Chapter130-2. King Qualifications(2/2)
———ナルベルン城
ここ、自治区の一大拠点であるナルベルンの城は、Soyuzの学術旅団なる摩訶不思議な集団が出入りするようになったが、取り立てて気にする事ではないだろう。
むしろ気にするべき事とは、デュロル本人に聞いてどう帰ってくる事だ。
そうしてついに関門へとやって来たわけである。
この時間なら凱旋をと沐浴を終えたデュロルは仮眠から目覚めている頃合いだろう。
警備兵に敬礼をすると、彼らから勤務時間の相談を受けたので、人員を調整しておくと答えて扉を叩く。
本来は近衛の仕事だが、度々アシュケントを指名するせいで半ば暗黙の了解になっている。
向こう側から鍵を開けた音がすると、兵たちに一言告げた。
「何度も言うが日頃ご苦労。…可能な限り人員を補填し、負荷を減らすよう努力する」
「了解。隊長こそお気をつけて」
まるで戦地にでも行くかのような会話だが、実際デュロル嬢の寵愛を受け何度も死にかけたことがある。
何もかもが豊満な彼女が魔具を付けたままハグをされ絞め殺されかけたりと、妬まれることがあるが、そのたびに地獄に送られそうになるのだから堪ったものではない。
その度に彼ら警備兵らに救われたのだが。
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「アシュー…」
出迎えた彼女は指導者や代表ではなく一人の乙女。初めて出会ったその時から何一つ変わっていない、寂しがりやで泣き虫の姫君。
民衆の先導をとりつつも、自治区を傀儡にするため送り込んだ張本人ラムジャーに気づかれず上手いように国を運営している。
そんな威厳ある女王も二人きりの間では年頃の少女に戻ってしまう。鋭い目を和らげ、子供のように瞳を輝かせていた。
「デューク…」
彼も二人きりの時だけの呼び名、デュークと呼ぶ。12の時からのあだ名だ。
だがそんなラブロマンスをしに来たのではない。
「ゴタゴタ続きで心労が溜まってるのか気になって来たのもある、けど一番は……」
「言わなくていい、アシュー。私が貴方を選んだ訳を聞きにきたんじゃあなくて?」
そっと赤ん坊に触れるかのような声で言われてしまった。
大方お見通しということか、むしろその方が話が早くて助かる。
「デューク。真面目な話俺を選んではいけないこと、わかってるだろう?」
政略結婚。未婚の王が持っているただ一つの切り札。使って仕舞えば最後、おいそれと使えはしない。
国を軽石のように動かすこのカードを自分に使おうというのだ。
「知っての通り、俺はただの戦争帰りの勇者。ただの傭兵に過ぎない。元はと言えば何百何千とまとまって投下して敵を倒す、ただの兵士だ。前にも話したが軍曹止まりの男だ、俺は」
薄々わかっている。なぜ俺を選んだのか、を。
デュロルはラムジャーの傀儡としてたった一人送り込まれていた。それも年端もいかない時に。ヤツもその事を忘れているのかもしれない。
黒の男。代表代行は顔を出してはならない身の上、滅多に顔を見せない父親のような立ち位置。
そんな時、暇を持て余していた俺は稽古をつける教官としてナルベルンに来た。全ての過ちはここから始まったと言っても過言ではないのかもしれない。
剣術、斧術、ハンマーの取り扱い。それらを心身に長く叩き込むにつれ、俺は情を入れるようになり彼女は好意を抱いてしまった。
自治区にとって、自分は害をなす存在なのだ。
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為政者として求められる事とは一体何だろうか。
人民の声を聴くことだろうか。計算をし、常に正しい方向にもっていくことだろうか。
自分はそのためにナルベルンにいるのではない。昔から分かっていた。
誰かに吹き込まれたことをそのままアウトプットする傀儡。
それが自分の役目だと知らされた時、意地でも逆らってやろうと思った。
これこそ帝国ゾルターンとの対立であり、勝手に鎖国までされた。
国規模の制裁、兵糧攻めと同じである。
これはまだマシな方で、本当に苦痛なのは後継者についての話。
私達が生きているこの世界では世襲が一般的。それは此処も、ガビジャバンも帝国もない。
閉ざされ人生で突然夫を選べと言われるのだ。
私も悠々自適な小国のお姫様ではない。外から見ればそうなのだろうが。
狭い心の箱庭で選んだのはアシュケントだった。
12の頃から武芸に関して一から叩き込んでくれた上に、ちょっとした魔術しか使えない私をソルジャーからアーマーナイト。
そしてジェネラルまで鍛え上げてくれた人。
人生の半分は彼と過ごしている。
長い付き合いだ、蒔いた種に芽が出て花が咲くのも何ら不思議ではなかった。
プラトニックな感情を抱けない立場なのに、それを抱いてしまう。
物語上ではさぞ美しい事だろうが現実はそう甘くはない。
そして今に至る。
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「知っての通り、俺はただの戦争帰りの勇者。ただの傭兵に過ぎない。元はと言えば何百何千とまとまって投下して敵を倒す、ただの兵士だ。前にも話したが軍曹止まりの男だ、俺は」
確かに、彼の言うことはもっともである。
元を正せばふらりと自治区に現れ、無軌道に職を探していた人間に為政者が跡取りを作ろうと言っているのだから。
そのくらい理屈では分かっていた。
だが言いようのない何かが押し通そうとしている。
残酷までに鋭い正論に、しばし考え込む事しかできなかった。
代表代行から婿を既に紹介させられているが、顔を合わせて1日も経たない人間と12年間言葉のみならず体で語ってきた人間。
理屈と感情とのぶつかり合い。
そんな時、アシュケントが言っていたことをもう一度かみ砕いて考えてみた。
【俺が隊長っていうのもなんか違う気がするんだよな】
【しっかし器が小さい人間だよな。俺も。酒の肴にチーズか干し肉かで部下ともめるんだから】
【だいたい俺。時々らしくないミスをやらかす事があるからな。】
よくよく考えれば彼は権力を欲していない。自分に自治区を任せたら将来大変なことになる。
自覚しているのだろう。
そこで私はあることを提案した。
「愛人としての立場なら、どうします?」
愛人。
夫でもない関係故に権力はかけらも与えられない上、アシュケントが自治区を揺るがす権限を握ることもない。
精一杯の答えだった。
口下手なのは分かっているけれど、こんな提案しかできない自分を心底呪いたい。
言った後に凄まじい後悔の念が心を襲う。
「お前……昔っから口下手だよな。……それ言っていいの俺だけだからな。他の代表に言ったら何されるか分かったもんじゃないからな。言うのは絶対、俺だけにしてくれ」
「それって……」
戸惑う私を前に、アシューは距離をゆっくりと詰めるとそっと手を握る。
「こういうことだ。デューク。俺もお前も口下手なのはおんなじだからな。……わかってくれるか?」
「…はい」
過去は変えられなくとも、未来は変えられる。




