Chapter 13. Intersecting thought
タイトル【交差する思惑】
——ヴィルゴン暦5月18日
[ ジャルニエ県将軍に送った伝文に関して返信が届いた。
将軍配下の隊を補填として差し向ける。小隊に生じた損害を考慮した結果、貴公の指揮権にある隊は反乱軍の戦力を少しでも多く消耗させ、ハリソンの街の防衛騎士団と合流することで弱体化を図る。
将軍率いる精鋭部隊にて討伐にあたるとの返答である。
増援にアーマーナイトを送り込んでくるのは銃を持つ反乱軍に対して多大なる効果を見込めるであろうし、その重装に対して我が隊の士気も上がるだろう。
しかし最近になって妙な事が起きるようになった。
ちょうど伍長がいない間、空から唸りのような音が一日中響くのだ。
兵士は不気味に思って外にはあまり出ようとしない。
音はこの森から遠ざかったり、近づいたりを繰り返している。まるで籠城した城主をいち早く見つけるために目を光らせる竜騎兵の如く。しかし姿が見えないのが不可思議だ。このためにも——]
マリオネスは砦の執務室で日誌を書いていた。
書きやすいよう籠手を片方だけ外し羽ペンをインク溜まりに着けて文字を記しているのである。
辺境の地と言っても小さな変化を見落とすわけにいかない。
それが何日前から続いているのかといったことはつい忘れがちなため、日誌をつけることにしていた。
マリオネスはため息をつくと、ごわついて茶色の洋紙で出来た記録簿のページを遡る。
薄気味悪い怪物が出すような音がいつから聞こえるようになったのか、ふと気になったからだ。
「ヤツが消えてからだ」
最古の記録は皇族捕縛作戦の翌日からのこと。
ちょうど囮となる伍長を見殺しにして捕虜に取らせた頃合いに間違いはない。
連中は竜騎兵を空高く飛ばしながらこちらを探しているのだ。
敵に没落して手厚い保護を受けて情報を吐いたのだろう。
それで反乱軍の手伝いをしているのだ。
すると昨日ハリソンの街でのうのうと生きていたことも、点呼に現れなかったこと全てに合点が行く。
だがマリオネスはうろたえることはなかった。この囮は罠にかけるための餌に過ぎない。
我々の使命は反乱軍を蹂躙し血祭に上げることではない。
徹底的に消耗させた挙句に将軍率いる膨大な数の精鋭によって葬られることになる。
これが真の思惑だった。
「大尉殿、朝礼の時間でございます」
「わかっている」
兵士に朝礼の時間を伝えられると、大弓ガロ―バンを脇に挟み大きな濃緑のマントをたなびかせながら執務室の扉から足を踏み出した。
反乱軍がここの情報をかぎつけた以上、すぐさま攻撃されることは毛頭わかっていた。自身の籠手を固く握りしめ、眼を刀剣のように鋭く尖らせ外へと向かう。
砦前で行われる朝礼は、帝国軍にとって点呼だけではなく一日の活動方針を命じる機会でもある。ジャルニエ県将軍の増援であるアーマーナイトの点呼と鋼鉄の嵐を生き残った精鋭たちに話をすべく大尉は壇上に来ていた。
増援と小隊の兵の間にはよそよそしい雰囲気が流れ、互いの陣営同士の兵は両隣と雑談を交わす。
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———Csh—Csh—Csh——
粗雑に設けられた演説台に鋼鉄のソールレットの足音が甲高く響く。
兜から出された髪がふわりと揺れ、体格に見合わぬ大弓が脇に挟まれている。
その姿はまるで研いだカミソリの如く鋭角に歩みを続け、あたりの兵士はその姿に括目する。
この姿こそ指揮官マリオネスなのである。演説台の後ろには分隊長たちが並んでいた。
両陣の兵士が私語をぴたりと止んだことを確認すると大尉は力強く声を上げた。
「ジャルニエ将軍の伝令で来た者、そして我が隊の者。心して聞け。我々は自由の地を固めるためにここに居る。弾圧を求める反乱軍から自由を守るためである。反乱軍は愚かにもこの砦に攻め入ろうとしている」
「邪悪をもたらす敵を討伐せよ、世に闇をもたらす悪獣から我々の自由を勝ち取り、奴らからすべてを奪い去れ。
重装兵隊は砦前に展開。攻撃を受けた場合、魔導士隊は重装兵の背後に控え敵に魔道を浴びせ続けよ。弓兵隊は森の木高くに陣取りかぎつけた敵を狙撃し、的確に数を減らすのだ」
奮い立たせるような演説に兵士は一種の熱狂に包まれる。
悪魔の嵐を目の当たりにし、士気の下がった兵士はこのようにして尻を叩かねばまともに動かないのである。
ひとしきり指示を出し終えたマリオネスは壇上から降りると、背後にいる魔導士の分隊長に近寄り兵士の熱狂に隠すように耳打ちした。
「分隊を指揮する貴公らは後で執務室にて伝えねばならぬことがある」
「了解」
女性魔導士は大尉の言葉を受け取ると忠実に答えた。
「手を煩わせる羽目になって申し訳ない」
魔導士分隊の隊長二人、アーチャー隊の分隊長を4人が呼び出されると、いつになく大尉は目を刃物のように尖らせ、デスク前に立っていた。
いつどこからでも敵襲を受けても良いよう戦闘態勢に入っていることは分隊長全員わかりきっていることである。
「大尉、兵には言えぬ事でもあるのでしょうか」
女性魔導士第2分隊長の一人、ガリーシア軍曹が先陣を切る。不自然に一等兵らを集めずに内密にする事情とは何か。切り立った空気の中でも気になるものは気になる。
どれだけ階級が低い立場であろうとも情報をつかんで的確な指示を出さなければならない。軍曹のポリシーが背中を押したのだった。
「軍曹、まさしくそのことに間違いはない。万が一この砦を反乱軍に制圧された際、将軍の指示でハリソンの防衛騎士団と合流し反乱軍を袋のネズミにする」
「連中は信じがたいかもしれないが連発が可能な銃を持っているからである。そしてハリソンの外に控えてある大量の軍勢で反乱軍を狩り立てるのだ。この事が一兵士に知られれば士気に関る。そのために軍曹らを集めたのだ。」
マリオネスは冷酷に言い放った。増援兵や森に居る精鋭たちを見殺しにしようというのだ。
はなから勝てる相手ではない、回りくどいようだが、そう言っていることになんら違いはなかった。執務室に険悪な空気が立ち込めてゆく。
「それにしては大尉、伍長が見当たりませんな」
首をかしげながらアーチャーの第3分隊長ジューレンは唐突にそう切り出した。
いくらいい加減なヤツでも点呼にも来るだけの根性があるシュムローニ伍長が来ていないことはひたすら疑問だったのだ。
すると大尉は冷たく言い放った。
「ヤツは敵の手に落ちた。殺せ」
ジューレンは凍り付いた。
いかに嫌味なヤツであろうが腕は立つ男だった、ましてや味方だった人間をいともたやすく殺せというのである。
戦地ではよくあることだったが、悪友であるシュムの番が来るとは毛頭思うはずもなかった。
その時である。
——GAaaaaShhhh!!!——
砦の近くで爆発魔法に似た破裂が起きた。しかし音はまるで鉛のように重く、そして生々しい死の音だ。
遠くから兵士の叫びが執務室にまで届く。火砲だ、火薬を使う反乱軍の恐るべき兵器の一つなのである。
動乱と混乱、そして絶対的な死の元が砦を渦巻こうがマリオネスは異様なまでに冷静だった。
「戦闘配置に着け。反乱軍を足止めしろ」
狂気を感じるほど淡々と分隊長たちに告げると、彼らは一斉に砦を駆け抜けていった。
ここは戦地となる覚悟を決めて。
次回の公開は5月23日の10時からになります




