Chapter127. Village in the Evil Red
タイトル【村を蠢く邪悪な赤い影】
初めてゾルターンに足を踏み入れることになった少佐。
彼を待ち受けていたのは、戦争や虐殺と言った暴力から生まれる狂気ではなく、魔女狩りといった群集心理が行き過ぎた末を見ているような光景だった。
外からはどこまでも広がる広大で情緒のある草原が一転、内側から見ればネズミ一匹すら通さない高い絶望の壁に見えてくる。
U.Uに住んでいれば一目で「怪物」や「この世界に居てはいけない」と分かる装甲車両軍団が押しかけても村人は誰一人として寄ってこない。
此処まで行くとゾンビ状態に近い。ハリソンよりももっとどす黒い何かが、確かにそこにあった。
冴島は降車させた機械化歩兵に村の代表者を探すよう指示を下した。早速AK102を手にしたナジャールとクミル達は畑へ向かう。
「物売りすら居ねぇ、一体ここはどうなってんだ」
私語厳禁の作戦中でもナジャールは口がうっかり滑る。
今まで人間が住んでいる建物がないと言ってきたが、生活基盤であるはずの商人や靴磨きの少年すら見当たらない。
似たようなスラムであるなら乞食がいる筈、と思ったが相変わらずカカリコ村はゴーストタウンと化している。
何故畑だけに集中しているのか。彼はどこか察しながら畑へ足を踏み入れた。
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ゾルターンでは作物を育てる専用の農地を畑と言わず、製作所と呼ぶ。古来この地は農業で栄えた。人間が生きるのに食べ物が必要な以上、当然の成り行きと言える。
そこでは指揮を取る農民と、作業を行う小作人及び農業機器と言った財産として扱われる奴隷によって、移り変わる一年を過ごしていくのが一般的。
軍事政権に移行しラムジャーが玉座についてから、作付け計画は全て軍が指導し農民や小作人を問わず、全て作業人と化したのである。
植物の理を知らないラムジャーは出世欲と名誉に目が眩み、領民に無理なノルマを与え搾取しつくした。
反乱対策として帝国が推奨する学校建設をしないばかりか通貨「ゴールド」の価値を失わせ、原始的な物々交換でしか経済を回らないよう小細工を施したのである。
闇市でも作られれば当然通貨は農作物。
此処を定期的に襲撃させることで効率的に帝国に献上できるいう凶悪な考えに他ならない。
その一方で軍人には税金免除をはじめとした徹底的な優遇策に舵を切る始末。
当人と言えば女遊びという泉に浸かる日々で、桃源郷と賽の河原が隣り合う絶対的な格差が隔てていた。
可能な限り耕作放棄地を通りながら少佐の中戦車は農地に差し掛かる。周囲には随伴歩兵が付き死角はない。
———…VooM!…QRAQRAQRA…——
履帯を軋ませ村民の密集地点へ迫りつつある中、少佐は歩兵に連絡を入れる。
【こちらLONGPAT。これより投降勧告を行う。敵を排除せよ、住人に危害を加えてはならない】
村にも帝国軍が駐留している可能性を考えての命令だった。
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————カカリコ村 グダール製作所
戦車はついに畑に到着した。
2から3人の帝国兵はオリーブドラブに塗られた鉄塊を察知すると、槍を投げつける。
咄嗟に4式が盾になり、防がれた隙を縫って歩兵が敵の排除に取り掛かった。
25mmの鋼板を着用していないこともあり、ライフル弾を命中させ無力化。
負けじと遠方に居たアーチャーが弓を引き絞り、魔導士が手の甲を向けた瞬間。突如として75mm戦車砲がギロリと視線を向け、車長用ハッチが開く。
「こちら独立軍事組織Soyuz。現在の装備では我々に損害を与えることはできない。
直ちに武装解除し、投降せよ。抵抗を続ける場合警告なく射殺する。」
中から冴島が上体を晒し、投降勧告をし始めたではないか。
完全な自殺行為に他ならないが、彼は気にしてはいなかった。
その間、どこに敵兵がいるか視線を這わせて頭に叩き込む。
自分を攻撃してきた場合即座に反撃に移れるようにとの考えである。
少しでも不審な素振り見せた場合、自身よりも速く随伴歩兵が処理するだろう。
それに、先ほど向かってきた敵を無力化したのも見せしめのためだ。
万が一、スタッフが下手を打てば戦車の機銃を使う羽目になる。
そのため砲手や機銃手の視線は殺気を帯びていた。
身をもって自動火器の恐ろしさを知った連中。少しでも命が惜しい人間なら指示に従うだろう。
必要最低限の事を告げると冴島は早速車内に飛び込んだ。
この前提は正常な兵士という条件での話だ。
命が全く惜しくない連中が少数ながらもいるため、慢心は即死に繋がりかねない。
Qram!———BLTATA!!
その時、戦車が突如右旋回し始め、銃声が棺桶内に響く。
少佐は分かり切っていた顔のまま待ち続けた。敵わないと諦めるその時まで。
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戦闘終結後、射殺した人間は7人にも上っていた。そうだというのに冴島は顔色一つ変えていない。
だが敵は諦めが悪いのではなく、軍人としての使命を全うしたに他ならない。
故に軽蔑も賛美もせず、淡々とカカリコ村の制圧に取り掛かっていった。
何年か前村長だった男を臨時の代表として、少佐が契約内容を説明することに。既に見慣れた恒例行事であろうか。
少佐は歯に衣着せぬ表情のまま、懐から契約書を取り出し内容を一つずつ指さして
丁寧に解説する。
「本契約はSoyuzとカカリコ村間の契約となります。我々はラムジャーの居城へ向け進軍するにあたって、補給などを行わなければなりません。そこでカカリコ村の一部、村外の敷地でも構いませんから、借用させては頂きませんでしょうか。」
戦車などの大型兵器の整備や補給には場所を取る。単純な話、場所を貸してくれないかというもの。
この契約は村自体ではなく、周辺地域の借用でも必要となってくる。
「それをしたところで、私どもに何か利点があるとでも。そうなれば軍人様は私どもも手を組んでいるとみなすでしょう。こんな村をどうしようっていうんです。」
代表は疲れ切った目をしながらこう答えた。
あくまでも敵に加担しているのだから、攻められても文句は言えないだろう。
どこの軍もそうだが、敵を有利に働かせる存在を許容するはずがない。
「説明遅れました。その件ですがSoyuz陣地と認定されます。どういうことか、と言いますと。」
「万が一帝国軍が襲撃を駆けてきた場合に全力で防衛させていただきます。またこの契約を了承させていただきますと、同系列組織が出入りすることになっております。そうなれば村の発展に——」
少佐がメリットについて話をするところまでは良かったが、発展の一言を口走った瞬間。
「発展。そんなものないよ。…すいませんね、ちょっと。
いろいろ利点は理解できましたがね。この村はもう昔に戻れない。それでもよかったら」
重々しい言葉を残して契約は成立した。
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———ジェムラ村
カカリコ村から4km先にあるジェムラの村でも同じような光景が広がっていた。
ただ違う所と言えば騎士将軍ゲイルが来ていることだろうか。
大まか関所を潜入するなどで避け、この村に来たところを待ち伏せていたのである。
到着が遅い本隊が駆け付けるまでの時間稼ぎだが、これも立派な役割の一つ。
実際の所はどうなのかと言うと、異端軍は手前のカカリコ村に滞在しており、少しばかり計画が狂っていた。
大規模な修正は必要ないがある程度前提を変えて挑む必要があるだろう。
また、部隊には既にSoyuz侵入した情報出回っていたこともある。
何を隠そう見事に破壊されたロンドンの定期巡回検問所を発見したのだ。
特有の痕跡が遺されたことから現場指揮官のゲイルは侵攻してきたと断定。
関所を強行突破してくると思いきや迂回してきた辺り、足掛かりを求めていることは明白。
即座に火を放ちたいと思ったが、敵の目は鋭くリスクは大きい。
これでは組員を消耗するだけだ。
肝心なのは敵の足掛かりを作らせず、こちら有利の状況に引き込むか。
ややこしい状況を一気に打開したいゲイルは、もっと単純明快な方法はないのか。そう考えていた時に電流が走る。
「おい、貴様!此処をぶっ飛ばすにはどれくらい時間が掛かる」
付近にいた駐留ソーサラーを呼び止めた。
「今始めたとしても、確実に夜明けまで間に合わないですね。基礎は簡単ですが集中するのに少々。ダメだったら燃やしますが」
上官の疑問に彼は素直に答える。
間に合わない場合も考慮し、最悪の場合は燃やすという。それでも敵が利用しそうな人員ソースをお釈迦に出来る計算になるだろう。
「御託はいい!——その間に他を焼けるじゃねぇか。」
時間が掛かると言われ、此処まで上機嫌でいられるのはこの男くらいか。
何故か。この男にはちょっとした「余興」があったからに他ならない。
ソーサラーが用意を終え、村をぶっ飛ばすか焼き尽くすまでの間、純粋にいくつの村を破壊できるか。
この義肢の腕試しにもなるし、敵には時間切れの花火で陽動できる。
どのみち村の連中に軍のために食い物を差し出せと言ったところで、略奪する羽目になるのだから丁度いい。
価値のない人間を始末しても面白くないばかりか、同じ作業の繰り返しは性に遭わない。
いかに効率よく仕留められるか。技量だけではなく頭脳も試される。
此処で騎士の道理などと、心底つまらないもので追及してくる輩も出てくるだろう。
その場合ゲームを終えればそこは食糧庫だった事にすればいい。
言い訳と保身の準備は出来ている。
ガビジャバンからの雇われであるゲイルにとって、この国がどうなろうと知ったことではない。
ただ今は身内の縄張りに侵略者が責めてきている緊急事態。
殺し以外のことを考える余地などあるものか。
落ち着いた際、住人が減って困ると言われるかもしれない。
そうしたら自治区から農奴を浚ってきて強制労働に充てれば十分。
最も、あのネズミ共が手に職を持てる分、なんと慈悲深い事ことだろう。
ゲイルの考えは残虐的でかつ、恐ろしく合理的なものだった。
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そうとなれば準備は速い。
もう一人の騎士将軍レ・ヴィツォから差し向けられたソーサラーなどには住人に気が付かれないよう、村の破壊工作を行うよう指示を出した。
準備が整い次第、余波を受けないよう、遠隔で爆破する。
それまでの間ハシゴして滅ぼし、廃村に誘導。
案の定、敵が攻めてきたらゲリラ戦を仕掛け徹底的に足止めする。
あわよくば疲弊したところをぶちのめせば名残惜しいが任務は成功。
失敗した場合でも敵は足掛かりを作れず、出鼻で程度疲弊することになる。
どう転びようが勝ちになるのは目に見えていた。
早速ゲイルは自前の選りすぐりの猟犬、ヴィッカースたちを集めてブリーフィングを行う。
「お前らが大好きな遊びの時間だ。だが今回はお前らに品性と言うものを身に着けさせるため競技にした。ルールは此処がぶっ飛ぶまでの間、物資には一切手を付けず近くの村を回って廃村に出来るか、だ。これは集団競技。物資に気を取られて足を引っ張ったヤツは俺が殺す。命令違反でな。」
だが何もかもが想定通り上手くいくとは限らない。これが世の常だ。
自称完璧な計画の中には、何かを見落としているか考えない事が往々にして存在する。
ゲイルはある重大な見落としをしていた。
【OSKER01からLONGPATへZ-01北東4100m地点に敵を発見】
空から目を光らせるOV-10、偵察機の存在を。
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【LONGPAT了解。監視を続行せよ。】
次の村に潜む敵影は、すぐさま滞在中の少佐に届いた。どうやら敵はすぐそばに迫ってきているようだ。
現時点での情報ではそう判断するしかないが、相手はどう動くか全く予想がつかない。
冴島は残存するものと村外活動する車両を振り分け、すぐやってくるであろう戦いに備えるのだった。
次回Chapter128は3月12日10時からの公開となります
兵器紹介
・OV-10
アメリカ軍の使用する偵察機/軽攻撃機。Soyuzでは専ら偵察任務で使われることが多い。
武装は7.62mm機銃・ミサイル・爆弾など多岐に渡り、使う場所やシチュエーションを問わない。
どこか不安になるシルエットだが、使われ続けるにはきちんと「ワケ」がある。




