Chapter134. come to light
タイトル【陽はまた昇る】
———ウイゴン暦7月21日 既定現実7月28日9時
———ジェムラ村
一難を辛うじて回避したジェムラでは早速、海原率いる学術旅団が動き始めていた。
ハリソンに籠ってばかりも良くない上、文化の多様性をこの目で見なければならないと息巻いている。
「おはよう諸君。…正直言って眠いわ体中が痛いわで辛いと思うが…。本日のフィールドワークはジェムラで始めよう。」
熟睡出来ていない学者チームを集め、代表海原は今日の予定について軽く話す。
皆、ハリソンに居た時とは異なりやる気がないばかりか目は赤く血管が浮かんでいた。
野営することを前提にしていないため、着陸したヘリの中で睡眠を取っている。
当然の事ながらぐっすり寝れるはずもなく、ご覧の有様。
「海原さん、ちょっといいですか」
けだるい体を持ち上げてムーランは挙手した。
「どうしたムーラン。もっと寝たいとかじゃなくて。」
「俺だって布団被って寝たいっすよ先生。だけどアレ…」
彼が指さしたのは固い金属の床で四肢を放りだして爆睡しているチーフである。
ヘリで寝ると言いだした途端、バッテリーが切れたかのように倒れ込んでから今の今までぐっすりだ。
最早あそこまで行くと睡眠と言うより気絶ではなかろうか。
「……誠に遺憾だが…仕方ないだろう。」
こうしてフィールドワーク長が不在の中、肝心の実地調査が始められることになった。
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こうして訪れた集団だったが、取りつく島もないことに苦笑いを浮かべている。
帝国軍から半ば解放されたとはいえ、生活を営むためには農業と切って離せない。
生きる糧を得るには仕事をしなければならず、その姿は大学に在籍していた頃を連想させるだろう。
一応忘れてはならないが、学術旅団が調査を入れるマナーとして基本的にご好意で調ベさせてもらうことを信条に活動している。
そのため、暫く仮眠を取るなどして昼休憩に入るまで暇を潰すのだった。
「しっかし、日本の夏よかマシですね海原さん。蒸し暑くてかなわんのに。」
研究員の一人が海原に話題を振る。
「あぁ、それは分かる。夜も冷房なしで寝苦しいと思わなかった。」
熱波で狂いそうになる日本と比べ、帝国は湿度が高くないため日陰に入れば多少なりとも何とかなる。
基準がおかしいだけで、東京周りの大学に出入りしていない旅団メンバーやネパール育ちのムーラン、村人は汗を滝のように流していた。
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——午前12時58分
「飯にすっかぁ…!」
「あぁ、食わないと倒れそうだ…どうすんだよ。軍隊がいなくなったから配給がなくなっちまったぞ。」
一通り区切りをつけた人々は昼食を取り始めるのはどこの世界でも同じ。
流石に帝国軍も食わせないとまずいことを知っているのか、配給という形で食事をとっているらしい。
いつの時代、場所でも食糧問題は深刻な課題である。
何か様子がおかしい。
海原が耳を澄ませていると農民たちの憤怒の声が聞こえ始めたのだ。
「軍が遺してったのは3日か、畜生、あんな連中が来たから飯が…!」
「そういうなよ、あいつらが来なかったら全部吹き飛んで俺たちも死んでたんだぞ!」
ただならぬ殺気を感じた彼はすぐさまソ・USEを手に取った。
食い物の恨み程恐ろしいものは無いと知っての事。
世界を旅して分かったが、どこの人間も食に対して異様な何かを持っている。
彼らの話を聞くと配給を行っていた帝国軍が逃走したせいで食糧事情がひっ迫しているらしい。
【こちら調査中の海原です、本部ですか?今えぇと、ジェムラの村に居るんですがね。ちょっと今すぐ食料の方を…!】
【こちら本部。何が起きている】
何も事情をしらない中将は海原から内情を聞き出そうとする。
冴島からかかってくるならまだしも、彼からの連絡はある意味不自然。
【今ゾルターンにあるジェムラ村にいまして、命令通りに仕事したんですが、どうも村の人々の配給が止まっているようでして】
どうやら滞在している村では食料が不足している旨の連絡だった。
ゾルターンの村々の現状を見る限りそうだろうとは踏んでいたものの、やはり実地の人間からの連絡は信用できる。
だが帝国軍が食糧配給を担っているとは初耳だ。
これは軍が行政を掌握していることに他ならない。
下手に皆殺しにすれば村人を飢えさせることに繋がる。
厄介な制約がまた一つ増えるな、と内心中将は感じていた。
【本部了解。航空機から支援物資を投下する。今後は心配する必要はない】
【何故です?】
【じきにそれなりの数の設備を送り込むことになるからだ…我々も少々本気を出さねばならなくなってきた。】
権能が意味することとは一体。
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深いことはさておき、食糧支援は取り付けることが出来た。
異文化交流の大きな一歩が踏み出せそうである。
空から2機の輸送機Il-76が飛行機雲を引き連れて現れたではなかろうか。
重航空機特有の低音が地上を覆う。
流れる雲のように天を見上げて耽っていると黒い何かが解き放たれる、たぶんアレが食糧を詰めたコンテナに違いないだろうか。
流星にも思えるその光景に、海原は思いを馳せる。
戦後、祖国がギブミー・チョコレートと言って食べ物をねだっていた時からもう一世紀が過ぎようとしている。
こうしてねだる側から与える側になったとは考え深い。
世界を、そして次元を渡っても思うことがある。何故こんなことになるのだろう、と。
同じ知性を持った文化人が同族をこうまで虐げられるのだろう。
最もSoyuzが戦争を始めている以上、こんなことを考えてはならないのかもしれない。
「回収急げ」
「了解」
後ろの方で戦車兵の声がする。
昨日のロンドン基地潰しが行われたとは言う。
だがどうだろうか、いずれにしても飴にたかる蟻は出てくるだろう。それにバケツリレーでは効率が悪い。
人間を朝ラッシュの電車よろしく詰め込める装甲車であれば問題ないのだろう。
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物資が落ちてきたのは村から700m程離れた草原。
BTR-Tの棺桶同然の兵員室に食糧を、上に乗ったスタッフが積み込みを担う。
「乾パンに水…コンビーフ…あとは高カロリービスケット。よし、結構あるな。…なんだコレ。」
コンテナを開け、缶詰が詰まった段ボールを積み込んでいく。
ガスで殺虫されているため現実世界にいるアレは漏洩することはない。
そんな時、とんでもない記述がされたボール箱を見つけた。
「吉野家缶飯…?いいのか、つけものも味噌汁もないんだぞこの世界。いいのか本当に。」
ひときわ目を引く吉野家の文字。中身は日本で食べることが出来るつゆだくの牛丼が詰まっているという。何故こんなものが、こんなところに。
自衛隊が食べている赤飯でも持ってくればよかったものを。疑問は絶えない。
選りにもよって味に飽きが来ないようにしているのかバラエティパックと記載されているではないか。
「あ。味噌汁はないが即席コンソメスープはあるのか。」
中将は帝国人の味に合いそうなものをわざわざ選んだようだ。
学術旅団の提出した食文化レポートがなければこのメニューはないと言っていい。
積み込みし終わったスタッフは頭に疑問符を浮かべながら村へ戻っていった。
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少々夕飯には早いものの、食糧配給が執り行われる。異界から来た食料にジェムラの人々は生気を取り戻しはじめた。
やはり美味い飯は万国、いや生物共通といえようか。
先ほど聞いたイザコザなどは一切失せ、活気が少しずつ戻ってくるのを感じる。
「この下に入ってる麦を炊いたみたいなのが気になるが…まぁいいか、温かい飯に文句言えねぇや」
「脂が美味い」
安い・早い、そして何より美味い。
口に合うようで幸いだった。そんな時、海原は舌鼓を打つ彼らにあることを問う。
「——ちょっとお忙しい所を失礼。昼飯はいつも何を食べているのか、お聞きしても?」
取りつく島をついに見つけたようで、ようやく調査が始められた。
ただ突拍子もない質問ではあるが殺伐とした中で聞くよりはマシだろう。
「変なこと聞くなアンタ、まぁいいけど…。普段はうっすい粥だよ。麦だって軍人と生活用品を交換できるんだからあんまり使えやしないからな。」
「あとは何の価値もない小さい芋を寄せ集めて汁物にしてる。…水で腹を満たしてんのと大差ないよ、食ってるっていう感じがいいよな。何か塩っ辛い気がするけど、まぁいいか」
「それと…酒とか作るときに出たヤツとか。あれを溶いて飲むと多少体がもつようになるな。クソみたいに甘いが贅沢言ってらんねぇ。食った気しねぇけど」
少しばかり気になる発言が飛び出してきた。
あたかも薄い粥と甘酒めいた飲み物以外ないと言うニュアンスに取れる。
明らかに食文化が退行しているではないか。
ハリソンではパンだけで何種類、家庭料理はいくつもあったというのに。
「…それ以外は何かありますか?魚とか。」
海原は他にないかと聞く。
シルベー県ではベーナブ湿原があるお陰で魚料理が発達しているため、それが出荷されていてもおかしくはない、そう踏んだからである。
「ないな。あるわけないだろ。」
「ああ。みんな生活用品と交換に出しちまうから。」
食文化が後退している理由は正にこれだった。
ゾルターンではどういう訳か塩や服と言った生活物資を軍が掌握しており、それを手に入れるため貨幣の代わりに食材と物々交換することで得ているのだろう。
ここの上層部は住民から徹底的に搾取することしか考えていない、それも生きるのに必要な分も吸いつくす勢いで。
経済の事に少々疎い海原でもそれくらいは分かる。
食どころではない。
この県では経済を形成する通貨ゴールドがこのように紙くずと化し、領民の支配に一役買っているのだろう。
こんなシステムを考えた人間が生きているなら本気で軽蔑する。
焼畑農業をして一時は良くても、後々に響いてくることを知らないのか。
カナリスがラムジャーを汚物のような扱いをするのにも理解できた。
知性を持った生命が織りなす文化多様性を損なわせ、血と肉で出来た生産機械として今を謳歌すれば良いとしか考えていない。
海原は静かに憤怒した。
ゾルターンを統治する将軍を張り倒し、文化的生活を取り戻したいと強く思うと同時に、何故戦争が起きるのかが分かってしまった。
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県の真実を目の当たりにした彼は、本部拠点にいるカナリス将軍に連絡を取った。
村々がどうしてこうなったのか、最も知っているような人物だからに他ならない。
【——お時間は大丈夫ですか、カナリス将軍】
【僕に用事とは珍しいじゃないか、無線とやらは便利だ。迅速に、そして距離を選ばない。確かゾルターンにいると聞いている。】
VIP待遇の捕虜とあって、彼は暇を持て余しているようである。
【いつからゾルターンはあんなことに…】
【全てはラムジャーがやったことさ。正確に言うと椅子のすげ替えがあってすぐにハゲ頭が居座ったんだ。それからずっと領民から搾取し続けてる。あろうことか通貨も廃止してね。そうすれば金がかからず済むんだとさ】
【——バカバカしい、貧乏人が考える浅知恵以下だ。】
将軍ラムジャーの事になると、普段の貴公子のような口調に皮肉が混じり始め、やたらと話が長くなり始める。
誰がどう見ても嫌っていることは明らかだ。
むしろ好む要素なんてあるのだろうか。
【ま、搾り取った利益でヤツは豪遊してるよ。女なんか攫ったんだか知らないが大量に連れて…跡取りには困らんだろうけど、この椅子を誰にも座らせたくないらしいのか、身ごもった愛人はすぐさま処刑だ。】
【僕も人の事は言えない所業はしてるけどこれだけは言わせてほしい。本気で軽蔑したのはヤツが初めてだ。あの禿げ頭の中には金と女と支配欲でいっぱいでまともに統治しようなんてことはまるでない。聞いた話じゃナルベルンを制御下に置くために愛人との子供をトップに挿げるくらいは知恵がある。】
海原は言葉が出て来なかった。
頭が真っ白になって、何をして良いのだか分からなくなってきた。
醜悪な人物が此処までの所業をしておいて、のうのうと生きて居られるのだろう。本気でそう感じたのである。
【あの色ボケはこんな便利なモノを持ってないだろうし、この際だから言うけどあそこの兵士、士気が低いような気がするよ】
【一度居城で話したことがあってね、兵士の様子をちらっと見てたんだけど。まぁボロが出まくり、その程度で僕が誤魔化される訳ないだろというか…】
【あ、そうそう。最近じゃあ生産能率が落ちてきてるって話を聞いたことがある。もう衰退は始まってるってこと、自業自得だよ全く。——あれ、前どっかで話したような気がするな、まぁいいか。思い出すたびに頭に来るから。】
軍人至上国家ファルケンシュタイン。その暗黒部が草原に濃縮されている。
今まで見てきたジャルニエやシルベーでは決して見れない、軍事政権の裏側が確かに存在していた…
次回Chapter135は4月30日10時からの公開となります




