る存在に思わず舌を巻く。ゼロはCOIN機として使われているという噂を聞いたが、こんな製造数が少ない幻の機体を持っているとは。
4式中戦車が作られている時点で深いことを考えてはいけない気がするが。
スカイ・タクシードライバーにいざなわれるまま、冴島は20世紀の亡霊に搭乗した。
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いつもはヘリばかり乗る彼だが、彩雲の加速には驚かされる。
Mi-24やMi-8といった東側の回転翼機がまるでナメクジのように遅く思えて仕方ない。
視界の良い偵察機とあって、地上に目を向ければ次第に夕闇が覆う姿が垣間見えた。
地上とは異なる日没、過酷な地対空ミサイルや自走対空砲を掻い潜るパイロットもこんな光景を見ているのだろうかと思いを馳せる。
彩雲は闇に追いつかれるよりも速く、まるで昼に逃げ込むように県を跨ぐ。
ゾルターンの平原を過ぎれば遠くに見えるはナルベルン自治区、巨大な湿原と小さな明かりが灯った城があればシルベー弾薬庫。
あっという間にダース山に差し掛かればジャルニエに入る。麓にある街はゲンツーだろう。
そして死闘を繰り広げたシルベー側登山道に、Soyuz初めての攻城戦を経験したジャルニエの城と一直線に引かれた線路。
流れゆく戦いの記憶。走馬灯のように風景が巻き戻されていく。
深淵の槍から住民を守るため奮闘したハリソンを過ぎればU.U初めての拠点、帝国陸軍基地があった森が見える。
短い戦いの中と言っても、彼の記憶から零れ落ちたものは何もない。
次第に高度を落し着陸準備を進め出した。次にたどり着くのは全てが始まった本部拠点だ。
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———U.U本部拠点 地下司令部
建設機械師団も多忙の合間を縫って本部の改良工事に着手しているようで、プレハブの屋根にはソーラーパネルが設置されていた。
依然として横浜市からの電力供給に依存する体制から少しでも脱却するためだろうか。
実際の所はポータルの向こう側との接点を出来るだけ希薄にすることで、地球規模の機密を保持しようというのが大きいのだろう。
そんなことを考えていると、中将に誘われるまま地下にある司令部の扉を叩く。
必ずセキュリティカードを通してからノックするのが冴島大佐の流儀だ。
「冴島か、入れ」
「はっ」
権能から許可をもらい押しボタン式の自動扉を通る。
部屋の隅に置かれた造り物の観葉植物とゆったりと回るシーリングファン。
ずいぶんの間ここに来ていない、本来は上司のデスクのような場所にも関わらず。
懐かしき光景はまだまだ続く。かつて愛銃を託したソフィアがいた。
ひょっとしたら帝国の内政についてではないか、冴島はふと推察を立ててしまう。
「久々のメンツだな、と言いたいが。集まってもらったのには訳がある。大方わかっておるだろうが…帝国の内政に関ることについてだ。…俺から言えるのは以上だ。詳細事項はお願い出来るだろうか」
大佐の予測は当たっていた。だが権能の顔を見るに、「強いて言えば」という感情がこもっているのが分かる。
複雑な事情が出てきてしまったのだろう。
彼が黙って話を聞いていると、ソフィアの口が開いた。
「以前父上…いえ、旧帝政時代の君主。ワ―レンサット皇帝が行方不明だと説明したと思います。ですが、今…その場所が分かった気がするのです。もちろん、確証はありますが」
冴島はただ黙って話を聞き入る。
「単刀直入に言います。皇帝陛下は…ここよりずっと東にあるアジャモアの砂漠でお待ちになっております、私を。」
アジャモアとは帝国の古代語で怒りという意味だ。オンヘトゥ神が人間の傍若無人さを見かね、獣神ベストレオを降臨させた場所であるとされる。
一旦話が落ち着くと、権能がこう問いかけた。
「うむ。学術旅団からの提出された【オンヘトゥ神話】では…殿下、皇帝陛下の一族を辿ると文字通りの神に行きつくことがわかっている。冴島、日本を祖国にするならどういう事なのか分かるな」
ワ―レンサット一族。この帝国を何百、何千年と治めてきた由緒ある家系である。
ナルベルン自治区にあった検閲や歴史修正が一切入っていない歴史書を調べたところ、その祖先は文字通り神に至ることがわかった。
旧帝政の色を残したくない軍事政権が必死になって消そうとするのも納得する。
こんなものが残っていたら「神に逆らう反逆者」という反政府組織樹立の口実を与えてしまうどころか、もう一つの暴力装置である深淵の槍が現政権に牙を剥いてくるのは明らかだ。
繊細な問題なため、政権の中枢部である賢人会議は皇太子を傀儡として仕立て上げたのだろう。
こういった軍事クーデターでは首謀者が権力を振りかざし、情勢不安定の後に崩れ去る。
現にアフリカではこのような例を何度も繰り返しだ。
民の心を掌握しながら軍人を優遇。小市民に高税を課し、その税金を元手に軍事産業と銘打って帝国を発展させてきた。
情勢を安定させるために反政府組織や活動を帝国の軍事力という力技で消滅まで追い込んでいる。
これは仕事がない軍人に仕事を与えることになり、強固な政治基盤を作り上げるのに一役買っている。もちろん、再軍事クーデターを防止するため。
なかなかに頭が回る支配者だ。
「ではこちら側の方で———」
権能が依頼人の安全確保も兼ねて送り届けようと思い口を開いた時。
決心を抱えた殿下は口を挟んだ。
「…こればかりは一族の問題です。私が言うのが難ですが。父もそれを望んでいるでしょう。それに、私は祖国奪還を自分ではなく、他の人間に依頼してしまいました。それでも一国人として間違っているのに、此処までおんぶにだっことは行きません」
「我が儘と存じております。どうかお許しいただけませんか。」
流石に冴島も介入に関して懐疑的な視線を送っていた。
本当に人間なのか、そうではないのかは一旦置き、国についてのプライドもある。
そして中将が何故自分を呼んだのか、内心答えを出していた。
おおよそ、最重要人物の護衛任務の指揮官として配置するためだろう。ソフィアの一言で翻されてしまったが。
Soyuzが神聖不可侵領域まで攻め込むわけにはいかないだろう。ここで大佐はあることを提案した。
「では航空写真を取るだけでも」
何故こういった考えに至ったのか。
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いわば簡単な頓智だった。
直接お届けするのがダメならば、調査目的で下見するのであれば構わないと。
神も人間に知性を与えたのなら、その知性を試すなとは言わない筈だ。
明白に人間性を残している殿下は思わず戸惑ったが、なおも続ける。
「権能中将。偵察記録は通常通りSoyuzフォーマットで保存しても構いませんでしょうか」
「別に構わんが、確認するまでもない、いつも平気でやっていることだろうが。——うむ。管轄は学術旅団になるだろうが俺に言えばいつでも出せるようにしておこう。」
あえて冴島はどこにどうやって保存されてあるかを口に出した。
中将にしてみればWordファイルを上書き保存していいですかと聞くようなもの。不自然さは覚える。
だがそれも束の間で、真意に気が付いた彼はヒントを口走る。
直接答えを教えるなと言っても、ヒントを出すなとは誰も言っていないのだから
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そんな事もあり、司令部での会合はお開きとなった。
ゾルターンを飛行中のOSKER01が敵軍事基地を発見したらしく、侵攻作戦を取らねばならない。
補給の観点から今すぐにとは言い難いが、どのみち目標が決まった以上本部拠点にいる理由はないだろう。
冴島は数県先で自分を待っている部下へ向け足を運ぼうとした時であった。
「お急ぎの所ですが、一つだけ聞きたいことがあります」
ソフィアだった。そういえば本部から遠い戦いの連続でここの所顔を合わせていない。
それにしても顔つきが少女から女性へ、そのもう一段階上に到達したかのように思える。
「一体何です?」
時間は差し迫っているわけではないが、ゆっくりとしている暇ではない。
ただ人間一人の話を聞くくらいなら余裕をもってあると言えるだろう。
「もしもの話ではありますが、自分が人間でなくなり始めたら、どうしますか」
何か含ませているような質問を殿下はされる。だが彼女と自分とでは過ごしてきた場所や世界、次元が文字通り違う。
だが、共通して言えることだけは一つあった。
「——戦場で破壊と殺戮を繰り返している以上、私はもはや人間と言えないのかもしれません。ご存じの通り歩兵や、戦車に乗り込んでいるのは所属が違うだけで我々と同じ人間です」
「いざとなれば銃砲の引き金を躊躇わず引ける私は鬼畜と言われようと何らおかしくありません。戦争をすれば上から下までこうなってしまうものです」
人類が戦いを始めてからはや何千年。どんな最新鋭ステルス機や戦車を操るのは結局人間だ。
いくら無機質な兵器を撃破したとて、人殺しなのには変わらない。
「そうなったら最後、どれだけ懺悔しようと後戻りはできない。戦場で100万ドルの兵器を動かし、仁義があったとしても。赤ん坊殺しだと言われても何ら不思議ではない」
「だが…そんな存在でもやらねばならない事が絶えず降ってくる。人でなくなったとしても、心が折れて無くなったとしても、責務からは逃げることはないでしょう」
冴島の出した共通項。
人外と化そうが、心がなくなろうが。自分を必要とする存在のためならやらねばならない。
それ以上に彼は言わなかった。何が正しいか、何が悪なのか。その時々によって変わる、あやふやさをソフィアは的確に判断できると見込んでいるからだ。
「あと一つ。たとえ今いる世界から離れたとしても死なない限り、別の世界が開けてくる。決して幅が狭まったという事ではない、と言うことです」
だが孤独になる気持ちは痛いほどわかる。同情ではなく答えを欲しがりそうな殿下の事である。
何をどう考えれば良いかという経験値が絶対的に不足している以上、こうしたヒントは残しておくべきだろう。
全てを言い切った冴島は足早に現地に向かっていった。
自分の指揮が必要とされる場所に。
次回Chapter157は10月1日10時からの公開となります。
登場兵器
彩雲
旧日本軍の艦上偵察機。とんでもなく足が速く、追撃しに来たヘルキャットを振り切ってしまった。
さらに良質な燃料という条件を与えれば、700km/hに匹敵するような恐ろしい速度が出てしまう始末。




