Chapter120. Journey to next stage
タイトル【新天地へ】
捕虜となった県の将軍には通常とは異なる権限が与えられていることが多い。
地位を持った人間こそ利用価値はあるだろうし、敵とは言ってもそれ相応の扱いをしなければならないとSoyuzコンプライアンスにも記されてある。
人事で勝手に動かされたホーディンは兎も角、シルベー県将軍カナリスも例外ではなかったが、彼の突拍子もない一言に多くの人間は度肝を抜かれた。
「鉄道と言うものをこの目で見てみたい」
というものだ。
帝国出身のスタッフは味方の戦車ですら酷く怪異な視線を向けることが多く、触れようとする人間は殿下くらいである。
煙をガタガタと音を立てて動く物体が今まで見たことがなかったのだ、奇怪なものに思えてもおかしくはない。
イレギュラーが存在するもので、カナリスもその一人だった。大金をかけて膨大な数のシューターを配備したとしても、圧倒的な力で粉砕された。
彼は思った。
これだけ強大な力を利用してやれば、どれほど自分の理想に近づけるかと。
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カナリスは権力と言った出世欲はまるでない男である。
その代わりに何を求めたかは明白で、膨大なカネと街の発展を欲した。
生まれ持っての権力と膨大な資金をなげうって都市や工業地帯を作ることを趣味としていたのである。
むしろそれ以外に趣はないと言っていい。
だからこそ今日のゲンツーがあり、シルベーがある。
しかし、作り上げた鉱山都市にこれ以上の可能性を見出していなかった。産出量事態に問題はなかった。
ゲンツーの街自体が阻んだと言っていいだろう。
ベーナブ湿原と接するために無理に作ったせいで労働者が住むスペースが確保できず、帝国の課すノルマも相まって労働環境は劣悪なものとなり治安が悪化した。
治安と新たな産業確保のため大規模ギルドを開設したはいいが、これが無駄に自分に盾ついてきたため、何度か軍隊を派遣した過去がある。
これ以上の打つ手はないと感じたカナリスは、帝国がいい顔をするように港湾都市を建造したが城の陥落もあって延期になった。
こればかりは仕方がない。
今はこうして捕虜の名目でSoyuzの下に居る訳だが、この程度で終わるような男ではなかった。
各方面に聞き耳を立て、シルベーの再開発を狙っていた。
一番良く知っているのは自分自身なのだから。
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——ジャルニエ県ハリソン鉄道
ハリソン駅プラットホーム
かくして彼は武装スタッフのボディーガードの下、視察にハリソン鉄道ことハリ鉄に視察に来ていた。
Soyuz本線は、「食糧生産プラント ブブ漬け」に通う労働者と言った旅客や、物資と兵器といった重量貨物の大量輸送を可能とする路線。
山手線と違って電線が上に吊り下げれておらず、今はまだ工業路線未だ強く完全体とは程遠い。
きたる大増発を想定し、都心を走る路線のように線路が上り下りと2つと高規格で作られている。
ここ見れば都内と大差ないだろう。
そしてハリソンからは空港支線が伸びており、抜かりない。
お客が乗れる路線は本線だけだが、ハリソンからはジャルニエ城へと繋がっている。
今後、ダース山を迂回しゲンツーの街に鉄路がやってくることになるだろう。
「これが鉄道か。竜騎士より速度は劣るが、何より安定性があるのがいい。一回で馬かそれ以上の速度と量で運べる。これは魅力的だ」
カナリスはホームに降り立つなり、こう言った。
疲れない馬に引かれた大きな貨車が引かれているようなものである。
一線を画す鉄道輸送に「期待通り」と言わんばかりに内心笑みを浮かべていた。
脇からは何両ものタンク貨車を連れた機関車が轟音を立てながらゆっくりと下っていく。
何が詰まっているかはさておき、あの中身が仮に鉱石だと考えると尋常ではない量を一度に運ぶことができるだろう。
そんなことを考えていると、一人の男がカナリスの下に現れた。
「本日はハリソン鉄道にお目をつけくださりまして誠にありがとうございます」
この鉄道を作った張本人、竹中だった。
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何故竹中が仮にも敵国の将軍であるカナリスに対しここまで誠実なのか。
そんなこと至って簡単で、そもそも竹中自身が軍人ではないからだ。
それ故に色眼鏡で見ることなく、ひとりの客人として迎え入れたのである。
「まず一つ、鉄道とは一体どういうものか教えてやくれまいか。僕は生憎【馬車】に世話になった人間だ。」
最初にこの男は竹中にあることを問う。
鉄道とは一体何なのか。
そのモノの「性質」を理解しているかどうか試すのもあるが、帝国人にとって理解しがたい物体があるが故に純粋な疑問も混ざっていた。
「言うなれば重量物を一度に、大量に運ぶことが出来る線です。」
「線?確かに二つの線が遠方まで届いているのは理解できるが、そんなものではないだろう?」
「おっしゃる通りです。鉄道は「線」ですが、単なる輸送線どころか生命線になりうるのです。ただ運ぶ道沿いに街が発展してきたように…これは説明しなくともお分かりでしょう」
道があれば宿が生まれ、そして街に発展して育っていく。
どこにいっても変わらない普遍的な事実。
そこでふと、ここでカナリスはあることを思い立った。
これだけの設備を動かすにも人は必要となってくる。
鉄道が生命線ならば、それにぶら下がる人間も出てくると考えたのだ。
即ち今までになかった街が作れる。彼は確信した。
「大いにわかっているとも。お名前を伺ってもかまわないかな?」
「Soyuz建設機械師団 竹中です。」
カナリスが名前を伺うという事は今後利用するという暗喩である。
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———ハリソン線下り 053E列車 車内
外客を運ぶ臨時列車に抜擢されたのはキハ40と呼ばれる車両だった。
一両から動かせるだけでなく、動くのに電力の代わりにディーゼルエンジンの力で走ることができる車両だからである。おまけに頑丈で電車の動かせない場所では重宝している。
決して性能が足を引っ張ってラッシュ時にしか増結されず、車庫で暇をしていた所を引っ張ってきたからではない。
汽車が駅を出て草原が見え始めた時、カナリスは竹中にあることを聞いた。
「率直に聞こう。鉄道の弱点は何が挙げられる?」
ビジネスの場では良い側面ばかりを見ることが多い。だけれど実際は長所と短所が必ず存在する。
欠点を知らず、カネにモノを言わせて作ったら本末転倒となる。湯水のように資本を持つ彼はムダ金を打たない主義である。
「——しいて言うなら道を作るのと同じでそれなりの時間とカネがかかること。人員もです。それに車両や燃料。設備に…とんでもない重量を抱えて動くものですから、当然地盤も強固でないと通すのは無理です。」
「で、どれくらい?」
金に糸目をつけなくていい男はさらに鋭い領域に踏み込んだ。
人員はギルドで暇をしてる人間や鉱山労働から逃げてきた人間を使えばいいだろう。
街をつくるためには当然時間が掛かるため、待つのにも慣れている。
「…土地代が此処はなかったもんですから初期費用として2000億もあれば。ただ安全に対しては特に投資しないと、生命線として信用を失います。]
「何千トンという荷物や何百人単位で人を運んでいますから、事故になれば大惨劇は間違いないですからね。」
「なんだ。人生5回遊んで暮らせるのが2回に減るだけか。案外安いんだな。それに儲けが出ればまた5回が6,7,8と増していくと考えれば。」
帝国で随一の大富豪、異次元のビル・ゲイツにとってみれば安い買い物だった。
趣味道楽としては手痛い出費だが、大したことにはならない。停滞したシルベーを再開発するのにはむしろ安いと言えるだろう。
車両基地に招かれたカナリスは早速、車両面からの説明を受けることになった。
貨車や機関車もそうだが、鉄道屋にとって気動車類は立派な商売道具であるためだ。
機械類の説明に関して彼は殿下のように興味を持たず、ただ運用と手返しのみを追求していた所は技術屋ではなく、異界のビジネスマン将軍と言われる由縁であろうか。
「うむ、バカでかい馬車のような仕組みなのが機関車で、今乗ってきたのは馬の付け替えが要らないのはいいな。定員を聞きたい。」
「ざっと1つで100人と考えていただければ。」
中でも興味を示したのは、運転席が前と後ろについた両運転台と呼ばれる構造をした気動車だった。ゲンツーの街は何より人口密度が高い。
鉄道駅を基軸として似たような街をつくって輸送した場合、貨物もさることながら利用者も馬鹿にできないだろうと考えたからである。
そう考えると、数をこなすには輸送できる量そのものではなく、手返しも必要になってくる。
竹中曰く「鉄道は信頼が必要」とのことらしい。
安全はもちろんの事、定時運行も守らなければならない。
付け替えが必要で時間を食う馬車型よりも、適当に行先と運転者を移動させて出発させる気動車の方が人を裁けるだろう。
高速だが量を運べない竜騎便との差別化も図れる。
「うむ、実に興味深い。」
そう言いつつも見学会はまだまだ続くのだった。
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——本部拠点 収容所
見学を済ませたカナリスは今だ反抗的態度を取り続けているオンスの下へと面会に現れた。
「という訳で鉄道を作ろうと言うわけだ。今のシルベーは帝国にして帝国に非ず。市街地統合令に従う必要はもうない。オンスよ、気楽に新しい街をつくろうじゃないか、ゲンツーなんてぶっ壊して」
「…敵人の手を借りるという手には納得なりません。」
実業家の人間であるカナリスと比べ、オンスは伝統や習わしなどを重んじる人間である。
いくら将軍の指示とは言っても、帝国を侵す集団の手を借りて偽りの発展等は見たくないないと考えていた。
「オンスよ、昔から君は頭が固いね。時代は移り変わるものなんだ。僕がこうしてのし上がってきたのもそのおかげだ。実力もあるけどね。」
「…それに君だってわかっているはずだ。連中とこちらとでは技術に勝ち目がないって。戦ったところで無駄だと思う。それに僕の頭がスカスカな訳じゃない」
「シルベーに寄生されるんじゃない、逆に寄生し返してやるんだ。甘い汁を吸って菓子にして売る、これが僕のやり方だ」
この男、手腕だけでなく先見性も持ち合わせている。
利用できるものは徹底的に使い倒し、利潤を生む。そのためにはどんな手も躊躇わない。
けれどもオンスの言っていることはあながち間違いではない。
「君のいう事も分からなくもないよ。仮に敵人の技術に頼って鉄道を作ったとして、だ。
仕事を奪われた人間が必ず出てくる。そんな蛮族が牙を剥いてきたら厄介だからね」
「——古い人間は早急に…とはいかない。ま、思い当たる人間は雇用することにする。それでもだめなら適当に軍隊でも派遣してサクッと始末すればいい。」
カナリスの野望は一歩先に進もうとしていた。
人口過多の鉱山都市ゲンツーの分散と、それを支える大量輸送と言うビジョン。産業革命はシルベーから始まるのかもしれない…
次回Chapter121は1月22日10時からになります




