Chapter155. Break Time
タイトル:【ちょっと一息】
———ウイゴン暦8月6日 既定現実8月13日 18時
あれから一日。
バイオテックの人間はエラー画面を出しながら完全にクラッシュしたメンゲレを筆頭に撤収していった。
「なんで私がこんな目に逢うんだ、だいたい私はここまでされるような言われようはないはずだ、全部私のせいだが…。大体なんでこんなことに…」
壊れたラジカセのように繰り返し呟いていたのが印象的か。
こんなブルースクリーンを吐き出したパソコンはさておき、現場では仮設住宅の敷設が揃いつつあった。
まさしく四六時中クレーンを動かし続けた結果である。
細かな高さや傾きを修正するため従事していた作業スタッフも忘れてはならない。
「もうちょい右、ちょい、よし止めろ!」
地面が陥没しないようコンクリ土台を置き、その上から吊り下げられたプレハブをそっと置く。
死角も存在することから誘導員が必須。
風やブームの動き一つ狂えば事故に繋がりかねない、正に腕を問われる業だ。
「———ヨシ。いつも心臓に悪いぜ…」
クレーンのオペレーターはそっと胸をなでおろす。
何千回とこなしてきた作業だが、常に事故と隣り合わせ。それでもなお安全で、正確に仕事ができるのは職人だからだろう。
額にかいた汗を拭っていると、プレハブの最終調整を終えた作業員が頃合いを見て休憩を取るように促す。
「おい、そろそろ飯だってよ!キリがいいし休憩入ろうぜ!」
「そうしよう、余裕持たないと事故ってお前らぶっ殺しかねないからな」
「……洒落にならない冗談は止めろって。安全第一だぞ安全第一ィ!」
実際その通りだから困る。
労働者、重機オペレーター、現場監督に至るまで。
工事現場には人があふれている事を忘れてはならない。
街づくりシミュレーターではビルや建物がブロックの様にポンと建てられるが、現場は多くの人によって支えられているのだ。
トーチカ跡に作られた二階建てプレハブと、断熱対策の上屋根。その山脈が連なっており、コンテナもどきとは言え圧巻される。
またこれらを建設するのは人間。当然ながら疲れもするし腹も減る。
それを見越して本部基地から補給部隊がやってきていた。
スタッフ向けの救護所にいたクルーニーに連絡が入る。
【あ?医療班の俺だけど。…ああそう、ちょっと俺離れられないから応援寄越すわ】
「——という事だ。補給部隊の炊き出しの手伝いに行ってこい。ま、お使いだ。釣りは返さなくていい」
どうにも炊き出しをしているのは良いが、建設機械師団の数が多く余力がないという。
一番偉いのは当然彼なため、場を離れるわけにはいかない。
当然ここで選ばれるのは戦場の天使ことヘトゥだった。
「えっ。聞いていないんですけど」
どういう風の吹きまわしか。唐突に話を振られた彼女は困惑を隠せない。
「聞かせなかったからな。」
暇を持て余した神々の遊びとでも言うのか。
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普通であれば大量に作ることが出来、空腹を満たすカレーといった汁物が出されることが多い。
けれど諸外国と同じ暑さの中、何時間と作業してきたスタッフに向けて同じようなものが出せるだろうか。
やはり暑い時には冷たいものを食べたくなるのが現代人の常というもの。
昼間から引き継いだ熱気を払うために出されたのが「平壌冷麺」だった。
韓国側の辛いモノとは違い、出汁でいただく本場北側の味を徹底再現。
唐辛子に慣れていないであろう現地の人々に合わせた処置でもあり、やさしい逸品となっている。
繰り返すが、やはりこういった配給で出される鉄板料理はカレーなど。
よく選ばれるのは理由があり、単に捨てるところがほとんどないからである
だからこそ、いかに大切に使うか。そういった工夫が必要となってくる。
給水車で持ってきた水で麺を茹で、ゆで汁をそのまま汁に転用することで廃棄を限りなく少なくしている。
もれなくメンゲレが出てくる案件だが、なぜかと言うと、茹で汁に溶け出た炭水化物が汚染の原因となるため。
追い打ちをかけるようにして小麦アレルギーという問題がやってくる。だが、平壌冷麺には関係ない。
麺に「ジャガイモ」を使っているからである。
おかげでゴムのような凄まじい歯ごたえになっているが、これも魅力の一つ。
意外なことに薄切りのリンゴが添えられているのが平壌式。
エキセントリックかもしれないが食文化とはそういうものだ。我々日本人も人の事が言えないことが多いのではないか。
兎も角、食事にとやかく突っ込むのは野暮そのもの。
死ぬほど腹が減った人類はそんな細々としたことは気にしない。
紙容器に入れられた冷麺は本場の高級レストランで出している本格派とは言えないものの、光り輝いてすら見えた。
「焼肉屋のアレかと思ったら案外ソバっぽいのな」
「その話はやめろ、埋もれるくらいのロースに溺れたくなる。二度と話すな」
日本人スタッフは口々に言う一方で、フォークを手にした村民たちの反応は新鮮だ。
「…汁に麺、二度と食えないと思ってたがこういうこともあるもんだな。」
「俺、汁モンは薄粥しか食ったことねぇんだわ。これ実の薄切りか、神も俺たちの見捨ててなかったんだ」
「…おい、汁に味があるぞ!」
麺料理は帝国にあるのか、驚かれるのはただ「味」
薄い麦粥やフカシ芋、少々の肉などといった食事をしてきた彼らにとって、平壌冷麺のインパクトがあまりにも強すぎた。
じりじりと焼きつくような暑さの中、しっかりと冷えたスープを纏った食べ応え抜群の麺を啜る。
汁の旨味は凄まじい歯ごたえに負けておらず淡麗でありながら、しっかりとした個性を持ち続け
老若男女、食した者誰しもに幸福をもたらす。
なんにせよ美味なものは世界や次元を超えるという事に変わりはないだろう。
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———ウイゴン暦8月7日 既定現実8月14日
ギンジバリス港湾からはるばるやってきた仮設住宅第一波、二階建て240棟の敷設がついに完了した。
入居した村民は85人とまだまだ一杯とは言えず、規模にして村一つ分。
これから増えていく難民の事を考えるとまだまだ足りないのは明らかだ。
ギンジバリス港を改造する工事に人が割かれている分、出口は見えたがまだまだ遠い状況である。
また苦労してるのは建設機械師団の人々、とは言い切れない。
なし崩しに新生活を始めることになった村民もまた悩みを抱えている。
内装くらい一人でも余裕とはいっても、今までとは違う環境に住むことになるのは誰だって性に合わないものだ。
「……なんだかなぁ」
寝転がった少年は鉄の天井、裏返せば床を見ながらこうつぶやく。
隣にいた妹は疲れからか寝息を立てていたが、どうにも実感がわかない。
少々毛羽立った固い絨毯と、この静かなひと時。助かって良かったのだろうか。
答えのない自問自答は続く。
Soyuzという謎の集団は自分達を助けてくれた、此処まではいい。
だけどそれに値する人間なのだろうか、また助かって良かったのかと。
誰も正解を出してくれないし、その時々によって間違いだったという事になるかもしれない。
それに明日から始まる新生活にも想像がつかないのもあった。労働者として契約することで賃金がもらえるという話を聞いたことがある。
物心つく前に「金」というものは存在しなかったし、逆に考えれば現物を貰えないでどうしろと言うのだ。
ゾルターンの退廃と、Soyuzの持ち込んだ制度。いきなり慣れろと言うのは無理がある。
それもまだ、始まったばかり……
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同刻
——ナンノリオン県某所 魔導兵器開発局 局長室裏
ところで話は移り変わり、ナンノリオンへと視点を変えよう。
軍事的観点見ると、此処は魔導士の弾薬である魔力供給物を生産元でもあり、新式の魔導を開発する重要都市である。
表向きは魔法の力で建てられた、継ぎ目のない砂色をした石造りの建物が摩天楼の様にひしめき合う。
他に類を見ない特徴的な県だ。
その裏では異端軍、つまるところSoyuzに対抗するための魔法を極秘に開発していた。
国家機密に関る場所故に厳重なセキュリティが施され、来客の魔導的瞬間移動も封じられる程である。
「ほほほ…局長がわざわざ時間を割いて私を呼び出すとは。何かお困りなことがあったと見えるが…実際の所どうなのじゃ」
「対異端軍魔導を開発していることはご存じの通りでしょう。例の【波動計画】です」
局長が招いたのは紛れもなくファゴットだった。彼は器具と魔導を組み合わせた分野において超人的な知見と能力を持つが、術式に関しては局長の方が詳しいはず。
「波動計画…か。一応耳にしておるぞ。わしが開発した魔甲式光学砲を人が扱えるようにするような術。いくら天上神のいう事とて、あれは装置…いや魔具に最適化されておる。人間が扱えなくて当然」
波動計画。
度重なる陸上戦において帝国軍の敗北はほとんど戦車等の装甲兵器によるもの。
この世界には人類の悪意を突き詰めた物体は存在しないため、幾度も大敗を喫してきた。
対抗する兵器がないのならば、開発すれば良い。そう考えたコンクールスは操り人形イベルの勅命と偽装してこの計画を始動したのである。
剣や槍、あまつさえ最新兵器である銀の銃さえ効果が薄いか見られない事を鑑みて
異端軍が使ってこない【魔導】という観点で開発は進められた。
ファゴットが艦砲用として開発した魔甲式光学砲に目が付けられるのは当然の成り行きだろう。
魔法は本来人間や生き物が使えるものであり、ソルジャーキラー機関部といった物体でも再現できることがわかっていた。ならば逆も出来るのではないか、と局長は考えたのである。
「局長よ。素養に秀でる若造を使っても暴走するばかり…。対策はできておろうな」
彼は報告書を手に取ると、大方目を通し終えたようで一言つく。
「死傷者5人、火傷7人」というあまりにも残酷な結果にポジティブな反応は示すはずがない。
「———それが…」
国家的プロジェクトである。できませんとは口が裂けても絶対に言えない。
どことなくそんな波動を感じたファゴットはこう言った。
「では帝国の人間としてではなく、一技師として問う。どこまで完成しているのじゃ?」
局長はしばしの間どう言おうか困惑していたものの、固唾を飲んでから正直に答えた。
「正直な所…。照準に関しては従来のヴァドム、あるいはギドゥールで使っている杖を流用できることがわかっております。それでもなお解決できないとなると、やはり術者の問題となってくるかと」
やはり人が扱う分、仕方がないかもしれないのだが個人差という壁が立ちはだかる。
よくよく考えれば、素養のあるユンデルでさえも暴走させてしまったのだ。
これでもなお扱う人間を選ぶというのなら、本当に使える人間などは居ないのではないか。
癖が強いで許される範疇では済まず、もはや欠陥。実用化に大きな足かせが残っている。
威力に関しては、上から照射してしまった際にジェネラルの鎧を一瞬で消し飛ばしたとある。50mmの鉄板を蒸発できるなら戦車など敵ではない。
ただ問題は扱える人間が居ないこと。この一点に尽きる。
「あらかた試したのじゃろう?」
「ただ最高機密に指定されています故、十分なテストが出来ていない状況です。ユンデル殿で試験できたのが奇跡と言っていいくらいですから。」
大げさだと思うかもしれないが、これは女帝の座についているイベルもとい、コンクールスが出した直々の命令。
入念にテストを行い、仕上げたいのが本音だが、当然Soyuzの諜報網に引っ掛かってはならない。
また試験を行ったところで、制御不能かつ周りに甚大な被害をもたらす魔導であることも重なり開発状況は順調とは言えなかった。
「…ところで、局長よ。ユンデルに協力してもらったのが幸いと言っておったな?」
その話を聞いてファゴットはあることを切り出す。
「ええ、確かに」
「目の前にいるではないか。魔甲式光学砲を隅から隅まで知り尽くし、あの若造よりも優れるこのわしが」
「———たまには小型実用化も悪くないじゃろう。諸君らが1年かけてたどり着くような場所に、このファゴットが3日で連れて行って見せようぞ」
Soyuzに新たな危機が迫る……
次回Chapter156は9月24日10時からの公開となります。
・登場料理
平壌冷麺
古くからある朝鮮半島名物の「冷麺」のバリエーションの一つ。
唐辛子などは一切入れず、淡麗でしっかりと旨味のあるスープに、ラーメンでは決して味わえないような強烈な歯ごたえの麺が付く。
時折、野菜や果実を口にしながら啜る……そんな夏のひと時ほど幸せなことはないだろう。
意外に日本でも出している店舗があり食べられる機会が多く、手軽に食べるには一番これに近い盛岡冷麺が最適。
一食の価値あり。




