Chapter135-1. Metal Refurbishment
タイトル【鋼鉄の改修】
異世界における装甲兵器の強みとはなんだろうか。
圧倒的な火力を誇る武装、攻撃を一切寄せ付けない強固な装甲。大きく挙げてこのいずれか二つだろう。
これまでの戦いにおいてこの要素でファルケンシュタイン帝国を圧倒。勝利を収めてきたのは事実。
しかしそれも3つ目の県、ゾルターンに入ってから揺らぎ始めてきた。
透明化兵の出現はまだしも、インビジブルと化した魔導士による爆破魔法【ヴァドム】による損害が出てしまったのである。
被害者は装甲が比較的薄いBMP-2。最大装甲は戦車に遙かに劣るが故に爆破魔法を受けて攻撃を受けた車体が大きく歪んでしまった。
幸いにしてエンジン部分に被害は及んでおらず、裏から叩き直す板金修理を受けて復帰することが出来たものの、被弾箇所がエンジンや砲塔。
防御のさらに弱く、歩兵が満載されている後部に受けたらと考えると悪寒がする。
冴島の指示によって前線から退いたもののラムジャーを許さない市民の会の援護というニーズが生まれてきてしまった以上、これらを出さずにはいられない。
運び込むにせよ色々と下準備が必要だ。
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——本部拠点
——整備工場
「hum……困っちまったな…」
整備班の班長である榊原はこの問題に関して頭を抱えていた。
強力な魔法から身を守るためには装甲を分厚くする必要が出てくる。
だが一辺倒に装甲を増せば良いのかと言われれば答えは否。重量が増えれば燃料を喰ってしまうし、速度も落ちる。
過去、兵器開発でも同じような課題にぶち当たった。
技術とは何かを捨てて、何かを得ていることが多い。それは戦車だろうが何だろうが変わりないだろう。
改造第一号に選ばれたのはZSU-23-4 シルカ。
自走対空砲と呼ばれる兵器で、普通は空に向けて4つの機関砲をばら撒く車両だ。
ここ最近では強力な機関砲を買われて伏兵の掃討に出向くことも多い。このところ、ジャルニエであった砦での戦闘でも大活躍したと聞く。
問題なのはその防御力で、最小限しか施されておらず対装甲弓 ガロ―バンの矢が突き刺さったという話も珍しくはない。
たった1.2cmしかないと捉えるか、12mmもあると捉えるか。
どちらにせよ、爆破魔導が直撃すれば鉄屑と化すのは言うまでもない。
「……ったく俺一人で考えてもしょうがねぇな……」
自身の頭をひねってもどうしようもない。班長は「魔法を知る」人を頼ることにした。
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魔法に知見があり、なおかつメカにも強い人間。そんな都合の良い人間はいるのだろうか。ましてや自動車が普及していないこの世界において。
いるではないか、技術班を当たり前のように出入りしている存在。
ソフィア・ワ―レンサットという逸材が。
榊原は適当に基地をぶらつきながらクライアントを探していると、建設機械に食い入るように見る彼女を見つけた。
「嬢ちゃん、ちょっと聞きてぇことがあるんだ」
「なんです?」
「おたくらの世界じゃあ魔法があるって話だろ。いいよな、ライターいらずに火がつけられちまうんだから。それで……そっちだとどんな風に魔法を防いでんだ」
ああ言えばこう言う、そのように兵器は進化してきた。
はたから見れば、血を吐きながら続ける悲しいマラソンとも言われても何ら言い返せない。
これだけ魔法が発達している世界なら、当然対抗策が生まれてくる。榊原はそう踏んだ。
「もちろん。重装兵などの鎧は時に魔法を受けることが有ります。どんな一撃が飛んでくるか分かりませんからね。ですから、耐魔導被膜が張られていると聞きます。受けたとしても、その被害を最小限に抑えることができます」
「それに隣国の鎧のように火だるまになるということはありませんから。向こうの鎧は反射こそできますが、実火で焼かれてしまったら何の意味もないと思いますが。それに難に使おうというんです」
その言い草であれば威力を弱めることは出来るという。
しかしシルカやBMPといった装甲がお情け程度しかない車両では軽減しきれるかどうか。
榊原は唸りながら答える。
「ちょっとな。お嬢さんも知ってると思うが、BTRとかそういう類は装甲がアーマーナイトよりも薄い。正直言ってかみっぺらだ。下手に鉄板溶接してもいいんだが、それじゃあ機動力が落ちちまう」
「あの程度であればソルジャーキラーで貫かれてしまいます。重さと移動力のせめぎ合いを取ると、うかつに装甲はつけられませんからね」
実際の所、兵員輸送車は兵士を銃弾から守れれば良いためそこまで硬くはない。
そのことはソフィアも実物を通してよく理解している。
それに重すぎることによって動けなくなる最もたる例が帝国軍における「ジェネラル」だろう。
あれは装甲を増やし過ぎて歩くことしかできなくなっている。エンジンにも限界がある以上、負担は強いられない。
「——それはそれで。別に近づかれなきゃいい。その前に撃っちまえば黙るからな。
ただ魔法ってなるとそうもいかない。相手は飛び道具、どこから撃たれるかわかったもんじゃねぇ。それに軽減するって言っても装甲が薄いんじゃ限度がある」
「すると攻撃を反射するのが理想的ですね」
答えが一見して出たように思えるが、班長の中で引っ掛かるものがあった。
「そうだ、嬢ちゃん。確か【反射する】ヤツは実火で丸焼きになるって言ってたな。ありゃどういう意味だ」
火、と言わずに枕詞を付けたのには訳がある。
「えぇ。ご質問ありがとうございます。ガビジャバン王国が塗っている魔力コーティングは、【魔力を経由していない火】を近づけると燃え上がってしまうのです」
「溶接などは使えないのでは?それに帝国にその手の技師っていたような覚えがありません、なにせ火だるまと紙一重ですからね…」
「弱っちまったな……」
基本的に金属の接合には火花を散らすアーク溶接と言った方法が取られる。
いわばガソリンを塗布した板を溶接しろと言っているようなものだろうか。
その結末は言わずもがな、火だるまになるのは自分達だ。
頭痛の種は増えるばかり。
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困ったこと、それも技術などといった伝統工芸の分野は流石の技術班でもお手上げだ。
ではどうすれば良いか。専門家に聞けば良いのである。
榊原はソ・USEを手に取り、あるところに連絡した。
帝国でありながら、帝国ではない場所。
ナルベルン自治区にいる阿部たちである!
【もしもし?あ、整備班の班長ですけども】
【え、あ…マジか!】
【あんた新人のバイト君か。ちょっと聞きたいことがあるんだけどな。そっちの方で…そうだな、なんか魔法をはじき返すなんかしらないか】
肝心なことを聞くと、電話口のバイト君の様子がおかしい。
【あー……なんかどっかで見たことあるなぁ…阿部先生にクソみたいな重さの資料を運ばされたときにちらっと見たような……】
少なくともその手の技術はあるらしい。
【わかった、先生に代わってくれや】
一体、何を始める気なのだろうか。
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□
——整備工場
事務所
大きな進歩があったが、それでも次から次へと課題が襲ってくるのが人生や技術の道では良くあること。
問題はあの可燃性極まりない板をどう増加装甲として取り付けるか。
返答が帰ってくるまでの間、榊原は仕事合間に缶コーヒー片手に考えていた。
直接火花を散らせばとんでもないことになるのは言うまでもない。何もかもが燃えて全てダメになってしまう。
溶接できないものはどうすれば良いモノか。
そんな時、休憩でもしているのか榊原の右腕ことジョンが何かを抱えて入って来た。
「おう、ジョン公。そいつぁなんだ」
「ああコレ。前に撮った集合写真。現像許可取れたんで焼いてもらったんです。ちょっと写真立てにでも入れようと思って」
技術班はある意味クラスメイトや家族と同じく結束が強い。激務に晒されているからか、はたまた技術屋がそういう性格からか。
この場で問うのは無粋である。
ともかく思い出というものはいつか記録しなければ忘れ去ってしまうもの。形にすることは重要だ。
そんなことを思っていると、班長の中に電流が走る。
「そうか……はめ込んじまえばいいのか…俺としたことが…」
独り言をつぶやく榊原に、ジョンは何気なく語り掛ける。
「どうしたんです?」
「ちょっとこの場外すぞ。あとヒト借りてくからな」
何を思いついたのか!
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——ナルベルン自治区
—学術旅団 研究室
整備班は様々な場所に依頼を発注した。
最初は自治区で「魔力反射板」を作るよう、現地の魔導技師に依頼。砲塔旋回速度が極めて重要なZSU-23-4に使うのは軽量のアルミ板。
ホームセンターの隅で販売されている薄い金属板だが、その重さは鉄と比べて雲泥の差。
アルミとスチールの缶ジュースでは重さが明らかに違うのが最も分かりやすい例だろうか。
手にした技師たちは金塊を前にしたかのような声を上げる。
「マジかよ。こんなアルミニウムなんて使っていいのか?んでカネ貰って?」
最初はロンドンを懲らしめるためにと頭を下げられたものだが、職人たちもよりにもよってこんなものが来るとは思っていなかった。
「送って来たんだから仕方ないだろ」
電気精錬が発明されるよりも前の時代、何気なく缶などに使われるアルミニウムは時に金よりも上とされた。
よって彼らが目にしているのは白金板と大差ないのである。
とんでもない価値を持つレアメタルを紙切れ同然に出してくれる組織がいるのだから面食らったのも当然の成り行き。
兎も角、カネを積まれて依頼された以上どうしようもない。出来る限りの事はやるべきだろう。
技師たちは一眼になって作業にとりかかるのだった。
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Soyuzから支給されたアルミ板は、職人たちの手によって工房の天井からぶら下がった鎖に吊るされる。
その下には魔力が過剰とも言える程に溶かされた水が張られた桶が置かれ準備は万端。
本来は重量がかさむアーマーナイトの装甲板にコーティングを施すための設備であり、ややオーバーに思えるかもしれないが、手順は順守するのが一番だ。
鎖の留め金を外し、ゆっくりと反射板をコーティング液につけていく。そこでもう一人の男がやって来て水面に手を付けたではなかろうか。
「イヤーッ!」
魔力コーティングは実際の電気メッキと同じ、魔力を流し込む事によって金属本体に定着。そうすることで定着する。
これでありとあらゆる魔導を反射する、恐るべきアルミ板が完成するのだ。
ホームセンターで買ってきたような材料が頼れる装甲になった瞬間である。
恐ろしく雑な方法かもしれないが、一番確実。職人の手に迷いはない。
彼らの手によって、爆発魔導をそっくりそのままはじき返す魔女殺しが着々と完成へと近づいていくのだった。
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□
——本部拠点
——整備工場
——ZE……ZEEEK……——
整備班の牙城であるこの工場では、ありあわせの材料を使って溶接。
反射板を入れる「フォトフレーム」を作り出していた。その中にはソフィアも混じっており、作業もはかどっているらしい。
まずは支持する柱を砲塔に着け、そこにステンレス製窓サッシを改造した枠を設置する。
そこで枠を完全に作らないのがミソであり、反射板を差し込んだ後に上部を溶接して羽目殺しにするのだ。
本当はしっかりと固定し、透明兵士対策に赤外線暗視装置を付けたいのだが、異次元という性質上これで精いっぱい。
魔法一発でテツクズにならない分マシだろうか。
「溶接教えたらすーぐ覚えちまったな、嬢ちゃん。……5年かかってイモハンダしかできねぇウチのドラ息子を超えちまったよ……はぁ……」
殴り書きの図面を班長はボヤキながら見つめる。
彼も彼で一人息子がいるのだが、ここまで早く覚えるような人間ではなかった。
視線の先では支持棒を次々とシルカのなけなしの装甲板に溶着させていく。
これだけだと作りかけのプラモデルにしか見えない。
ステンレスサッシを改造額縁を吊り下げながらくっつける。
これでもなお、片付けかけの部屋のようにまとまりが見えてこないのが現実。
重要なモノ、ある決定的なものが足りないからだ。
VTATATAAA……
最後の1ピースはヘリのローター音と共にやって来る。
ぽっかりと空いた孔を埋める要素。ついに魔導反射板が完成したのだ!
明らかに阿部の使い走りであるバイト君が書いたような文字で「火気厳禁」や「No FIRE」に留まらずピクトグラムまで描かれている。
逆に言えばそれほど良く燃えるという事の表れか。
何やら一通の伝票と紙が添えられているようで、榊原は迷わずそれに目を通す。
「……そうきたか。ライターオイル化と思ったら、ガソリンを板に塗ったようなモンじゃねぇか」
もう一つの紙切れには殴り書きで【絶対に溶接するな!】と記されている。
押すな押すなと言われれば突き落としたくなるのが人情だが、そうすれば辺り一面が大火事になることだろう。
それに金属同士を接合する方法は何もアーク溶接だけに限った話ではない。よりアナログな手段、リベットで止めれば良いこと。
DIYにはいくつもの道が存在するものである。
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数時間ハンマーで板を固定し、オリーブドラブの塗料を塗りつけて遂に完成を迎えた。
「耐魔法コーティング反射板装備ZSU-23-4 シルカ」
とって着けたような改造ながらも、魔導士やソーサラーに対してはあまりにも効果的なメタカード。
学術旅団のチーフを呼びつけて火球を射出するフレイアを撃たせたところ、鏡の様にはじき返すことに成功した。
これはナルベルン自治区、いや異世界と現実世界の技術を使って生まれた子供であり、
適当な即席改造ながら、産業遺産に登録されても良い程の代物。
魔法を恐れない無慈悲なロンドンハンター・シルカ。その日の目は近い…
登場兵器
・ZSU-23-4
愛称「シルカ」ロシアにある川の名前からとられている。レーダーを搭載した動ける機関砲…それ以上でもそれ以下でもない兵器。本来、前に出張って使うものではないので装甲はお情け程度しかない。動ける機関砲なら銃弾程度が防げればよい。
だが空に撃っても強いなら「地上に撃っても強い」ことに気が付いた人間により、旧式化も相まってもっぱらゲリラ狩りとしても使われることも。
レーダーが付いていない、本当に動くナニかなのだが、存在意義を問うだけ野暮だろう。
・BMP-2
歩兵を運べ、なおかつ歩兵の援護。いざとなれば対戦車ミサイル1発で戦車もダウンを体現したかのような車両。武装は30mm機関砲と機銃、ミサイルとバランスの取れた仕様となっている。
あくまでも戦車の補助的な役割を担うためいくら装甲があるからと言って過信は危険。
実はかなりスピードが出るほか、小回りも効く。これさえあれば、昨今の物騒なハイウェイで絶対に喧嘩を売られないこと間違いなし。




