Chapter148. Calamity that befalls
タイトル【降りかかる災難】
———ウイゴン暦8月2日 既定現実8月9日 午前10時
兵の中で戦勝会が開催され、戦いが集結してもなお。
冴島大佐の気は張り詰めたままだった。
そこまで気がかりなことは何か。
それは現場報告の中にあった「逃亡兵が多くみられた」ことである。
追い詰められた人間こそ、何をするか分からないのだ。
ふとここで、このゾルターン全土にはびこるガビジャバン系国際犯罪組織ロンドンのことが頭によぎる。
組織の構成員の多くは前の戦争で逃げてきた旧ガビジャバン兵、それかあまりの事に嫌気が差して仲間を売るようになったゾルターン人民の他に腐敗した帝国兵と幅広い。
一見脈略もなさそうな集団に見えるだろう。
しかしこの無法者らには共通しているポイントがある。
今日明日の生存を賭けており、そして何等かの事情でドロップ・アウトしたということ。
人民、敗残兵、差別を受ける逃亡者。緑が広がる砂漠において生きのびるためには必死だ。
それにロンドンに堕ちた奴らには帰る場所など存在しないのだから。
つまり。
ポポルタ線での戦闘から逃げてきた正規兵崩れがロンドンに加入、あるいは盗賊と化している訳である。
こんなことは戦場では往々にして存在し、何ら不思議ではない。
こんなガタガタな軍勢を相手に苦戦する程Soyuzの機甲部隊は弱くはないが、問題となるのは輸送中に徒労を組んで襲ってくることだった。
槍や斧を持ったソルジャーは機銃で何とかできるが、文字通りの大火力で攻撃してくるソーサラーやスナイパーといった上級兵職。
それに小銃並びに機銃を一切効かないアーマーナイトの存在が厄介極まりない。
敗残兵相手に戦車を付けるにしても、航続距離の問題などが存在するため航空騎兵対策も兼ねてZSU-23-4シルカを付けるくらいだろうか。
ともあれグズグズしても仕方がない。
気になった事はすぐさま確認するのが冴島のポリシーなため、早速OV-10を飛ばして航空偵察を行わせるに至った。
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———ポポルタ線北東上空
ゾルターンは不毛の地だと呼ばれていた。だが実際これだけの草原が生い茂り、とても層には見えない。
そのバイオテックの調査結果によって暴かれた実態は遙かに厄介なもので、あらゆる作物が育たない強アルカリ土壌である上にそこに生える一種の草が占拠している。
当然これだけの植物が茂れば、土中にある栄養を全て吸いつくされ瘦せ果てた平原と化すだろう。
土壌改良をしなければマトモに農作などできない不毛の地、正に農業を営まねば分からない巧妙な罠が張り巡らされていた。
言うまでもなく、シルベーの泥炭に頼らねば瞬く間に死の平原の道へまっしぐら。
苦悶をあざ笑うように草は風に揺れ、その上空にOV-10が張りついていた。
城塞を超えると、再び絵具一色で塗りつぶしたかのような退屈この上ない草原が広がっている。
村々をつなぐ道は確かに存在するものの、村人はロンドンの存在によって輸送ルートとして使われている様子はない。
そうして検問所らしき掘っ立て小屋を過ぎると、どれもこれも似たような村が出現しはじめる。
とにかく、迎撃しに上がってくる航空兵力は見られない。
冴島大佐の報告によれば夜間のみペガサス騎士が現れるとの事、いざとなれば急上昇して逃げる準備だけはしておかねばならないだろう。
その一方で、OV-10が旋回する灼熱の地上では、今までになかったある変化が起きていた…
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地上ではポポルタ線に配備されていたはずの帝国兵が闊歩していた。
そのほとんどは浮浪の兵、いわば逃亡兵ばかりである。
その理由は城塞戦を客観視すれば明白。
自動車どころか、エンジンと言った内燃機関を搭載した物体すら見たことのない軍隊に対し戦車を大々的に投下したのである。
挙句、戦場で大暴れされたものなら堪ったものではない。
Soyuzは下手に皆殺しにしなかったこともあって、多くの脱走者を生み出すに至る。
誰も彼も勇敢な兵士ばかりとは限らないのだ。
ロンドンと交流がある者は正規兵のナリをした野盗に鞍替えできれば良い方で、ほとんどの兵はただ彷徨う以外選択肢はあるだろうか。
結局の所、ポポルタ以東の草原には多くの追剥が居ることには変わらないだろう。
「これからどうするんだ」
貧しいものをあざ笑うかのように茂る草原で、一人のスナイパーが相棒にこうつぶやいた。
豊富な草は食えたものではないし、本格的な食糧は村にあるだろう。貧乏な集落をより飢えた人間が奪い合う。
業火で満ち、髑髏の山が築かれた地獄でさえもマシに思えてくるが、状況は酷くなる一方でしかない。
昨晩は逃げ出してきた村人5人相手に分隊単位で襲い掛かったと聞く。
人間とは醜いもので、1日分にも満たない食糧を30人が貪ることになる。その後何が起こったかは言うまでもない。
「知るもんかよ、村をやったって俺達二人じゃやれっこない。」
重装兵はこう返す。
軍人特権はここでは誰も守ってくれない。
まともな指揮官も数もなく、場当たり的に行っても返り討ちに遭いかねない。
そうなれば犬死にも程がある。
空を見上げれば異端軍の異形が悠々と浮いている。敵はあれほど余裕を持っているというのに。
文句や槍の一つをぶん投げて叩き落してやりたいと思ったが、この距離では無理だ。
「クソッ、届きやしねぇか」
悪態を吐いていると、突如アーチャーは声を上げた。
「餌が出てきた、人質に使うぞ」
視線の先には村の入り口。門を治すためだろうか、一人の男が出ていた。
人質として使い、わらしべ長者的に事を進めれば食い物が手に入る。
なんと短略的な思考か。
だが背に腹は代えられず、彼らは行動に移った。
作戦はあるようでなく、人質を取ることで多勢に優位に立とうというもの。
アーマーが前衛に、アーチャーが鎧を燃やそうと襲い来る村人を食い止める事さえできればどうにかなると考えていた。
早速行動を始めた。一般人よりも速度が出る重装兵が確保に急ぐ。
「なに————」
二人とは言え、振り向いたら完全武装した兵士が牙を剥いてくるのだ。
身体と思考が固まるのも当然。
————BLTATATA!!!!
「しまったトリだ!」
アーチャーが異変に気が付いたその時。空から鉛弾が降ってきた。
上空から見張る警官の前で恐喝などできる筈がない。
流石に25mmもある装甲の前では、OV-10の積む機関銃では動きを止める程度。
だが相方の軽い鎧をハチの巣にするのには十分だった。
———QRAMQRAM!!!
分厚い鎧がスコールのような弾丸をはじき返す。
そうして、ひと時の雨は止むと相棒のアーチャーはボロクズになっていた。
「クソッ!」
一人でこの村を制圧するのは超人でない限り不可能だ。ここで犬死するより、策を練って時間を稼ぐのが良いだろう。
魔力切れの近いブーツは適当な魔導師を半殺しにして補給させればよい。
既にこの兵士は正確な判断を下すことが困難になっていた。
このようにしてロンドンに拾われなかった兵の末路はどれもこれも悲惨なものになるだろう。
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———アルス・ミド村
無線と言うものが存在するSoyuzサイドにおいて情報伝達はすぐさま行われる。
巷では報連相と呼ばれることだが、特段戦地では重視されるものの一つ。
それに加え陸海空、全てのデータリンク情報端末にソ・USEを採用している。
つまるところ、一人の兵士が異変を察知すれば、すぐさま司令部に行くようになっているのだ。
OSKER01が見つけた異変も後方の冴島大佐に知らされることになる。
だが彼は驚きも頭を抱えることなく、ただ視線を下に向けていた。
どこの時代でも国でもそうだが敵前逃亡のペナルティは重いもの。
文化圏によって差があるが、その罪は死をもって償われるだろう。
だからこそ大方予想がついていた。
兵士が人間という生き物である限り、誰も死にたいと体が望むわけがないのだ。
冴島にとって大事なのは同情でも何でもなく、民間人に危害を加え始めたという事。
あの調子だと亡命のためゾルターンを彷徨う村民を襲っているに違いない。
ゴキブリを1匹見たら30匹はいると思えと言うように、今あった出来事は既に起きていると考えるのが妥当か。
「…厄介なことになった。」
大佐は空を見つめながら消え入りそうな声で呟いた。
これが国家なら知ったことじゃないと、だんまりを決め込むだろうが此処は国際軍事組織Soyuz。
今後、村の一つずつと交渉しなければならない事を考えると心証を良くして置いた方が良いだろう。この後ろ盾があるのとないのとでは、天と地の差があることは改めて知った。
つまらない迷いなんてこの男の前にはない。ただ頭にあるのは、どの兵器とそれを操る人員をどうやって配置に着けるか。それだけだった。
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あれこれ脳内のコンピュータで計算しても今のままでは限界があるので、市民の会の面々や兵士を労いながら食事を取ることにした。
いつもと違う一食を。
「露助のレーションもいいが…今回はコイツだ。」
大佐が取り出したのは罪深き美味さに定評があるカップヌードル ぶっこみ飯。
カップヌードルに白飯を入れるという日本人でなければ絶対に思いつかない食べ物を日清の力でお手軽に食べられるようにしたもの。
中には乾いた飯が入っており、お湯一つで白米が口にできる冴島取って置きの一品。
旨味がギュッと詰まった小エビと如何にもな肉。精神衛生を健全に保つにも必要な一杯となる。
分かってもらえるのが日本人スタッフばかりで、特に東アジア圏の人間からは不思議な顔をされるが。
早速、近くに燃えそうなものがない場所に移ると、レーション内に入っているアルミ板を曲げて五徳を作る。
そうしたらマッチを擦り、火種を固体燃料に移すのだ。
加熱が出来るようになったら、お気に入りのアルミコップに水を入れて火にかけ、しばし待つ。
冴島は適当に腰かけて沸騰する合間を鬼のような血相で見つめていた。
火を見つめていると何故か落ち着くもので、考えがまとまってくる。
ロンドン掃討戦と銘打って作戦を進めるべきだとか、先の村と交渉することを考えれば自分が後方で指揮を取らねばならない。
よりにもよって仕事の事ばかり浮かんでしまうのだが。
ここで情報を軽く整理してよくよく考えてみると、敗残兵の装甲はアーマーナイトの25mm程度が関の山か。
倒すことだけを考えると、主力戦車などの主砲では過剰な上、素早く死角に入られやすい。
そう考えると即応力が高く、一定の装甲を貫けるだけの威力を持っている自走対空砲を配置する必要性があるだろう。
ただ軽装甲目標になるため、重魔導を食らえばただでは済まない。
となると、やはり戦車はつけておくべきだろう。
また空と陸のバックアップとして特殊部隊と音速超えジェット機を着けるべきだ。
そう考えに耽っていると、いつの間にかお湯が沸いていた。
司令官ともあろう人間が神妙な表情で炎を見つめ、スチロールカップにお湯を注いでいる姿は何と形容して良いものか、言葉に詰まる。
彼の周りには日清の即席飯が気になるラムジャーを許さない市民の会の面々以外、一切寄り付かないでいた。
「なるほどなぁ、スープにパンを突っ込むようなモンが最初から食べれるとはな」
「異界の食いモンでも似たようなの考えるヤツはいるのか…」
口々に重装兵が言うが、発想的にはどこの国にも汁物に炭水化物の主食を放り込むのは常套手段の様である。
違う点と言えば、ぶっこみ飯は最初からそれが食べられるという事。
後から食べたいものが初めから食べられる。
あえて着眼点を変えると、今は麵ではなくコメが食べたいという際にうってつけだ。
ここまでピンポイントなモノはそうそうない。
5分が経ち、蓋を完全に剥がすと褐色のスープに浸った飯が現れた。
覗き込んだ兵士が思わずこう言う。
「ブイヨンに炊いた麦を突っ込んだみたいになるのな。」
「案外大したことないな。」
大層な事を連ねたが、結局はただ乾飯を水で戻しただけ。
向こうの世界でも見られる光景なため、あっけにとられた兵士は冴島から去っていく。
誰一人として寄り付かなくなったことを確かめた大佐は、スプーンでふやけた白飯を口に運びながらため息交じりにこう呟く。
「…チキンラーメンの方がウケそうだな…」
ひたすら食事を取りながら彼は作戦を練っていくのだった……
次回Chapter149は8月6日10時からの投降となります




