Chapter146. The Spell Gear Zone
タイトル:【魔導ギアの領域】
———ウイゴン暦7月31日 既定現実8月7日 午後19時
———ナンノリオン県 帝国軍大型兵器格納庫B7階
ゾルターンから未開の森を挟んで東に一直線。魔導が発展した都市、ナンノリオンがある。
かつてソフィアが幽閉されていた因縁の地であり、軍事政権下という状況によって最も栄えた都市だ。
そこにある秘密のラボへ帰投したファゴットは本業に身を入れることにした。
ところで疑問に思わないだろうか。
何故ポッと出てきた異世界人が、いつの間にか国家の重鎮の座に就いているか。という謎を解き明かすことにもつながる。
秘密を紐解くと、帝国軍の極秘計画に彼と、その頭脳が必要とされているからに他ならない。
地下にある自分専用の研究室に転移するなり、背広から正装である緑のローブを身に纏い「公人」へと変わる。
通用口をわざわざ通っていくと地下空間にも関わらず巨大な吹き抜けに直面した。
それも講演会を開くような大広間どころの話ではない、トンネルの如く端から端まで見ることが出来ない程に長い。凡そ1.8km程度だろうか。最早駅間に匹敵する。
そこには巨大な直方空間一杯に足場が組まれ、作業員が辺りを常に行きかっている。
だが妙だ。
戦艦を建造するはずなら造船所は海にあるはずだし、城を作っている様子ではない。
それに地下10階分という馬鹿にならないスペースを使って一体何を建造しているというのか。
「1機がようやく仕上がったか…2機目は残るは塗装だけ…3機目は着工しはじめ…。
順調と言ったところかの」
ファゴットがそう呟くと、かごの中にいる謎が垣間見える。
ゴジラの様な体高と1200mを優に超える長さ。猫のように背中は反り、鋼鉄の脚部が姿を現す。
側面に目を向けてみると、戦艦の比ではない魔力をエネルギーにする砲門がついていた。
背中の節々をよく見ると細かい砲が付いているものの、一番目を引くのは歯車を連ねたかのような首とTレックスのような頭だろう。
牙はなく、口腔に大きなダクトのようなものが存在している。
極めつけに心臓のような物体すら見えるではないか。
恐竜のように二足で歩行する要塞、メカゴジラ、なんとも言い表せないその姿は異形という名前が良く似合う。
「のぅ、地のオンヘトゥ【ベストレオ】よ」
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これがファゴットの理想にして挑戦、神オンヘトゥ13使徒の名前を関する究極兵器の正体。
あくまで彼が設計した中の一つに過ぎないが、コンセプトが気に入っているらしい。
このベストレオのコンセプトは極めて単純。
あらゆる家屋、工場、設備、軍事基地をその脚部で蹂躙し頭部に設けられた常軌を逸脱した魔導砲で逃げ惑う敵を「絶滅させる」こと。
度重なるガビジャバンとの戦争の中で考案された非現実な計画の一つだったが、あまりの残虐性のため皇帝によって没にされた兵器。
もし現実に建造が始まったとしても、動力部には機械工学、主砲といった極めて高度な魔導学が必要とされ、300年もしないと作れない産物と予想されていた。
ここの悲惨極まりない状況に悪の天使、ファゴットが舞い降りてしまった。
彼はこの怪獣を動かせるだけの動力源「魔導反応発動機」を開発。
現代的なエンジンと魔力を組み合わせた悪夢の発明によって、300年という月日は1年4か月までに縮めて見せたのである。
故に帝国の重鎮として迎え入れられ、身も毛もよだつような狂った超兵器を開発する毎日に没頭していた。
生み出す兵器は帝国の想像を超えていたものであるため、創造神の使徒オンヘトゥ13使徒のコードネームで呼ばれ、他国への抑止力と侵攻目的に建造が進んでいる。
だがSoyuzの侵攻を止められない事が確定的となり、コンクールスは出撃命令を下してしまった。
皮肉にも敵を根絶する人の手によって作られた神は、味方に向けられることになる。
ファゴットは何より夢に見た実践投下を心より楽しみにしていた。
戦艦よりもエレガントで、核兵器よりもずっとクリーンな大量破壊兵器の活躍を。
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しばし作業の様子を眺めていたファゴットだが、一人の魔導技師が水を差す。
「しばしお時間よろしいでしょうか」
この男、ひいてはここにいる人間全てがファゴットの知恵をアウトプットする貴重な人材である。
最もな話ハイゼンベルグとしてみた際に部下として使いたいと思う人間だけをより集め教育を施しているのだが。
「かまわんよ」
彼がそう答えると技師は試運転の際得られた記録を手渡した。
それも帝国では高価なものとされている紙。
これでいかにこの施設に膨大な資金が投下されているかが分かるだろう。
「やはり理論は完璧と言わざるを得ないようだ。…だが不安でもある」
ベストレオの中核を担う魔導反応発動機。
魔力が火や電撃などといった、実体をもつ何かに変化する際に生じる莫大なエネルギーである中間体を固定。
SF作品のようなビーム状に仕上げた後に、そのまま油圧のようにして駆動や放射することで駆動する方式を取っている。
つまり、ベストレオはモーターなどの駆動機構を一切持たずして動いているのだ。
さらに効率を計算した結果、今まで魔力から魔導へ変換する際にはどんな強力な魔導でも0.001%しか使っていない。
しかしこの炉は10%もの効率を誇る。小さいように思えるかもしれないが、その差はなんと10000倍。
原子力発電所すら子供の工作に見えるような、桁外れのエネルギーを生産可能に。
文字通り300年を巻き返すには十分すぎた。
しかし極めて高い工作精度が必要とされるだけでなく、彼でなくては組み立てもままならないという欠点を抱えている。
「何故です。私の知見からも全くの異常は見られないと思いますが。」
一見すると完璧に思えるこの理論とそれを実現する発動機。疑問を呈すのも不自然な話ではない。
「ここまで試運転をしておいて不具合が出ないのは私が完璧だから、それ以外の理由は存在せん。実戦投下した際にどう出るか…それくらいよの。」
一見してありもしないことをひたすら計算する、理論物理学者だからこその一言。
彼の研究室はこの発動機に関しての検算結果でいっぱいだ。
あまりにも紙が届くのが遅いため壁にも書いてしまったこともある。
これはあくまで「理論」に過ぎないことをハイゼンベルグはよくわかっていた。
どれだけ考えて作ったとしても、それを実体に起こした時予想もしないことが起きる。
IMIでいた時に嫌と言うほど思い知らされてきた。
これだけ動かしてバグ一つ吐き出さないのは計算のうちだが、敵が何を振りかざしてくるか分からない。
そのため予想外のことを最も恐れていたのである。
「と、おっしゃいましても。起動試験の際、実物の獣と同じ動きをみせたではないですか。いずれにせよ凄まじい事に変わりはありません」
軽いテストを行った際、畜生と同じような動きをあの図体でして見せている。
地上で運用すれば何も間違いはないだろう。そう、想定通りの運用さえしていれば。
ファゴットはコンクールスに対し、きちんとした環境で使うよう釘を刺している。
あの大物ならそこの程を分かってくれているだろう。
故郷に居たやたら頭の固い小物とは違うのだ。
「私としたことが思いつめてしまったようじゃ。さてと、小童用のおもちゃでも作っておこうか…その場は任せた。」
「はっ」
実にファゴットは多忙な人間である。
彼にしかできないある仕事に携わるべく専用の作業室へと向かう。
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オンヘトゥ計画の中核を担う暗黒司祭 ファゴットだったがベストレオ以外の超兵器に関しては特に力を入れていなかった。
正確に言うと魂を込めすぎた結果、彼が居なければ整備などができない兵器を生み出してしまったからである。
この反省から可能な限りブラックボックスを配した設計を志した。
分かりやすい話が、天才が作った独りよがりの設計から、マニュアルさえ用意すれば十分に運用することが可能なものになったのである。
「ここまでして私に追いつかないとはな」
魔導エネルギーを浮遊魔導に変換するコンバーター自体は作れたというのに、肝心の中間体エネルギーを変換するアダプタが作れないという文句が飛んできたのである。
それを解決するため、ある程度自動化して作れるようにはしてある。
だが検品はどうしても人の目を頼らざるを得ない。
何故自分があんな人生経験の足りぬ小物如きに使われなければならないのか、と思いながらアダプタとにらめっこしていた。
ため息をつきながら小さな部品を手に取り、嘗め回すかのように不具合がないかチェックする。
「これっっぽっちも作業が終わらないと嘆いていたが、ようやく終わりが見えてきたかもしれん。しかし帝国の技術を使うべきだった、と後悔しても遅いか。気合を入れすぎた。」
この期に及んで師匠であるフィリスの言葉が突き刺さる。兵器作りは才能だけではできない、と。
嫌味でも言っているのかと思ったが、まだまだ自分も甘いようだ。
学会と同じで説明する人間の知能に応じて説明をかみ砕かねばいけないように、使う人間に合わせて作らねばならない。
自身の計り知れない頭脳を頼れるか、そうでないか。決定的な差があった。
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——同刻
——ゾルターン県 シャービル陸軍基地
前線に居る指揮官、中間管理職に該当する人間はどこも苦労は絶えない。
ヴィッツオの方はまだ良い方で、解法にが出ないでいた。
装甲車両にどう対抗するか。
かの英傑サルバトーレ少佐ですら対策する事すら叶わず、現にこの集団がポポルタ線を突破してこようとしている。
どちらにしても、早急な開発が必要なのは変わらない。
ここで彼が利用しようとした技術はずばり「浮遊罠」だった。
現に重量物運搬に使われている魔法を応用したものである。
空を飛ばす計画もあったらしいが、ドラゴンナイトとのコストパフォーマンスの致命的な悪さによって却下されたらしい。
まずは浮遊魔具を4つ作成する。強力なものを束にしている、出力的に言えばジェネラル5人を空中に浮かばせることが出来るだろう。
次に操作手としてソーサラー、または魔導士一人を割り当てる。
これが浮遊させた敵を煮るなり焼くなりする兵員だ。
追加で大まかな敵兵器の寸法に魔導式検知器を設置して完成。
ネズミ捕りに使われるものを流用、再調整したものだが大して問題にはならないだろう。
「よし、始めろ」
「了解」
騎士将軍はシャービル基地の中ほどにある騎兵訓練所でテストを始めた。
所詮は急増品だが作動してくれるだろうか、という不安を抱えて。
試験内容はシンプルなもので、超重歩兵5人分に相当する重量貨物を敵に見立て、罠を仕掛けた場所まで牽引する。
操作員は自分や直属のソーサラーではなく、魔導士を抜擢した。
技量を問わず動作するかの確認である。
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あまりの重量のため5頭が引く馬車はゆっくりと移動する。
地面に突き刺さった4つのペグ状魔具が作る直方空間に入った瞬間、馬車はヒモから手を離した風船の如く浮かび上ったではないか。
操作員は検知器試験のため、この馬車が見えない位置配置されている。
実験は紛れもなく成功したと言えよう。
その一方で留まることを知らない気球の如く、重量貨車は空へと舞いあがっていく。
ヴィッツオがその様を見守っていると馬車は引き寄せられるようにして移動し始めた。
ただ浮かべて行動不能にしても意味がない、移動できるよう吊り上げ用ではなく作業用の物を流用して正解だと言えよう。
帝国初の実用的な対戦車兵器を前に彼の顔は曇ったままだ。
「不可能が可能に近づいたにしても…まだまだ敵は多い…」
何も脅威なのは戦車や突撃砲だけとは限らない。
ポポルタ城塞戦において確認された、空から爆弾を落としてくる異形や彼方からやってくる爆発の数々。
これだけでSoyuzに対抗するには余りに不足していると言わざるを得ない。
空からやってくる目標には迎撃する他なく、片方は対処のしようがないと来た。
悪あがきと言った方が正しいのだろうが、敵は言い訳など並べたところでやってくる。
苦難と言わざるを得ないが、もう策略でどうにかするしかないだろう。
全てはヴィッツオに掛かっている……
次回Chapter147は7月23日10時からの公開となります
解説
・IMI
イスラエル・ミリタリー・インダストリーズの略。UZIやデザートイーグルからメルカバ戦車などの妙に綺麗な製品を作っている企業。
どういう経緯か、ファゴットことハイゼンベルグはそこに縁があるという。




