Chapter135-3. Convene
タイトル【招集】
——ナルベルン自治区
市場
ロジャー率いるラムジャーを許さない市民の会が、ゾルターン戦の最前線にたどり着く1週間前に時を遡る。
何気ない夏の昼下がり、コルテスは市場で気晴らしに来ていた。
というのもニェムツィの証言をWordにて文字起こししていたのだが、どうにも不可解なことがある。
その部分は、帝国の監視役として送り込まれた使徒用にもたらされた実力行使用の神槍「メナジオン」と「メナキノン」なる物体が存在するらしい。
しかもチレイグの持つ情報を頼りにすれば軍事政権に移行するあたりで紛失してしまっていること。
どのような力を持っているのかまでは広大なページを遡らねばならないだろう。
何にせよ疲労困憊の目と脳を抱えてする作業ではない。
「考え込んでもしょうがないしな」
コルテスは腕を頭の後ろに組み、堂々と市場を練り歩く。
Soyuzの影響でシルベーや既定現実の物が入るようになったのか人々が行きかい、街は明かりを取り戻している。
そんな中、雑踏の騒々しさを上回る声が響く。
「我々は【ラムジャーを許さない市民の会】代表ロジャーと申します!えぇ、ラムジャー逆賊の悪行は此処、ナルベルンからは去りましたが、ロンドンの犯罪者が絶えずやってくる状況は火を見るよりも明らか!ここだけに留まらず、ガビジャバンにおいても、徹底的な浄化と救済をもたらし、この世から悪徳将軍とその傀儡である反動勢力ロンドンを消し去るのに是非お手をお貸しください!」
あまりにも大きな声だったため様子を伺うと、平和な市場には似つかわしくない重装甲のアーマーナイトが一人演説を垂れていた。
その横には物騒なマークが描かれた旗を振る人間もついている。
これが噂に聞くラムジャーを許さない市民の会と呼ばれる民兵、味方によっては武装組織だろう。
言い草は非常に物々しいが、あのロジャーという男のアジテーション能力は本物。
興味が湧いたコルテスは彼らを追うことにした。
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物騒な重装兵の後を追うと、そこは例の市民の会が開催する説明会へと来てしまっているではないか。
これも彼らの策謀か。興味を持ってきた人間も懐に誘い込んでしまう。ある意味、新興宗教と似ているが、目的が現実的な分いくらかマシだろう。
各々、剣や弓で武装した人々が集う。その数は多く、相当にロンドンやラムジャーを許さないという意思の表れなのは言わずもがな。
よく見ると、その中に異物が混じっていた。
見慣れた双頭のシルエット、やたら細いわりには鋭利な爪、4mもあろうかという巨体!
先日話したばかりのニェムツィである。
彼と呼んで良いのか、ロンドンやラムジャーに対して並々ならぬ恨みがあるのだろうか。
コルテスはこの光景を少しだけのぞき見することにした。
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壇上で丸みを帯びた重装兵がマイクもなしに、まるでアーティストライブに来たような音量で説明を続ける。
「お集まりいただきありがとうございます、この度はラムジャーを許さない市民の会、初の栄誉ある作戦にご参加していただくことになっております。作戦の詳細に関しては情報が漏洩してしまうためにこの場では言えません。ご了承ください。」
「まずは皆さまのお力を拝見し、私どもが配属させていただきます」
どうやら兵としての適性を見る、一種の面接会場だという。
いよいよ神出鬼没なロンドンに痺れを切らしたSoyuzが、市民の会に支援をし始めたに違いない。
インフラ整備を行おうとした建設機械師団が襲撃や略奪を受けないためにも、彼らのような「小回りの利く」存在は必要だ。
そんなことは兎も角。聞き耳を立てていると、次から次に選考を受ける住民の身の上話が聞こえてきた。
「父親が前の戦争で天馬騎士をやっていまして、何かあった時に乗り方と戦い方くらいは知っておけと言われて——」
親族が敗残兵だった者もいれば、まったくもって戦ったことのない素人同然の人間もいる。
「戦ったことはありませんが、ロンドンとあの憎き将軍を血祭りにあげられるなら是非」
「ロンドンを絶対に生かして返さない」
「地獄の果てまで追い詰めても殺す」
その一方、単純に血の気が多い人間で構成されているとは限らないらしい。
「直接戦いには携われませんが、あの将軍とロンドンで傷ついた人がいるならその復興を」
「兵にもなろうと思ったけどよォ、やっぱり建築しねぇと死んでしまう」
このような話が時折聞こえてくるあたり、どんな形であれ虐げられていたというシンパシーを持っている人が多く存在するのが分かる。
そんな十人十色の住民一人一人にロジャーは耳を傾けながら配属先を決めていった。
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——自治区某所
ロンドンの目から離れた場所において、代表のロジャーと兵員として選ばれた会員たちは早速作戦会議を開始。
初めの一歩を踏み出すにあたり入念な打ち合わせが行われる。
何事も印象と士気は重要だ。
ロジャーは兜を脱いで顔を露出させ、魂のこもった口調で説明を始めた。
「諸君らは選ばれた救済者である。第一に、私のことは司令官ではなく、苦肉を共にする指導者と思ってほしい。」
的確な指示が飛ぶ。
「本作戦はロンドン拠点を奇襲、破壊と犯罪者共の一掃である。これに際し、空と陸の偵察隊と重突入部隊。そして掃討部隊を編成する。
私が既に編成してあるため、諸君らは全力を尽くせ。また、実戦を不安に思う面々もいると思う。そのためナルベルンと契約しているSoyuzと交渉し、戦力の一部を支援してもらうことになった」
入念な準備を進め、この反抗作戦にロジャーは魂を込めていたと言っても良い。
虐げられてきた民の力を知らしめ、利用されて狩られる存在ではなく逆に力をもって自らの優位性を全て破壊する。
その第一歩は極めて重要だろう。
「偵察部隊は軽装兵と天馬騎士に配属された諸君だ。発見されれば真っ先に交戦する。覚悟は出来ているな。その力を存分に発揮し、是非とも情報を持ち帰ってほしい。また周囲を飛び回り、生き残りを発見次第始末せよ」
「次に、重突撃部隊だが強力な民の象徴、ニェムツィと重装甲部隊だ。Soyuzの力を持ってガタガタにした兵力を忠実に殲滅せよ。悪の逆賊も反撃に出てくるだろう。栄光ある戦力ニェムツィをこの私らアーマーナイトが援護する」
魔導が普及した今、このキメラは力を持つ反面非常に脆弱となる。故に魔法を反射する装甲板で身を包んだガビジャバン式重装兵の援護が欠かせない。
「そして掃討部隊の諸君が残存したロンドン共を全て根絶やしにして欲しい」
偵察を基に奇襲を行い、混乱している間に強力な戦士や兵器たちで賊を全て殺す。
逃亡者はラムジャーを許さない市民の会という存在を知られないため、ペガサスに乗った騎士が探し回って「殲滅」するのだ。
まさに念と気合が入った絶滅作戦。
面々も理解できたようで、顔をみればやる気に満ちている。
最後にロジャーは掛け声を上げ、結束を高める。
「ラムジャーに死を!世に光を!」
自由と平和は力によって勝ち取るのは時代・国。
はたまた次元を跨いだ先でも変わらない。
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——自治区
研究室
気分を入れ替えたコルテスは調べものである神槍についての考察を纏めていた。
「hum…しかし軍事政権になった途端に検閲が入って消されてるな。そもそも槍の存在自体が削除されてる項目すらある。…まぁ理由は分からんでもないか」
神槍について調べていたはいいが、一時を境に皇帝一族に繋がる情報。つまり神の使いが存在している項目から先が全て削除されている。
新制ファルケンシュタインにとって、レジスタンス運動を活性化させないためなのは明らか。
だが詳細について。つまり槍がどこに行ったかについての資料も存在しないのだ。
紛失した、ただそれだけで締めくくられており、追跡は不可能。
全く持って丁寧な仕事と言わざるを得ず、こうして後世になって研究を始める人間の身にもなってほしいものだ。
しかし、あれだけ強力な力を持つ神器であれば取り戻されれば都合が悪い。
軍部が政権の安定化のために持っているだろう、ということは推測できる。
軍事政権という不安定な足場故に、出来る限り安定を取りたいのは痛いほど伝わった。
だが証拠も出て来ない今、それ以上を出ないというのも現実。
「仕方ない、分からない事がわかれば上出来さ。……む?ニェムツィか?」
チレイグが脇でフォローしている最中、小刻みな揺れがコーヒーカップを揺らす。
これだけ大きいのは戦車かニェムツィのいずれか。
「珍しいな、お前から来るなんて。…何々?」
彼が外に出ると、双頭の竜は文字に書き始めた。
【チレイグ、お前の仇は討ってやる。ラムジャーを許さない市民の会に入ったから、よろしく頼む】
「お前マジかよ!」
一体これから先、何が起こるのだろうか…?




