Chapter153. Red Teller
タイトル【深紅の恐怖】
一つ目の村を遡上すると、草原が消失し広大な畑が広がっていた。
ここはゾルターンの本領でもあるプランテーションが最も盛んな地域である。
あくまでもあのドルルタンは只のエントランスに過ぎない。
本来あった道も、村を全て塗りつぶして作られた悪魔の畑。
そこには青々とした若穂が広がるだけで人の痕跡は既に消え失せている。
情景的に見ればこのような感想が出てくるが、冴島大佐から見れば不安の塊でしかなかった。草が狩り取られた平原は異常に見通しが良い。
こちらから見えるなら、敵にとっても見えるという事。また地雷や罠が仕掛けられている可能性もある。
正規の軍隊でも、追い詰められたら何をしでかすか分かったものではないからだ。
———ZDoooMMM!!!!—……KA-BooMM……
泥炭を取り入れて開墾した地を蹂躙して戦車は進む。しかし、ゴーストタウンを進めど敵は出て来ない。
やはり搾取され果てた出し殻か、荒野。その言葉に相応しい光景となっていた。
【こちらOSKER01。距離8000、敵を察知】
上空のOV-10曰く、8km先にようやく敵を見つけたこともあって、いかに閑散としているかがわかるだろう。
ただ、手をこまねくわけにもいかない。
【LONGPAT了解。護衛のゼロ2機を差し向ける】
冴島は背後で護衛についている戦闘機の一部を差し向けることで対応に図った。
20mm機銃であれば重装兵の装甲を貫けるだろうと信じて。
だが彼らは知らなかった。赤い旗を掲げた悪魔が潜んでいたことを。
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———ドルルタン村 近郊
村、もとい搾取農園を出た冴島たちは8km地点で発見された敵の掃討に向け動き出していた。
自動車で編成された部隊の動きは速く、既に残りは半分の4km。
だが派遣したゼロからは敵を殲滅したという報告上がったため、引き続き残存する敵を排除する任務につく。
陣形は通常通り冴島の指揮車を後ろに重装甲なT-72やBMP-Tが混ざる。
その合間を縫ってシルカ・ツングースカと言った自走対空砲が控えていた。
これにより、いざ襲撃を受けた時には戦車が盾になり生存性を上げられるだろう。
冴島大佐が考えた苦肉の策だ。
そんな時。異変が音も、姿もなく忍び寄る。
不吉な前兆は機甲部隊のバックアップとして控えるヘリで探知された。
それもぶら下げられた重荷によって。
【——地上に敵、姿を消しておる!】
突如無言を貫いていたミジューラが無線を寄越したのである。
彼の性格的にただ事ではないことはすぐにわかった。
【こちらG-Team READER了解。…なに、レーダーに反応がない?どうなってる】
無線を受け取ったニキータは詳しい情報を引き出そうとする。一体どれくらいの規模の敵なのか。
ただわかることは電探には何も音沙汰がないくらい。
何故ミジューラは気が付くことができたのか。
吊るされている最中、畑に不自然な線状の跡が見られたからだ。
透明になっていようと赤外線を放出し続け、地面に降り立てば当然足跡は残る!
またレーダーに映らないのは空ではなく、地上を高速移動しているからに他ならない。
【B-Team READER、敵捜索を試みる】
「来やがった…!」
ジェイガンとBMP-Tが赤外線スコープを使って敵影を確認した瞬間、不可視の鱗がはげ落ちていく。
Soyuzの下に現れたのはワイアームを駆る狂騎士。
赤い旗を掲げ、偵察機のみならずレシプロ、ジェットを問わず喧嘩を売りながらも執拗に襲撃し続けるただ一つの存在。
ゲルリッツ中佐だ!
以前発見された時とは異なり、橙色に光球を2つ引き連れている。敵も着実にパワーアップをしているという事だろうか。
———ZLATATATA!!!!
護衛のゼロも一斉に対地目標として追うが、誤射を警戒し20mmから7.62mm機銃に切り替えて追跡を始めるも、地面に接近しすぎたため一旦高度を取る。
「ちょっと旦那!絶対死ぬヤツじゃないすか!俺は嫌だって言いましたからね!」
「私の命令を着実にこなせばお前と私は生き延びることが出来る」
中佐は相も変わらず無理難題、机上の空論、豚が空を飛ぶような事を言い続けている。
こんな機銃の雨に襲われてただ事でいられる方が異様だ。
小銃弾程度なら鱗で弾くことが出来るが、ダメージは決して無視できない。
「毎度無茶苦茶言いやがって…死んだら旦那の責任すからね!俺嫌だけど!」
シムは慣れない高G運動に耐えながら、必死に砲座に食らいつく。
やっとこさ使い方を覚えた新兵器オプティム。睡眠時間を削り、精神的な余裕を可能な限り割いて覚えた魔導具だ、死んで帳消しになったら死んでも死にきれない。
目の前の敵を全力で排除しようとするSoyuzと、帝国の威信をかけて奇襲をかけたワンマンアーミーとの熾烈な戦いが始まる。
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———DALLLLLSH!!!!!———DAMDAMDAMM!!!!!
【敵機撃墜せよ!】
指揮官に言われるまでもなく、機敏な自走対空砲とBMP-Tが動き出していた。
この速さ、4式中戦車はもちろんの事T-72ですら追いつくことができない。
迎撃は彼ら任せになってしまった。
急いでアナログに切り替えたツングースカの射撃はほとんど当たらず、制御補正のついた30mm機関砲だけが辛うじて当たる。
ワイアームが痛みに喚くも、トカゲのしっぽめいて節々をパージし何事もなかったかのように飛び去っていく。
トカゲのしっぽ切りとはまさにこのこと。
ミサイルを使おうとBMPの車長が決断するも、思わず踏みとどまった。
「クソッ、あの野郎対空砲を盾にしてやがる!」
ゲルリッツはツングースカの対空砲に対し、竜の尾を噛ませることにより発砲を防いでいる。
まるで人質に取るようにして動いているのだ!
ヤツは確実に知っている。自走対空砲がいかに大切なのかを。
「撃て!」
「了解ッ!」
まるでペンで線を描くような挙動で2K22から離脱しようとした時。
側面にぴったりくっついた光球からレーザー・ビームが飛び出した。
青い熱線は丁度ミサイルの発射筒を貫き、爆薬に引火するのに1秒もかからない。
——KA-BooMM!!——
「ミサイルがやられました!」
【…SHIT!!Mash02!そっちを頼む!】
こうなったら頼れるのはシルカだけになるが、ゲルリッツに抜かりはない。
「——荷物持ちから片付ける」
中佐はこう吐き捨てるとミジューラが吊り下げられたヘリコプター、つまるところGチームを積載した箱舟に向け飛び始めた。
受けるダウンフォースを最小限にするためかほとんど真下から迫っている!
ツングースカらの機関砲一斉射撃により15mの長さを誇るワイアームもパージを繰り返し今では糸くずになり始めていた。
それどころか自切が間に合わず避けられない大ダメージを蓄積していく。
回避行動を取る機内で、ニキータは咄嗟にドアを開き小銃を構えた。
こんなバケモノに銃が利くかどうか分からないが、騎手は人間。
弾を当てれば殺せるはずである。
一発の弾丸で仕留められるが、角度の都合上なかなか急所が照準に現れてはくれない。
それと共に、ぶら下げられているミジューラは機体が動くのを利用し、器用に背中に据え付けられた手槍を引き抜く。
「ぬぅん!」
誰に言われるまでもなく、強靭な肩から剛速球の槍が飛び出した!
歴戦の経験から生まれる感覚は何よりも鋭い。
投射された矛は銃弾にも匹敵する正確さで翼の付け根、それも頭に近い部分に容赦なく食い込むのも自然の成り行きだろう。
GaaAAAASHHHH!!!!!!
「旦那ァ!コイツ、思い切り逃げようとしてますぜ!」
紛れもない弱点を突かれたことが決め手になって、あの獰猛なワイアームは世にも恐ろしい咆哮を上げると凄まじい加速をもって地面に向け逃走を始めた。
鳴き声からして制御が効くはずもなく、ゲルリッツは撤退を決心せざるを得ない。
「ええい、異端軍め。このまま撤くぞ、シム!」
「わかりましたぜ旦那!クソッ、これだけ強くなっても足りないっていうのかよ!」
中佐から命令を受けた彼はオプティムを撃ち乱れながら、ガロ―バンを引く。
到底当たるはずもなく、30mm機関砲や75mm主砲による無慈悲な追撃が後を追う。
追っている立場が、いつの間にか追われている立場に。なんとも皮肉なものである。
———QRAM!!QRAM!!——
暫くの間、装甲が攻撃をはじき返す金属音が聞こえたが、風とそれに揺れる草の合唱によってかき消されていく。
こうして赤い脅威は去った。
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——ドルルタン村 ポポルタ線側
機甲部隊の背後。つまり安全が確保された地域では、ラムジャーを許さない市民の会が村民の誘導に勤しんでいた。
空からはカラーリングを青に変えた天馬乗りが、地上では防衛戦力のガビジャバン式のアーマーナイトと捜索を担う騎兵が控えている。
また彼らの持ってきたの馬車は貨物の代わりにZPU-2を引いていた。
操作要員こそSoyuzスタッフのパルメドであるもが、要請したのは紛れもなくロジャー。
見つけたロンドンを根絶やしにやるという強い意思がひしひしと伝わってくる。
サポート面から見ればそうなるが、外から見れば極めて過激で目立ちやすい旗を掲げているため遠目でも分かりやすい。
仰々しいあの旗を考え着いた人間はよほどの秀才だろう。
という事もあり、構成員を引き連れたロジャーは鎧の色をSoyuz既定色に変更した上でヘルムを脱ぎ、保護にあたっていたのである。
「我々はラムジャーを許さない市民の会です!悪徳悪辣将軍に虐げられた皆様を自由と安息の地に導くためやってきました!ロンドンとは関係ありません、見かけたら殺します!——えぇ、繰り返します!」
ロジャーの船の汽笛のような大声はこういう時に役に立つ。
彼によって幾度の彷徨う数多の子羊が保護されてきたか。言うまでもないだろう。
と言ってもSoyuzパイロットが運転するヘリに移送するだけなのだが、やはり重要なのは声のでかい広告塔。
【Arc Ship36、定員オーバーだ!離陸する!】
そんな時、ジョンソが控えるMi-24Pからの無線が飛び込む。
ガンシップなのはゲルリッツのような空中強盗団に対抗するため、守るためには相応の力が必要だ。彼らが30mmの鎧を着こみ、対装甲斧ニグレードを装備するように。
【えぇ、ロジャー了解!引き続き捜索を続行し、悪の手先ロンドンを抹殺する!】
それに対しジョンソは無線機から顔を少し背けながら小声で毒づきながらローターを回す。
「声でけぇなぁ…」
このサイレンめいた大声のおかげで保護がはかどっている訳だが。
難民を満載したハインドは一度ポポルタ線に移送するため飛び立った。
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この世界の人間はドラゴンナイト、または竜騎郵便が存在するため空を飛ぶことに比較的親しみがある。
ただワニのような凶悪な面構えでいながら、これだけの轟音を立てて宙に浮かぶ鋼鉄の塊は未だに理解が及んでいない。
帝国の人間が全鋼製航空機の事を異形と呼ぶのも何らおかしなことではないのだ。
「あぁ…この世の終わりだ…おぉ神よ」
よって村民は新たなる恐怖に苛まれていた。
なんとか気を紛らわせようとジョンソは軽いジョークを飛ばす。
「すまねぇな、こんな怪しい物体に押し込めちまって。動かしてる方も怪文書みてぇなヤツとにらめっこしなきゃいけないから…お互い様よ。なんだよ訳わかんねぇ物体は、なんぁて思ったもんさ」
「…それにここでの神様はコイツさ。空でも、陸でも。ただ毒針は勘弁だ」
この任務に何故彼が選ばれたのか。それにもきちんとした理由がある。
Soyuzに対し警戒心の高い民間人でも、この男の手に掛かればいつの間にか懐柔されている。
祖国には魔法がなくとも、会話という魔法を使うことが出来るのだ。
カウンセラーのマリスと同じようなものだが、似ているようで違う。
ただ心理学に基づいて使っているのか、それとも同じような境遇故に共感というものを使っているのか。
この差、かなり大きい。専門家であるマリスと比べて根拠のついた効果こそないが、人間自ずと会話をすれば楽になるものである。
まだまだ終わらない。
次のステージは悪名高き ショーユ・バイオテック。
果たして。
次回Chapter154は9月10日10時からの公開となります




