Chapter135. A Midsummer Noon’s Sky
タイトル【真夏の昼空】
———ウイゴン暦7月22日 既定現実7月29日9時
——カカリコ村
自走対空砲部隊が到着したカカリコ村では他の場所とは異なる状況だった。
それは駐留の帝国兵の有無。
ゾルターンには多くの村が存在する半面、防衛騎士団を有していないことが多い。
ラムジャーが余計なコストを掛けたくないのもあるが、ロンドン以外の犯罪者が存在しないため置かれていないのである。
という事で食糧の配給役と反乱防止のため兵員が配置されている訳だ。
さらにゾルターンと他の県との違いはまだある。
原則的にジャルニエなどでは一定の訓練を受けると部隊に配属され、レジスタンス狩りという形ではあるが実戦を経験することが多い。
しかしゾルターンでは事情が異なり徴兵と訓練を受けた後は即座にこういった村に配属される。
機動隊になるために警察学校で学び、その挙句配属されたのは交番か交通安全教室に出てくる名ばかりのお巡りさんのようなものだ。
意気揚々と警備をできる軍人は早々おらず、領民への危害を加えることが多発している。
軍人らしいことは全てロンドンが行っているため、何故軍隊に入ったのか分からない兵士も多いという。
そこで話を戻そう。
カカリコ村の責任者となったボリス中尉が到着すると、住民を集めて適当に説明会を開く。
「えぇ、この度はSoyuzとご契約いただき、誠に、ありがとうございます」
カンニングペーパーを見ながら中尉は始まりの挨拶を行う。
こう言った式典には慣れていない彼の言葉はたどたどしい上、殆ど少佐の受け売りだ。
「あー。これよりカカリコ村はSoyuzの領土に入りますが、正直言ってそこまで難しく考えないでください。反Soyuz的策動をのぞく、あらゆることを行って構いません」
「えぇ、いきなり自由だと言われて困る、というのも十分に分ります。えぇ、自分も似たようなところに居ましたので、ええ。いきなりマクドナルドが出来た時はビビりました。ハイ」
カンニングペーパーは【Soyuzとの契約】程度しかなかったらしく、ボリスは実体験を織り交ぜながら説明すると、村人は口々にヤジを飛ばす。
「自由って何すりゃいいんだ」
「確かに」
「マクドナルドってなんだよ」
だが一言をクローズアップしていくとその言葉に反抗的なものは無く、ボリスと同じく困惑の声ばかり。
いきなり野に放たれて自由だと言われても、何をしていいのかが分からなければ意味はない。
「あー…なんだっけな。物資とかが不足していればお気軽にお申し付けください。可能な限り用意いたしますので。どんなものでも、結構です」
ついにネタが尽きたのか、契約書に浮かんだ一節を口にした。
村人たちが口々にあれがない、これがないと言い始める。
親鳥が返ってきたヒナのように。そんな様子にボリスはどことなく危機感のようなものを覚えた。
外からの産業を受け入れ続けた結果、そこにいた住民すべてが労働をしなくなった。どこかの国だったか集団だか覚えてはいないが。
村の連中がSoyuzという文字通り外からやってきた存在に寄生し続け、働くことを止めたら。
途上国の支援に行ったことのあるボリスはどこか安心できずにいた。
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とりあえず足りないモノを過剰書きするように命じた彼は、しばらく住民がもめている間、捕虜になった帝国兵から情報を引き出そうと考えていた。
報告によれば捕虜は3人。
そのほかの兵は民間人を殺傷し、反抗してきたことから射殺してしまったらしい。
既に埋葬も終え、こうして平穏を取り戻しつつある。
最悪なことに自治区から聞き出せた情報はアルス・ミド村までの経路までで、この先の情報は寸断されていると言っても良い。
長距離航空偵察の際に得られた航空写真をゾルターンに照らし合わせると、少佐たちがいる場所から約30km北東に城塞のような建造物を見出すことが出来た。
しかし存在している事しか分かっていないばかりか、偵察からはや3か月を迎えており
増築や改修といった変化している可能性がある。
空からの情報がすべてではないのだ。
そういった状況から捕虜への尋問が必要となってくる。
ボリスはゴプニク座りで捕虜の前に来るとまずは顔色を伺った。
不機嫌にしては居ないだろうかと考える程彼は小心者ではないが、兵士の士気や健康状態などが見えてくるものである。
「人の顔を見て面白いもんかよ」
帝国ソルジャーは中尉に悪態をつく。
それはどこか無気力的で何もかもどうでも良い様な顔付きをしていた。
志高い兵士ならもっと抵抗してきてもいいはずだが、すべてをあきらめたような顔を見てボリスは気が付いた。
ここに居る兵士の士気はガタガタだと。
「これから尋問を始めるが…最初に聞きたいことがある。お前、軍にいてどうだった」
彼は聴取をすることを告げると共に、あること聞いた。
この手の人間は愚痴を抱えているものだ、それも莫大な量の。
そいつを引き出し、同情を誘うことで引き出せないかと考えたのである。
深く息を吸い込むと帝国兵は率直にこう言う。
「クソさ」
軍人至上を掲げている帝国では絶対に出て来なさそうな言葉にボリスの疑念は確信に変わった。
背景事情からすればそうだろう、マフィア崩れに好き放題され何故自分たちが存在しているのか見出せなければ誰でもそう思う。
「ちょっと聞かせてくれやしないか」
「あんた妙なこと聞くな。」
愚痴からどれだけ情報を引き出すことが出来るか。中尉なりの尋問勝負が始まった。
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「俺、ホポルタ線に配属されてたんだが…もう2年になるのか。ここに移転さ。それからはこうしてサボってるヤツのケツを叩く仕事をしてる。思うんだよ、こんなんでいいのかってな」
「ここ以外の連中は誇り高く兵士をやってる訳だろ?話しててもなんか馬鹿らしくなってきた。」
ソルジャーは大きなため息をつきながら続ける。
「確かに優遇してもらってるっちゃぁそうだ。命令に従わないヤツを始末してもお咎めなしだから、別に腹が立ったとかで殺ってもいい訳だ。調整になるからな」
「初めの頃は守るはずのヤツらをぶっ殺していいのか、なんて思ったが…慣れってのは本当に怖いもんよ」
中尉は彼の口からこぼれた【ポポルタ線】というワードを掌に記す。
「——正規軍がやっていい事じゃあねぇな。お前が居たトコは此処とどう違ったんだ?」
同情を重ねつつ、少しずつソルジャーの過去について追及する。
正規兵が住民の殺害に加担する。
国に血をささげた兵にとってこれほど苦難な事はないだろう。
「大して変わらんさ。ただ住人との距離が遠いから…なんつうかな、しっかりしなきゃとは思ったな」
「…それに、あんたが聞きたいのはポポルタ線の事で俺の事なんてどうだって良いとか思ってんだろ。いいさ別に。こんなクソッタレな所なんていっそのこと滅びちまった方が良いに決まってる、話してやるよ」
物事の本質に気が付いてしまった兵士は視線を下に向けながらついに屈した。
いや、壊れてしまったと言った方が適任だろうか。
ボリスは目の前の捕虜に少しばかり同情してたが、此処まで心がやられてるとは思わなかった。
ソルジャーは哀愁を背負いながら話す。
「ポポルタ線はここから先にあるアルス・ミドって村から先にある。どれくらいの距離だか忘れた。誰がどう見ても分かるくらいドデカい長城だから一発で分かると思う」
「ラムジャーが周りにある10だか20だかの村を纏めて1つにして、陸軍基地…規模も忘れた。ものすごい規模入れても収まっちまうくらい広い」
「たしかラムジャーが言ってたな。反乱があったとき、すぐさま派兵できるようにって。城一つ作れるカネをつぎ込んでな。結局ロンドンが居座ったせいで反乱も起きないからムダ金に終わったと思ったんだが…。たしかシューターとかあったな。どのみち、城と大差ねぇ。」
節々から伝ってくる劣悪な環境に同情が抑えきれない。
シューターとは固定カタパルトの事で、報告例によればシルベー城攻略戦でその存在が初めて確認された。
装甲兵器にとってはそこまで脅威になるようなものではないが、帝国軍にとっては陸上艦砲のようなモノ。
ポポルタ線の重要度はかなり高いと踏んで間違いない。
「迂回できないのか」
ボリスは彼にこう聞く。
「当たり前だろ。回り道して突破できる要塞を誰が作るんだ。あそこは川をうまい具合に利用して作ってあるんだ。渡河でもしてみろ、クソッタレになる。あんた要塞を何だと思ってる、要塞だぞ。」
兵士は食い気味に答えた。ラムジャーも抜け目のある要塞を作るはずがない。
いくら短気な色ボケ将軍でも要塞の設計はちゃんとプロに頼んだのだろう。
当然のことだがどんなに強固な要塞でも迂回されては意味がなく、繊細な造りが要求されるのだ。
ボリスは思いつめた顔でつぶやいた。
「…あぁ。カエル喰ってそうなヤツらが作った要塞の例があってな…」
人類はとことん愚かなものである。
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そうして尋問を終えた頃、警備兵から無線が入る。
【こちらProfessional gopnik 何があった。】
【村の入り口に得体の知れない何等かの武装集団が…!】
【了解、対処する】
ロンドンであればそう言っているはずだ。
警備兵は犯罪組織ではない別の存在と遭遇していた。
一体それは何なのか、ボリスはすぐさま村の入り口に急ぐ。
警備スタッフに足止めを食っていたのは謎の甲冑集団だった。
間違いなく言えることは帝国軍の装備ではないという事だけで、肩には半円に槍が刺さったマーキングがされている。
よく観察すると自治区の旗、そして謎の文字が大きく、また力強く書かれた旗を持ってる兵士もおり、デモ集団めいた空気を漂わせる。
すぐさま言語解析システムダザイをインストールしたソ・USEで文字を解読した。
【ラムジャーを許さない市民の会】【破壊する】【殺傷】
あからさまに過激派集団ではないか!
カルト宗教的文言が掛かれており、武器を掲げてはいないものの正規軍でもロンドンでもない集団が分厚い甲冑と大きな斧や槍を掲げている。
分かりやすい話が対戦車ミサイルを持ったNGO、そんな暴力の塊のような存在が居たのなら堪ったものではない。
ボリスが口を開こうとした瞬間、隊長と思われるアーマーナイトが出てくるとSoyuzめいた口調で身の上を明かす。
「我々はラムジャーを許さない市民の会 会長ロジャー。Soyuzがゾルターンに入ったことを聞いてここに来ています。政治的意思は何もありません。士官の方にお会いできて光栄です」
本物を見てボリスは凍り付いた。
カチコチの永久凍土になった思考回路を何とか回しながら目的を聞き出そうとする。
「こんな武装集団がこの村に何の用です、あくまでもここは軍事拠点ではないのです。」
「——我々はラムジャーを破壊・粉砕・根絶するために来ていますが、それだけが目的ではありません。愚の骨頂ラムジャーによって破壊された村々を再生するという使命もあります。武装しているのはあくまでもロンドンを退けるためです、申し訳ありません」
ロジャーと言う男、とやかく声が大きい。
普段指示や命令で声を張り上げる機会があるボリスですら若干圧倒されるだけの声量を度々聞かされるのだから堪らない。
「……つまり、この村には復興のために来ていると」
「そうなりますな」
逐一声が非常に大きい。こんな一言ですら耳障りになるくらいだ、煽動にはさぞかし向いていることだろう。
しかし見た目からして物騒極まりない集団を村においていいのだろうか。ボリスは冴島に判断を委ねることにした。
一言断ってから少佐に向け連絡を取る。
【こちらLONGPAT、どうした】
【こちらCrazy taxi ラムジャーを許さない市民の会と名乗る武装集団が来ています。目的は県将軍の抹殺およびゾルターンの復興・再生と自称しています】
【……こんなの聞いてないぞ。……Soyuzに何等かの危害を加えてくる素振りはないか】
そのことを聞いた少佐は本気で困惑していた。その中でも事実確認だけは済ませようとしている。
【……発言を聞く限り、Soyuzに対し友好的かと…。写真を撮影して送信します。】
【………LONGPAT了解】
終始冴島はひたすら困惑していた。
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暫くすると彼が持つソ・USEにデータが送られてきた。
どうやら自治区の人間はそう言った未知技術に慣れているのか、クラス写真のように陣形を組んでいるjpgファイル。
本人でもどうしてよいのか本気で悩みつつ細部を観察した。
この市民の会は隣国ガビジャバンタイプの重装鎧を着用している。
阿部が自治区を調査した際に報告が上がっていたものと瓜二つ、間違いなく彼らはナルベルンからやってきたのだろう。
【……こちらLONGPAT、復興作業の受け入れを開始せよ。】
【了解】
ボリスは少佐の指示によって過激派復興団体を受け入れることになってしまったのだった…
次回Chapter136は5月7日10時からの公開となります。
登場兵器
・ラムジャーを許さない市民の会
ナルベルンが解放されたことにより、Soyuzがもたらした自由によって生まれた武装集団。
掲げている文言がやたらと物騒だが、その目的は散々煮え湯を飲まされてきたロンドンやラムジャーの被害を受けてきた人々の救済と清く正しい。
こういった組織が存続できるのは、それだけ民衆からの支持を受けていることに他ならないだろう。




