Chapter119-1. How the Devil is Made
タイトル【悪魔の作り方】
今回のマーディッシュないし、イグエル救出作戦では今までに見られない兵器が投下されていたのは言うまでもないだろう。
頭頂15m、重量60tの自律人型ロボット。イデシューである。
人質をそのまま動力炉として組み込み、破壊の限りを尽くす悪意のこもった邪神像。
そんな折、ある一人の技術者がフィリスに面会を申し出たのである。
男の名前は榊原。Soyuzメカニックの班長その人だ。不条理極まりないマシンを前に彼はこう思った。
あんな蒸気機関車をひん剥いた構造でロボットが作れるはずがない。
作れたとしたらどんなトリックがあるのだろう、と。
「…ここは…上野発の夜行列車みてぇだ。」
人柄がいくら悪かろうが、腐っても基地司令という人物。
それ故に収容施設はまるでビジネスホテルのよう。
セキュリティは万全、待遇も万全。深淵の槍が奪還しに来ても怖くはない。
「やっこさんはここかい」
301号室の扉を叩くと向こうから声が帰ってくる。ノブを回して部屋に入った。
そこにはおしとやかそうな一人の女。あんな悪趣味極まりない兵器を作り上げた人間とは思えない。
だが人というのは思う以上に見かけによらないのだろう。
「どうも、榊原です。面会希望者ってのは自分の事で。」
普段の作業着ではなく、珍しく背広で挨拶する班長。それに早速フィリスは毒を吐く。
「妙な仮面をお取りになってはどうです?」
「なに、俺のトレードマークみたいなもんさ。魔法使いに魔導書。そんなもんだと思ってくれ。…どうぞお手柔らかに」
こんな嫌味な取引先とは慣れっこだ。
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「やっこさんは見させてもらった。ほとんど麻酔なしの手術でな。今は2号機をどうするか揉めてる。」
「それにしても素人目に見ても物理法則なんてクソ喰らえと言わんばかりの物体。どうやって姿勢制御してるのか。
あの嬢ちゃんが珍しく興味を示さないもんだから、俺が聞いとかないと失礼だ。」
榊原は丹精込めて話すも、フィリスは未開の野蛮人を見るような目線を崩さない。
負けたのはあくまでも武力だけとでも言いたげだ。
これ以上嫌味を吐かせないため、彼は念を押す。
「これは別に尋問とかじゃねぇ。単純に一人のメカマン…そっちじゃなんて言うんだろうな。一人の技師として、聞かせて欲しい」
見下すことがあるような一流のメカ人間ならば、詰りにはとことん強いが【誉め】には弱いと相場が決まっている。
自分自身がそうなら、相手もそれと同じ。
「よろしい」
フィリスのご機嫌取りは難しいようで、プライドさえ捨てれば容易いのである。
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「まず、イデシューには関節がない事をご存じでしょう?あの動力ユニットを摘出したのなら嫌でも知っているはず。」
「ああ、全部バラした。骨と皮も残らないくらいにな」
胴体部が集中的に解体された機体は最早食い散らかされた残骸。
脚部の細部までネジ一本までは分解していないものの、大方バラバラと言っても差し支えない状況なのは榊原が一番知っている。
「あと。普通人間の四肢は肉で支えて、いや緩衝を下敷きにして上下で引っ張って支えているものですが、我が子はそんな古典的発想で支えてはいません。」
「両者を【反発させながら引き寄せて】支持しているのです。そうでなくては変な方向に吹き飛んでいきますからね。」
磁石の同じ極同士を縦にしたとき、浮遊しているように見えるのと同じ。それは魔力にも言えることだ。
「勿論、このままでは崩壊します。ここで重要なのは芯を入れる、ということ。これがヒモのように伸縮し、体幹となるわけで」
彼女の証言が正しければ、このイデシューには人型になるための基軸のようなものが全て魔力で構成されているという。
浮かせているのもまた魔力、支えているのもまた魔力。
例えるならリニアモーターカーのようなものか。
大本の理論はこうでも、制御方式に関しては問い詰めようがない。
既に証言で【劣化した人魂】と言われている以上、そこから先を突き止めるには途方もない苦労が必要だろう。
今はこれで十分だ。
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ある程度腑に落ちた榊原は一番不思議だったことを問う。
「俺たちはこんなデカブツを制御するのにギアやらコンピュータ…ある種物理的な方法を取るが、本当に人魂を使っているんだな」
機械工学、いやロボット工学において姿勢制御と言えばコンピュータやジャイロ機構などを使うのが当たり前となっている。
いわば物理的。
しかしイデシューはどうだろうか。
機械的なものを使っていたとしたら、どんな原始的なものを使っていれば解体中に発見している筈。
Soyuzにとって、我々文明人にとって知らないものを使っているに違いない。
それが彼の持論だ。
加えて、祟られないか不安という事もある。
「ええ、何度も申し上げます通り。実際に人魂を使っておりますとも。でなくては人型に沿った動きはできません故…。そんなに私の技術が疑わしいのですね、我々の手腕が畑違いなのか、そちらが追いついていないのか…」
「事実、死人の魂を精錬したものですから悪霊と化すこともありません。まぁ、採取した時点で適当な盗人を兵が嬲ったのを使ったのがいけなかったのですがね」
悪霊になるのは魂が変化したものらしい。
道理はよくわからなかったが、生肉が腐るのに対し、干し肉が腐らないのと同じだろうか。
霊媒師でも神主でもなんでもない班長はこれ以上の追及はやめておいた。
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TAPTAPTAP……
班長はキーボードを打ちながら面会の事を回想する。事実上、報告書を書かねばならないからだ。
しかしあの女、Soyuzの人間に対して嫌味な態度を取り続けている。
相当に気に入らないのだろう。この21世紀の文明が。
それ以上に【自分の価値を分かっている】からこそあの態度を取り続けているのだろう。
気になる点は多い。
ある時。班長が突拍子もなく、あることを思い出した。
「そういえば…旅団の連中…神がどうだのとか言ってたな…」
嬢ちゃん。つまるところソフィア・ワ―レンサットとその一族に繋がる報告書について。
どうでもいいことばかり浮かんでくる頭に説教の一つもしたくなるが、今後にも響いてくるだろう。
通りがかりだったため、詳しくは聞いていない。
跡継ぎに相応しいの者は、天命より指し示されたモノによって導かれるらしい。
ヤタガラスに似た何かなのだろう。
それに神の御子息と、どう付き合うべきなのか。
そして一卵性双生児かコピペにしか見えないイグエルに対してどう接するべきなのか。
「ったく頭痛の種ばっかり増えてくぜ…勘弁してくれ」




