Chapter142. Phase Three: Transition period
タイトル【第三段階:後を紡いで】
城門まで2kmまで差し掛かった所で突如発生したSU-152の火災。
その救援をすべく消火要員二人と医療要員を詰めた輸送装甲車BTR 2両が差し向けられた。
「なんつう…ひっでぇ揺れだ——!」
医療班を乗せた装甲車内ではチームリーダーであるクルーニーが愚痴を吐く。
リムジンでもなんでもない無骨なソ連製軍用車両、乗り心地は最悪だ。
乗っている人間は少ないから良かったが歩兵を満載した日には目も当てられないことになっているだろう。
未舗装の道と車体の組み合わせが絶望的に悪く、いつも乗っているヘリが天国に思える。
この苦痛、正に日本の満員電車に匹敵する。
幸いにも戦車後方に居たことから、離れていても1km程度とそこまで地点から離れてなかった。
そのため到着するのに時間はかかない辺り、文明の利器は偉大だ。
まずは燃え盛る炎をどうにかすべく、消火要員が先に降車し状況を見定める。
乗員5人は車両傍で匍匐、前には戦車の壁。辛うじて安全は確保されているのは確か。
しかし敵も突撃砲を行動不能にしたことを突破口にしようとしているのか、猛烈な火柱がT-55らに何本も直撃し大きな火の粉がこちらまで飛んでくる。長居は危険だ。
「よし、降車だ」
車輪がついた大容量の消火器がぞろりと囲み、一斉に噴射が始まると、クルーニー率いる医療チームが揃ってBTR側面の降車口からぞろぞろと降り立った。
いくら鋼鉄の壁があってもここは最前線。
少しでも遅れれば、這い寄る死神が地獄へ浚いに来る。
そんな三途の川べりにSoyuzスタッフに混じってヘトゥも混じっていた。
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「動けるヤツは乗っちまえ!」
とやかく時間がないため衛生スタッフは被害状況を確認する前にすべての兵員を乗せ込む。
狭苦しい装甲車の都合上、操縦手とヘトゥ、いざというときに機銃手となるクルーニーを除いて頼りになるスタッフは二人だけ。
動けない段階まで来た怪我人が居ないだけマシか。
スタッフが肩を貸して車長を搬送しようとした時、一本の無線が入る。
【LONGPATから総員。直ちにハッチ閉鎖せよ。これより3分後、巡洋艦クラスノイ・ヤマールで突破口を2か所開く。】
これより飛んでくるのは音速を遙かにしのぐマッハ2.4で飛来する重対艦ミサイル。
ご存じの通り、これほどまでの速度の物体が空気中を飛来すれば余波で生じるソニックブームも馬鹿にできない。
空にはミサイル誘導用のベアが飛んでいる。
誘導の準備は完了、あとは着弾するかというだけだ。
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——重対艦ミサイル飛来2分前———
「これじゃあスクランブルエッグが焦げちまう!ちっとも勢いが収まらねぇ、誰かガソリンだと言ってくれ」
消火を担うスタッフが思わずこう口走ってしまう程、火の手は凄まじいものに化けていた。
最早ここまで行くと住宅火災と大差ない。
それに彼らに残された時間はあと2分。
このままではどうあがいても弾薬に炎がたどり着いてしまう。
「——冗談きついぜ、チキンラーメンも作れるだけの時間もねぇんだぞ」
7人で四方から消火器を浴びせ、やっと火の勢いが落ちてきた。
到底あと2分で戻れるようなものではない!成す術はないのだろうか。
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——ミサイル飛来1分前——
「早く戻れ!」
クルーニーは上部ハッチから何時まで経っても火消しに専念し続けるスタッフに怒鳴り散らす。
「火が消えねぇんだよ!」
その応対はあまりに悲痛なものだ。
火の勢いこそ確実に衰えは見せていたものの、鎮火までは程遠い。
「おバカ!消火器に穴開けて投げ入れろ!」
「正気か!?」
持ち運びに車輪が必要な代物を投げろとは何と言う無茶ぶりか。
「いいから投げろ、全部!」
今はもう粉スープに湯を入れている暇もない。
男3人が消火器を何とかとして担ぎ上げて火の手に投げ込んだ。
二つばかり投げ込んだのを確かめると鉛玉を当て、中身がぶちまかれる。
「ここまで抑え込めば上出来だ!ずらかるぞ!」
衰えを見せていれば衝撃波から退避しても大して問題ない、噴き出る白い煙幕を背に装甲の中へ駆けだした。
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———15秒前
「扉閉めろ!」
「わかってる!」
薄い割に無駄に重い扉を引き、閉じた反動で後ろに転げる。
マッハ2に加速したミサイルはゾルターンに侵入、ベアDに誘導されながら村々を尻目に壁へと迫り、その後をスカッドが追う。
「来るぞ…!バカを落すな!」
クルーニーが来るべき衝撃に備える様叫ぶ。動けるスタッフは床に伏せ、車長はヘトゥに抑え込められたその時。
放たれた4つの飛翔体は二手に分かれ城壁に直撃した。
———KaaaAAAAA-BooooooOOOOOOOMM!!!!———
今までの砲火では無し得なかった巨大な爆音と地響き。
天変地異や災害とも揶揄できてしまう程の衝撃が両軍を襲った。
「——何が…!」
魔導でもそうそうお目に掛かれない現象にヘトゥは目をぱちくりさせる。
凄まじい爆発に慣れ切っている人間もいるはずもないので、正直クルーニーも戸惑っていた。
「穴をぶち開けたのさ、あのバカでかい壁にな。———怪我の状況はどうなってる!」
けれど衛生兵は常に冷静になくてはならない。砲弾が落ちたわけでもない、一度頭を整理して落ち着ける。
「操縦手の方が火傷してます!」
彼が教えた様にヘトゥは医療キットから包帯を取り出し、治療に入ろうとする。
歩兵を焼く手段がなまじ多い帝国軍に痛めつけられていただけあって、痛々しい傷跡から一切目を反らすことない。不気味な程「手慣れていた」
どうやらアルス・ミド村にいた老師とやらに教わったらしいが骨太に育てたものだ、とクルーニーはそう思った。
「よし、赤と白のイレモンの軟膏塗ってソレで巻いとけ!絶対に乾かすな!——車長さんよ、運がいいな。あんたの手術には麻酔が使える!あの司令がちゃんと物資を運び込んでくれたおかげだ」
ヘトゥが目を据えて応急処置を終えると、クルーニーはディスポータブル(使い捨て)メスを取り出す傍ら野戦服を切り取り、肌地を露わにする。
面々にマスクと消毒を徹底させた上、近くでバーナーを炊き、可能な限り空気中に漂う細菌を減らし施術に臨む。
「ヘトゥ、よく見ておけ。これが現代医療ってやつだ。」
アルコールで簡易滅菌すると麻酔を注射、メスを入れ始めた。
新米の医者ですらも目を背け、胃の中を空っぽにしたくなるような凄惨な光景が広がるも
彼女は逃げようとしない。
見慣れた光景だったからだ。
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彼に突き刺さった矢は幸いにも屈強な筋肉で止まっていたため、摘出はそこまで苦労することはなかった。
「——最後の一仕事だ。縫うぞ」
クルーニーが仕上げを御覧じろと言わんばかりに止血処置を行い、縫合キットを取り出す。そこに一つの意見を挟むんだ。
「私がやります」
その一言に彼は目つきが変わる。まるで戦いを前にした冴島のように。
「一体何ができる。」
「傷口を塞ぐのは慣れています」
新米の看護婦だと思っていたが、この時のヘトゥは既に出来上がった衛生兵のそれだ。
手元を緑色に光らせ、既に準備を終えている。
何も言わずクルーニーは交代すると、彼女は一度アルコール綿で血を拭うと、溶接をするかのように傷を塞いでいくではないか。
【ガングル】
これがファルケンシュタイン流の治療だ。西洋医学に堂々と逆らい、IPS細胞でも無し得ないような奇跡が目の前で繰り広げられる。
「マジかよ…!」
余りの様にクルーニーは思わず目を疑うことしかできなかった。
現代医療でもできない所業が、まるで絆創膏でも張るかのような手軽さで出来てしまうのだから無理もない。
帝国では細菌学と言った医学が発展していないと聞くが、その理由が痛いほどわかる。
必要されず、使われない技術は発展しないのだから。
「…抗生剤を処方するように俺が言っておこう」
奇術を前にしても彼の中にいる医者は裁判官の如く判断を続ける。
これだけの滅菌設備があったとしても、おのずとバクテリアが侵入しているからだ。
帝国ではそれを怠り、傷を治しても感染症でなくなる兵士も多いのだろう。
「けが人を本部へ移送してくれ」
「了解」
大仕事をやっと終えた彼らは操縦手にそう告げるとBTRは後方へと動き出す。
そんな時、ヘトゥはクルーニーの見よう見まねで上部ハッチを開けた。
この目で忌々しきあの壁が打ち破られる姿を焼き付けるために。
————WEEEEELLLL!!!!!!Bo-BoooMMM……ZLLLLAAASHHH!!!!!———
装甲一枚を隔てた先には戦場の楽団が待ち受けていた。
空には攻撃機が行きかい、辺り一面が砲弾で穿り返された生々しい爪痕が残る。
前線に目をやると、形を保ったまま粉塵交じりの灰煙を濛々と挙げる城門があった。よく見ると上の方は破壊されたのか荒れ果てていた。
Soyuzが何をしているのかは分からないが、ただこの壁が打破されようとしているのは事実。
けれどもゾルターンでの家畜めいた生活しか知らない彼女にとって言いようのない不安が襲い掛かる。
自由を得られるとは口先だけは良いものの、何をしていいのか分からないのだ。「自由」の名のもとに堕落してしまうのではないか。
筆舌にしがたい困惑が、不安に形を変えていた。
「さようなら、私」
そう言いながら装甲の下に引き籠る。
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———最前線800m地点
Tu-95から送られてきた画像から推測するに、城壁は重対艦ミサイルとスカッドDによりようやく損害を与えた。
目論み通り2つの穴が開き、狭い場所でのハサミ討ちを避けるため砲火はより苛烈に行われ、空には砲弾だけでなくロケット弾のほうき星が埋め尽くす。
青々とした晴朗は曇天を思わせる程に煙に染まり、その先からは機甲大隊の来襲が待っているだろう。
【こちらLONGPAT。開口部確認。全車突入せよ、全車突入せよ!】
冴島大佐から戦車部隊に向け、エールが届く。城門を突破、辺りに点在するトーチカ群を破壊しつくせば勝利が見えてくる。
あれだけ雲隠れしていた勝利の女神がようやく顔を出し始めていた。
「———デカいな。ここからが正念場だ!やっちまうぞ!」
先陣を切るT-10の車長、ダルシムは怪獣でさえも封じることが出来るであろう「壁」を前に気合を入れる。
「了解!」
その時、彼が手にしたソ・USEに赤いドットが表示される。位置はこの近辺、先ほどのスカッドとグラートが撃ち込まれていた場所だ。
あたりの敵はこれら大火力で薙ぎ払われ、壊滅している、ただ進み続ければ良い!
———QRAM!!!———
敵も懐に入られようとする状況を前に、黙ってはいないだろう。
あれだけ攻撃されてもなおクイン・クレインを引っ張り出し、徹底的にあがき続けていた。
今更大槍ごときで重戦車は貫通できないことは明白、攻撃にひるむことなくT-10重戦車は進む。
次第に地獄の底に通じる穴が大きくなっていく。
1t爆弾と船を鉄くずに変えるミサイルで開いた口は戦車が通るには十分なものだった。
「これなら入る、突っ込め!」
多少のガタツキを生じさせ、鋼鉄の悪魔はついに針孔を通ることに成功。
空から降ってきた威力は十分なようで、出口のないトンネルになっていることはない。
ペリスコープにしばしの暗闇が訪れる。
【YOGA-01、侵入成功】
【Beongae01、侵入に成功しました。】
その先に見える光景とは。
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再び光のシャワーが降り注ぐ城塞の向こう側に出ると、目を疑うような農村が広がっていた。
窪地に作られているようでずらりと設備が弧を沿って配置されている、半円上の端まで推定10kmはあるだろうか。
望遠を利かせて軽く偵察すると、目に入るのは畑か防御陣地、あるいは軍事基地ばかりで民間人が住んでいるような様子は見られない。
手前は食糧生産に、西側はゲンツーのように工房が多いように、このポポルタ線そのものが巨大なプランテーションと化している。
反対側に目を向けると、突き破ってきたのと同様の分厚い壁があり、異様な息苦しさを感じさせる。
まるでここは宇宙SFもので見てきたスペースコロニーのソレだ。
本来は遙か遠くにあるはずの地平線がすぐ近くにあり、周りは未開拓の丘陵地で開発しないと生活を営むことは難しい。
故に農民は窪みにしか居住することが許されない。
凡そ、強制労働の毎日を送っているのだろう。
今までめぐってきた村とは比にならない狂気に彼らは晒された。
一体この先に、これ以上の何があるというのか。
次回Chapter143は6月25日10時からの公開となります。
登場兵器
Tu-95RTs
ソ連が開発した長距離戦略爆撃機。大柄なのだろうと思いきや相当に足が速く、かなり引き締まった機体が特徴。
腹の中に核兵器や大量の爆弾の代わりにRTsはレーダーを備えており、敵領内に入り込んで嫌がらせのような索敵からミサイルの誘導までこなす。




