Chapter149. Letter with no sender(1/2)
タイトル【差出人のない手紙】
——本部拠点
少々、視点を変えて今度はSoyuzに目を向けてみよう。
皇族が捕まっていたトリプトソーヤン城を制圧したことにより、皇太子殿下並びにソフィアの妹にあたるイグエル・ワ―レンサットの保護に成功した。
マーディッシュはひたすら保護下であっても仙人のような生活を送っていたが、二人の殿下は博士の下で講義を受けている真っ最中。
元を言えばソフィアが言い出したことで、Soyuzがこちらに来れる理由は分かっていたが
帝国に足を踏み入れるにあたり、何をしているかが純粋に疑問を覚えたからに他ならない。
此処までは何時もの彼女だったが、違う事と言えば相方としてイグエルを連れ込んでいたことだろうか。
——ショーユ・バイオテック応接間
この疑問、学会の人間がするような質問に答えられる専門家は一人しかいない。
検疫や食糧生産プラント、研究員のお守りでなにかと忙しいS.メンゲレだ。
応接間で講義することになったが、ソフィア側は兎も角、クローン培養したかのような容姿に申し訳程度のサングラスをしたイグエルはどうも気乗りしないようである。
「この私の貴重極まりない睡眠時間を削らせてパワーポイントを作らせるとは良い心がけだ、諸君。おかげで気力が出ない」
「だが事実を探求する人間相手に出し惜しみはしないつもりでいる、私に変な本気を出させたことをお覚悟召されよ」
博士はヒステリックを起こしながら邪悪な手のひらを垂れ幕に着け、長々と演説をして見せた。
どこからどう見ても悪の科学者そのものにしか見えないが、一応はキーマンであることを忘れてはならない。
こんなのでもSoyuzに必要不可欠であることを。
このように目に余る風貌と発言のため、イグエルはそっとソフィアに耳打ちするも博士は全てを見抜いていた。
「私の陰口を広めたらシバき倒すからそこの所覚悟しておくように。んじゃあ始めるとすっかなぁ。あ、そうそう。台本がないので適当にしゃべるが、これから話すことは事実であることをお忘れなく。そのことだけ」
適度に釘を刺しながらスライドを表示し、妙に手の込んだ表題を飛ばして本題へと入っていく。
「えぇ、まず最初にですね。大体このファルケンシュタイン帝国に入るすべてのスタッフは一斉に審査が入るわけですが、コイツは実はスパイなんじゃないかとかそういうのを調べるのは正直な所どうだっていいんですけど」
「特に大事なのは…WHOの定義で持って健康であり、これらの病気を持っていない事です。」
ずらりとリストが並べられるが、彼女ら帝国の人間は既定現実側の文字を読むことが出来ない。
そのため博士は差し棒を使って音読し始めた。
「まず、今の人類ではお手上げ状態のエボラ出血熱とかペストに…そういう明らかにヤバイ病気はさておいて、特に私が気を付けているのはですね」
「結核・インフル・梅毒などなど、簡単に感染するわりに、比較的苦しみぬいてほとんどの奴が死ぬ病気ですね。コイツらの対策をしとります。この前の大部隊が押し寄せてきたときだって一人一人や
りましたよ全く。FUCKが死ね。」
殆ど彼の私情が入っているものの、兵士の検疫ではこのような伝染力の高い病気に対して特に力を入れている。
昨今では治療を受ければ完治する病気も、帝国に蔓延したら最後。絶滅させてしまう恐れも決して0とは言えない。
そのため率直に死ぬ、という言い回しをしていた。
たとえ複雑な原理は分からなくとも、その恐ろしさが伝われば儲けもの。
ここまでの説明でイグエルはサングラスの向こうで眠そうにしている一方、ソフィアは本能的に質問が出てきそうになる。だがメンゲレはそれよりも早く口を動かすのだ。
「それでへぇ…どういう事してるんだ?と言うのが気になりますよね?んまぁそうですね。基本的には感染しているかが分かる診断キットとか使って燻り出すんですけど」
「なにせ相手が目に見えん存在ですから?当然病気を抱えて飛び込んでしまう可能性もあるかもしれない。そのためワクチンを打たせてます。」
細菌やウイルスは当然だが目に見えない。そのため完全に防ぎきることが出来ない。
目に見えたのならバイオ技術者はそもそもこの世に存在しないだろう。
人間丸ごとオートクレーブで高圧蒸気滅菌すれば最善なのだが、そんなことをすれば当然茹でタコになって死んでしまうし、何より手間がかかる。
始動から終了まで、軽く半日が泡沫に帰す。たった一回動かすだけでコレなのにフル稼働などさせたら永遠に終わらないのは明白。
博士がクリックすれば、病気とは何なのか説明するスライドが表示される。
彼女らは学術的な事以前に、我々現代人の持つ一般常識が通用しない相手。ならば根幹となる事から説明しなくてはならないのだ。
「で、ワクチンとは何ぞやと思うかもしれんですね。…というかそもそも病気ってのは一部の原因を除いて、大方クソちっさい生き物…アレは生き物か?まぁ生き物みたいなもんか。のせいで起きることが分かっています。大体200年くらい前に」
「それに話は変わって、一度病気に掛かったら同じ病は軽く済むなんていうじゃないすか。言うんですよ。言え。そこで弱い病原、あこれ病気の原因という意味なんですが」
「こいつを突っ込んだら症状が軽く済むんじゃないかと言って生まれたのがこのワクチンなんですね。咳とかが起きる前にさっさと対策出して治そうという訳で。一応実証されているので実践しています」
時間も差し迫っているため、メンゲレは手短にワクチンの事について解説してみせた。
いかにもソフィアが食いつきそうな内容だが、針に掛かったのはイグエルの方だった。
「仮に弱い病気の原因となるものを人間に取り入れたとして、それは対策とはならないのではないか。それに病とは死の神からの災いではないのか。いずれにしても神に逆らうことになる。」
細菌をこの目で見ていない人間はこう考えても不思議ではないだろう。
ワクチンの概念を作り上げたジェンナーとてこのような事を言われている。
だがメンゲレは実証されている事象に逆らって宗教的なことを並べられるのが大嫌いな性分。
「…それでですね…」
妙な陰謀論を並べてないだけマシだと思いつつ、額に青筋を浮かべながら次のスライドに移ろうとする。ここで論ずるべき事項ではないからだ。
こうして明らかに話を逸らされていると感づいたイグエルの一言が最終戦争の引き金を引いてしまう。
「かえって病気を広めているだけなのでは?」
反文明極まりない発言は、目の前の怒りの核爆弾を起動させてしまった。
「それをこの私に対して本気で言っているのか。いいだろう、ではそもそも————」
ただでさえ異常に長い説教とデータを表示させながらの無慈悲な事実追及が濁流となってイグエルに襲い掛かる!
その末路は言うまでもない。
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□
この戦い、勝敗なんてものははじめから無かった。
ウイルスどころか細菌の存在を知らない人間と、現代人とでは大きな開きがある。
極めて大人気のない悪のメンゲレもそうだが、一番の原因はイグエル当人が分かっていた。
その根源とは何か。心の奥底にある理解できないが故の恐怖である。いくらソフィアと背格好や姿かたち、そして声が同じだとしても考え方まで同じとは限らない。
故に彼女は姉と違ってかなり保守的になってしまったのである。
皇族という特殊な身の上、こうなっても特別不自然ではない。そこの所分かっているのか、博士は節々に入れる罵倒はあえて入れていなかった。
ガトリング砲の一斉射撃のような説明に、彼女は姉との決定的な違いを嫌でも実感せざるを得ないだろう。
年頃の少女には余りにも辛い事だが、試練にぶつかってまた一つ成長を重ねていくのが人生というもの。
その点ソフィアは激しい言い争いから巧みに博士が喋る客観的事実を抽出、頭に入れて理解している様子であった。
両者激しい剣幕というのもあって入れず、こうするしか情報を頭に入れられなかったというのもある。
自分が出来る事を正確に判断して実行する。これも彼女の成長した賜物だろうか。
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その晩、イグエルは床についても寝ることが出来なかった。
あの悪の枢軸を固めたような邪神の事ではなく、強いて言うなら自分自身に眠る劣等感か。
姉は新しい物事、ひいては変わりゆくこの状況に順応していっている。
それに比べて自分はどうだろうか。古い事に固執し、恐怖しているではないか。このままで自らの存在意義を失ってしまう。
捕まっている頃はソフィア・ワ―レンサットとしての役目があったが、今では姉の影だ。
今更になって生まれを呪い、不貞腐れる気は毛頭ない。
だが己の価値を見出せないというのは、一人の人間にとってかなり辛い事である。
そんな時、突如として意識が引きずり込まれた。睡魔に耐えられず寝てしまうのではない、まるで魂が肉体から押し出されるような感覚に近い。
瞬きをすると横になっていたにも関わらず、いつの間にか礼拝堂に立っていた。
理解が追いつかない。何が起きたのか起きようとしているのか。
この石頭では想像すらできる筈がない。
【ようやく繋がることが出来た】
どこからともなく誰かが呼びかけている。その声は紛れもない父、ワ―レンサット皇帝のものだ。
暫くすると神々しい光に包まれながら、アーマーナイトやジェネラルを軽く凌駕する鎧のシルエットが浮かび、魔を討つと言われる伝説の神槍 メナジオンを手にしていることがわかる。
皇帝がかつて度重なる戦場で伝説を生み出してきた姿だった。
「父上…ですか」
動かない頭で必死に唇を動かし、謎の大鎧に問いかける。
【否。我は神の声そのものである】
肉親の声でそう答えた。ワ―レンサット皇帝、その一族はオンヘトゥ教の神の血筋が入っているという。
こんな芸当、神かそれに等しい存在でなければできる筈がない。
【兄と汝の姉に繋げず、今の所汝と繋がれり。ほどなし、本題に入る】
曰く、マーディッシュと姉のイベルとはつなぐことが出来なかったという。
そんな時、イグエルの中にある記憶の一つが蘇った。
一世一代や世が変わるとき、先代から神の力を受け継ぐための試練を受けると聞いたことがある。
神力を受け取れる素養があるという事はその資格があるということ。ついに自分の番が回ってきたのか。
【世は変革を迎へつつあり。我が力を継ぐため、試練を受くる気やなき】
試練を受けないか、神の声はそう問いかける。
尋常ではない、人さえ軽く凌駕する絶大な能力。並みの人間なら喉から手が出る程欲しがるような代物だが、イグエルは俯いたまま言葉を発しない。
【汝、受け継ぐべきぞ】
「たとえそうだろうとも、私にその資格はない。」
暫く考え、彼女が出した答えはこれだった。
【何故か】
「父上がこの式を行うのは時代が変わる節目。私のような古き者は神に相応しくはない。」
時代は変革を迎えつつある。
それにも関わらず、恐怖からか過去のやり方にこだわるばかりか、劣等感を未だに抱えどうしようもできない情けない神とは示しが付かない。
神話の末裔を名乗るのには、自分ではあまりに器が小さいことを。
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□
その表情に迷いはなく、きっぱりとしたものだった。
背負うよりも、出来ない、相応しくないものをそう言い切るのには多大な勇気がいる。
【成長したな。イグエルよ。一人の父として誇りに思う。——だがお前には別の未来がある。その道筋を掴むことだ】
自分と向き合い、答えを出した娘の姿を見届けた皇帝は一人の男として、父として。
最後となる言葉を送り届けると、手をかざして有るべき場所へと娘を飛ばした。
ふと気が付くと寝付けない寝床に戻っていた。あの声が幻覚であるのか、そうでないのか。今となっては分からない。
「父上」
懐かしきあの時を求めるかのように、そして諦めがついたかのような声で小さく呟くのだった……
次回Chapter150は8月13日10時からの公開となります。
・登場兵器
神槍 メナジオン
神より授かったとされる神器であり、脈々と受け継がれている。
この手の神器は長い年月で、どこかしら失われている筈なのだが……?




