Chapter116. Ace in the hand
タイトル【エースは手の中に】
——トリプトソーヤン城 屋外
城を制圧し、一旦は敵の戦闘能力を削ぐことに成功した屋内チームの面々だったが、根源的破滅を齎す人質兵器「イデシュー」の起動を許してしまった。
胴体には単三電池の様に皇族が囚われ、迂闊には攻撃できない。
それだけに留まらない。頭頂14mを有し、RPGや47mm砲がまるで寄せ付けないばかりか、質量にモノを言わせ暴れまわっている始末。
悪辣をそのまま形にした禍々しい像を相手に、誰もが苦虫を嚙み潰したような顔をしながら立ち向かっていた。
主力戦車5両で構成するダルシムの戦車隊が応援に駆け付けたが、勝ち筋は見えない。
————WooooOOOOOOOMMMM!!!!
「嘘だろ——こっちを狙ってる!」
背筋が凍り付いて砕けてしまう程恐ろしい音を立てながら迫るイデシューに、ゴードンはライフルを向けながら叫び倒す。
そんな狂乱の最中、彼はあのロボット兵器の異質さを見抜いていた。
あの邪神像の中身がナマモノであれば駆け付けてきた戦車部隊に怒りの矛先が向かうはず。
だが俺達の乗ったケホを執念深く狙い続けているのではないか、その違いは一体何なのか。
「AHHHH!!!!!」
「クソッあのアマ、俺たちのことは見殺しにする気だぜ!」
端を見れば脱出に成功したソーサラーが逃げ出していた。目の前の怪獣が暴れた余波で自分たちと同様、突破口が開けたのだろう。
排気に撒かれながらゴードンは像を見上げる。
尻尾を巻いて逃げ出す術師の方に兜が向き、違うと言わんばかりにこちらに向いたのを見逃さなかった。
「まさか…!ジェイガン隊長!抱えてる!アマを狙ってきてるんじゃ!」
「何ィ!?」
「あのマジシャンにバケモノの視線が向いたんですよ!つまり!」
「なんだ!」
「クソッタレのターゲットはあの女なんですよ!」
Soyuzは今まで司令部の人間を捕虜にしている。
薄々そのことに感づいたフィリスはイデシューの攻撃目標を自分になるよう仕向け、自分ごと敵を殲滅しようと考えていたのだ。
今の今まで、ギンジバリス大佐に匹敵するほどの悪辣さを持つこの女に踊らされていたに他ならない。
ゴードンの口から明かされる、疑いたくなる事実。
だがこれが正しければ戦車部隊を掩護できるかもしれない。
答えにたどり着いたジェイガンは的確に指示を下した後、祈るように呟く。
「俺に良い考えがある!まず戦車に連絡をつけろ!——Good Luck…to US!!!」
「——完璧な理論の前に運など塵の如し」
フィリスは自身のるつぼで足掻く彼らをあざ笑うかのように追い打ちをかける。何発も銃弾を受けてもなお憎らしく頑丈だ。
【G TEAM LEADERから各車、YOGA-01にB TEAM LEADERを映らせる!こうすれば怪物は間違いなくYOGA-01を狙うようになる!俺の部下を信じてくれ!】
【YOGA-01了解】
「——よし、準備は出来た。行ってこいジェイガン!」
ニキータは身勝手の極まったつるぼを打ち砕く背中を押す。この男に恐怖はない。確率はYESかNOの2つに1つしかないのだから。
——————
□
ダルシムの考えた作戦至って簡単。
機動力の高い自身が囮になりながら敵の背後にT-55を着かせ、砲撃の限りを尽くして脚部を破壊する。
背後にいる55に砲撃させるためにはしばらく陽動し続けなくてはならないだろう。
Bチームの隊長が指揮車に乗ればヤツはこちらに首ったけにさせることが前提だが方法を選べるだけの猶予はない。
やれるか。ではなくやる(DO)のだ。
【こちらFeatherC合流地点に到着】
悪魔の唸り声を引き連れ軽戦車がやってきた。
狭苦しく、カーブ一つ曲がれば振り落とされかねない熾烈な環境でも食らいついて行けるのは特殊部隊の意地か。
ざっと重量差は4倍。少しでも接触すれば相手方がスクラップになってしまう。
繊細な戦車の操縦が求められてくる。
タンクデザントで速度が落ちている分、追いつくことは容易。
並走する形になれば後は飛び移るだけだ。ジェイガンはPK機関銃と誘導装置であるフィリスを抱えている以上両手は使えない。
今更彼に躊躇など無い、最小限の動きで並走するT-72の後部に飛び乗ると歯を食いしばり、横滑りするのを必死で食い止める。
転んでそのまま放り出されば待つのは死あるのみ。
「———この野郎!」
無機質な装甲に食い込ませることを考え、目いっぱいの力を足に込めた。
最終的に頼れるのは武器装備の類ではない、自分自身だ。
【こちらB-TEAM LEADER。所定地についた。】
【YOGA-01了解】
あくまで命がけの飛び乗りは前座でしかない…
——————
□
ゴードンの目論見通り、イデシューの目標はダルシムの駆るT-72にその矛先が向くことになった。一方、ジェイガンは砲撃することを見越して比較的安定した砲塔へと移る。
【YOGA-01から各車、配置につけ】
【YOGA-03了解】
注目を集めることに見事成功した一方で、戦車にカーアクションをさせるのは余りにも無理難題にも程がある。
そう考えたダルシムは無線機を片手に車長用ハッチから身を乗り出した。
近くで邪心像を見ると、太ももや二の腕がプラズマのようなものに置き換わり、物理法則を完全に超越した造りになっていることが良く分かる。
腕部を破壊するのは困難だろう。
速度を上げていくにつれ、背後には城壁が迫る。奥には丸みを帯びたT-55が追跡を始める。
【前進やめ、左折、砲旋回急げ!】
指示を飛ばしたその時、背後の戦車から閃光が放たれ立像の足に土煙を上げた。
やはりと言うべきか、女の金切り声を上げてバランスを崩すだけに留まる。
【弾着確認、榴弾では効果が薄い、徹甲弾を使え!】
そのうち彼は左にドリフトしたことによる遠心力を受け、イデシュー共々バランスを崩してしまった。
「——問題は弾切れになる前にヤツを止められるか…だ」
彼は戦車に揺さぶられながら呟いた。
—————
□
————VoooooMM…———DooMM!!DooMMM!!!!——
轟音を立て、時折注目を引き付けるため砲撃しながらジェイガンを乗せた戦車は進む。
囮のT-72と挟み撃ちになるよう、後続の戦車も追いかけながら何発も砲弾を撃ち込むも、装甲どころか動きすら止められない有様だった。
【何発も当ててるのに動きが止まらねぇ!クソッ!】
ペリスコープを覗きながら車長は悪態を吐く。
幾度も徹甲弾を打ち込もうと、焼石に水にしかならない。コイツは騎士の姿を取った要塞か何かだ。
その一方、砲塔は背後の怪物に向けたまま維持し、運転自体は操縦手に一任することでダルシムは指揮に集中していた。
複雑かつ機敏に動けるのは車体が比較的軽く、エンジンの出力が高いからこそ。
【減速、左旋回】
だからと言って全速力でぶっちぎり、とはいかない。
全速力を出せばイデシューごと足の遅い味方のT-55を振り切ってしまいかねないからだ。
シンキングタイムも束の間。
突如、邪神像が大剣を手に振り向いた。後ろにいる戦車に気が付いてしまったのである!
様式を組んだフィリスはそこまで甘くはないということか。
【下がれ下がれ下がれ!!下がれ!!!】
ラジコンを破壊する無垢な子供のように悪魔は剣を持ち上げ、大きな影がT-55にかかり、戦車長の悲痛な指示も空しく無線口に響く。
それにも関わらず、鈍重な車体は滑らかに動こうとしない。
———KA-BooooMMM!!!!
直後、腕部に125mm砲弾が着弾した。
戦車にとっては動かぬ敵は的に過ぎず、彼らの前で止まるという事は撃ってくれと言っているようなものである。
「こっちだ。デクノボウめ」
ダルシムがそう呟くと同時に剣は空を切り城の石垣をかき分けて突き刺さった。
バカにならない威力の100mm砲を浴び続けていたのか、次第にイデシューの動きは鈍くなっていく。
また比例するように、女の金切り声に似た音も大きくなっていった。
「AHHHH!!!!!」
まるで麻酔なしに銃弾摘出手術を受けた如き絶叫が響くも、ダルシムは眉一つ動かさない。
火災の中焼け死んでいく味方のかすれ声に比べれば、目の前のこいつは露骨すぎるのだ。
現状に目を向けてみれば、何発も戦車砲、しかも貫通力の高いAPFSDSをお見舞いしているにも関わらず、邪神は動き続けている。
弾数も無限ではないし、消耗しているのは目に見えていた。脚部に撃ち続けていたとしても破壊は困難。
何か手はないのか、必死に考えても答えが出ない。破れかぶれでダルシムはジェイガンに問う。
「おい隊長さん。アイツをどうにか無力化する手はないのか」
彼は歯ぎしりしながら事実を述べた。
「戦車でどうしようもねぇなら、もう何もかも終いだ。…あまり考えたくないが艦砲射撃を——」
万事休すか。思わずダルシムは砲塔に拳を振るおうとしたその時。偶然か、背後に迫るイデシューとジェイガンが重なった。
曲りなりに身も毛もよだつような音を立てて、たとえ手足の一部が訳の分からないプラズマでつながっていようが、ヤツは「人型兵器」だ。
何も破壊する方法を考えなくてもいい。ガリバー旅行記めいて手足を抑えてしまえば良いのである。
重量物は何も自分が乗っているソレがある。流石に数10tの物体が重しとして載せられれば動けなくなるかもしれない。
「——そうだ、確か人間は重しを乗せられると動けなくなる場所があるよな!」
「ヤツに関節なんて見当たらないぞ!」
「御託は良い、徹底的に足掻いてやる。隊長さんは洋上にいる空母か巡洋艦に連絡してくれ。」
【YOGA-01から各車。これよりYOGA-01は怪物を誘導し、部隊と正面対峙させる。
胴に一斉射撃。倒れたら手足を潰せ。】
ダメならダメで洋上にいる船から爆撃機や戦闘機を投下、何としてでも転ばせてやる。
どんな道理が待ち受けていようが彼は粉砕する気でいた。
後のことは詳しいヤツに任せればいいのだから。
——————
□
筋書きは出来ている。肝心なのは如何にあの立像を誘導するか。
ダルシムは吹きすさぶ海風の中、頭を回転させるとすぐさま答えが出てきた。
人型ならば股座が存在するはずだ。高いハードル、飛び越えられねばくぐれば良い。
【YOGA-01、前進し誘導を行う】
【YOGA-03了解】
T-72は片方の履帯に強くブレーキをかけて一気に方向を切り替えた。追われる側から追う側へと転じるとそのまま一気に加速していく。
——VoooooMM!!!———
下手すれば正面衝突も考えられるが、下手に城庭がお陰で回避できる余裕はある。
彼は操縦手と戦車を何よりも信じ、指示を下した。
【YOGA-01から各車。すれ違う瞬間、背面一点に絞り砲撃せよ】
戦車部隊は一心同体。これだけで十分。
鈍いデクノボウの股座を風のように戦車が駆け抜け、一度に5門の主砲がずらりと並ぶ。
———ZDaaaSHHH!!!!!!
西側を恐怖のどん底に落とし込んだ火砲が一斉に火を噴いた。それぞれ腰部付近に着弾。人間でいえば不意を突かれ、勢いよく倒れた。
【やっちまえ!】
起き上がらせる暇も与えず、何十トンを誇る戦車軍団が手足にのしかかる。漬物石を四肢に置かれる感触に他ならならない。
宛ら痴漢を取り押さえた様に邪神は体をうねらせるが、電車一両にも匹敵する重量物が鎮座しているのだ。悪あがきにしかならなかった。
「おう、これからどうするんだ」
静間に帰った戦場に、純粋なジェイガンの問いが木霊する。
「とりあえず動きを止めた。…解体でもするんじゃないか」
此処からは完全に自分たちの範疇から外れる。
あくまでも戦車乗りであるダルシムが堪えられるのはここまでだった。
だが一難去ってまた一難。大きな問題が残されていた。
「人質兵器に組み込まれた皇族をいかに救出するか」という命題が。
次回Chapter117は12月31日10時からの公開となります。
登場兵器
・T-72
ソ連製の主力戦車。軽く・速く・そして何より強くて硬い。
125mm砲と自動装填装置の嚙み合わせは抜群で、高い精度を保ちながら主砲を連発できる。
資本主義の豚共を絶望のどん底に陥れた悪魔にして、輸出された出来の悪い劣化版によって評価は地に落ちてしまった悲しき存在。




