Chapter 15.THE FIREPOWER
タイトル【火力あるのみ】
Soyuz基地と砦をめぐる攻防戦は、指揮官マリオネスの確保と残存する砦にいる兵士を壊滅状態に陥れることによって終わりを告げた。
敵側には大量の戦死者、Soyuz側にはひどい弾薬の消耗と疲弊のため戦車隊と機械化歩兵小隊は一度帰投。
T-55にいるダルシムも、BTRに押し込められた兵員や指揮官の少佐共々戦勝を祝えるような状態ではなく次の作戦に向けて動き始めていた。
城塞化されたハリソンとマリオネスの手帳に記されたハリソン近辺にいる大部隊の存在が少佐の頭に残り続けている。
帝国軍の資料は得ることができたはいいが、未だに問題は山積していることに変わりない。
そのため大量の歩兵が存在する場所を見つけ出すため戦闘が収束しても偵察機はハリソンの街付近を飛び続けていた。
翌日には指示一つさえあればどこからでも野砲や迫撃砲を集結させたSoyuz第2砲兵部隊が待機していた。
調べることは当然多かったが、どれも冴島の仕事ではないだろう。
彼の脳裏にあるのは城塞拠点ハリソンを抑えた上で近辺にいる将軍配下の部隊の排除ことばかりだった。
規模はしれないとしても大人数が要塞化された市街地を利用するとあれば厄介なこと変わりなかった。まるで中東の武装勢力が現地の学校を拠点とするように。
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帰還した冴島は度重なる戦闘の指揮もあってかしばしの休息が中将から与えられた。
Soyuzとて無理な遠征を断行して確実な戦果を得られないとなれば本末転倒だからに他ならない。
少佐は傷跡が多く刻まれた身体を喫煙所へと寄せ、しわくちゃになったラッキー・ストライクを一本咥える。
傍らには作戦行動時と同様の無線機を置き、胸ポケットからマッチ箱を取り出したときだった。
「このような所には何もないでしょうに」
冴島が箱の側面にマッチ棒を擦り付けようと視線を上げると、そこにはジャージを来たクライアントの姿があった。付き人のエイジもいる。
「多大な戦果を上げたと聞いております。ハリソンの街を戦場にする前に戦闘を終えたと聞いて…内心安心しております。祖国の精鋭を退けて」
クライアントは出会った時よりも顔に影を落としながら冴島に言った。
少佐はマッチを懐に戻すと深く息を吐いてエイジ共々顔を見るとうつむいてから口を開いた。
「…すでに機関銃に対する対抗策も練られていた上にやられた人員を補填してきた判断力。優秀な軍隊ということを否定できないでしょう。敵は留め金が狂った連中、そう思えば良いのです。軍師の仕事は私が担う。故に祖国を思う気さえあれば結構なこと。」
少佐はクライアントの言葉にかぶせるようにしてそう言った。
「そうですか。何よりハリソンがこれ以上軍や深淵の槍によって自由を封殺されることのないよう…軍の差し金に成り下がっている防衛騎士団から解放して欲しいという願いがあります」
「このような身勝手、お聞きしていただけますでしょうか」
その言葉に少佐はソフィアにアイコンタクトを取ると、静かに目をつぶった。
一拍を置くとマッチに火をつけて冴島は再び口を開いた。
「その自由を求める心がある限り、Soyuzは動く。我々が神ではないがこれだけは約束できる。お忘れなきよう。」
火のついたマッチを振り消すと後ろに控えるエイジに指を向けてこう続けた。
「あー、言い忘れたことがあるが依頼者側であろうがカウンセリングを受けられる。その窓口はタバコの自販機を蹴り入れてぶち壊したマディソンに言えば―――」
そう言いかけた瞬間、ノイズばかり吐き出す無線機から一筋の肉声が飛び込んだ。
【OSKER01よりLONGPAT応答願う】
冴島は一報を聞きつけるなり素早く無線機を取り、耳と肩に挟んでからズボンのポケットからメモを取り出して応答した。
【こちらLONGPAT】
クライアントに話しかける目つきから一転させて肩を動かしながらスピーカーに耳を済ませる
【敵目標と思われる武装集団を発見、座標グリッドTD-221、HS-334】
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くすぶっていた戦火が再び激しく燃え上がろうとしていた。
偵察機から送られた報告が少佐を通じて前線にいる砲兵部隊に座標が通達され、砲撃司令一つでいつでも地形を変えられるように準備が進む。
その一方、補給を終えたチェンタウロと搬入されてからずっと留守番していたT-72一両ずつとT-55らと入れ替わりになる形でSoyuz拠点から出撃し、ハリソンの街へと急行した。
エンジンの火が灯ると車長を務める冴島はすかさず車内無線機を取り
【LONGPATより第2砲兵隊各員、砲撃開始】
悪夢を呼び寄せる一言が届いた瞬間だった。
少佐からの司令を受けた部隊は砲手による入念な照準が始まった。
長距離を飛行する砲弾は少しのズレでハリソン市街地に直撃する恐れがあるため、効力射に先立って試射が行われた。
「試射!第一!用意!撃て!」
砲兵隊長が怒鳴りつけると、鼓膜をつんざく轟音と共に砲弾が発射された。
次発が発射できるように尾栓を開け、装填手が砲弾の満載にされた箱から重い砲弾を抜き取った。周囲には硝煙の白い煙が充満し、雲海のように草原が曇る。
「弾ちゃーく、今!」
双眼鏡を片手に着弾位置を見定める副官がはるか遠くの土煙を見つけ叫び倒した。
その声を耳にした隊長は無線機を片手に偵察機に連絡を取る。
【弾着確認。弾着誤差なし。効力射を要求する。】
【効力射了解。】
その言葉を聞きつけるなり、隊長は安全ピンの取れた手榴弾のように声を炸裂させた。
遥か彼方にいる敵部隊を皆殺しにできなければ角度修正も間に合わずに砲座に近づかれて損害が出る。引き続き飛行するOV-10の火力であっても限界はある。なんとしても全滅させなければならぬ。隊長に失敗は許されないのである。
「各砲!効力射!急速弾幕射撃!用意!撃ち方始め!」
空を向くグリーンの砲が一斉に火を吹いた。
絶対に敵の間合いに来られてはならない、死力を尽くした戦いが今始まろうとしていた。
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ハリソンの街からいくばくか離れた平原で将軍の率いる騎兵から構成される数千人からなる大部隊は夜が明けると、要塞から登る戦時旗を今か今かと待ちわびていた。
戦時旗が登ればハリソンという名前の城塞に反乱軍を引き入れたことを意味する。騎兵で突入し、ありとあらゆる出入り口を重装兵で封じてしまえば正に袋のネズミに等しく
住民もろとも排除すれば厄介な反乱軍は命日を迎えることであろう。
隣国との戦争も終結し、賊狩りにも辟易していた兵士達にとっては実戦に近い皇派狩りができるとあって兵士たちは息巻いていた。
「すでに日は登っている。なぜ旗が上がらない」
聖戦とも言える戦いを指揮する騎士将軍エンリケはマリオネスらがハリソンの防衛騎士団と合流しているはずの時間帯にも関わらず戦時旗を挙げないことに首をかしげていた。
マリオネスとは一度顔を合わせているが堕情に塗れた悪徳軍人とは見えず、作法というものは一式で理解しているはずだと考えていた。それを尻目に兵士達は戦いに飢えていた。
「皇族匿った連中なんて生きたまま皮を剥いでくれる」
「匿ったヤツやそれを黙ってた奴らもドブネズミに違いねぇさ、ぶち殺す」
重装兵は品のない笑いを垂れ流し、ソルジャーは剣を大げさに振って見せて溢れんばかりの殺意をむき出しにする。
これら兵士はハリソンが故郷ではないよそ者であり、軍人がどれだけの横暴をしようが平民が黙らざるを得ないことをいいことに暴れ倒すごろつきと何ら変わりないだろう。
次々兵士のフラストレーションが溜まっていく中、ある一筋の爆発が起こる。
――BOOoooM!!――
ソルジャーが破片で傷つきうめきながら転がる傍ら、意気揚々とした空気から一転して兵士たちの目は鋭くなる。近くに魔道士がいるかもしれない、ありえぬ話だが爆弾を投げてきた可能性もある。
「近辺に敵魔道士が存在する可能性あり、燻り出せ」
この判断がこの世の地獄を生み出すことも知らず、兵士は血眼で魔道士を探り始めたのだった。
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それからしばらく経った頃。
空を見上げていた兵士が昼にも関わらず不可思議なものを見つけた。まるで風すら鋭く斬りつけるような音と共に流星のようなものが飛んでくるのだ。口が半開きになりながら騎兵はこう口走る。
「なんだありゃあ…」
つぶやいたときには何もかも遅かった。流星のようなものは走馬灯のような速さでこちらに近づいてくるのではないか。
空気をカミソリで削いだとしか思えぬような不気味な音を立てながら。
この僅かな瞬間、あるひとつの事のみしか思考は許されなかった。
これは魔法やまやかしの類ではない、確実に存在するなにかであることを。
間髪入れることなく波打つような爆発の雨が兵士集団に降り注ぐ。
弓矢や銃弾すら届かぬはるか遠くからの恐ろしい数の砲門による一斉砲撃である。姿が見えぬ爆発に軽装甲や剣を弾く程度の軽装の兵士は次々と傷つき倒れていった。
「奴ら司祭すら丸め込んでいるというのか、これは隕石魔法だ。騎兵は射角から司祭を割り出し殺せ!」
エンリケは明らかに動揺していた。
どこからか狙い撃ちにされている、加えてこちらの視認できない平原のはるか遠くからの遠距離魔法。
まるで油脂を焼かれた鉄鍋に置いたように部下が次々と死んでゆく。
不気味なことに魔法を著しく減退できるはずのアーマーナイトですら直撃をもらい倒れていくのだ。魔法でもない、爆薬を超遠距離から投げているとしか考えられない。
投石機で投げ込んでいるのかと考えたが落下よりも比べ物にならない速さで襲ってきている。まるで矢が振ってくるような速度で城壁を爆破できる量の爆弾が降り注いでいるのだ。
「反乱軍め――」
エンリケの頭上には死の流星が豪雨のように降り注ごうとしていた。
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逃げる目標を追尾する仕事から打って変わり、空から砲撃を観測する偵察機は地上の獄門と化した光景であろうとも飛行を続けている。
人間の視力を超えた距離にある着弾を見定めるには彼らの存在が欠かせない。
砲撃によって大混乱に陥る敵を見下ろしながら無線を飛ばした。
【こちらOSKER-02。敵兵が散開した。第一小隊は上500右220へ修正。第三小隊は上300左400へ修正せよ】
【了解。修正する】
偵察機からの報告を砲兵隊長は耳にすると、砲撃の雨あられの中でも指示が聞こえるようにと肺にありったけの硝煙にまみれた空気を吸い込むと腹に力を込めて怒鳴り散らした。
「第一小隊第一小隊!射撃修正!500上げ!220右!」
――ZOooMM!!
「第一小隊了解!」
爆炎の合間を縫いながら隊長は続けて指示を出す。砲撃の轟音では並大抵の人間が口にする言葉はあっという間にかき消されてしまう。ただわめき垂らすだけでは指示が通じない。腹に力を込めた声でなければならないのである。
――GYAOOOM!!
「第三小隊第三小隊!射撃修正!300上げ!400左!」
「第三小隊了解!」
狂気に溢れた指示をかろうじて聞くことができた砲座は大人数の元逃げ惑う兵士に向けて空高く砲を向け続ける。
撃ってはフタを開け、砲弾と炸薬を奥まで挿入すれば遮蔽蓋をがっちりと気密してから放つことを繰り返す。
隊長からの指示と弾薬の底が見えるまでありったけの砲弾を敵に叩き込むのだ。
地形が変わり、草も生えぬ荒れ地になろうが敵が一人でもいればそのためだけに撃ち続ける。
それが砲兵部隊の人間である。
空には鳥やセスナを追い越す砲弾が飛び交い、着弾地点には敵の死体と想像を絶する地獄がまたたく間に広がっていった。
指揮官である騎士将軍エンリケの死と、穴の空いた水瓶のように失われてく兵士によって着弾した草原は大きく抉れ、あたりには人間の形を保つ死体とちぎられたように欠損している死体が無数に転がっていた。
同時多数着弾によって機動力を削がれた兵士は行き場を失い、たとえ生き残った兵士は偵察機の目によって的確に砲弾が撃ち込まれ、次々砲弾の破片によってズタズタになって死んでいく。
反乱軍狩りを息巻いていた帝国軍は狩られるように一方的に狙い撃ちにされ、大混乱に陥った挙句ついには沈黙した。
尚も砲撃は続く。物陰に隠れた兵士はロケットポッドや機関銃で入念に殺し回る。
凄まじい防御力を持つ重装兵であろうが、直撃や至近距離の爆風を受けたのか動く存在は消え失せ草原の風だけが吹き抜けていた。
【動く敵は残っているか】
砲兵隊長から偵察機へ無線が入り込む。装甲化された人間であろうと地形を変えるだけの破壊力を持った砲弾の雨には生き残れるものはいないからである。
【確認する。しばし待て】
偵察機は弾着地点を確認するため高度を下げながら旋回する。万が一取り逃しがいれば即座に空から銃弾を浴びせて始末すれば良かったからである。死を待つコンドルのように地上を見張っていると隊長から返事が舞い込んだ。
【了解。LONGPAT、砲撃は継続するか】
作戦中、無線は共有されていると言っても良く異なる場所からの司令を伝える電波は飛び交っている。隊長は少佐へと連絡を取った。不要な砲撃は弾薬の浪費だけではなく組織の疲弊につながるためだ。
【こちらLONGPAT。撃ち方待て】
【了解。射撃を停止する】
その答えは草原には死体のみが転がっているということを意味していた。
砲弾の雨、そして吹き荒ぶ破片と爆風の雨は高潔な兵士や雑兵関係なく地獄に叩き込む。
しかし強力な力を振りかざしたとしても慢心してはならない。依然としてSoyuzには仕事が残っている。
「全体!全体!射撃待て!射撃待て!」
一度無線を切断すると砲撃を続ける兵にむけて怒号を飛ばすと、台風の目が来たかのような平穏が訪れた。
炸薬が燃えた白い煙を草原に吹き付ける風が押し流していく。砲撃の音も止み、辺りには静寂が訪れる。
天高くそびえる野砲と運搬するトラックが達は時が止まったかのように鎮座していた。
その傍らハリソンに進む2つの影があった。軽快に舗装知らずの悪路を進むチェンタウロと重厚な装甲を装備するにも関わらず素早さを遺憾なく発揮する戦車T-72である。
最後の仕上げは城塞集落ハリソンへの投稿勧告が残っている、Soyuzの地盤を固めるためには無傷で確保しなければならない場所であり、少佐は念が入っていた。
国家レベルの相手にSoyuz拠点はあまりに脆弱な上に輸送コストもかかる。
大規模な戦争には序盤の足固めが出来るかが重要な鍵になってくる。
これは只の制圧ではない、未来がかかっている事になっているのだから。
登場兵器
T-55
ソ連製の主力戦車。古いが硬くて強く、そして早いを全て兼ね備えてお値打ち価格と歩兵にとってはありがたい存在。
世界で一番作られた戦車。
OV-10
使い勝手の良いプロペラ機。偵察にもゲリラ退治にも引っ張りだこ。
Soyuzの「目」と言っていい。




