Chapter151. Magic statue
タイトル:【魔法の石像】
・登場物
LIEBHERR
ドイツの建設機械メーカー。何故か冷蔵庫を作っていたりする。
重しとして載せられているカウンターウェイトには、やたら自己主張の強いLIEBHERRの文字が刻まれている。
———ジャルニエ大型機発着場
度重なる戦いの中、整備班の隙を縫ってようやく機動立像イデシューの性能テストが行われることになった。
リーダーは整備班の長、榊原が取り仕切る。
ここで主役になっている悪魔の像について振り返ろう。
フェロモラス島攻略戦においてフィリスが形勢逆転の切り札として起動した2号機と、マーディッシュの素養のなさにより放置されていた1号機が存在する。
本来の計画によれば皇帝の血を引く者全てに行き渡るよう建造される計画だった。
戦闘終結後、大型クレーンで引き揚げられた1号機はそのまま船で港まで運搬。
それからある程度分割して輸送機Il-76に積み替えられた後、一旦はジャルニエ発着場に搬入された。
そうして出来上がったのは高さ15m、重量60tの巨大な石像に鎧を着けた機動兵器。
軽戦車の映像記録によれば、城を好き放題ぶち壊した挙句、四足歩行して追いかけてきたという。
騎士を大きくしたような見た目だけに、特殊部隊は怖気づくことなく戦いを続けられたものだ。
並大抵の人間ならあまりの事に失禁しながら逃げ出すことだろう。
そんな邪神象は四肢の接合部、アクチュエータにあたる部分がないロボットどころか機械構造として不条理の塊。
半ば建築物めいて足場が組まれ、それらしいように立てられていた。
一方、テスト会場はというとギラギラとした太陽が地面を照らし、周りのスタッフは標的などを用意するために奔走している。
榊原は航空機に搭載するにあたり計測された簡易調査書に目を通す。
「おい、ジョン公。ちょっと来いや」
何か妙なことに気が付いた彼は書類を軽くしわ寄せしながら、優秀な副官ジョンを呼び止めた。
「え、ちょっと後にしてもらっていいですか。この距離看板、案外重くって…」
150mを示す看板だが、ちょっとやそっとでは吹き飛ばないよう20kgの錘が付いている。
持ち上げられないこともないが、正直苦痛なのは言うまでもない。
「馬鹿野郎。今すぐ来い」
理解ある親父である榊原がこう言うということは致命的におかしいポイントがあるということだ。
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□
「ここ。重量60tってあるだろ」
班長が指さしたのは重さについての項目だった。戦闘車両でいえば鈍重な戦車一両、大型トラック6台分。
これだけではのデータに過ぎない。
「はぁ」
「お前も嬢ちゃんの妹を助けるため解体したろう。戦車4両ががっちりと抑え込んで。…コイツの重量はたかだか60t、たかだか200tで止めるまでもねぇ。それでもコイツ、完全に固められることなく微妙に動いてた覚えがある」
「——出力が異様に高すぎやしねぇか?」
普通に考えればガリバーよろしく完全に固定するのであれば戦車4両分という重さは不要。
人間でいえば差は3倍、60kgの成人が180kgで押さえつけられればまず動けないのは当たり前だ。
それどころか身動き一つ取ることが出来ない。
にも関わらず、この阿修羅は例え3倍の重さ相手でも抵抗し続けていたのである。
馬鹿力にも程がある。
「…班長。もっと距離看板が必要ってことですか」
イデシューが秘めている力よりも、この苦痛極まりない物体をもって往復する未来にジョンは脂汗を垂らす。
「そうなるな。訳の分からんデータをたたき出して測れませんでは困る。水分補給忘れんな」
流石に榊原も甲子園球児をしごき上げるような畜生ではない。
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□
1号機こと、コードネーム「ゴメス」には2号機の二の舞にならないよう、人質に取り付けられる高速固定具や無人制御機器を全て取り外されている。
最初に作り上げた存在故に後付け跡が見つけやすく、容易に撤去することが出来た。
榊原曰く本来は操縦することを前提にしていたが、2号機の完成と共に改造が加えられたのではないか、との事。
一度は歴史の闇に消えかけた存在が、Soyuzに捕獲されることによって日の目を見ることになるのだから数奇なものである。
拘束具と自律駆動装置を取り外してしまえば、一般的な操縦型ロボット兵器に成り下がる。
安全面はパス出来たのなら、次はパイロット。
当然あんな悪趣味極まりない牢獄に閉じ込められていたイグエルは論外だ。
姉のソフィアに白羽の矢が立ったのは言うまでもない。
彼女が接続されるなり、立像の四肢に血潮の代わりにプラズマを思わせるエネルギーが満ち溢れる。
まるで水が流れるように腕や足に浸透すると、バラバラだった物体があたかも人間のように動き始めたではないか。
【このままでは櫓を壊してしまいます、よろしくて?】
状況を知らせるための無線が殿下の声を拾い、班長らに伝わる。
【退避出来てる、思い切りやっちまえ】
その一言で封じられた石の悪魔は再び目を覚ました。
————bbBBBBLLLASHHH!!!!!
鋼鉄で作られた頑丈な足場をポッキーの如く弾き飛ばし、固定用ワイヤーを細い釣り糸のようにぷっつりと切って見せたのである!
跡にはジェンガをビンタで引き倒すように残骸が辺り一面にぶちまけられた。
繰り返すがこの足場は風雨に負けないように作られた強固なもの。
こんなデクノボウが剣を持って暴れれば城が壊れるのも納得だ。
解き放った途端、街中に現れた怪獣を目にした人間の様にどよめきを隠せない。
スタッフは口々に合体しないメガゾードだ、スーパーロボットだと口々に言っているが、榊原から出てきたのは一言のみ。
「ありゃゴジラと大差ねぇじゃねぇか」
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□
かくして実験は始まった。
最初は歩行・走行時の速度を測定から始められるのは当然の成り行きだろう。
「歩けば25キロとやる気のない原付と同じ。走れば45出ますね。無理をさせたカブくらいですね」
「これだけ図体がデカいんだか歩幅もデカくてもおかしかねぇ。それに初めて出くわした時には獣歩きだったんだろう?全力で逃げる戦車に追いつけなくて当たり前だ。」
ジョンの一言に班長はあまり趣を持っていないようである。
やらなくとも分かる事を見せられて驚けと言う方が無理な話だ。
仮にロボットアニメの主役を張るような構造をしているのだから、四つ足で動かしたところで速度は落ちる事は明らか。
まさしく制御装置と動かすメカの相性が悪いとはこの事。
彼の中で気になっていることは一つ。相性の良い動きをさせたらどうなるか。
思いのほかやりたい実験の順番はすぐ回ってくるもので、垂直ジャンプ・幅跳び・走り幅跳びの3方向で瞬発力を見る、というものである。
【嬢ちゃん。全力で飛び上がってくれや】
責任者である榊原が無線で指示をすると、ソフィアは心置きなく引き受けた。
果たして彼の思惑通り、有り余る馬力を振りかざすバケモノなのか。
サングラスの奥で目がらんらんと輝く。
【わかりました】
関節と言う概念がないイデシューでは反発力を蓄えることができない。
それにも関わらず、アニメのワンシーンの様にロボットどころか人間ですらあり得ない角度まで膝を
折り曲げると、ブースターでも背負っているかのように軽々と跳び上がった。
高さ10m。60tの物体が自身の身長の7割近く、助走を一切することなくこれだけジャンプできるのだから出力は怪物と揶揄しても差し支えない。
———DoooZoooOOOMMMM!!!!——
推進力を持たないため、そのまま重力に引かれ落下し始める。
一見ゆっくりに見えるがとんでもない位置エネルギーが掛かっているため、足が付くと同時に路面をウェハースの如く砕け散る!
凄まじい粉塵の嵐が地上に居る人間すべてを襲い、着地地点には大小さまざまな破片が散らばる。
テレビ画面でしか見れない光景がこうして目の前で繰り広げられれば、あれだけ騒いでいた人間も黙りこむのも無理もない。
【おい嬢ちゃん。大丈夫か?】
結果を頭で処理するよりも早く、班長はソフィアの状態を確認に掛かる。
これだけ大ジャンプもすればかかる負荷も尋常ではない。
整備班の人間に、実はニンゲンではないのではと噂される彼女でもタダでは済まないのは確実だ。
【ええ、なんとも】
それを裏切るかの如く、殿下は何時もの調子だった。
凡そ中身の生命維持装置のおかげだろう。
人間が乗るロボットを作る上でネックとなる凄まじい振動。
これを解決するにしては余りに乱暴すぎるのだ。
不条理に殴られたかのような気分になるものの、彼は指示を出し続ける。
「実験中断!パイロットを今すぐ医者に見せろ」
整備班が鶴の声で必死に駆け巡る一方で、サングラスを少し浮かせて班長はこうボヤいた。
「ったく大林さんの仕事増やしちまった。良くて半殺しだな」
正直な所、5mもジャンプできれば上出来と思っていた榊原の考えはものの見事に外れた。
こんな結果を目で見てしまった暁には、モンスターマシンと認めざるを得ないだろう。
今になって思えば戦車4両で抑え込めただけマシだったのかもしれない。
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出力の高さは周知の事実だとして、今度は機械的な限界を調べることにした。
クルーニーが検査を担当した結果、ソフィアには何の異常も見られないという事で再開されたのである。
その実験内容はシンプルなものだ。建設機械師団から借りてきた1つ10tのクレーンのカウンターウェイト。
これをいくら持ち上げられるか、たったこれだけである。
どこぞのテレビ番組で行われそうな、やたら規模の大きい実験だ。
ウェイトに刻まれた力強いLIEBHERRの文字も一役買っているに違いない。
【それじゃ始めてくれ】
班長の一声で検証が始められた。
正確に言えば錘が載せられた天板に着けられたワイヤーを持つと言った方が正しく、その光景は買い物帰りの主婦にしか見えない。
凄まじい不条理を見る者全てに与える中、錘の一つが載せられる。
「まだまだいけますね」
「あんな跳び方しておいてへなちょこなはずねぇだろ」
10t、クリア。
理論上、大型トラックをパイ投げのように投げつける事が出来るらしい。
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———WEELL……
ここから先は大型クレーンで錘を足していく。
風向き、ブームそのものの揺れ。職人の腕が試されるだろう。
【20tです】
【おぉし】
ついに10tのカウンターウェイトが追加された。するとイデシュー、肩を下げはじめた。
だが落下させることなく保持し続ける。
まだまだ余裕があるようだ。
20t、クリア。自走対空砲ZSU-23-4でやろうと思えば、バケットボールが出来るだろう。
大きく肩のバランスを崩したという事もあって、此処からは未知数の限界に合わせて軽い錘を使いながら検証する方向になった。
21,22,23…余裕をもって持ち上げることが出来たのだが、2t増やして25tに差し掛かった瞬間。異変が起きた。
「おい、そろそろだ。やめとけ」
そろそろ保持が限界なのか、腕が徐々に下がり始めたのである。パワーに対し、重さが負けているのだ。
【嬢ちゃん、そろそろ限界だ。そっと下ろせ】
25t。持ち上げる事ならず。
結果的には残念なものとなったが、いずれにせよ重要なことには変わりはない。
それからと言うもの、耐久実験は引き続き行われた。
「二足歩行でモノを背負って潰れねぇのは40まで、四つん這いでは80…。そんでマニュピレータ―の精度は人間と瓜二つ。面白くなってきたじゃねぇか」
計測結果を見る榊原は先ほどとうって変わって上機嫌だ。
「どうしたんです親父さん」
への字口が日本一似合う男の上機嫌。ジョンは不審に思う。
「いいかジョン公。機械一筋、もう何十年もなるのは知ってるよな。そんな俺がなんでガキみてぇに元気なのか聞きたいんだろう。」
サングラスを人差し指で少しばかり上げ、榊原はなおも続ける。
「…俺ァあのメカのガワを被ったインチキ野郎が嫌いだ。60tもあるのに10mもジャンプ出来て、着地してもピンピンしてる、中身を開けばギアの一つも見当たらない…とことん大っ嫌いだ。あんなの機械じゃねぇ。だがな、あれを好き放題していいってお達しが来てやがる。」
「俺はあの不条理をいじくり倒して手の施しようのないようにな。だからウズウズしてんだ。背中のロケットで空を飛び、街に落ちれば好き放題暴れ回る【怪獣】にしてやる。」
ただ単に可能性のある物体をこねくり回したいのと、気に入らない存在を上塗りしてやりたい。
極めて相性の良い感情が合体し、班長の中で加速度的進化を遂げているのだ。
こうなったら突き抜けた理不尽を作り上げてやろう。破れかぶれだが、技術屋としての魂がこもった一言に違いはなかった……
次回Chapter152は8月27日10時からの公開となります




