Chapter126. Go east!!
タイトル【東へ!】
———ウイゴン暦7月19日 既定現実7月26日13時08分
ナルベルン・ゾルターン国境
自治区に搬入された兵器はようやく自治区の関所を背に再びファルケンシュタイン帝国へと動き出す。
4式中戦車が2、T-10M重戦車が1。それらを取り囲むように重歩兵戦闘車BTR-Tが3両で編成された機甲小隊と内包された機械化歩兵は次なる敵を求めて向かう。
弾薬の消費を抑えるため検問所を迂回しながら県に入り、ゾルターン最初の集落、カカリコ村に到着することが第一目標。
周囲に人が住んでいる密集地はあるのだが、自治区から見て最短なのが例のカカリコ村だという。
草原とは言え、道なき道を高級サスペンションのない装甲車両で進むのは慣れている。
今更乗り心地がひどい等とは言うつもりはない。むしろ道路を走るのは市街戦くらいか。
学術旅団に在籍する阿部の調査結果によれば「ゾルターン」とは広大な平野を意味する古代語だという。わかりやすく例えれば日本の「長野」に相当する言葉と考えていいと言っていた。
ジャルニエ県に存在するアイオテの草原と見まがうような平野が続くが、よく見ると植生が異なっており、ススキのような背が高い植物が生い茂る迷宮を構成している。
濃い緑の高草がギンジバリス湾からの海風で靡き、ウェーブのように揺れる様は牧羊的で時間が経つのも忘れてしまうだろう。
また、双眼鏡や照準器といった遠くの光景が見ることが出来る道具で見ても、その違いは良く分かる。
ジャルニエ県で遠方を見ると途中からダース山へと続く高原に代わっていき徐々に荒々しさが増していく「箱庭」のような情景だが、ここゾルターンでは草原に終わりがない。
まるで太平洋のど真ん中に放り出されたかのような雄大な虚無と言うべきか。
此処では、あなたの悲鳴は誰にも聞こえない。これに尽きる。
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偉大な自然を感じられる一方、底のない海を見ているような感覚を冴島は覚えた。
【こちらOSKER01からLONGPATへ。北に向かえ。ポイントZ-01までの距離は推定7000】
【LONGPAT了解】
関所に駐留する帝国軍を陽動していたOV-10がようやく少佐率いる小隊に合流した。
帝国の連中を釘付けにするためIl-2を4機動員。
家屋と言う家屋に対しての容赦ない対地射撃・爆撃・歩兵を絶滅させる勢いの機銃射撃など、飛び道具の弾倉が空になるまで暴れ倒した。
これによりSoyuzが本気で突破しようと攻撃している、と見せかけることに成功。
普通、制圧するための歩兵が差し向けられていないため疑われかねない状況でもある。
だがどんな形にせよ、「シルベーでは大量のシュトゥルモヴィークが使用された」という情報が出回っているという前提での陽動だ。
帝国軍の地獄耳と伝達能力と学習能力を逆手に取ったのである。
迎撃に上がった竜騎兵がいたとしても、ゲルリッツのような怪物でない限り撃退することは不可能だろう。
どのみち壊滅状態に陥るのは目に見えていることだったが、機甲小隊に不必要な戦闘を行わせないため迂回することになった。
弾薬が尽きた時、部隊の灯も燃え尽きる。野暮な戦いは避けるべきだ。
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———ゾルターン幹線道
偵察機からの情報を頼りに村々をつなぐ幹線道を沿って移動する機甲小隊。
いくら移動してもなお背が高い草原が広がるばかり。
大きな高低差もないことから光景は変わらず、時折変わるコンパスの向きが方向転換したことを教えてくれる。
GPSが役に立たない世界において方位磁針が使えるだけでも有情だろう。
方位さえも分からない富士樹海状態だったら、と考えるだけでも恐ろしい。
こんなにも都合の良い世界に感謝しながら進軍を続けていると、次第に草丈は低くなりはじめた。開拓をするにあたりどうやら草刈りを行ったのだろうか。
冴島がそう考えていると、先陣を切るダルシム大尉から無線が飛び込んだ。
【YOGA-01からLONGPAT。前方距離800に私的検問所と思しき施設を発見。敵軍紋章確認できず】
どうやら800m先に検問所があるとの報告。
それもファルケンシュタイン帝国軍の紋章がない、第三者が勝手に建てたものだろうか。
その情報を肉付けするように、偵察機側からも連絡が舞い込む。
【こちらOSKER01。ポイントZ-01付近に住民と思しき民間人を発見。村があるのは事実のようです。——画像転送します】
村の外に人がうろついていることは物珍しいものではない。
買い出しから返ってきたのか、あるいは水汲みを終えた農民のいずれかだ。
そう考えソ・USEに接続されたマイクロモニタに転送された航空写真に目を通す。
「——だろうな。」
冴島は初めからわかり切っていたようで、ため息をつきながら呟く。
OV-10が撮影した画像には農作業に適した格好をした人間ではなく、顔をターバンのような布で隠した上でボロ布を纏った「ロンドン」が映りこんでいたのだから。
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改めて考えればこの世界の民間人に移動の自由があるはずがないのは明白。
最近ようやく勝ち取った自由の一つである。どのみち農民が脱走や騒乱を起こさないように検問を張っているのだろう。
似たような話をダース鉱山で耳にしたことがある。
あそこにはわざわざ帝国軍を送り込んでまで警備をしていた、と。
相となればゴロツキの集まりに掛ける条約も情けも存在しえない。
少佐は無線機を取ると無慈悲にこう言ってのけた。
【LONGPATから各車、検問を踏破せよ。】
犯罪組織が建てた道理にわざわざ従う程Soyuzは仏なのだろうか。
敵が建てた妨害工作となればなおさら違ってくる。
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「汗水たらして働く?あいつらもマヌケなことしてるよなぁ。」
日よけとして設けられたポンチョ下に至極場違いなロッキングチェアを設け、ロンドン組員が呑気に波のように揺らしながら心底農民を見下しこう言った。
夏場で暑くないと言えば嘘になるが、こうして見張っているだけで特権がもらえるとなると真面目に働くのが馬鹿らしくなってくる。
サボタージュを謳歌する男に同僚はこう口を挟んだ。
「おい、長が見てたらどうするんだよ」
如何にも怠慢をしている光景を騎士に見つかったら間違いなく殺されるのは間違いない。
あの男にとって自分以外の思い通りにいかない人間や物事は存在させないのだから。
「イカレ騎士様がこんな辺鄙な場所、見てる訳ないだろ?」
時折吹き込むそよ風に揺られ椅子男は相変わらず暇をつぶす、正にそんな時だった。
————VLooooMMM…——
遠方から聞いたこともない轟音を立てながら濃緑に塗られた怪物が姿を現した!これが噂に聞く異端軍の兵器というのだろうか。
耳慣れない音に飛び起きた二人はすかさず斧を構えると、通り過ぎようとするバケモノに飛びついた。
「舐めた真似し腐れやがって。オイ、止まれや!ぶっ殺すぞ!」
検問所は出入りする貨物の中に脱走者や不穏なものがないか見るのが役目。
物騒の塊と言ってもいい異形がみすみす通れるとは思うな。天下のロンドンにいる選ばれた人間がこれしきの事で怯んでどうする。
飛びついて制止したはいいが、このバケモノには操者がまるで見当たらない。
もしかしたら中身に人がいない可能性も考えられる。質の悪いモンスターかもしれないのだ。
「ふざけやがって、クソッタレの中身引きずり出して頭カチ割ってやるからな」
本能的に語気を強めるも死体のように止まったまま、集団は動こうとしない。
舐めたことをしてくれる。犯罪者的単略思考に陥った椅子男は一番背が高い車の砲塔によじ登り、斧を振るい始めた。それが指揮車とは知らず。
「責任者出せコラ!オイ!」
虫唾の走る出来事に冴島の額には青筋が浮かび始めた。
こんなじゃれ合いに付き合っている暇や弾薬はない。だがこの脅威を野放しに出来ないのが余計に腹を立たせていく。
【邪魔だ、排除しろ】
【了解】
少佐は冷たく無線で指示を出すと、最も手近にいたBTR-T車長が返答をよこす。
そうなれば事は早い。
——WELL…———BLALALA!!——
砲塔の代わりに乗せられた武器ターレットがぐるりと旋回し、吠えるゴロツキに機関銃と対戦車ミサイルを一瞬だけ突きつけた、次の瞬間。
数発の54R弾が男の体をズタズタに引き裂いた!
【ポイントZ-01に向かえ】
数センチの鉄板を隔てた先で人間が一人死のうと冴島の指示は冷たいまま。
シリアで時たま肉薄攻撃を受けそうになったこともあり、装甲車両に近づいてきた敵に同情することはまずない。
情を掛けたその時、自分とその部下が丸ごと吹き飛ぶ事も考えられる。
取り残されたゴロツキに戦車モドキは30mm機関砲を向けながら、少佐率いる機甲小隊はゾルターン初の集落カカリコ村に踏み入れようとしていた。
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———カカリコ村
ついに目的地となるゾルターンの集落、カカリコ村に到着した。すぐさま棺桶よりも狭い重歩兵戦闘車から歩兵が飛び出す。
「——ったく息が詰まるぜ…」
「こんなんじゃ焼却炉がスイートルームに思えちまう。ヒトの事なんだと思ってんだ」
アゼルバイジャン出身のクミルとイラン人のナジャールは互いに襟元をいじりながら村の空気を一杯に吸った。
T-55を素体に無理やり歩兵戦闘車に改造されたBTR-Tは冗談のような防御力を持つ代わりに、完全武装した機械化歩兵を日本の満員電車の如く詰め込んでいるためだ。
慣れない人間にとって、その苦痛は想像を凌駕する。
外に出られたのは兎も角。周囲の観測を行うよう少佐から命令が出ており、二人は準備を進めていく。
「俺が目になるからナジャは指になってくれ」
「うし。——丁度いいストレッチになりそうだ」
クミルは周囲を観測する「目」に。
ナジャールは無防備になる彼を護衛する「指」になり周囲を伺う。
ロンドンと言う便衣兵になりうる存在が確認されている以上、こういった体制を取らざるを得ない。
目に飛び込んできたカカリコ村は今までのファンタジックな帝国とは全く異なる光景だった。
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本来何らかの施設があったと思われる場所や人々が行きかっていたであろう道筋。それだけではない。
この村にはあらゆる文明的要素が全てなく、使える場所すべてが畑と化しているのだ。
作物の生産を無理にでも増やそうとする涙ぐましい無駄な努力と、文明文化の否定が同時に存在してしまっている。
恐ろしいことに人間が住んでいる家屋は全く確認できず、此処が村と言えるかどうか危うい。
双眼鏡の倍率を上げると、大広間のようなモノは辛うじて確認できた。
まさかとは思うが住人は家を全て取り上げられ、まとめて押し込められているのか。
人が住んでいる家が見受けられない以上、そうとしか考えようがない。
劣悪な環境が目に浮かぶ。
「おかしいぞクミル。村人から総スカン喰らってるぞ、戦車なんてスーパースターになる所なのに」
ライフルを構えながら周囲を警戒するナジャールも異様さを感じていたようだ。
戦車なんて言う怪物兵器を前に此処の人間は必ず抵抗か、見物人くらいいても不思議ではないはずだ。かつてめぐってきた戦場もそうだった。
だがどうだろう。人間がゴーストタウンめいて気配がしないとは何かがおかしい。
それに畑はまだ管理されている痕跡が見て取れる。廃村になった、という訳ではないらしい。
クミルは手がかりを探すべく双眼鏡を手に動き回り、もっと詳細な探索を続ける。
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すると、今まで見えてこなかったあるものが浮かび上がってきた。
骨と皮だけになって働かされている半裸の農民、それに加えて管理者と思しき人間に抗議した男が槍で貫かれている様。働かされている奴隷は皆生気がなく、まるで肉を纏った機械のよう。
距離故に何を話しているのかは分からない。
どのみちこの目に焼き付いた光景はベルギーが行ってきたコンゴ自由国への苛烈な搾取、奴隷的プランテーション、産業革命時の鉱山、カンプチア…。
様々な言いようがあるだろうが、此処が現世にある地獄であることは間違いない。
此処に広がる惨状は文明を捨て、生産・搾取されることを強要されたが故に生じたものだ。
無理にでも生産量を上げるため、通路さえも開墾しているのが動かぬ証拠である。
「コンゴの赤いゴムを生で見るとはな…!」
クミルは口元を震えさせながら呟いた。
歴史上でしか聞いたことのない身も毛もよだつ狂気が目の前で繰り広げられているのだから。
確かに、ISISといった血も涙もない集団は残虐な行為を常識のように行使する。そのことには慣れていた。だがここはどうだろうか。
今まで報告されてきたハリソンやゲンツーと言った文明的に発展したコミュニティと比較すると、カカリコ村は逃れることのできない無限地獄そのものだった。
どんなグロテスクな処刑も足元に及ばない。
だが彼らは知らなかった。
この村、ひいてはゾルターン全域に至る狂気を。あくまで一端に過ぎないことを。
次回Chapter127は3月5日10時からの公開となります
登場兵器
・BTR-T
冴島が出した爆発魔導への答え。旧式化したT-55の車体をベースに申し訳程度の兵員室と組み換え可能な武装ユニットを取り付けた歩兵輸送車両。
T-55譲りの尋常じゃなく高い防御力と増加装甲オプション。小回りの良さがウリだが、そこまで人が多く運べるかとは言ってはいけない。
本作戦では強力な30mm機関砲が備え付けられたタイプを運用している。
・Il-2
ソ連製のレシプロ対地攻撃機。戦闘機程度なら撃退できる複座型でありながら、高い攻撃能力を持つ。それでいて頑丈と言った傑作機。




