Chapter112. Operation:Tiger’s gate
———ウイゴン暦 7月 12日 既定現実 7月 19日 午前6時23分
——本部拠点
かつて敵だった存在を奪還、救出するためにSoyuzは動き始めた。
空からはミジューラや軽戦車を吊るす輸送ヘリ。そして元BやGチームら特殊部隊の揺り籠となるMi-24P。海からは輸送船で運んできた揚陸艇。
後ろでは万が一に備えてT-72ら主力戦車らと随伴歩兵が控える。
本作戦は城に空から乗り付け、屋内戦を展開する現代攻城戦。
ギンジバリス大佐から得られた証言を基に、歩兵支援目的で5式軽戦車もミジューラ同様空中投下される。
装甲はアーマーナイト程度だが魔法を遮断でき、敵ジェネラルすら粉砕することが出来る47mm砲は心強い。
「車両、吊り上げ完了しました」
「よし。嬢ちゃんの出番は終いだ。あとはアイツら次第ってとこだな。」
ソフィアは作業を終えたのか班長に報告を上げると、彼は空に浮かぶヘリコプターたちを見てこう答える。
そんな時彼女の顔を伺うと、どうも解せぬ表情で空飛ぶ鋼鉄を瞳に映していた。
かつて自分を追放した挙句、秘密警察まがいの組織を使ってその命を狙い続けた相手を助けるとなると表情の一つも曇っても何ら不自然ではない。
声の一つでもかけようと班長は口を開くと殿下は先んじてこう言った。
「——少し休んだら——」
「バイオテックに行かなきゃいけないことを思い出してしまいました。」
ついに機械工学のみならず、生物化学分野まで手を出したことに恐怖すら感じ始めた。相変わらず異常とも思える知識探求欲に釘を刺す。
前は本当に三日三晩作業を続けていたこともあったが、最近はマシになった方か。
「…あのイカレ博士のか。気をつけとけ、休まないと死ぬぞ。」
メンゲレの脅威に耐えうることが出来るのだろうか。
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——Mi-24P 機内
Gチームを乗せたハインド内では作戦前最後の雑談時間を楽しんでいた。
Bチームのジェイガンは任務遂行のためこのような時間を設けないが、ニキータは自然体で挑むことで完璧な遂行が可能と言う考えの下に設けられている。
話題と言えばミジューラの持つアーマーキラーの話で持ち切りだ。
「要はRPGの弾頭を竿先にくっつけたモンだろ?ファシストが付けそうな名前だ。」
直球かつ殺意のこもった名前をゴードンは茶化す。
戦車への鉄拳制裁などドイツ系にはこのようなセンスをした武器は確かに存在する。
敵を殺す道具に洒落た名前なんて不要。
彼はそう考えていたが、文字通り才能のない言葉にトムスは指摘を入れていく。
「おい。そのことを爺さんに言えるだけの勇気があるのか?うちのクライアントが一本一本手がけたモノだぞ。…ですよね、隊長」
「ああ、間違いない。溶接してる所見たからな。槍使いなりにかなりこだわったと本人から聞いている。——少し待ってくれ」
ニキータによる一言が加わることでゴードンの顔はみるみる青ざめていく。刺突爆槍のことで思い出したことがあるのか、ヘリに吊り下げられているミジューラに対し無線を飛ばした。
【空の旅を楽しんでいる途中に悪いな。装甲殺しを使う時は必ず装甲シャッターを下ろしてくれ。鎧が耐えられてもスリットから入る爆風にあんたが耐えられない。】
【うむ。】
彼に対しての説明はこの程度で十分である。
この必殺の一撃を食らわせるには完全に敵の隙を突き、防御させる暇を与えない事が大前提。
起爆の瞬間は視界が封じられるが故、心眼でどこに当てるか瞬間的に見極める必要がある。
熟練した槍使いでなければ使えないことを意味していた。故にミジューラでしか使えない武器なのである。
戦場を通じて命を預けてきた男たちにそれ以上の言葉は不要だ。
彼らを乗せたヘリはその戦地に刻一刻と迫っていく。
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———ウイゴン暦 7月 12日 既定現実 7月 19日 午前7時23分
——フェロモラス島 トリプトソーヤン城付近上空
ヘリボーン部隊は作戦空域に到着した。
先に降り立つのは重量物を備えた輸送ヘリと、広範囲の制圧射撃を可能とするBチーム達である。
———ZLaaAASH!!! ZLaaAASH!!! ZLaaAASH!!!———
特殊部隊を乗せたハインドから地上に向けてロケットポッドが火を噴いた!
空から降り注ぐ天罰は空を切り、辺り一面を破壊の渦へと変貌していく。
そして間髪入れることなく重量物を抱えたヘリが超低空から投下シークエンスへ移行。
【投下開始】
空中からやってくる3tの男。
着地と同時に矢避けの腰蓑とマントはめくりあがり、城の石畳にはひび割れが入った。
戦車はと言うと大きく音を立てることなく、白鳥が舞い降りるかの如く地に足をつける。
【——降下成功した。…む?】
兜に内蔵された無線で無事であることを報告すると、首を動かすことなくミジューラは周囲を伺う。
何かがおかしい。敵の侵入を許した以上、相手も黙っていない。
仮に砲火で焼かれたとしても、監視塔等からこちらを狙ってくる「殺気」を感じない。
まるで既に滅ぼされたかのように静かではなかろうか。
【どうした爺さん。何かあったのか】
異変に気が付いたニキータが即座に問う。
【儂が見る限り、屋外に敵が見当たらぬ。それどころか、兵を派遣する入り口が封じられている】
【B-team LEADER、こちらからも敵を発見できず。】
この城には得体の知れない何かが起きている。
場にいる全員は理屈を抜きにして、本能的に察知していた。
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不穏な空気は漂うものの、ひとまず人員を投下できることを認められたため戦車兵やB・Gチームの降下が始められる。
軽戦車はエンジンの始動、BチームとGチームは侵入口の捜索にかかっていた。
「ダメだ、全て内側から崩されてやがる。」
人間が出入りできそうな通用口をあらかた探したものの、諦めざるを得ない。
監視塔への入り口、他兵舎や隠されていた地下へと思しき勝手口。これら全て内側から破壊されていたのである。たった一つの例外を除いて。
「侵入口、発見しました。突入しますか」
Gチームの隊員が見つけた裏口だ。
まるでここに入ってくれと言わんばかりに残されており、侵入口はここだけだ。
ジェイガンやニキータはこれが罠であることは分かり切っている。
これらの城は戦車砲やガンシップの総攻撃をもってしても崩せそうにない以上、罠にあえてかかる必要があるらしい。
苦悶の表情を浮かべる彼に対しニキータは声をかける。
「ジェイガン。」
「ああ。やることは分かってる」
たとえ罠を仕掛けられていたとしても、それを突破する術を知っている。敵の仕掛けた虎ばさみごとかみ砕いて進まなければならないだろう。
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——KA-BoooOOOOMM!!!!——
ブリーチング・チャージによって戦いの扉は開かれた。裏口と言ってもアーマーナイトらや搬入通路を兼ねているため軽戦車が押し入れる程には広い。
侵入を阻むように作られている城と根本的に異なっているからこそ可能な芸当。
特殊制圧部隊がバスタブの底を抜いた如くなだれ込む。その尻尾を視界の効かない装甲野郎が追った。
本来は外に通じる裏口という性質から、長い上り階段が彼らを出迎えた。
いつ始まるか分からない攻撃に備え、黒ずくめの男たちは壁に張り付きながら石段を駆けあがっていく。
その一方、軽戦車の47mm砲は仰角を上の踊り場に据えながら、履帯を石材にめり込ませ追従する。
太古の昔から上から下へ向けての攻撃は実際、有利。だが、Soyuzは一味違うのだ。
——DaaaAAAMMM!!!——
踊り場に一発の榴弾がさく裂し、石が砕け散ることにより鉛色の煙幕で満ちる。
敵がいるのであれば圧倒的な火力をもって排除してしまえば良い。
一足先にたどり着いた制圧チーム達がクリアリングしながら確認するも、目にしたのは異様なものだった。
【B TEAM LEADER, 敵の痕跡見られず。】
ケホの戦車砲が吹き飛ばしたのは虚空。
はじめから敵など配置されていなかったのである。強いて言えば爆発の余波で施錠されていた扉が吹き飛ばされていたことだろうか。
この有様にニキータの疑念は深まる一方だ。
敵を迎撃するには最高のポジションに兵を置いていない。
ありとあらゆる入り口を封じているにも関わらず、肝心な所に兵を配置し忘れるマヌケではないだろう。
『たすけてくれぇ!神はいないのか!ああ、帰りたい!家に帰って妹に——』
加えて遠方からは悲痛な叫び声が城内に響き、嫌でもチームの耳に入ってくる有様だ。
不気味としか言いようがない光景だが、特殊部隊は感情的ではなく理性的に考えるよう徹底的に訓練されている。
指示されるまでもなく、ゴードンは懐から双眼鏡を取り出し遠方からおどろおどろしい根源を覗き込む。
「——なんだコイツは」
アイカップを覗き込み、その正体を見た彼の感想はこれだった。
捕虜と思しき囚人が口から血を垂れ流した状態で柱にしばりつけられていたのである!
高倍率で見ると両足はあり得ない方向に折れ曲がっており、どのような目に遭ったのか想像に難くない。
「どうした。」
「隊長、負傷した捕虜が一人縛り付けられています」
ゴードンから情報を引き出したニキータは無言のまま、しばし考えた後に答えを見出した。
「爺さん。人質を餌に敵を吹き飛ばすことは可能か。」
現実世界では死体丸ごと爆弾にすることも厭わない連中が跋扈している。
残酷だがこれが戦場と言うもの。
そのことを良く知っていた彼はミジューラにこう聞いた。
【術者と餌をつなぐ魔具さえあれば可能だ。調べればわかるだろう。儂が行く。】
爆発に耐えうるのは彼だけだ。気を付けるべきこと、探るべきことを頭に入れ、周囲に張り巡らされた罠を探りながら一歩一歩泣き叫ぶ捕虜へと向かっていく…
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——QRASH…QRASH…——
ミジューラは全神経を集中させながら捕縛されている男に近づく。
わずかに感じる床のひずみや魔力の気配。落とし穴や起爆装置を一歩踏み出すたびに気を引き締めるのだ。
まるで船が潜水艦を探るピンを撃つように。
「どこの誰かは知らねぇが何とかしてくれ!突然娑婆に出されたらアーマー野郎にタコ殴りにされて…!」
男の目の前に来ると、まずは舐めるように視線を向ける。
不自然なふくらみはないか、何か妙なものを隠し持ってはいないか。
荒縄を矛先で切り落とすや否や、捕虜はこちらに一歩踏み出そうとした。
「ああ、助かった!あんたは命の恩人——」
「それ以上踏み出すと命はないぞ」
ミジューラは恐ろしい速度で盾を構えつつ、くるりと槍を手首のスナップのみで翻し男の喉仏に突き付ける。
一瞬しかない重装兵の隙を突いてきただけあり、速さのみならずその精度も桁が違う。
「これから儂の言う通りにせよ。少しでも妙な真似をすれば貴様の体にコレが突き刺さることになる。」
「畜生、またこうなるのかよ!」
手負いでるものの命からがら助かったかと思いきや、次はジェネラルが命を狙っていると来た。
この男にとって踏んだり蹴ったりもいい所、悪態の一つを突きたくなるのも無理もない。
しかし目の前にいるミジューラに通じる訳もなく、スリットの奥底から殺気をむき出しで圧力をかけ続ける。
「何か言ったか。早く脱げ。」
「いや…はい…」
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【身ぐるみ剥がして調べたがそれらしいものは見つからなかった。帰投する】
思いつく限り徹底的に調べ上げたものの、自爆装置にあたるものは発見できなかった。
どうも逃走防止の目的で足が意図的に折られていることから、城に入った盗人か何かなのだろうか。
なんとか状態を復元して、怪我人を部隊が率いる後方へと担ぎながら後方に回す。
部隊の進行を止めると、壁に寝かせるようにして回収された捕虜は早速ニキータによって尋問が執り行われるのは様式美と言うべきか。
ゲリラ戦を多数経験してきたBチームは隊長格のジェイガンを含めた全員、戦車を盾にしながら控える。
戦場ではボディチェックを終えた民間人が突如爆発することもあるからだ。
「俺たちはどうみても怪しい人間だ。…兎も角、お前たちを救助に来た。最初に名前と、なぜここにいたのか教えてくれ」
ニキータはゴーグルを外し、膝をついて男と目線を合わせながら質問する。
「お前ら悪魔か、囚人から追剥ぎたぁ人間じゃねぇ!」
「…本当に申し訳ない。人間爆弾にされている可能性を考慮した結果がコレだ。どうか許してほしい」
こればかりはどうしようもないようで、彼は男に平謝りする。
最悪の状況が予想されたとは言え、許された行為ではないのは確かだ。
「…俺はリベシスっていうただの賊だ、突然出られると聞いたらこの城にいる連中に酷い目にあわされた。全身が痛くて仕方ねぇ。死ぬかとおもった。挙句に怪しい連中につかまるたぁクソッタレにも程があるだろう、本当に」
リベシスは悪態を多く混ぜながら、身の上を話し始めた。
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関係のない話があまりに続いたため、遂にしびれを切らしたジェイガンが彼の脳天に銃口を突き付ると、少しずつ真実が明るみに出始めてきた。
この男はロンドンの下っ端であり、この城には独断で侵入した。
そこで皇太子殿下が裏口からまっすぐ進んだ場所にある地下への入り口に居たこと。
また地下奥深くで「見てはならないもの」を見てしまったとのことらしい。
そのことを白状するなり、城外に待機しているヘリに積み込むべく二人がかりで運ばれていった。
出し殻になるまで徹底的に情報を吐かせるために他ならない。
「進行方向とあの男が言ってることが一致してる、都合が良すぎると思わないか、ニキータ。」
ジェイガンは苦痛に悶える声を背にしながらニキータに問う。何もかもが上手く出来すぎている。まるでこちらを誘導しているかのように。
「——そんなこと当の昔にわかってる。だからと言って任務を放棄するのか?違うだろう。俺たちにできなきゃ…背後には増援が控えてる。なんでも俺たちで解決できる訳じゃないことを忘れるな」
彼の中では既に答えなど出ていた。特殊部隊は無敵の超人集団ではない。被弾すれば負傷するし、最悪の場合死ぬだろう。任務失敗といつも隣り合わせで生きている、それがGやBチームだ。
【FeatherCから各局。スタッフが戻ってきてから前進したい】
【了解】
ジェイガンは意を決し、そう答えた。
トリプトソーヤン城に眠る「禁忌」とは一体。
次回Chapter113は12月11日10時からの公開となります
兵器紹介
・ブービートラップ
兵士も人間である。敵の油断を誘うように仕掛ける罠。非常にバリエーション豊かで、製作者の発想力と悪意、そして観察力が試される。
人間そのものに爆弾を仕掛ける例や、変わり種では受話器を取ると爆発するものなど。
Bチームが作戦行動していた地域では常態化していたようだ。




