Chapter117. Crazy・Magic・Gear
タイトル【狂った魔法の歯車】
———ウイゴン暦 7月 12日 既定現実 7月 19日 午後8時23分
——本部拠点 尋問室
「貴女に聞かなければならないことが無数にあります」
権能は捕虜になろうとも聖女の顔を崩さない女に問う。その後ろには建設機械師団の連隊長、竹中が控えていた。
こうなったのには理由がある。
作業を始めて数時間が経過しているにもかかわらず、解体作業は鋼で出来た装甲板を引きはがしてからというもの悲鳴が酷く、仕事がままならないという声が大きいためだ。
「なんでしょう?私はあの子を作った責任者ですから答えられる限りお答えしましょう。どのみち一度は帝国に見限られた物体ですからね」
かれこれライフル弾を最低でも4発以上、拳銃弾を一発受けているにも関わらず
痛がる様子も浮かべていないではないか。
どこか妙だ、と考えながら中将は尋問を始めた。
「——あの兵器について、わかる限り説明していただきたい。」
「いいでしょう。あなた方がいかに優れていようともアレだけは理解しがたい様子でしたからね。機械工学は限界があることを知っていただければ私はいくらでもお話しましょう」
聞き捨てならない言葉に竹中は眉を上げていたが、フィリスは常に笑っていない糸目をしながら解説し始めた。人の手で作り上げられた悪魔について。
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メカの事について問うと、抑えが外れたゼンマイの如く解き放たれてしまった。
「自律機動立像 イデシュー。あの子の名前です。どうぞお見知りおきを。本来私が胸を張って送り出した魔力駆動の攻城兵器でしたが…。」
「防御力は確かなのに足元に攻撃を受けたらどうすると言った戯言を当時の帝国の長は抜かしてきましてね。作るのに馬鹿にならない年月が経って、制御も未知数から私が一から組んだというのに…!」
「…それはさておき。管をつなげて動かさねばならないばかりか、建造費も戦艦5隻分と高くついたのもあり採用されなかったのです。
まぁ、建物一つ吹き飛ばす角付き車でも破壊できなかった辺り、私の方が上だった訳ですが?
さて、ある時、私の弟子がこう提案したのです。優れた魔力の持ち主を動力炉として組み込んでしまえばいいのでは、と。」
「駆動上大喰らいな子ですので私でも起動が出来なかったので、ソーサラーを小隊か中隊お借りして試験をしていたのです。」
此処までは一技術者の話す、よくある事だろう。権能はそう踏んでいた。
「時は経て…軍人が玉座の椅子磨きをするようになると、この城に私を除け者にした時代の敗者を封じ込めることになったのですが。ものの試しに組み込んでみたら大成功しましてね。そこからは私、つい感情が爆発してしまいまして。」
「痛覚連動改造、炉維持機構の設置…。それに皇族が帝国に牙を剥くことなんて想像がつきますから、人魂を使った自律行動改造を…あ、これ。ヒトからちゃんと取ったんですがヘマやらかして少しばかり劣化したので動きに不安を覚えたんですけど。」
「ともあれこのように施工の上、反政府軍のウジ虫を徹底的に疲弊させるよう整えたのです。」
「いかがでしょう?攻撃するのを躊躇う姿を見たときには心洗われる気がしたんですよ。術中に見事ハマったんですからねぇ?」
「中身が死ぬか殺すかしないと止まらない我が子にまざまざと殺されるかと思ったら人生そう上手くいかないものですね、とても 残念でなりません。」
「後。解体なんてした有様には生きたまま八つ裂きにされるような痛みが襲うでしょう。そのように作ったんですから。」
一技術者だと思っていた人間は、悪魔よりも歪んだ思想を持った狂人だった。
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「…囚われてる人間を助けるにはどうしたらいい」
権能の合間を縫うように竹中連隊長が口を挟む。
「そこが苦労したんですよね。あなた方のような連中に動力を外されないようにするか。
とやかく思いつかなかったので拘束具を思いつく限り全て付けてやりました。」
「一度装着すると二度と外れなくなる段階にするまで苦労したんですよ?少なくともファントンなどでは絶対に破壊できなくするために余分な出費がかかって。」
「それに万が一救出されても装置から外れれば楽園から出ることになりますから、今までの惨劇を見れば気が狂うでしょうね。偶発的なモノとは言え、二度と代表に据えられないようにするのは我ながら妙案だとは思いませんか?」
「そのことを話せば採用されてしまいましてね、皇族の数だけ作れと予算まで下ろしていただいたんですよ。しいて言えば、必死で解体すればたどり着くと思いますよ。無駄な足掻きにしかならないと思いますが。」
フィリスは満面の笑み、それも子供がはしゃぐかのような口調でさらりと言ってのけた。
倫理観が欠如していることは明白だ。
それに解体することを見据えて設計していたという。
人間以前に悪魔か畜生であることを疑わざるを得ない。人でなしとは目の前のコイツのためにある言葉だ。
「…アレの仕事が終わったらてめぇをあの不条理に詰め込んでつま先から重機で解体してやる。生きたまま腹掻っ捌くのと同じなんだろうからな。二度麻酔なしで手術して腸を一つ一つ投げ捨ててやる。これ以上ふざけた口を叩くんならそうするぞ」
竹中は人道を外れた行いに静かに怒った。内心は太陽のコロナのように怒りがこみ上げ、今にも絞め殺しそうになる衝動を必死で抑えながら詰め寄る。
「…それだけですか?案外そんなもので済ませるとは良いヒトですね。見直しました」
人間の形をした悪魔は微笑みを崩さない。
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———ウイゴン暦 7月 12日 既定現実 7月 19日 午後21時42分
———トリプトソーヤン城
建設機械師団とSoyuz整備班の尽力によって分厚いコンクリート層を撤去することに成功していた。
【はぁ、設計者を問いただしたら俺達が苦労してる姿をあざ笑っていたと?】
【——どことなくそんな気はしてた。今か?丁度分厚いコンクリを砕き終わったとこだ。ここからが本番って訳だが…はやく交代要員を寄越してくれ。俺も出すもん出したが今度は胃酸のせいで…とやかく動けるのが俺を含めて4人だけなのは流石にマズイ】
班長は無線機を肩と耳に保持させながら本部拠点にいる権能と話していた。眼差しこそサングラスに隠れているため分からないが、口元は覇気を失いグロッキーになっているのは確かだろう。
【交代要員は本部拠点から大至急送らせるが時間が掛かる。追加の重機も同様だ】
【了解。やれることはやってみるか】
本部拠点からこのトリプトソーヤン城はかなりの距離がある。
渋滞知らずのヘリコプターで要員を送るにしても時間が掛かるというのだ。
仕方がない事とは言え、こちらはゆっくりと仕事をしていられない。
「とりあえず中身を見るだけ見てみるか」
マグライトを片手に大きく息を吐きながら立ち上がると最後の一仕事を終えるため現場へ向かっていった。
美しくない開き方をしてしまったが、未知の機械類を分解する際には仕方がない事だ。
「…ここに来てマジかよ…!」
「なんだコレ、どこまでふざけてやがる」
だがイデシューの内臓を取り出す作業にも関わらず、残された作業員たちは新たなる絶望に遭遇してしまったかのような弱音を吐いているではないか。
異変を察知した班長は解体現場に目をやると、疲弊した口からある言葉が漏れた。
「まるで船のボイラーじゃあねぇか。ったく整備すること度外視にしたモノ作りやがって…」
蒸気機関車や蒸気ボイラーをこじ開けたかのような無数の真鍮配管が通っていたのである。
おおよそこの配管が何かを伝達していることには違いないが、ここまで来ると血管という揶揄は不適当。最早、筋肉だ。
しかも硬質な金属である真鍮を使っている以上、とことん設計者はメカ屋の事を苦しめたいらしい。
それに此処からは重機を使った解体はできない。だからこそ人員が必要になってくる。
到底4人では対処しきれないだろう。鋼の心を持つソフィアはそれでもくじけない。大柄な金属カッターを抱えてやる気満々だ。
「私はやります。道は乞うものではなく、切り開なくては」
「——やるしかねぇな」
と、その時である。
背後から耳慣れない声が掛けられた。技術屋のものではない、響き渡る絶叫と呻き、嗚咽でも平然としていられる人間。
「俺たちくらい頭数くらいにはなれるだろう。カッターは作戦で使ったことがある」
「人手が足りないなら俺もやる。Soyuzはそういうもんだろう」
Gチームと冴島少佐だった。彼らは屋内戦に長けた集団であり、何度もテロリストが潜む分厚い鉄扉にメスを入れてきた。
戦う外科医と言っても過言ではないだろう。
班長としても猫の手でも借りたい状況、選り好みするだけの余裕はなかった。
「すまねぇな、ほんとは俺達のやる仕事だがそうも言ってらんねぇ。っし、やるぞ!」
作業できるのは12人。サッカーをするのにも救出するのにも人間は足りない。実行する以外の選択肢はあるのだろうか。
補給人員が来たとしても雨の中に放り込まれた砂糖菓子の如く能率は落ちていくだろう。
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機械工具を扱ったことのないミジューラはパイプを押しのける人間万力として、それ以外の人間は筋繊維の如く並ぶパイプを切断していく作業を任された。
————JeeeeeEEEEAKKKKKK!!!
闇夜に火の粉が散る。
夏らしく線香花火めいた光景に見えるかもしれないが、絶え間なく響く絶叫が全てをかき消していった。
「アカから緑の3本、切れたぞ」
「うむ。」
榊原を含んだ整備班と特殊部隊が真鍮管を切断し、圧倒的怪力をもって引っこ抜いていくことを2回ほど繰り返してもなお、核は見えてこないでいた。
不思議なことに何かが流動しているパイプを切断したとしても、掃除機の口を近づけた様に吸引力が多少なり発生するだけで何もなかったのは幸運だと言えよう。
人質の位置は背中から見て心臓のポジションにあることが分かり切っていたが、森のように入り組んだ配管が阻む。
「これじゃあ打音で探れやしねぇ。配管が多すぎる、ここまで来たら芸術だ——コイツはなんだ?」
榊原は雑草の根のように茂る中、小さな道具箱のようなものを見つけたのである。
よく見るとICチップのように接続されているではないか。
何か記されているが違う世界の文字ゆえに読むことが出来ない。
学術旅団から分けてもらったアプリ「NEKO」を使用し解読すると自律機動と記されている。
パイロットなしでも目標を探知し破壊の限りを尽くせるのはコイツがあるからか。
兵器でいうなら機体の何某を仕切るコンピュータに違いないだろう。
報告によればイデシューには生命維持装置と痛覚リンク装置が付いているらしい。
コイツを引っこ抜いた瞬間、全ての機能を喪失するのは確か。
良く考えてみてほしい。ここで下手にシステムをダウンさせた暁には人質を早急に助けなければならなくなる。
「おい、ちょっと作業の手止めて聞いてくれや」
班長は一旦仕事の手を止め、携わる人間を一旦集めることにした。
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「ブリキロボの基盤を引っこ抜くようなもんか。」
「それで機能停止すれば人質に害が及びかねない、か。」
トムスと少佐は呟くようにして復唱した。一しきり説明を終えると班長は本題に入る。
「痛覚リンクが機能しなくなった瞬間、勝負に打って出る。核を一気に切り取って玉掛け、引き揚げる。あの女、がっちりと外れないように作ったらしいが壊し屋に通用するとは思えねぇからな」
スキューバダイブ中の人間から酸素ボンベを奪い、酸欠にならないよう網で引き揚げるような真似であろう。
生きたまま心臓をくりぬかれるような思いをすれば事切れてしまうのは誰にでもわかる。
可能な限り苦痛を与えずに摘出するにはこれしか手がないのだ。
「…装置を引っこ抜いた時、中の人間は想像を絶する狂気に晒されるはずだ。そこで嬢ちゃんが最前線に行ってほしい。極限状態で頼れるのは…根性だ、そうだろう冴島?」
「——ああ、班長の言う通りで間違いない。殿下、覚悟はよろしいですかな」
二人から重大な任務を課せられたソフィアだったが、彼女はもう逃げるような瞳をしていなかった。
「やります。私にやらせてください」
固い決意を胸に、冴島少佐・班長・整備班・Gチームの面々は本当の最終局面へと突き進んでいった。
次回Chapter118は2022年1月2日からの公開となります
皆さま、良いお年を




