Chapter 137-1. Quarantine inspector Mengele
タイトル:【検疫調査官メンゲレ】
Soyuzの人間はこの異世界にくるにあたって、ある関門を通り抜けてやってきていることはあまり知られていない。
能力の優劣や健康診断を受けていないだのと色々とあるだろうが、これとはまた別件。
そう「検疫」である。
物資で設けられている規定を出すならば
異次元には、基本的に生物は人間以外入ることが出来ないのが顕著な例か。
食品を含めて加熱されていない種子はもちろんの事、フルーツも加熱されていなければ通り抜けることができないのだ。
異様なほど厳しいルールを設定したのはどうにもナチスのアレということで有名なS・メンゲレ、またの名前をショーユ・バイオテックの所長である。
——ショーユ・バイオテック
——応接室
激化する日々の戦闘、必要となる人員リソース。はやいところ更に多い人手が必要となって来たSoyuz U.U本部拠点と、各地の基地。
人員補填を行わなければ過重労働を強いる羽目になる。
そこであの検疫が立ちはだかった。
何分隅から隅まで徹底的に調べ尽くすため、やたら時間がかかる。
それがどうにかならないかロッチナは打診すべく、ビデオ会談が行われていた。
「博士、あの件だが……」
彼が話を切り出してきた瞬間、メンゲレはガトリングガンのように言葉を羅列し始めた。
「ダメだ。
ドイツ出禁くらったくらいのナチス顔であるこの私に、好き好んで話したい奴なんていないだろう。
大抵こういう時は検疫緩和の話だと相場が決まっている。見抜けないとでも思ったか?」
ここで言葉の弾倉を取り換える。
「如何にこの検疫によってこの未知なる異次元が保全されているかどうか諸君はたまにド忘れしているようだから、改めて説明しておく。
パワポを用意してないから口頭になるが、まぁいいだろう」
「私は知識を押し付けるのが大好きだから耄碌老人よろしく何度でも同じことを話してやるが話を理解せずに行動するようだったら即刻核を使って何もかも吹き飛ばすつもりでいる」
「割と冗談じゃないぞ」
この男、まだまだ言葉の弾薬を隠し持っているらしい。
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「まずは基礎的なところから話していこう、何事も最初が肝心だからな。検疫というのはまぁ、知っての通り持ち込まれた物体が細菌・ウイルス・他もろもろに汚染されていないかどうか検査することだ」
普通、空港を利用するなら持ち物を調べられることがあるだろう。
こういった水際対策がされることによって、日本やその諸外国に外から持ち込まれた危険な何かが蔓延することを防いでいるのだ。
「こんなWikipediaの受け売りはいいとして。
新世界をズタズタにするのは核兵器や何億発の弾丸をぶち込むより、もっとコストパフォーマンスに優れた方法があることを知っているだろう?」
「感染症をばら撒くことだ」
天然痘、インフルエンザ、治療法の存在しないエボラ出血熱と既定現実世界は危険な病気をいくつも抱えている。
この21世紀になっても根絶した病はたった1つ、天然痘だけ。
病気との戦いを持ち込んで放置すれば、医学が未発達で伝染病がどのようなものか分からない人々が暮らす異世界は破綻するだろう。
そうすれば誰の良心も痛まず制圧することが出来る。
悪趣味極まりない嫌味だ。
「この次元の文明は中世か近世と言っていたな。よりにもよって魔法とか言うトンチンカンな技術によって科学はもちろん、医学はまるで進化していないと聞く。取れた腕をボンドよろしく接着して元通りなんて魔法があればそうだろうな!
……そんな場所になんだっていい、簡単に感染しそうな病気を一つまみ放り込んだらどうなる?」
「諸君がなんか調子わるいなとかのたまって、風邪…もといアデノウイルスとかようわからんウイルスを培養したまま来てみろ?
向こうからしてみれば次元が成立してから誰も免疫を持っていない脅威の病原体を持ち込んだことになる」
考えるだけで身の毛がよだつ。
この世界には黒死病以前に、ささいなきっかけで持ち込んだウイルスによって大パンデミックが起きる可能性を秘めているのだ。
免疫ができるだろうが、そうした途端に別ベクトルの病原体を放り込んでやればいい事。
適当に風邪の原因となるウイルスをばら撒いて様子を観戦するのも雅なものだろう。
「たかだか我々が調子悪くなって風邪で済むのは免疫を持っているからであって、そうなるまでに何人死んでいるか知れたものではないのだ。ワカタナ!理解シタナ!」
何かのシミュレーションかゲームでもやれば理解できるような事柄ではあるが、世の中というのは実際に説明を受けないと理解できない人間が一定数いる。
ロッチナはそうではないにせよ、事の重要性を伝えるためにも重要なことだ。
現実は非情で実際に触れても理解できない人間もいるのだが。
一旦メンゲレは言論マシンガンを乱射し尽くしたようで、加熱した銃身を話と共に変える。
「で、だ。
だから風邪っぴきですら出禁になる訳だが、いかんせん人員云々を言うのも分からんでもない。
正直バイオテックの優秀な人間を研究所本拠地である[神奈川県伊勢原市小稲葉O-アニス酸]からドカスカ持ってきたいが、正直バイオテック側でも弊害はないとは言えない。
お陰で無駄に健康でクソ無能が混じるようになったがな!」
いくら小稲葉O-アニス酸にある邪悪なバイオ軍事基地が巨大だからとはいえ限度がある。連れてこれる数には限りがあるし、それによって処理できる数も圧倒的に足りない。
「まぁそういう訳だから遅いのも頭を抱えているのが現状だ。
だからウチの人間だけじゃなくてSoyuzさん側にも人員を割いて欲しいというのが本音なんだが。プロトコルはこのまま、人間を増やして対処する」
すると博士はストレスから愚痴を連想したらしく、日ごろの鬱憤を吐き出し始めた。
親友のカウンセラーであるマリスに相談してもなお足りないのは明らかである。
「と言うか私に何でもかんでも押し付け過ぎだ、コミックの万能博士か何かと思ってないか?
ただでさえあれこれ忙しいというのに集団で乗り物酔いしたゲロ袋を集計して遠心分離したみたいに多忙で今月2回過労死してる。クソだ!」
ところが、このガトリングガンの一斉掃射がぬるく思える長話を聞かされていた側からすると話したいのは簡易化ではないらしい。
「……その人員補填の事を言おうと思ったんだがな博士。その様子ではかなり精神的に来ているようだ。予定の5倍の人間を配置させてもらう」
すると博士はプレゼントをもらった子供の如く表情が明るくなった。
はじめからそう言えと口にしないのは罵倒を口にするだけの余裕がないからだろう。
「なんだそうだったのか。助かる。とまぁ私は30Lのゴミ袋いっぱいに吐き倒したいくらい寝ていないから失礼させてもらうぞ。面倒だから切っといてくれたまえ」
すっかり邪悪でご満悦な顔に変貌したメンゲレは、会談を放り出して仮眠室へと直行していった。
あまりの変わりようにロッチナは毒を吐く。
「……彼こそ話を聞いて欲しいものだ。そうすれば人望もマシになるというのに」
こうして、大量の人員を送り込むことが可能になったのである……




