Chapter131. scarlet of Pegasus knight
タイトル【赤い天馬騎士団】
少佐が何故応答できず、交渉が海原に委ねられているのか。
その理由を知るには日没から時間を遡る必要がある。
ゲイルを逃がした冴島は車長用ハッチのから身を乗り出して倒れた。
つまり指揮官の喪失を意味する。
だが当然リカバリーが考えられている。
この場合、少佐に次ぐ中尉の階級を持つ男コノヴァレンコに指揮権限が委譲されるに至った。
これはあくまでも理屈上の話に過ぎない。
戦闘終結後、中尉は冴島の救護活動に急ぐ。
刷り込まれた本能がこう言っている、今どうにかしなければならないと。
半ば無意識が生んだ行動だった。
そんなこともあって4式中戦車の砲手と手を取り合い、なんとかとして車内から少佐を引きずり出した。
軍医は当然前線にはいるはずもなく、頼れるのは部隊内の人間か自分だけ。
そんな彼が最初に見たのは胸の動き、つまるところ呼吸をしているかどうかである。
「——息はしてるか…」
電撃を食らえば心停止すら考えられる状況で、心臓マッサージを行っても助かるかどうか怪しい。
それにこれはただの感電ではなく魔法を経由しているものだ。一体何がどうなっているのか想像ができない。
コノヴァレンコは少佐同様慌てることもなく指示を下すと、本部に応援を要請した。
【こちらCRAZY TAXI。大至急増援を差し向けてくれ】
「…それと医者、いや医者でなくてもいい。適当に手品を聞きかじった人間を集めてくれ」
彼が言う増援とはヘリに吊り下げられたツングースカ自走対空砲や、ある程度の歩兵を積載したハインドPと武器弾薬類を積載したMi-8だった。
内容は携行地対空ミサイルや装甲貫通能力を持つ兵器を多めにしたU.U特別メニュー。
本来は非装甲の自走ミサイルランチャーだったが、帝国軍には対装甲兵器が極めて多いことから9K35対空車両に変更。
また、遅くはなってしまうが陸からは歩兵絶滅兵器ことBMP-Tが4両とシルカと余念がないのが伺える。
U.Uでは何が起こるか分かったものではない。
有事に備え、増援を送るとだけ言えばこれだけの戦力が駆け付けるようにして置いたのである。備えあれば患いなしと言う訳だ。
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それだけではない、冴島の指示した住人を傷つけない事が功を奏した。殺しまわることは容易いが、足枷がついた途端作戦成功率は一気に跳ね上がる。
この際過去の話などどうでも良いだろう。
またコノヴァレンコは自分だけで解決しようとは思わなかった。餅は餅屋に聞けとはこのことである。
素人が悪あがきをしたとして状況を悪化させる場合が往々にしてある。
尻拭いはややこしいことになりがちだ。
彼は生き残った村民に目を合わせながら一人ずつ聞き込みに回った。
「中尉!ついに見つかりました」
完全武装した機械化歩兵の3人組が一人の女性と初老の男を連れて来たではないか。
苦労してたどり着いた境地にあったのは、人員ソースと言う名の可能性だった。
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「魔導による外傷は見た目よりも、内部に影響を及ぼす。何よりも、だ。この男は身体がそのことを知っているのか…自らを寝かせているに違いない。立派なものだよ全く——ヘトゥや、教えたンドロメはできるな。」
「はい。老師様」
老師、そう呼ばれる男によれば通常の外傷と言った怪我よりもダメージは肉体に響くものであるという。
道理でジャルニエ攻城戦で電撃を食らったスタッフの退院が遅かったのにも納得がいく。
「…なんだそのンドロメとかいうのは。アフリカか?」
魔導やファンタジーに心底疎いコノヴァレンコはどうにもピンと来ていなかった。
「——その様子じゃあ異界人が魔導を知らないってのは本当らしいな…噂に聞いていたが…。コイツは魔力を介して回復力を手添えしてやるのだ」
このンドロメなる手品は自然治癒力を底上げする魔法らしい。
いかにもゲームチックなものだが、現実世界にも似たような方法で傷を治す絆創膏が存在する辺り納得がいく。
老師と呼ばれる男の手際は医者や軍医のものに近い、インチキではなさそうだ。
ヘトゥは丸太のような少佐の脇下に手をやると、青色の光が灯る。
何が起きているのか分からないが、凡そあの世界における医療行為の一つなのだろう。
コノヴァレンコはそう納得した。
処置を終えると冴島を一旦BTR-Tの中に寝かせ、増援を待つことに。
戦力を分散しているこの勢力では先には進めない。できるのはじっと増援と少佐の復帰を待つことだけだろう。
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少佐が応答できなかった理由は昏睡状態にあったからに他ならない。
そうして今に至る。
重量物のツングースカは超弩級ヘリコプターMi-12、残りのストレラ10は大型機Mi-26に吊り下げられて。歩兵と兵器の人員は2機のハインドPに委ねられた。
弾薬類は貨物ヘリコプターMi-8に満載されて向かい始める。
コールサインは【Santa Claus】ロシアの極寒に揉まれたミル印のサンタが村にやってきた。
居住ホールを上回る大きさのホーマーがぶら下げた2K22を下ろし、残りのストレラ10をプレゼントとばかりに置いていく。
着陸した装甲ヘリコプターからも操作要員が出てくれば、颯爽と対空車両のセットアップにかかった。空を飛ぶ騎士を叩き落とすのは彼らにしかできない役目である。
「ありゃ魔獣じゃないか」
異形の集団に村の誰もがくぎ付けになった。それもそうだろう、馬車に怪しげな筒を連ねた物体や鳥や飛龍とはまるで異なる鯨程の怪物が来れば当然の成り行き。
彼らは逃げることで精いっぱいで気にする余裕すらなかったが、いざ冷静に見ると地上や空にすら魔物で満ちているではないか。
その様子を黙って見つめる中尉にヘトゥは不安げに問う。
「あんな怪異を使ってこの村を…?何を言ってるんだろう。」
「怪異、か。そう思えるかもしれんな。」
「…そうさ、俺たちは人が乗ってやらないと動かないバケモンを使ってきた。——備えのために俺が呼んだが、ほんとは此奴らが使われない方がいいに決まってる。こんなの戦場で言うには甘ったるいか。」
車を知らない人間から見ればたとえスーパーカーであるGT-Rさえもエイリアンに見える。
故にコノヴァレンコはヘトゥの不安に対し、反論しなかった。
彼女は中尉の言葉にこう返す。
「いずれにせよ、私どもを守ってくれたんですから…。」
「その言葉はうちの上司に言ってくれ。あの寝ているラスプーチンに。」
食い気味に彼は口を挟んだ。
全ては冴島の命令で始まったことである。
あくまで自分は命令を忠実に実行したに他ならない。
その礼は偉大な決断をした少佐に言うべき、と考えていた。
こうして準備を終えた時、既に日は暮れ星々が顔を覗かせている頃合い。
祖国でも郊外に行けば見られる光景故にコノヴァレンコは特段気に留めていなかったが、月明かりと夜風に揺れる草原はやはり貴重な光景。
戦闘も一応終え、ほっと一息をつく。
久しぶりのめまぐるしい戦闘故、気を休めるのには時間がいる。
月光の下訪れる静寂と安心。そんな平和をロンドンが許すはずがなかった。
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ここはゲイルによって半壊したアルス・ミド村。
元から帝国軍はおらず貨物ターミナルとして使われていた拠点である。
が、それも過去の話になってしまった。
敵であるSoyuzに占領された以上、そこはもう敵地に変わりはない。
本来ビッカースや本隊が使うはずの食料も接収できていないではないか。
好き勝手しても良い土地が此処ゾルターンに出来たからには、砂糖に群がる蟻の如くロンドンの餌となるだろう。
蜜を嗅ぎつけていたのは日没と同時に行動を開始した元敗残兵のペガサスナイトたち。
「見慣れないブツがあるな…」
野盗精神にどっぷりとつかった戦士はこれまで見たこともない兵器と、村の損害を見て舌なめずりをする。
帝国軍の情報網からのおこぼれによれば、Soyuzなる人情異端軍は人智の及ばない兵器を使途しナルベルンまで来ているという。
やたら早い進軍速度を鑑みるにゾルターンに来ていてもおかしくはない。
「へっ、どうせ奴ら、村の連中を助けて英雄気取りに決まってやがる」
「前々からあの村から盗ってみたかったんだ、いいだろう!奴ら、空は飛べまい!」
4式中戦車、それとBTR-Tを見て彼らはぬか喜びする。
火力で勝負にならなくとも、こうして襲えば勝ち目はあるだろうと楽観的だ。
その兵器が一体どういう特性なのかまるで理解できていないのにも関わらず。
村の形をした砂糖に狙いを定めたロンドン達は一斉にアルス・ミドに向け急降下し始めた。
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ニューヨーク、上海、東京。
星の邪魔をする眠らない都市が存在しないU.Uにおいて夜が訪れれば、プラネタリウムでしか見られない星空が現れる。
魔力灯や焚火はLEDや蛍光灯には及ばないし、そもそも帝国にとって夜は寝るか、酒をかっ食らうほかがない。
そんなある時、天球に一筋の流星がきらめいた。
【WASP22よりCRAZY TAXI。航空目標確認。】
ツングースカから一本の無線が入る。
あの光はほうき星ではなく、大気圏のずっと下に居る機影だったのである。
【こちらCRAZY TAXI。郵便である可能性がある。射撃用意の上待機せよ。】
中尉は眉間にしわを寄せつつ、常に撃墜できるよう命令を下した。
ハリソンでも例があるように、この世界では飛龍郵便が存在する。
敵ではない可能性が0とは言い切れない。
ただ、カンテラ程度の明かりしかない状態で空を飛ぶ航空配達員はは存在するのだろうか。
疑念と油断を無条件で却下することはできないだろう。
【WASP22了解】
コノヴァレンコは真相を確かめるべく、ソ・USEを耳元に密着させながら村人の様子を伺う。
仮に郵便であるなら、気も留めない筈。
「奴らだ!奴らがやってきた!」
「クソッ!こんな時にッ!」
だが何か様子がおかしい。騎兵に襲われたかのように騒然となっているではないか。
中尉は確信した。この空に居るのは死肉をついばみに来たハゲタカなのだと。
【CRAZY TAXIよりWASP22。射撃を許可する。】
彼は冷たく、氷のような声で死刑宣告を下す。
ツングースカの名前を冠した対空砲はコノヴァレンコの指示一つで、地上から遙か彼方に居る目標に向けて機関砲を向けた。
まるでその動きは素早く、まるで人間かそれ以上を誇る。
敵目標は8つ、ヘリ程度の高度で飛行し続けており高度計の数値は下がる一方だ。
アサルトライフル以下の射程しか持たない彼らは近づかなければ攻撃できない。
騎兵でもこの有様だ、空を飛ぶという絶対的アドバンテージを持っている天馬騎士がこの村に襲来したら文字通り殲滅されるに違いない。
———vvVVVVVOOONGGG!!!!!———
だが、今はどうだろうか。砲身から闇夜に魔導とは異なる火球が空に向かって放たれる。
視界が効かない肉眼では何が起きているか分からないだろう。
鉛弾は流星となって空を駆ける。
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——アルス・ミド村空域
村を襲うため急降下をした途端、右に居た仲間がやられた。
何故だ、腕利きのスナイパーでもこんな精度の攻撃はできない筈。
しかし裏を返せば取り分の計算をしなくてよくなったとも言える。欲に眩んだペガサスナイトは尚も地表めがけて高度を下げていく。
軍の癖が抜けず、ある騎士が怯むなと口にしようとしたその瞬間。
暗いはずの地面から一筋の閃光が見えた。ヤツだ、奴が空に居る俺たちを阻んでいる壁。
「なんだ——!」
引き返そうと思った途端、大火事めいた炎が目に焼き付く。
ツングースカから放たれた地対空ミサイルだ!
固体燃料ロケットから生み出される圧倒的な推進速度は逃げようとすら思わせるよりも速くペガサスナイトに追いつき、炸裂する。
———Ka-Booomm…———
太陽が昇ったかのような爆炎と、鈍い音が地上に降り注ぐ。
ヘリコプターのみならず敵の戦闘機を撃ち落とすことに特化した20世紀の兵器を前にロンドンは一方的に撃墜される他しかない。
一撃必殺の兵器を搭載した航空機を撃ち落とすことに特化した文明に対し、最初から勝ち目があるはずがないのである。
【敵機撃墜 残り目標1】
この間、わずか1分未満。
村人100人がかりでも勝てない相手をわずか1両、それも星が瞬く間に倒してしまったのいうのか。
「畜生!こんな話、聞いてねぇ!」
こんな状況を見れば撤退が最も理性的な判断と言えるだろう。
流石に尾を引いて逃げれば敵も見逃してくれる。
極めて自分勝手な理屈でどうにかなりそうな頭を落ち着かせた。
ペガサスを機動力にモノを言わせ、目いっぱい旋回させ引き返そうと背後に視点を回す。
「——しまっ——!」
目下に何かが迫っていたのである。先ほど爆発したアレであることは分かった。旋回すれば大概の飛び道具は確実に避けられる。どう考えても一撃が追いかけてきたとしか考えられない。
そんな当たり前のことに気が付いた時には何もかもが遅すぎた。
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【こちらWASP22。敵目標排除完了。】
【CRAZY TAXI了解。WASP22へ。残弾報告。】
一仕事終えたツングースカは砲身を地表に向け待機状態に入る。
白煙が上がり、想像を凌駕する砲弾を空にばらまいたことがわかるだろう。
そして生命の危機から解放された村民は狂喜し、異形を神の使徒だと祀り上げた。
神話はこうして生まれるものであるし、差し迫った人間は大いなる神秘には弱いものである。
本来そう言う生き物であるから、とやかく言うのは酷だろう。
「機械仕掛けの神が生まれちまった。」
コノヴァレンコは吐き捨てるように呟く。
彼は神を信じない人間だったが伝説が生まれた瞬間を目の当たりにするのだった。
次回Chapter132は4月9日10時から公開となります
兵器紹介
・ストレラ10
9K35と呼ばれる自走地対空ミサイルシステム。どちらかと言えばミサイルが走っているようなものと考えるべきだろう。赤外線を追尾するほか、画像識別装置やTV モニター誘導を兼ね備えることでフレアにも強くなった。
味方にすると頼れるヤツ、敵に回すと厄介極まりない存在。
・2K22「ツングースカ」
自走対空砲とミサイル、奇跡の融合を果たした車両。
汎用性が高く、なかなかに使い勝手が良い。
どうやら武装と車体でまた別分類らしい。




