Chapter150. Letter with no sender(2/2)
タイトル:【差出人のない手紙】
せっかく時間を割いて作った手の込んだスライドショーを差し置いて、そのほとんどは使用されることなく討論会に時間を費やしてしまった。
「……と、いう事だ。もっと知りたいならGoogleスカラー辺りとか漁ると出てくるがここまでにしておこう。日本にあふれる無軌道学生共と違って諸君らは【きちんと覚えてくれる】貴重な存在だからな。ワカタカ!」
メンゲレの口調はすこぶるチンピラと差がないものの、内心どうかと言うと怒りという感情を覚えていない。
その証拠として闇討ちよろしく飛んでくるソフィアの質問に対し、取り乱すことなく答えて見せた程だ。
その後はゲームのポーズ画面を解除したようにマシンガンの様に根拠を述べていたが。
口調そのものは激流そのものだが、言っている事自体は事実の羅列であることに変わりはなく、言葉のコンバットゲームから零れ落ちる情報を拾い集めていた。
ソフィアはそう言う事に長ける人間である。だからこそ今まで生き残ってこれたのかもしれない。
しばし整備班と仕事を共にした後、榊原から退勤を強く念押しされた彼女は仕方なく自室に戻っていた。
と言っても素直に寝るような大人しい性分ではないため、机上で図面引きをしていたのである。
思えばこの自室もプレハブ小屋からだいぶ改築した、と言うより違法建築に片足を突っ込んだ増築を重ね広くした。
あの時は不器用で溶接跡も不格好だったか、と思うだろうが今のソフィアはそんな余裕はない。
逃避行時の癖が抜けないエイジは今だ物音に敏感なため物音も独り言も厳禁。
前に5日徹夜した際に歌を歌いながらペンを取っていた時は寝れなかったらしい。
肝心の紙面に記されていたのはボンネットが左右についた立派な鉄道車両だった。
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【今後の3両化と死重】
【窓枠設置に関して】
机や壁に貼られたおびただしい数の付箋をかき分け図面の方に目を落すと、左右にあるボンネットが目を引く。どうやら走るのに必要な機器類がまとめて押し込められているらしい。
足元の台車は何も書かれていないものの、立派な車体が既に出来ていた。
18mの長さを誇り、定員はハリソン線に使われる車両と同じ人間を詰め込むことが出来る。
動力としてBMP-2のエンジンを使う予定だが、あの大きさ的に床に押し込めるのも屋根上に放り投げるのも不可能。
そのためこのボンネットを作って押し込めることにしてある。まだまだ不完全だ。
窓は連続しており、そこに鉄格子か金網を設置できる。
今後を見据えて開閉窓にできるようあらかじめ設計しておくことで、少しでも現場の手間と苦労を減らす事ができるだろう。
細かい所に技術屋としての性格が最も出ると言っても過言ではない。
ここまではただのデッドコピーに過ぎないが、車両の驚くべきところがあった。
大部分の生産を帝国で可能にするために、ICなどの半導体といった無線を除く電気配管が一切存在しない。
だがヘッドライトや尾灯はどうするのか。
そんなの簡単な話で、電気を使えなければ既存の技術、魔導を使えば良い。
そのため魔力カンテラを2つ常にぶら下げており、一つはヘッドライトに。
もう片方はテールライトにすることで解決している。元々馬車が使うような強烈なモノであり、運行に支障はないと考えたのだろう。
それでもなお書かねばいけない場所は多い、頭痛のタネは増える一方だ。
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ああでもない、こうでもないと悩んでいると既に明日を迎えるような時間になっていた。
集中すると時間を忘れるもの、特に自分の世界に入っていると感覚というものを失ってしまう。
一種の遭難に近いだろうか。
そんな当人はというと、何時間も机に向かっているにも関わらず睡魔が訪れるどころか集中を全く切らすことなくペンを握り続けていた。
ゴミ箱には何本ものボールペンの空芯がいくつも転がっている辺り、作業量のすさまじさが伺える。
手がようやく疲れ始めたため、紙面上からペン先を離して天井を見つめていたその時。
御霊が体から抜けるとしか言いようがない感覚に襲われた。
人が早々できるものではない、ならば一体誰が。
ソフィアはほんの一瞬だけ目をつぶったが最期、小さな礼拝堂に飛ばされているではないか。
視線を這わせ窓の外を見るも、周りは砂漠で遠くには虚無が見える。何かの術で意識に干渉している、そう確信を得た。
礼拝堂の奥、丁度一段上には光り輝く大鎧を着た何者かが立ち尽くしている。体格は並大抵の大男をまるで子供のように扱える程の巨漢。人間の仕業ではないと睨んでいたが大方正しいようである。
次第に光が弱くなっていくにつれ、見えなかった姿が露わになる。
「父上……!」
特注の巨大な大鎧、片腕にはそれに見合うほどの魔封じの槍メナジオン。
そこに居たのは生みの親にして、神位を継いだヤルス・ワ―レンサット皇帝その人だった。
帝国ではオンヘトゥ神話に記されたところの神力を代々継ぐ。
時代の変革や自身が力によって浸食されたために既に人ではなくなった時。次の代にその力の一端が託されるのだ。
言わなくとも彼女は悟った。ついに自分の番が回ってきたのだ、と。
「——帝国の裏切り者にくれてやる程の力はない筈ですが」
その一言に、ソフィアの全てが詰まっていた。
彼女のやっていることは日本の法律では外国からの軍隊を招き入れる 外観誘致罪。
懲役が死刑に直結している程の重罪である。
文字通りの神力を継ぐ、という事はなし崩し的に帝国のトップに立たねばならないという事に繋がってくるだろう。
そんな事がしたくてSoyuzに政権奪還を頼んだつもりはない。次第に狂った歯車と化していく愛すべき祖国を取り戻すためだ。
皇帝、神の声を代弁する者は彼女の声をまともに取り合わず、短く告げる。
【我は神の声そのものである。世は変革を迎へつつあり。我が力を継ぐため、試練を受くる気やなき。選択肢は残りたらず】
ソフィアは属人が抱くような反感よりも遙か先に何故、自分なのか疑問に思った。
父の立ち回りは常に最低限かつ、最大限。選択肢がないと言うあたり、ついに自分しかいなくなってしまったのだろう。
イベルの姉様はどうか。だが、Soyuzの報告によれば救出記録には載っておらず、証言をまとめた結果、連れ出されたとある。
兄の代わりの操り人形にするためだ。父上は絶対にそんな利用されるためだけの人間に莫大な力を与える筈がない。
そう考えるとイグエルに向かうのが自然。一番適任の筈がなぜ断ったのか?沈黙を続けるソフィアに神の声は追い打ちをかける。
【汝、既に神力いでたり】
もうすでに覚醒し始めているというのだ。思えばいくら眠ろうが起きていようが少しも疲れも集中力が切れることもなくなっている。
皇帝の手を借りなくとも、オンヘトゥ神話から続くワ―レンサット一族の血族がそうさせているのだ。
逃げるという選択肢はもう、ない。
その一言にソフィアはしばし天井を見上げると、瞳を閉じて思いを馳せる。
誰だって神の力が欲しい。いくら高貴な皮を被っている自分も、イグエルも所詮は俗物だ。
そんな彼女が自分にその役目を譲ったのである。
継ぐべきは姉であるソフィアだ、そう推薦してくれている事に他ならない。
裏切り続けるのか?
ふとした時。心の奥底に眠る、もう一人の自分がそう問いかけてきた。
思わず皇帝の顔を見るも、その尊顔は兜に覆われ表情や口元を伺うことすら出来ない。
私情を一切挟まない、そういった覚悟で父は鎧を着て問うのだろう。
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「……選択肢がそれしかないのなら。私は人力を受け入れましょう。ただ」
殆ど神へとなろうとする体は10年悩むようなことをたった4秒で済ませ、結論を出す。
「祖国の未来を創るのは私であって、私ではありません」
予想もしない返答に神は思わず戸惑う。
【なにゆえか】
「私は神という名の傀儡になりましょう、それでも結構。父上、いかにオンヘトゥの神の加護があったとしても、国を動かすのは人間です。時に人ならざる力も必要ですが、人の手で新しい未来を作らねばなりません」
「人々の多くの知恵と力を結集する。新しき時代はそう言ったようにしなくてはなりません。それが裏切り者に許されるのなら、私は喜んで受け取りましょう」
ソフィアはSoyuzという組織を実際目にしたからこそ出せる答えだった。
一人では何も動かせない人でも、未来のために団結し一歩踏み出せば世界は確実に変わる。
誰しも見下されることも、虐げられることのない祖国。綺麗ごとだろうが、それを実現するために動いて、少しでも近づくために掲げねばならないだろう。
しない言い訳には決してしたくはない。何百年、何千年かかっても良い。
そのために神の力を父上は使ってきたのだから。
【よかろう】
声は力強い宣言を聞き、皇帝は鎧奥で涙をこぼした。
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皇帝は最後の身内に逢うため、持てる力を全て使っていた。残り時間はざっと三分。
以下に広大な力を持っていようとも、不安定な身の上ではこれが精いっぱいだ。
彼は重々しいヘルムを脱ぎ、真の姿を露わにする。霊峰を顔に投影したかのような勇ましくも神々しい顔だった。時には修羅に、時には慈愛を持つ神格に相応しい人間である事がよくわかる。
彼は二つの顔を使い分けながら殿下に語り掛けた。
「手短に言おう、我はアジャモアの砂漠に居る。ソフィア、そこでお前を待っている。場所は…言えぬ。自らの腕で探し当てて見せよ」
「…我は1年も祖国に留まれん。そのことを決して忘れるな」
最初は神の声として、次は父として。
「…お前に無理を強いてすまなかった。一生、この世が滅びるまで忘れてはならない不覚だった。それに…見ない間に美しくなったな、私と言えば父としての役割が出来ず…あわや臣民をこのような目に逢わせてしまった」
クーデターが起こされたのはついに人としてのタイムリミットが過ぎてしまい、神の地アジャモアに行かねばならなくなった隙を突かれたのである。
自分の無能さを何度も呪う半面、マーディッシュが座を着いたと知って時代の変革が訪れると期待していた。
その末がこんな物になるとは思わず。謝る相手が違うのは承知している。ただ、こうするしか手立てが残っていない。
ソフィアはその懺悔に女神の如く答える。
「時代は常に動いております。…兄がしたことは罪だとしても、時代の変革ではないでしょうか。方向が間違っていた、それだけで」
彼女は続けて、あることを頼みこむ。
「一つだけ、良いでしょうか」
「一体何を」
「兄の事。どうか容赦したく思います」
自分とて、マーディッシュの敷いた軍人至上主義を反面教師にしている節があるし、彼も彼で理想の祖国を求めての事。
そう思っていた。
「…うむ。そろそろ、時間が来てしまった。さらばだ」
複雑な心境を悟られないよう皇帝は後ろを向くと、急に体が重くなり沈み始めた。
だがソフィアは一切狼狽えることなく、ただ天を見上げ続ける。
もう、あの頃には戻れない。人だった頃の父上とは相まみえることない。
現実世界に引き寄せられながら、哀愁を抱えた姿をただ静かに見届けていた。
——AM 0:05
目を覚ますと、ペンを持ち図面を引いていた自室に戻っていた。
朝にはなっていないし、Soyuz文字で書かれた数字を伺うに時間は全く経過していないと思える。
彼女の中で何かが心の底からこみ上げたが、言葉にすることが出来なかった。
次回Chapter151は8月20日10時からの公開となります




