Chapter152. Battle born of battle
タイトル【戦いから生まれた戦い」
ポポルタ線を突破して以降、村に攻めてくることを恐れたゾルターン住民は、我を忘れて逃亡を始めた。
帝国軍をまるで虫けらにように蹂躙した、と聞いて普通の人間はマトモでいられるはずがない。
こうして正常な判断力を欠いた彼らは一斉に脱出を始めた。
行きつく先なんてない逃避行、ロンドンや敗残兵にとってはアリの巣に落とされた砂糖の山同然である。
もとはと言えばSoyuzが引き起こした事であり、キャンプ地の建造と難民保護のため動き出していた。
安全確保を最優先とする冴島大佐の意向により、派遣されたBMP-Tらとシルカ、そして冴島大佐が指揮する4式中戦車の混合部隊が差し向けられることに。
装甲が貧弱な自走対空砲はガッチリとした戦車たちが固め、敗残兵を排除する魂胆だ。
敵による肉薄が予想されるため、2機編隊のうち、左側には非正規戦に強いBチームを。
右側には帝国兵の排除に長けた歴戦のGチームがバックアップとして配置。
ミジューラという心強い味方も付いている。今回の戦場は平原と言うことで50mmのジェネラル式の鎧ではなく、25mmのアーマーナイトとして。
背中に手槍を、片腕には愛用のソルジャーキラー。これほどまでに頼もしい存在はなかなかいない。
難民自体の誘導は市民の会が行い、空飛ぶ箱舟を守るためにゼロ4機が護衛についている。万全の体制だ。
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【爺さん。もう一度作戦内容をおさらいしておこう】
ニキータより無線が入る。
本人側に片耳イヤホンを、ヘルムの内側に送信機が仕込まれているため、連携しやすい様になっており、やり取りも問題ない。
【うむ】
【本作戦は村を保護、支援するにあたって周囲にいる野盗を排除するのが目的だ。そいつらの対処は車両がやる。つまり俺達の仕事は危機が迫った時のバックアップだ】
車両の兵装も万能ではない。
砲塔についている戦車砲といった火砲は弾を遠くに投射することに長けているものの、極至近距離での戦闘を想定していない。
そのため、敵と距離を開けさせるために随伴歩兵を配置するのだ。
これはテロリストとの戦闘とさほど変わらない。
弾幕を張るため大方の敵は倒すことが出来るが、砲旋回が間に合わない位置に多くの敵に潜り込まれてしまった場合などが予想される。
そんな緊急事態に備えるためGチームとBチーム混合の特殊部隊が控えているという訳だ。
【特にシルカ。パイ生地を乗せたようなヤツだ。あれは装甲が爺さんの鎧より薄い。下手すると大弓で貫かれる可能性がある。アレに気を配るように冴島大佐からの言いつけだ】
自走対空砲は精々砲弾の破片を防げる程度、ざっと10mm程度の装甲しか持ち合わせていない。
そのため森林城塞戦ではガロ―バンが何本も突き刺さっていた。
大げさな見た目に対し、本当に気休め程度の防御力しかないのである。
中世ヨーロッパであれば無双する小説の一本くらいかけそうなものだが、対装甲用の装備が充実したファルケンシュタイン帝国では「ノー」だ。
近づきさえすれば、貫通する手段などいくらでもあるのだから。
ゾルターンにおけるシルカ、またはツングースカ投下には冴島も苦渋の決断を強いられたに違いない。
【言うまでもないが賊と言っても相手は正規兵だ。気を抜かないでくれ】
【了解】
戦場に立つという事は命を危険に晒す事。ミジューラはそう考えている。
油断や容赦と言う文言が一文字もない彼にとって、むしろ余計なお世話としては思わなかった。
人間、いつの間にか気のゆるみがあるもの。気をより一層引き締めてこの場に向かう……
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難民保護とは難しい問題だ。
世界中で鳴りやまない銃声と共に生まれ、何百年かかっても片付かない課題ばかりを残していく。
Soyuzが出来る仕事は彼らの保護だけ。
建設機械師団はキャンプこそ作れるが、支援できる人間は当然ながら現地にいる「ラムジャーを許さない市民の会」でしかない。
この武装集団が、純粋に破壊と殺戮を求めるだけの存在であれば大問題と化していたのは言うまでもないだろう。
———Booomm……——
戦車は迷宮を凱旋する。この帝国ではより響く騒音をまき散らす装甲兵器の存在は賊と化した逃亡兵にすぐさま知れ渡った。
迷宮のように入り組んだ草の壁は暗視装置を阻み、人影さえも見えない。
川に足を踏み入れた魚の見えない人間と、驚いて逃げ出す魚の関係に等しい。
そのため「魚を見つけることが出来る水鳥」としてOV-10が偵察に出ているのである。
【OSKER01から各車、敵歩兵発見。距離800に重装2、その他7。北北東に向け逃亡中。座標送信します】
敵は戦車の轟音に驚き逃げ出していたのである。先の戦闘では戦車、ならびに突撃砲が攻撃を弾きながら進軍していたため、トラウマになっているのだろう。
【LONGPAT了解。J-BOX01、敵装甲目標を排除せよ】
「座標に向け砲塔を向けろ」
後方で指揮を取る冴島大佐はT-72に指示を出した。
当然ながら4式中戦車も砲をはるか先に居るあろう敵に向ける。
精度の高い徹甲弾でアーマーを仕留め、残りは榴弾で片付けるつもりでいるのだ。
砲弾を装填手が込め、発射準備が整ったとき、遠くの方で二発の砲撃音が轟く。
———ZLRaaaAASHHH!!!!——
自動装填機構を備えるT-72だ。間髪入れずに大佐は声を上げる。
「発射!」
——ZDoooMMM!!!!——
さぁ、掃討戦の始まりだ。
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Gチーム隊員のゴードンがふと右側に視線をやると、Bチームの乗ったヘリの向こうで早速鉛色の爆炎が上がっている。
それにしても、敵側上空から見ると実に呆気ない。
一筋の閃光が一瞬だけ飛び込んできたと思ったその時、音もなく凄まじい煙を上げるのだ。
そこに華々しい英雄碌はむしろ場違いかもしれない。
【OSKER01、弾着確認。排除完了】
二発の125mm徹甲弾が騎士を騎士だったものへと変え、周りにいた魔導師と思しき兵も後を追ってやってきた榴弾によって跡形もなく吹き飛んだ。
戦車砲の威力に対し、あまりに人間は脆い。
掃討戦はひたすらこの繰り返し、終わりの見えない戦いである。
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———ポポルタ線東5km地点
進軍しては時折砲火を浴びせるのを繰り返していると、ペリスコープに人が住んでいると思しき集落が見え始めた。
【Heavy metal02 村を発見。——敵を発見!】
重装甲車BTR-Tが報告を挙げた途端、戦闘態勢に移行しようとしていた。これに対し冴島は一旦制止するように呼び掛ける。誤射・民間人への射撃は御法度である。
【待て、LONGPATよりOSKER01。何か見えるか】
【こちらOSKER01、距離1000。敵を確認。】
すると敵が確認できたという。
最後の確認ためペリスコープを覗くと、そこには野盗が住人を襲っている光景が広がっているではないか。
その悲惨さに彼が同情することなく、立ちはだかる「ある問題」への答えを出そうとしていた。
いかにして保護対象に攻撃を当てず敵を排除せしめるか、これに尽きる。
あの数であれば榴弾か機銃掃射が望ましいだろうが、村人と賊があまりにも近すぎる。
これでは人質を取られているのと同じ。
仮にスナイパーが居たとしても、ご丁寧に周りを重装兵で固めており防御も万全ときた。
迷えば確実に村民は手に掛けられてしまう。難しい課題。
だが神はシンキングタイムを与えてはくれず、一瞬のそれで判断を示さねばならない。
袋小路を打開することが出来るのか。
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——ドルルタン村 近辺
Soyuzの進軍をいち早く察知したポポルタ線向いのドルルタンでは大方逃亡を始めており、大半が既に廃村になろうとしていた。
既に食い散らかした後で、入り口にたむろしていた兵士は残飯漁りの帰りという訳である。
配給があるにもかかわらず日給を稼ごうとするのにも理由がある。
兵士の飯は農民と違い通貨で買うことが出来るが、その基本給は安い。
故にロンドンに武器を横流しするなどの汚職が蔓延していたこともある。
すべては軍人至上を掲げながら蓋を開ければラムジャー至上主義と腐敗しきった結果だった。
「野郎ばっかじゃねぇか。クソッ、これじゃあ面白くもねぇ」
「いいじゃねぇかよ、ロンドンに渡せば鋼等級だっていって喜んで買ってくぜ。軍にいた時よりも金になっていい」
正規の装備をした軍人が自慢げに捕縛した村民を囲みながら好き勝手なことを口走る。
あろうことか守るはずの自国民をロンドンに転売し、カネに変えようというのだ。
なんと無慈悲な行いか。残念ながら、この世に救いはない。
そんな時である!
———BoooOOMM!!!
エンジンを高鳴らせ、装甲兵器の軍団が突撃を敢行してきた。元正規兵らの脳裏にあの時の光景がくっきりと浮かぶ。
悪魔がこうして狩りにやってきた。
誰しもそう思い、一目散に逃げ始める!
その判断が裏目に出た、とまで考えが回らない敗残兵たちは、金と交換できる村人から離れてしまう。
しかし、今更Soyuzが発砲を躊躇うとでも思っていたのだろうか。
———DAMDAMDAMM!!!!!———
BMP-Tの30mm機関砲がアーマーナイトを、機銃が雑兵を貫いていく。
その様は半紙にエアガンを撃つようなもので、死体の山を築いていくのにそう時間はかからない。
何故ここまで上手くいったのか。
此処にいる敵、つまるところ逃亡兵の士気は著しく低い。言わばやる気のない烏合の衆だ。
たとえ恐怖で敵前逃亡したのであれば猶更で、戦車という異形を突撃させ散り散りにすることが出来ると大佐は考えたのである。
【LONGPATから各員。これより勧告に入る。警戒を怠るな】
【了解】
冴島は上空にOV-10を着け、四方を装甲車両の監視網を構築し始めた。以前の村戦闘でのこともある。
指揮車両を包囲網の中に据え全方位からの攻撃に備えながら車長用ハッチから身を乗り出した。
「我々は多国籍軍事組織Soyuz、戦闘の意思はなく保護に来た!」
見事敵を退けることが出来たものの、現実では人と人とのやり取り。
感情を持っている存在であり、都合の良い答えや賞賛されない事だってままある。
向こう側から見ればさぞ恐ろしいものに違いないだろう。
捕縛を逃れた村人は異形の兵器を恐れ、一目散に逃げていった。
あくまで冴島たちの任務は安全確保であり、わざわざ呼び止める義理はない。
後方にいる武装集団ラムジャーを許さない市民の会が、一時保護キャンプとなっているSoyuzポポルタ基地まで手引きするからだ。
機甲部隊は新たな犠牲者が出る前に東へ向かう。
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——ヘリ内
部隊が遡上するにつれて、GとBチームを乗せたヘリコプターはそれに追従する。
周りには零式艦上戦闘機がぴったりとついていた。
21世紀では絶対見られない光景だが、揺さぶられる特殊部隊は会話一つすることなく銅像のようにその時を待ち続けている。
基本的に彼らが話すのは離陸直後だけ。
敵地に浮かぶこの船は、いつ叩き落されてもおかしくない。
【LONGPATから各員。先の村に難民は確認できない】
そんな時、一本の無線が入る。
この先にあるドルルタン村にもう人が残っていないという。恐らく住人は既に逃げ出しているのだろう。
獲物の数だけ、賊もいるという事。気の抜けない戦いが始まった、そういう宣言にも思えた。
鬱蒼と茂る草丈の高い草原、それが織りなす迷宮と鬱蒼とした非正規戦。
ここでの戦いは中東のそれと大差ないだろう。
冴島の目には昔いた戦場の光景がフラッシュバックしていた……
次回Chapter153は9月3日10時からの公開となります




